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第6章『ペンダント』

2話

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 昼前の明るい時間ということもあり、村には複数人の村人が歩いていた。また、村人同士が話している姿も確認できる。しかし、タクヤがその小さな村の中へ辿り着いた時には、先程の少年の姿はどこにも見当たらなかった。
 もう家に帰ってしまったんだろうか――そう考えていた時、イズミがこちらへ歩いてくる姿が見えた。
「なぁイズミ。さっきの子、どこ行ったんかなぁ?」
 イズミが近くまで来たことを確認すると、タクヤは辺りを見回しながら声を掛けた。しかし、イズミは何も答えずそのままタクヤを通り過ぎてしまった。
「って……何シカトしてんだよっ」
 タクヤは慌ててイズミを追いかける。
「なぁ、イズミってばっ」
「うるせぇ、俺に話しかけるな」
 タクヤがムキになってイズミを覗き込み話しかけるのを、鬱陶しそうに顔を逸らす。
「もうっ、イズミの怒りんぼっ」
「貴様、そんなに殺されたいのか?」
 タクヤは頬を膨らませイズミを軽く睨むが、逆にイズミに本気で睨まれてしまった。
(イズミって短気だよなぁ……)
 自分のことは棚に上げ、イズミの態度にムッとしながらも、それ以上絡むことができなかった。
 タクヤがそのまま黙り込んでしまったことが気になってはいたのだが、イズミは自分でも気付かぬうちに人を寄せ付けない程の緊張感漂うオーラを発していた。
 ずっと、アンナの祖母が言っていたことが気になって仕方がなかったのだ。あの言葉には一体どういう意味があるのか。不吉なものとは――。イズミはどうしても自分が原因なのでは……と考えてしまって、ずっと苛ついていた。タクヤが何を言っても耳に入らない程考え込んでしまっていた。
「……なぁイズミ、まだ怒ってんの?」
 数分も経たぬうちにタクヤは辛抱できなくなり、イズミを覗き込む。
「……お前なんて嫌いだ」
 イズミは急にぴたりと立ち止まり、ちらっとだけタクヤを見ると、ぼそりと呟くようにそう言った。
「ええっ! そんなっ、嘘だろっ?」
 一緒に立ち止まったタクヤは突然何を言われたのかと、これ以上ないショックを受けたような顔でイズミの肩を掴み声を上げる。
「お前とはここでお別れだ。……じゃあな」
 しかし、イズミはタクヤを見上げながら淡々と話し、タクヤの手を払うと再び歩き出す。
「ちょっ、ちょっと待てよっ! 嘘だろ? ……何で。そんなに怒ることないじゃんか。 だって……だってアンナのばーちゃん、最高のパートナーだって言ってたのに……。そんなのって……」
 タクヤはその場でイズミに向かって叫びながらも、段々悲しげな表情になり、いつになく自信なさげに俯いてしまった。
「ばーか。嘘だよ。何泣きそうな面してんだよ」
 イズミは足を止め、振り返ると溜め息をつきながらでタクヤを見た。
「なっ、なんだよっ。嘘かよっ。もうっ、ひっでぇー。俺、マジで嫌われちゃったのかと思ったのに……」
 タクヤは顔を真っ赤にしながら怒るが、目にはうっすらと涙が滲み出ていた。
「じゃあ、嫌いになった方が良かったのか?」
「えっ! 違う違うっ! そうじゃなくってっ……」
 さらりと言われたイズミの言葉にタクヤは慌てて首を振り、再び俯く。
「何してんだ。行くぞ」
 イズミは呆れた表情をしながらタクヤに声を掛ける。
「え? 行くってどこに?」
 タクヤは顔を上げるときょとんとしながらイズミに尋ねる。
「宿を探すんだよ。うろうろしてたってしょうがねぇだろうが」
「えっ、もう? まだ昼じゃんっ」
 イズミは呆れた顔のまま話すが、タクヤは納得いかない様子でイズミを見つめる。
「じゃあ、お前は勝手にしろよ。俺は別にこの村に用はない。それじゃあな」
 イズミはそう言ってまた歩き出した。
「えっ、ちょっと待てよっ。俺も行くってばっ」
 結局イズミから離れることができず、タクヤは慌ててイズミの後を追った。



 ☆☆☆



 2人は少し歩いた所に1軒の宿屋を見つけた。
 小さい村の宿だけあって、今まで通ってきた村や町の中で1番小さな宿屋だった。しかし、最近建てられたのか、小さいながらも木造建ての綺麗な建物だった。入口の横には花壇があり、赤や黄色の小さな花が咲いている。
「こんな小さい村でもちゃんと宿屋があるんだなぁ」
 タクヤは宿屋を見ながら妙に感心していた。
 しかし、イズミはタクヤの言葉を全く聞くことなく、そのまま宿屋の中へと入っていった。
「って、あれ? イズミ?」
 イズミが入ってしまったことに気付かず、タクヤはきょろきょろと周りを見回す。
「あれぇ? もう入ったんかなぁ」
 独り言を言いながら、タクヤも宿屋の中へと入る。そして、中に入るなり見覚えのある人影を発見した。
「あっ! いたっ!」
 先程の少年がちょうど階段から下りてくるところであった。タクヤは少年を見るなり嬉しそうに声を上げた。探しても見つからなかった少年とこんな所で会えるとは。
「さっきのおにいちゃんっ!」
 少年もタクヤの声で気が付き、嬉しそうに階段を駆け下りてきた。
「何だ、お前もここに泊まってたのか?」
「ううん、違うよ。ここは僕の家だから。ほら、あの人が僕のお母さん」
 少年はそう言ってちょうどイズミの受付の相手をしている人を指差した。少年の母は、30代くらいと思われる綺麗な女性だった。髪を後ろで1つに束ね、イズミと話している様子から優しそうな雰囲気が伝わってくる。
「へぇー、そうなんだ……」
 タクヤは少年が指差す女の人を見ながら、ふと気になることが頭に浮かんだ。
「シングルを2つ」
 イズミはタクヤのことなど全く気にせず、1人受付をしている。
「ちょっとイズミっ! 何勝手なことしてんだよっ!」
 先程タクヤが気になったこととはイズミがまだ自分のことを怒っていて、それぞれ別の部屋にするのではないかということであった。そしてまさにその通りになったので、声を荒げながら慌ててイズミの所に駆け寄る。
「何がだ?」
 イズミは無表情にちらりとタクヤを見上げる。
「何がって、何で別々なんだよっ! まだ怒ってんの?」
「当たり前だ」
「もうっ、まったくいつまでも……」
 タクヤはイズミに冷たく言い返され、何かないかと考え込んだ。
「あっ、そうだっ」
 タクヤはいいこと思い付いたぞとぼそりと言うなり、受付にいる少年の母親に向かってにこやかに話し掛ける。
「あの、すみませんがさっきの取り消しで、ダブルを1部屋」
 しかし次の瞬間、タクヤは物凄い勢いで頭を叩かれた。
「いってぇー……、何すんだよっ!」
 すぐに頭を押さえながらイズミを睨む。
「うるせぇバカ」
 イズミの手にはタクヤの頭を叩いたと思われるスリッパが握られていた。そして、眉間に皺を寄せながらタクヤを睨んでいる。
「あ、あの……。申し訳ないのですが、今ツインしか空いていなくて……」
 2人のやり取りを見ながら、少年の母が申し訳なさそうにぼそりと答えた。



 ☆☆☆



「もう、結局こうなるんだからさー。勝手なことすんなよなっ」
 部屋に入るなりタクヤは膨れながらイズミを軽く睨む。
「…………」
 イズミは荷物を置くと、タクヤを見ることもなく黙っていた。
「まぁいいやっ。俺なんか喉渇いちゃったから飲み物買ってくるよ。イズミは? 何か飲む?」
 タクヤはそう言ってドアの前まで行くと、イズミを振り返り尋ねた。
「コーヒーかアイスティーかお茶」
「どれだよっ」
 淡々と答えるイズミを再び軽く睨む。
「今言った中ならどれでもいい。あるやつ買ってこい」
 イズミはベッドに腰掛けると相変わらず淡々と答える。
「もう、そういうの1番困るのに……。まぁいいや。後で文句言うなよ」
 タクヤはそう言って部屋を出て行った。

 部屋を出ると、飲み物を買える所を探す。部屋は2階にあったので、1階まで下りると辺りを見回しながら歩く。しかし、受付で聞こうとしたのだが誰もおらず、仕方なく自力で探すことにした。
 他の泊り客はいないのか誰も見当たらず、タクヤは1人でうろうろとしていた。受付を通り過ぎて少し歩いた所に『自販機コーナー』と書かれた案内を漸く見つけた。
「お、あったあった」
 タクヤは急ぎ足でそこまで行くと、先程の少年が1人、自販機の前の長椅子に座っているのが見えた。
「どうした?」
 何か思いつめたような表情で俯いている少年を見て、心配そうに声を掛ける。
「おにいちゃん……。」
 タクヤの声で少年はふと顔を上げるが、その表情は今にも泣き出しそうであった。
「どうかしたのか? 苛められたのか? それともお母さんに怒られたのか?」
 タクヤは少年の隣に腰掛けると、心配そうに少年を覗き込む。
「ううん……」
 しかし、少年は首を横に振るだけであった。
「じゃあ、何か悲しいことでもあったのか?」
 タクヤはどうしていいか分からず、困った顔で少年を見る。
「……おにいちゃん、大事な物ってある?」
 少年は泣きそうな顔をしたままタクヤを見上げる。
「大事な物? ……そうだな、あるよ」
 少年の質問に真剣に考え、優しく見下ろす。
「僕ね、すっごくすっごく大事にしてた物があったの。でも、なくしちゃって……」
 そう言って少年は再び俯いた。
「なくした? どこでだ? 俺が一緒に探してやるよ」
 タクヤは少年を元気付けようと明るく話す。
「ううん、だめだよ。……だって、魔物が持って行っちゃったんだもん」
「魔物が?」
「うん……。昨日、外で遊んでて、大事な物……お母さんが大事にしてた物、僕が勝手に持ち出しちゃって、それなくしちゃって……。そしたら、そしたら外見たら魔物がいて、お母さんの大事な物、持って行っちゃったの見たんだ……」
 必死に話す少年の目から大粒の涙が零れ落ちる。
「っ!? ……分かった、大丈夫っ。おにいちゃんが取り戻してきてやるよっ」
 タクヤは少年の涙に慌てた表情をするが、すぐに明るく少年を見下ろし、ぽんと少年の肩に手を置いた。
「えっ? おにいちゃんが? ううん、無理だよっ。……だって魔物だよ?」
 少年は驚いてタクヤを見上げるが、すぐに首を横に振って再び俯いてしまった。
「大丈夫っ! だって――」
 俯いてしまった少年に向かって更に明るくタクヤはそう話す。そして、その声で少年がタクヤを見上げたのを確認するとこう続けた。
「だっておにいちゃんは勇者なんだからなっ!」
 にやりと笑って少年に向かってピースをしてみせる。
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