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第7章『人形』
17話
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「じゃあ、俺たちもそろそろ行くよ。タクミも大丈夫だと思うし」
タクヤは席を立つと、ユキノを見下ろしながらそう話した。ただし、いつものように散々イズミとふたりで喧嘩をした後だったが。
「えっ、もう行ってしまうのですか? お昼ご飯を召し上がってからでも……」
言われてユキノも慌てて席を立つ。
じっとタクヤを見つめる姿は、社交辞令ではなく、本当にそう思っているようであった。自分を助けてくれただけでなく、タクミの怪我まで治してもらったのだ。もっとお礼がしたいと思っていたのだった。ただ、実際にタクミの足を治したのはイズミなのだが、それも『タクヤのおかげ』だとユキノは思っていたのだ。
「ありがと。でも、もう十分だよ。それに俺たち、旅の途中だからあんまり長居もできないしね」
じっと自分を見つめるユキノに向かって、タクヤはにこりと笑いながら答える。
座ったままふたりの話を聞いていたイズミは、タクヤの言葉を聞きながら『よく言うよ』などと思いながら溜め息をついていた。
「そうですか……。あの、本当にありがとうございました。何てお礼を言えばいいか……」
残念そうな表情でユキノはぼそりと話すと、タクヤを見つめ何度も頭を下げた。
「そんなこと気にしないでよ。泊まらせてもらったし、夕飯だけじゃなくて朝ご飯までご馳走になっちゃって、こっちこそお礼を言わなきゃ。なっ、イズミ」
申し訳なさそうに頭を下げるユキノを慌てて宥めると、タクヤはイズミに同意を求めるようにちらりと見下ろす。
「ああ」
しかし、イズミはタクヤを見ることなく無表情に頷くだけであった。
「いえっ、そんな……私たちは何もっ。本当にありがとうございました。ほら、タクミもお礼言いなさい」
ふたりの言葉にユキノは頭を勢いよく横に振ると、タクヤとイズミを交互に見て深々と頭を下げる。そして、隣でぼんやりと座っているタクミを見下ろした。
「……あのさ、ひとつ聞いていい?」
ぼんやりとしていたタクミはお礼は言わずに、真剣な表情でじっとタクヤを見上げながら問い掛けたのだった。
「何?」
首を傾げながらタクヤはきょとんとした顔で問い返す。すると、
「あんた達って恋人同士なのか?」
思ってもいない質問を投げ掛けられたのだ。真剣に聞いてくるタクミにふたりはぎょっとした顔をした。なぜそのようなことを言われたのか全く分からなかったのだ。
「タクミっ、何言ってるのっ」
ふたりと同じようにぎょっとしたユキノは席に座ると、慌ててタクミを止めようとする。
「だってさ」
なぜ怒られるのか分からなくて、タクミは不思議そうな顔でユキノを見る。
「何でそう思ったんだ?」
タクヤはまだ動揺しながらも何とか心を落ち着かせると、じっとタクミを見つめ問い返した。
「なんとなく。ふたり見てたらそうなのかなぁって」
「嘘ぉー」
相変わらず真剣に答えるタクミを見ても、タクヤはなぜなのか分からず声を上げる。どう考えてもそんな風には思えない。イズミにはいつも冷たいことを言われたり馬鹿にされることしかなかったのだ。
「だってさ、友達っていうより、なんかそれ以上って感じ?」
「そうかなぁ……。まぁ、友達じゃないけど……」
相変わらず不思議そうに話すタクミの言葉を聞いて何て答えたらいいか分からず、タクヤは訴えるようにイズミを見下ろした。
「知るか。……まぁ、敢えて言うなら主人とペットだな」
「誰がペットだっ!」
「よく自分がペットだって分かったな」
「ムカツクッ!」
「ほら、仲いいじゃん。なんか昨日、騒いでるのが聞こえてきたんだけど、周りから見たら、ふたり共ちゃんと想い合ってるのがすっごい分かる。自覚ないだけなんじゃねぇの?」
言い合うふたりを眺めながら、タクミが口を挟んだ。
「えー。そうかなぁ。レナにも同じようなこと言われたけど、そんなことないよ。俺はイズミのこと好きだけど」
えーっと驚いた顔でタクヤが答える。何を言われてもやはり信じられないのだ。
しかし、イズミはタクヤの言葉を聞いて、嫌そうな顔で舌打ちしていた。
「……イズミ、今舌打ちしなかった?」
そのことに気が付いたタクヤはもう一度椅子に座ると、少しむっとした顔でイズミを覗き込む。
「気のせいだろ」
イズミは鬱陶しそうに顔を背ける。
「嘘だ。今『チッ』って聞こえたぞ。『チッ』って」
むっとした顔のまま、タクヤは更にイズミを覗き込む。
「うるせぇな。してねぇよ。幻聴でも聞いたんじゃねぇの?」
自分を覗き込んでくるタクヤの顔をイズミは嫌そうに手で押さえつける。
「いーや、絶対イズミの舌打ちだね。何が気に入らないんだよ」
タクヤはイズミの手を払い除けると、強く言い切った。
「……お前の馬鹿さ加減」
鬱陶しそうにちらりとタクヤを見ると、イズミはぼそりと答える。
「何だよそれっ。俺がいつ馬鹿なこと言ったよっ」
「……言った」
再びむっとして声を上げ、口を尖らすタクヤを横目で見ると、イズミはまたぼそりと呟いた。
「言ったって何を? 俺、そんな馬鹿なこと言ったか? 全然覚えねぇぞ」
「もういい」
今度はイズミがむすっとした顔をしてタクヤから目を逸らしたのだった。
「何だよっ。全然分かんねぇじゃんっ。俺、確かに頭わりぃから、言われないと分かんねぇよっ。気に入らないことがあるならハッキリ言えよっ」
いつものこととはいえ、イズミの態度に腹を立てると、机をどんっと拳で叩きタクヤが怒鳴り付ける。
「…………」
するとイズミは鬱陶しそうな顔をしながらも、じっとタクヤを見つめた。
そして少し何か考えると、ぐいっとタクヤの耳を掴み、耳元でぼそりと話したのだった。
タクヤは耳を引っ張られ『いてっ!』っと涙目になりながら声を上げるが、イズミの口から発せられた言葉に驚き、顔を真っ赤にさせる。
「えっ、えっ!?」
耳を離されてからも、タクヤはまだ信じられず、驚いた顔のままじっとイズミを見つめた。
「1回で理解しろ」
再び舌打ちをすると、イズミはスッとタクヤから目を逸らした。
「えっ、だって……聞き間違えたのかと思って……」
タクヤは吃りながらぼそぼそと話す。
そして、イズミの言った言葉を頭の中で繰り返しながら『期待しちゃってもいいのかなぁ』と思っていたのだった。
『人前で俺のこと好きとか言うな』
恐らく、分かっていないのは当人たちだけなのだろう。相変わらずなふたりのやり取りに、ユキノとタクミが呆気に取られて見ていたことを、ふたりは気が付いていなかったのだった。
☆☆☆
「それじゃあ、ふたり共、元気でな」
玄関を出た所でタクヤはふたりを振り返り、軽く手を振る。
「はい。本当にありがとうございました。タクヤさんとイズミさんも、どうかお元気で」
ユキノは深々と頭を下げ、顔を上げると柔らかい笑顔でふたりを見つめた。
「うん。ありがと」
「……俺も、ひとつ聞きたいことがあるんだが」
にっこりと笑うタクヤの横で、イズミがユキノに向かって突然話し掛けたのだった。
「えっ?……何でしょう?」
一瞬どきんと緊張しながらも、ユキノは不思議そうに首を傾げる。
「あんた達の髪と瞳の色。この村にはあんた達だけか?」
イズミは真剣な顔でじっとユキノを見つめる。
「はい。あの……それが何か?」
ますます緊張してしまったユキノはおどおどしながらイズミに問い返す。
「いや、そうか……。それじゃあ、親からどこの出身だとか、何か聞いてないか?」
「いえ、何も。すみません。……確かにこの瞳の色は珍しいそうですね。よく言われます」
「そうか……。分からないならいいんだ。気にしないでくれ」
そう言うとイズミはふたりに軽く頭を下げ、そのまま背を向け歩き出してしまった。
「何言ってんの? って、ちょっと待てよっ! あっ、えっと、ふたり共、元気でなっ!」
きょとんとした顔でタクヤは不思議そうにイズミを見るが、そのまま歩き出してしまった為、慌ててユキノとタクミを振り返り手を振ると、急いでイズミの後を追った。
「気をつけてっ」
「ありがとっ! あんた達も元気でなっ!」
ユキノとタクミがふたりの背中に向かって叫び、手を振った。
タクヤとイズミもまた、振り返ると軽く手を振り、そして再び歩き出したのだった。
タクヤは席を立つと、ユキノを見下ろしながらそう話した。ただし、いつものように散々イズミとふたりで喧嘩をした後だったが。
「えっ、もう行ってしまうのですか? お昼ご飯を召し上がってからでも……」
言われてユキノも慌てて席を立つ。
じっとタクヤを見つめる姿は、社交辞令ではなく、本当にそう思っているようであった。自分を助けてくれただけでなく、タクミの怪我まで治してもらったのだ。もっとお礼がしたいと思っていたのだった。ただ、実際にタクミの足を治したのはイズミなのだが、それも『タクヤのおかげ』だとユキノは思っていたのだ。
「ありがと。でも、もう十分だよ。それに俺たち、旅の途中だからあんまり長居もできないしね」
じっと自分を見つめるユキノに向かって、タクヤはにこりと笑いながら答える。
座ったままふたりの話を聞いていたイズミは、タクヤの言葉を聞きながら『よく言うよ』などと思いながら溜め息をついていた。
「そうですか……。あの、本当にありがとうございました。何てお礼を言えばいいか……」
残念そうな表情でユキノはぼそりと話すと、タクヤを見つめ何度も頭を下げた。
「そんなこと気にしないでよ。泊まらせてもらったし、夕飯だけじゃなくて朝ご飯までご馳走になっちゃって、こっちこそお礼を言わなきゃ。なっ、イズミ」
申し訳なさそうに頭を下げるユキノを慌てて宥めると、タクヤはイズミに同意を求めるようにちらりと見下ろす。
「ああ」
しかし、イズミはタクヤを見ることなく無表情に頷くだけであった。
「いえっ、そんな……私たちは何もっ。本当にありがとうございました。ほら、タクミもお礼言いなさい」
ふたりの言葉にユキノは頭を勢いよく横に振ると、タクヤとイズミを交互に見て深々と頭を下げる。そして、隣でぼんやりと座っているタクミを見下ろした。
「……あのさ、ひとつ聞いていい?」
ぼんやりとしていたタクミはお礼は言わずに、真剣な表情でじっとタクヤを見上げながら問い掛けたのだった。
「何?」
首を傾げながらタクヤはきょとんとした顔で問い返す。すると、
「あんた達って恋人同士なのか?」
思ってもいない質問を投げ掛けられたのだ。真剣に聞いてくるタクミにふたりはぎょっとした顔をした。なぜそのようなことを言われたのか全く分からなかったのだ。
「タクミっ、何言ってるのっ」
ふたりと同じようにぎょっとしたユキノは席に座ると、慌ててタクミを止めようとする。
「だってさ」
なぜ怒られるのか分からなくて、タクミは不思議そうな顔でユキノを見る。
「何でそう思ったんだ?」
タクヤはまだ動揺しながらも何とか心を落ち着かせると、じっとタクミを見つめ問い返した。
「なんとなく。ふたり見てたらそうなのかなぁって」
「嘘ぉー」
相変わらず真剣に答えるタクミを見ても、タクヤはなぜなのか分からず声を上げる。どう考えてもそんな風には思えない。イズミにはいつも冷たいことを言われたり馬鹿にされることしかなかったのだ。
「だってさ、友達っていうより、なんかそれ以上って感じ?」
「そうかなぁ……。まぁ、友達じゃないけど……」
相変わらず不思議そうに話すタクミの言葉を聞いて何て答えたらいいか分からず、タクヤは訴えるようにイズミを見下ろした。
「知るか。……まぁ、敢えて言うなら主人とペットだな」
「誰がペットだっ!」
「よく自分がペットだって分かったな」
「ムカツクッ!」
「ほら、仲いいじゃん。なんか昨日、騒いでるのが聞こえてきたんだけど、周りから見たら、ふたり共ちゃんと想い合ってるのがすっごい分かる。自覚ないだけなんじゃねぇの?」
言い合うふたりを眺めながら、タクミが口を挟んだ。
「えー。そうかなぁ。レナにも同じようなこと言われたけど、そんなことないよ。俺はイズミのこと好きだけど」
えーっと驚いた顔でタクヤが答える。何を言われてもやはり信じられないのだ。
しかし、イズミはタクヤの言葉を聞いて、嫌そうな顔で舌打ちしていた。
「……イズミ、今舌打ちしなかった?」
そのことに気が付いたタクヤはもう一度椅子に座ると、少しむっとした顔でイズミを覗き込む。
「気のせいだろ」
イズミは鬱陶しそうに顔を背ける。
「嘘だ。今『チッ』って聞こえたぞ。『チッ』って」
むっとした顔のまま、タクヤは更にイズミを覗き込む。
「うるせぇな。してねぇよ。幻聴でも聞いたんじゃねぇの?」
自分を覗き込んでくるタクヤの顔をイズミは嫌そうに手で押さえつける。
「いーや、絶対イズミの舌打ちだね。何が気に入らないんだよ」
タクヤはイズミの手を払い除けると、強く言い切った。
「……お前の馬鹿さ加減」
鬱陶しそうにちらりとタクヤを見ると、イズミはぼそりと答える。
「何だよそれっ。俺がいつ馬鹿なこと言ったよっ」
「……言った」
再びむっとして声を上げ、口を尖らすタクヤを横目で見ると、イズミはまたぼそりと呟いた。
「言ったって何を? 俺、そんな馬鹿なこと言ったか? 全然覚えねぇぞ」
「もういい」
今度はイズミがむすっとした顔をしてタクヤから目を逸らしたのだった。
「何だよっ。全然分かんねぇじゃんっ。俺、確かに頭わりぃから、言われないと分かんねぇよっ。気に入らないことがあるならハッキリ言えよっ」
いつものこととはいえ、イズミの態度に腹を立てると、机をどんっと拳で叩きタクヤが怒鳴り付ける。
「…………」
するとイズミは鬱陶しそうな顔をしながらも、じっとタクヤを見つめた。
そして少し何か考えると、ぐいっとタクヤの耳を掴み、耳元でぼそりと話したのだった。
タクヤは耳を引っ張られ『いてっ!』っと涙目になりながら声を上げるが、イズミの口から発せられた言葉に驚き、顔を真っ赤にさせる。
「えっ、えっ!?」
耳を離されてからも、タクヤはまだ信じられず、驚いた顔のままじっとイズミを見つめた。
「1回で理解しろ」
再び舌打ちをすると、イズミはスッとタクヤから目を逸らした。
「えっ、だって……聞き間違えたのかと思って……」
タクヤは吃りながらぼそぼそと話す。
そして、イズミの言った言葉を頭の中で繰り返しながら『期待しちゃってもいいのかなぁ』と思っていたのだった。
『人前で俺のこと好きとか言うな』
恐らく、分かっていないのは当人たちだけなのだろう。相変わらずなふたりのやり取りに、ユキノとタクミが呆気に取られて見ていたことを、ふたりは気が付いていなかったのだった。
☆☆☆
「それじゃあ、ふたり共、元気でな」
玄関を出た所でタクヤはふたりを振り返り、軽く手を振る。
「はい。本当にありがとうございました。タクヤさんとイズミさんも、どうかお元気で」
ユキノは深々と頭を下げ、顔を上げると柔らかい笑顔でふたりを見つめた。
「うん。ありがと」
「……俺も、ひとつ聞きたいことがあるんだが」
にっこりと笑うタクヤの横で、イズミがユキノに向かって突然話し掛けたのだった。
「えっ?……何でしょう?」
一瞬どきんと緊張しながらも、ユキノは不思議そうに首を傾げる。
「あんた達の髪と瞳の色。この村にはあんた達だけか?」
イズミは真剣な顔でじっとユキノを見つめる。
「はい。あの……それが何か?」
ますます緊張してしまったユキノはおどおどしながらイズミに問い返す。
「いや、そうか……。それじゃあ、親からどこの出身だとか、何か聞いてないか?」
「いえ、何も。すみません。……確かにこの瞳の色は珍しいそうですね。よく言われます」
「そうか……。分からないならいいんだ。気にしないでくれ」
そう言うとイズミはふたりに軽く頭を下げ、そのまま背を向け歩き出してしまった。
「何言ってんの? って、ちょっと待てよっ! あっ、えっと、ふたり共、元気でなっ!」
きょとんとした顔でタクヤは不思議そうにイズミを見るが、そのまま歩き出してしまった為、慌ててユキノとタクミを振り返り手を振ると、急いでイズミの後を追った。
「気をつけてっ」
「ありがとっ! あんた達も元気でなっ!」
ユキノとタクミがふたりの背中に向かって叫び、手を振った。
タクヤとイズミもまた、振り返ると軽く手を振り、そして再び歩き出したのだった。
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