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第7章『人形』

4話

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 1時間程歩くと小さな村に辿り着いた。
 そして2人は体を休める為、村に着いて早々宿を取ったのだった。

「えっと、他に何か買う物ある?」
 朝食を済ませ、タクヤは買い出しのリストを作っていた。
「いや」
 イズミは椅子に座り、コーヒーを片手にぼんやりとしている。
「じゃあ行ってくるからなっ。昼までには帰るから」
 メモを持ち席を立つと、タクヤはドアへと向かう。
 そしてドアノブを掴むとイズミを振り返る。
「……あ? ああ」
 しかしイズミは、まだぼんやりとしているのか適当に答えている。
「ちょっとっ! 聞いてんの? もうっ、行ってくるからなっ!」
「帰ってこなくていいぞ」
 ムッとして怒鳴るタクヤに今度は冷たく返すのだった。
「何だとぉーっ! もう毎度ながら何でいっつもそうなんだよっ! まったく、イズミの物だってあるんだぞっ。もう買ってこないぞっ!」
 イズミの態度に更に腹を立て、タクヤは顔を赤くしながら怒鳴り散らした。
「俺の物は置いて行け。お前はいらない」
「もうっ! イズミのポンポコリンッ!」
 相変わらずなイズミの態度にタクヤは頬を膨らませ、そのまま怒りながら勢いよく出て行った。
「よく分からん捨て台詞を残して行くなっ」
 残されたイズミはドアに向かって叫んだが、タクヤが戻ってくる気配はなかった。
「……まったく……」
 イズミはぼそりと呟くと、大きく溜め息をつき再びぼんやりとしていた。



 ☆☆☆



「イズミってすぐ怒るんだもんな」
 タクヤは宿屋を出て、ひとり村の中を歩きながら文句を言っていた。
 先程イズミが叫んだ声はちゃんと届いていたらしい。
「っていうか、俺が悪いのか? 元はと言えばイズミが悪いのに、何で俺が怒られるんだ?」
 誰に話すわけでもなく、ぶつぶつと文句を言う。
 そして頬を膨らませながらも、自分が書いたメモに目を通した。
「えっと、まずは何から買いに行くか……」
 タクヤは独り言を呟きながら、辺りをきょろきょろとしながら歩く。

 するとふと目に留まった建物があった。
 それは目的の店ではなく、何かの店なのか家なのかは分からなかったが、何とも奇妙な建物であった。
 窓はなく、壁は真っ黒で、建物自体さほど大きくはない。屋根も平らで四角い形をしているようだ。
 建物全体は見えないが、こちらから見る限り1階建てで、中の部屋も2部屋か3部屋がせいぜいといったところだろう。
「何だろ? 何かの店かなぁ?」
 タクヤは興味を持ったのか、その建物に近付き不思議そうにじっと見上げる。

「なぁに? まだ営業時間じゃないわよ?」

 突然、横から少女のような声がした。
 タクヤは驚いてそちらを見る。
 ぼんやりとしていた為、その人の気配に全く気付いていなかった。
「えっと……ここは何屋さん?」
 タクヤは少し動揺しながらその相手に話し掛ける。
 視線の先には長い黒髪の紫色の瞳をした少女が立っていた。
 少女はタクヤと同じくらいの歳か、もう少し上といった感じであった。
 そして、建物と同化してしまいそうな真っ黒なドレスを着ている。
 その不思議な風貌を見て、タクヤは怪訝に思っていた。
「ここ? そうね、占い屋さんとでも言っておこうかしら」
 少女はタクヤの態度を全く気にすることなく、にっこりと笑って答えた。
「占い? えっ、君はここの人なの? じゃあ、占い師さんとか?」
「ええ。でも、私のは占いじゃあないんだけど」
「えっ? どういうこと?」
「私はね、『見る』ことができるのよ。『占う』んじゃなくて、その人の知りたいことを『見る』の」
 全く何が何だか分からないといった表情をしているタクヤに、少女はにっこりと笑って答える。
「『見る』って、そんなことできるの?」
「そうね。でも、全てではないわ。見えないこともある」
「じゃあさ、分かるとこまででいいから、教えて欲しいことがあるんだっ!」
 タクヤは少女の話を聞くと、目を輝かせながら声を上げた。
「駄目」
「何でっ!」
 少女にあっさりと断られ、タクヤはムッとした表情で少女に詰め寄る。
「時間外だもん。午後から営業だから、それからいらっしゃい。あと、予約は受け付けないからね」
 少女はにっこりと微笑みながらも淡々と答える。
「何だよぉー、ケチ」
 タクヤは会ったばかりだというのに、頬を膨らませながら少女を睨んだ。
「何とでも言って。駄目なものは駄目よ。そんな簡単なことじゃないの。じゃ、私忙しいから。聞きたいなら出直してらっしゃい」
 そう言って少女はその建物の中へと入ってしまった。



 ☆☆☆



「ただいまー」
 勢いよくドアを開け、不機嫌にタクヤが宿屋の部屋へと戻ってきた。
「どうした?」
 ソファーに座り眼鏡をかけて本を読んでいたイズミが、横目でちらりとタクヤを見て声を掛ける。
「だってさ」
 買い物してきた荷物を机の上に置くと、タクヤは頬を膨らませてどすんとベッドに腰掛けた。
「もういい」
「ちょっとっ! 聞いてくんないのっ?」
 イズミが鬱陶しそうにそのまま本へと視線を戻してしまったので、タクヤは更に不機嫌に声を上げる。
「お前がさっさと話さないからだろ?」
 イズミは本から目を逸らすことなく、面倒臭そうに答える。
「だってっ! 俺だっていろいろあんのっ」
「よく分かんねぇこと言うな」
 ムッとしながらイズミを睨むタクヤに、イズミはちらっとだけタクヤを見ると呆れながらぼそりと呟く。
「うるさいっ! ていうか、イズミだって、自分から聞いたんだから、最後までちゃんと聞けよなっ!」
 少しだけ頬を赤らめながらも怒鳴り続ける。
「はいはい、分かりました。ちゃんと聞いてやるから話してみろ」
 イズミは鬱陶しそうにしながらも眼鏡を外し、本を閉じるとタクヤを見た。
「何かバカにしてない?」
 タクヤは落ち着いたものの、言い方が気に入らずイズミを睨む。
「してないしてない」
 目を合わせることなく淡々と答えるイズミ。
「やっぱしてんじゃんっ! もうっ、すぐそうやってガキ扱いするっ!」
「ガキだから仕方ねぇだろ?」
 顔を赤くしながら怒り散らすタクヤをイズミは呆れた顔で眺めた。
「ガキガキって、イズミのが顔は幼いじゃんかっ! っていうか、イズミっていくつなんだ?」
 タクヤは口を尖らせ怒るが、ふと考え訝しげにイズミを見た。
「トップシークレット」
「何それ。……そういやイズミって300年前に事件起こして、それからずっと生きてるなんてこと、ないよな?……あれ?」
 イズミはしれっとして答える。
 そしてタクヤは更に訝しげにイズミを見るが、ふとおかしなことに気付き考え込む。
「気にするな」
「気になるよ。だってそれって、実は物凄く重要なことなんじゃないの?」
 無表情に答えるイズミに、タクヤは真剣な顔で詰め寄る。
「生活していく上で支障がなければいいだろ」
 しかしイズミは表情を変えることなく淡々と答えた。
「よくないよっ。だってさ、300年生き続けたってんだったら、それって人間じゃ不可能じゃんかっ。すっげぇ重要だよ」
「俺が人間だろうが、そうじゃなかろうが関係ないって言ったのはどこの誰だよ?……じゃあ、俺が魔物だって言ったら、お前は俺を殺すのか?」
「えっ……そんな……」
 ムキになって話したタクヤであったが、イズミの言葉に思わず絶句してしまった。
「ふん。結局お前だって変わんねぇじゃねぇか。偉そうなこと言って」
 自嘲気味にイズミが笑う。
「違うっ! 俺はっ……。俺はただ、イズミが魔物だなんて考えたことなかったから……。でも、もしイズミが魔物だったとしても殺したりしないし、俺はイズミがどんなでも好きだよっ!」
「信用できるか」
 タクヤは必死にイズミに分かってもらおうと話すが、イズミは一言だけ吐き捨てるように呟き席を立つと、タクヤを見ることなくそのまま部屋を出て行ってしまった。
「イズミっ!」
 タクヤが慌てて呼び止めようと声を上げ立ち上がるが、イズミは戻ってはこなかった。

「違うよ。俺は……ほんとに……」

 イズミを追いかけることなくそのままベッドに腰掛け、タクヤはぼそりと呟いていた。
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