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第6章『ペンダント』

12話

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 2人は宿屋に辿り着くと、それぞれの思いを胸に、その小さな建物をじっと見上げる。そして、タクヤはゆっくりと宿屋の扉を押し開け中へと入っていった。
 入ってすぐ目の前に2階の客室へと続く階段があるのだが、そこに俯き座っているサトルの姿を見つけた。
「サトルっ」
 タクヤが声を掛けると、サトルはハッとして顔を上げる。
 泣いていたのか、目が少し腫れているようだった。
「おにいちゃんっ!」
 半分涙声になりながら、サトルは立ち上がると急いでタクヤの元へと駆け寄った。
「大丈夫? 怪我してない? ごめんなさい、ごめんなさい……僕の為に……」
 サトルはタクヤにしがみつき、泣き出してしまう。
「心配すんなって、大丈夫だよ。俺は勇者なんだからって言ったろ?」
 タクヤは泣きじゃくるサトルを必死に宥める。
「うん……。ほんとに、ひっく……わがまま、言って……ごめんなさい……ごめん……なさい……」
 サトルはしゃくり上げながらタクヤの上着の裾をしっかりと掴み、俯いたまま何度も謝った。
「大丈夫だから、気にすんなってっ。……ほらっ! サトルの母さんのペンダント、取り返してきたぞっ! な、これがそうだろ?」
 タクヤはサトルが泣き止まないので困った顔をするが、ふとペンダントのことを思い出し、上着のポケットから取り出す。そして手の平に乗せると、見えやすいようにサトルの顔の横へと移動させる。
「……あっ……ほんとだっ! おにいちゃん、ほんとに取り返してくれたんだねっ!」
 泣きじゃくっていたサトルであったが、ペンダントを見た途端、ぱぁっと明るい顔になり嬉しそうに声を上げる。
「おうっ。ちゃんと約束守っただろ?」
 そう言ってタクヤは自分を見上げるサトルにピースをしてみせる。
「うんっ。すごいやすごいやっ! おにいちゃん、ほんとに強いんだねっ!」
 サトルは目を輝かせながら、尊敬の眼差しでタクヤを見つめる。
 すっかり涙は引っ込んでしまったようであった。
「そんなぁ、それほどでもぉ」
 タクヤは照れ臭そうに顔を赤らめ、右手でぐしゃぐしゃと頭を掻いていた。
「調子に乗るな」
 しかし、次の瞬間には隣に立っていたイズミによって頬を抓られる。
「いてっ……何すんだよっ」
 タクヤは抓られた頬を擦りながら、涙目になりながらイズミを軽く睨む。
「大丈夫?」
 サトルは2人を交互に見上げ、心配そうにおずおずとタクヤに声を掛ける。
「大丈夫大丈夫。いつものことだから。……あ、そうそう。このペンダントを取り返してこれたのも、このおにいちゃんの協力があったからなんだよ」
 タクヤは苦笑いしながら頬を擦り、そしてちらりとイズミを見ると、今度はサトルに優しく笑いかけながら話した。
「そうなんだっ。ありがとうっ! ……じゃあ、おにいちゃんも勇者なの?」
 サトルは満面の笑みでイズミを見上げる。
「……いや、俺は勇者じゃない」
 イズミは曇りのない真っ直ぐな瞳で自分を見つめてくるサトルを見て、一瞬困った表情をしたが、すぐにまた普段と変わらず無表情に答えた。
「違うの? でも強いんでしょ?」
 サトルは不思議そうにことんと首を傾げる。
「このおにいちゃんはね、勇者じゃなくて術者なんだ。術者って分かるか?」
 タクヤは腰を屈めサトルの目線に合わせると、イズミの代わりに答えた。
「うん、知ってるよ。じゃあ、結界とか作れるの? どんなことが出来るの?」
 サトルは興味津々といった感じで、タクヤとイズミとを交互に目を輝かせながら見上げている。
「……俺は部屋に戻る」
 イズミは露骨に嫌な顔をすると、タクヤをちらっとだけ見て、それだけ言うとそのまま階段を上っていってしまった。
「ちょっとイズミっ!」
 タクヤが慌てて声をかけたが、イズミは振り返ることなく行ってしまった。
「もう……。ごめんな、サトル。別にサトルのこと嫌いってわけじゃないから。なんかあのおにいちゃん、疲れてるみたいだからさ」
 呆然とイズミが去った方向を見て立ち尽くしているサトルに、タクヤは必死に弁解する。
「ううん、大丈夫。気にしてないから。僕の方こそ、疲れてるのに、うるさくしちゃってごめんなさいって、あのおにいちゃんに言ってくれる?」
 サトルは小さい頭を目が回りそうなほど横に振ると、申し訳なさそうにタクヤをじっと見上げた。
「そんなことっ。気にすんなってっ! イズミはいつもああだから。人と話すのが苦手なんだって」
「そうなの? でも、おにいちゃんとはよく喋ってるよね? 仲いいんだっ!」
 サトルは柔らかく笑う。
「そう? 仲いいって言うのかなぁ……。バカにされてるだけなんだけどな」
 タクヤは上を向いて少し考えるが、また視線をサトルに戻し、苦笑いしながら話す。
「そんなことないと思うよ。あのおにいちゃん、おにいちゃんのこと好きなんだと思う。だって、前にお母さんが言ってたよ。『意地悪言ったり、からかったりするのは、好きだって言えないからなんだよ』って」
 サトルは真っ直ぐにタクヤを見つめる。
「……だといいな」
 サトルの純粋なその瞳を見て、一瞬戸惑いを見せたタクヤであったが、イズミが去った階段の方を見ながらしみじみと話した。
「絶対そうだよっ!」
「うん、ありがとな」
 嬉しそうに、そして強く言い切るサトルを見て、タクヤも柔らかい表情でサトルを見つめ返した。
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