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第9章『300年前の真実』
3話
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「行ってきます」
庭で小鳥に餌を与えているカオルに声を掛ける。
「おう。池か?」
カオルはパンくずをばら撒きながらイズミをちらりと見た。
周りに小鳥達が集まって、まるで踊っているかのように餌を啄ばんでいる。
「えっ!? えっと……そうっ、池に行ってくるっ」
どきんと心臓が大きく跳ねる。嘘をつき慣れていないイズミは簡単な答えにも思わず動揺してしまった。カオルの顔が見れない。
もちろん動揺しているイズミに気が付いているカオルは今度はじろりと見る。
「……イズミ、森の外には出たらダメだぞ」
そしていつになく厳しい口調で言い聞かせた。
「いっ、行かねぇよっ! 池に行くだけだってっ」
まるで自分の心を見透かしているようなカオルに更に緊張してしまう。
強く言い返しながらもイズミはどこか落ち着かない様子でカオルを見つめる。
「そうか? じゃあ、夕方前までには戻るんだぞ」
一瞬じっと睨み付けるようにイズミを見下ろしたカオルだったが、またすぐにいつもと変わらない表情でイズミを優しく見つめ返した。
「うん、分かった。行ってくる」
動揺がバレないようきゅっと唇を閉じて頷く。そしてもう一度カオルをじっと見上げ、返事をすると、そのまま森の中へと走って行った。
☆☆☆
待ち合わせは以前アスカと会った池の前。つまり、池に行くこと自体は嘘は言っていない。今更そのことに気が付いたイズミは「なんだ、焦んなくても良かったじゃん」とぼそりと独り言を呟いていた。
そして池に着いたイズミの目に映ったのは、既に先に来ていたアスカの姿だった。
ひとりで池の前にしゃがんでぼんやりとしているようだった。
「アスカっ」
少し後ろから声を掛ける。
「あ……イズミっ!」
ぼんやりとしたまま振り返ったアスカだったが、イズミの姿を確認すると嬉しそうに声を上げた。
以前見た時と変わらず自分と同じ顔で満面の笑みを浮かべている。思わずなんだか照れてしまう。しかし、待たせてしまったことを申し訳なく思い、
「ごめん、アスカ。待ったよね?」
池の前でしゃがんだまま笑顔を見せているアスカを見下ろしながら、眉を下げ、しゅんとしてしまうイズミ。
「そんな顔しないでっ。僕が早く来すぎただけだから。凄く楽しみで待ちきれなかったんだっ」
アスカはにっこりと笑いながら立ち上がる。イズミに気を遣って言っている訳ではないようであった。
「そっか。なら良かった……」
ふぅっと軽く息を吐くと、安心したのかイズミもまたにっこりと笑い返していた。アスカを見ていると自分と同じ顔のせいなのか、自然と笑顔が伝染するようになっていた。しかし、イズミ自身はそのことに気が付いてはいなかった。
「ママにね、友達連れてくって言ったら、すごく喜んじゃって。クッキーいっぱい焼いてくれるって。僕、友達全然いないから、いつもひとりぼっちだったんだ……」
楽しそうに話しながらもアスカはどこか寂しげな表情をしていた。
その話を聞いてイズミも寂しそうにぼそりと呟く。
「……そっか、じゃあ、俺とおんなじだな」
「おんなじ?」
「俺も友達いないから」
不思議そうに首を傾げるアスカを、イズミはなんとも言えない表情で見る。
友達どころかカオル以外の誰も知らなかったのだ、アスカに会うまでは。
「そっか。じゃあ、僕たち初めての友達なんだねっ!」
するとアスカはぱぁっと顔を明るくさせて声を上げる。
「そうか、そうなるね、俺たち」
イズミもアスカの顔を見て笑顔になる。
「行こっ。ママびっくりするよ。だって、僕たち双子みたいにそっくりなんだもん」
そう言ってアスカは嬉しそうにイズミの手を取り歩き出した。
「あははっ。そうだね。色違いの双子?」
イズミもアスカの手を握り返し、楽しそうに話す。
「おそろいだねっ」
「お揃いって言うのか?」
「あははははっ」
呆れた顔をしたイズミを見ながら、アスカは明るく笑う。
そしてふたりは森を抜け、アスカの家のある村へと向かった。
☆☆☆
村に着くと、まだ昼過ぎであった為、村の人達は買い物をしたり、近所の人と話していたりしてとても賑わっているようだった。
「うわ……」
こんなに人がいる所を見るのは初めてだった。そして小さな村ではあったが、イズミにとっては初めて見るものばかりで、目を輝かせながら周りをきょろきょろと見回す。
沢山の家が立ち並ぶ風景。色とりどりの花が植えてある花壇。
舗装されていない砂利道を子供たちが楽しそうに走り回っている。
何かのお店なのだろうか、数人の女性が何やら野菜のようなものを手に取り、その店の店主と思われる男と話しているのが見える。
「どう?」
アスカはじっと窺うようにイズミを覗き込む。
「すごい。こんなに人がいるのなんて初めて見た。……いろんな人がいるんだな」
ぼそぼそと呟くように話しながらも、感動しているのか今までになく顔を輝かせていた。
「そっか。イズミはカオルさんしか知らないんだもんね。僕は全然不思議じゃないけど。うれしい?」
「すごい嬉しい。……でも、なんでカオルは森の外に出ちゃダメだなんて言うんだろう。こんなにいい所なのに……。やっぱ俺がこんな髪の色だからかなぁ……。赤い髪の人なんていないんだろう?」
イズミは嬉しそうな顔をしながらも、カオルの言葉を思い出し、再び悲しみが襲ってきていた。そしてじっと自分の髪を手に取り見つめる。まるで血の色のような赤。
アスカは綺麗だと言ってくれたけど、やはり自分は綺麗だとは思えなかった。
「うーん……確かにイズミの髪の色って見たことないけど……。でも、そんなことないと思うよ? だってすっごくキレイなんだもんっ! あっ! 分かったっ。きっとカオルさん、イズミがキレイだから、誰にも見せたくないんだよっ」
一生懸命考えていたアスカはふと思い付くと、嬉しそうに話す。
「ええー。それはないんじゃない?」
しかしイズミはアスカの言葉に顔を顰める。カオルがそんな理由で自分を森の外に行かないようにしていたとはとても思えない。
「そうかなぁ……」
ふたりがそんな話をしている時、村の人々がイズミに気付き始めていた。
イズミを見て、怪訝そうに何かぼそぼそと話している。
しかし、ふたりは話に夢中でそのことには気が付いていなかった。
そして、暫く歩いた所でアスカが立ち止まってイズミを見る。
「ここだよ」
アスカが指差す先には、小さく可愛らしい一軒の家があった。
三角の青い屋根、白い壁。窓から白いレースのカーテンがゆらゆらと揺れているのが見える。
庭には花壇があり、綺麗な花がたくさん植えられている。
「へぇー。いい所に住んでんじゃん」
イズミは家をじっと見上げる。
「へへっ。あっ、ママのクッキーの匂いだっ。すっごくおいしいんだよっ。早く入ってっ」
アスカは声を上げると、にっこりと笑って玄関のドアノブに手をかける。
甘い香りが漂ってきていた。
「ママっ! ただいまっ。友達つれてきたよっ」
勢いよくドアを開けると、アスカは家の中に向かって大きな声で叫んだ。
イズミにとってママ――つまり母親という存在は初めてであった。
どんな人なのだろうと期待でいっぱいになっていた。
玄関の外でぎゅっと手を握り締め、じっとアスカの背中を眺めていた。
「あらあら。そんなにはしゃいじゃって。今ちょうどクッキーが焼けたから、一緒に食べなさい」
中から優しそうな女の人の声が聞こえてきた。
「うん。イズミっ、おいでよ」
アスカが手招きをしながらイズミを呼んだ。
「うん」
ドキドキと鼓動が速くなる。
緊張しながら玄関へと近付く。家の中が見え、アスカの母親らしき女の人を確認できた。アスカと同じ黒くて柔らかそうな長い髪をひとつで結び、手には大きめの皿を持っている。
「……イズ、ミ?……」
アスカの母親はアスカが呼んだその名前にぴくりと眉を動かし怪訝な表情になる。
しかし、そのことにアスカは気が付いていなかった。
そして、イズミが完全に姿を見せた、その時――。
ガシャンッ! と大きな音を立てて皿が床に落ちて割れてしまう。それと同時に皿に乗せられていたクッキーも床に散らばっていた。
アスカの母親が手に持っていた皿を落としたのだ。
「ママ?」
不思議そうに首を傾げながらアスカが母親を見る。
「……いっ、いやっ! こ、来ないでっ。いやあぁっ!」
アスカの母親は突然怖ろしいモノでも見るかのように顔を歪め、狂ったように叫んだ。
「え……」
イズミにはアスカの母親が何に怯えているのか理解できないでいた。
「来ないでっ、化け物っ……きゃあっ!」
後退りをしながら逃げようとした瞬間、アスカの母親はあまりの慌てように後ろに転んでしまった。
「ばけ……もの?」
イズミはぼそりとアスカの母親が言った言葉を繰り返す。なんのことを言ってるの? 誰のこと?
「生きていた、なんて……。そんな、赤い髪で、金色の瞳なんて…………こんな子、産まなきゃ――っ!」
アスカの母親は床に座り込んだまま怯えた顔で呟くように喋っている。
しかし、最後の言葉を言おうとしてハッとして口を押さえた。
「っ!?」
漸く理解できた。アスカの母親が何を言っていたのか。
そして今まで知らなかった事実を感じ取り、イズミはその場で凍り付いたように固まってしまった。
ずっと、自分が知りたいと思い続けていたはずなのに。
「ママっ、何を言ってるの? どういうことなの? まさか、イズミは僕のっ――」
「違うわっ。あんな子、私の子なんかじゃないっ!」
驚きを隠せない様子でアスカが母親に詰め寄る。しかし、母親はそれを遮るようにはっきりと否定したのだった。
「ママっ!」
声を上げた瞬間、すぐ後ろで足音がしてアスカはハッとして振り返った。
イズミの姿がない。
「アスカ、あんな子と一緒に遊んでは駄目よっ。あの子は魔物の子なんだから」
「ひどいよママっ! どうしてそんなこと言うのっ? イズミは魔物なんかじゃないっ。ひどいよっ!」
母親に向かってこんなに叫んだことは初めてだった。いつも優しい母親がまるで何か別の生き物のように思えてアスカはゾッとする。そしてそのまま家を飛び出してしまった。
☆☆☆
きっとイズミは森に行ったと思い、アスカも森の中を走っていた。きょろきょろと周りを見回すがイズミの姿は見つけられない。
(池にいるかもっ)
急いで池へと向かう。普段はほとんど運動をしないアスカは息を切らせながらも必死に走る。
そしてやっとの思いで池に辿り着いた。
「イズミっ!」
やはりイズミは池へと来ていた。
池の前で膝を抱えて座り込み、膝に顔を埋めている。
「イズミっ、ねぇっ、イズミってばっ。ママの言ったことなんて気にしないで。きっとイズミの髪の色と目の色が珍しいから驚いたんだよ」
「嘘だっ!」
なんとかイズミを慰めようとアスカが必死に話すのだが、イズミは顔を埋めたまま声を上げただけであった。肩が震えている。もしかして泣いているのだろうかと、アスカはゆっくりイズミに近付き、自分も隣に座る。
「……俺は、魔物なのか? なんでこんな……。俺だって、好きでこんな姿をしてるわけじゃないのに……」
涙声で悔しそうに顔を上げることなく話している。
「イズミは魔物なんかじゃないよ。だって僕の友達だもん」
「…………」
アスカの言葉で思わず顔を上げたイズミは、目を真っ赤にさせながら横に座るアスカを見る。
「泣かないで。イズミは笑ってる方がずっとキレイ」
「……ありがと」
悲しそうな表情でじっと見つめるアスカを見て、イズミは手で目を擦り涙を拭く。
そして少しだけ笑顔を作るとアスカを見つめ返した。
「ふふ、やっぱりイズミは笑顔の方がいいよ」
にこりとアスカが笑う。いつもの優しいアスカの笑顔を見て、イズミも柔らかく笑った。そして立ち上がるとアスカを見下ろす。
「なぁ。せっかくだから、うちに来いよ」
「えっ、いいの? 僕が行ったりして怒られない?」
突然の誘いにアスカは驚きながらも嬉しそうに尋ねる。
「うん、大丈夫だよ。森の外に行くわけじゃないし、『ここで会った』って言えば平気だよ。実際そうなんだし」
イズミは漸く元気を取り戻し、にやっと笑いながらアスカを見下ろす。
その様子を見てアスカも嬉しそうににっこりと笑う。
「やったぁ。じゃあ行くっ、行きたいっ! カオルさんにも会いたいしっ」
そして立ち上がると満面の笑みでイズミを見つめた。
「カオルはどうでもいいって。じゃ、行こっか」
イズミはすっとアスカに向かって手を差し出す。
「うん」
アスカはイズミの手を取り、ふたりは再び森の中を歩き始めた。
庭で小鳥に餌を与えているカオルに声を掛ける。
「おう。池か?」
カオルはパンくずをばら撒きながらイズミをちらりと見た。
周りに小鳥達が集まって、まるで踊っているかのように餌を啄ばんでいる。
「えっ!? えっと……そうっ、池に行ってくるっ」
どきんと心臓が大きく跳ねる。嘘をつき慣れていないイズミは簡単な答えにも思わず動揺してしまった。カオルの顔が見れない。
もちろん動揺しているイズミに気が付いているカオルは今度はじろりと見る。
「……イズミ、森の外には出たらダメだぞ」
そしていつになく厳しい口調で言い聞かせた。
「いっ、行かねぇよっ! 池に行くだけだってっ」
まるで自分の心を見透かしているようなカオルに更に緊張してしまう。
強く言い返しながらもイズミはどこか落ち着かない様子でカオルを見つめる。
「そうか? じゃあ、夕方前までには戻るんだぞ」
一瞬じっと睨み付けるようにイズミを見下ろしたカオルだったが、またすぐにいつもと変わらない表情でイズミを優しく見つめ返した。
「うん、分かった。行ってくる」
動揺がバレないようきゅっと唇を閉じて頷く。そしてもう一度カオルをじっと見上げ、返事をすると、そのまま森の中へと走って行った。
☆☆☆
待ち合わせは以前アスカと会った池の前。つまり、池に行くこと自体は嘘は言っていない。今更そのことに気が付いたイズミは「なんだ、焦んなくても良かったじゃん」とぼそりと独り言を呟いていた。
そして池に着いたイズミの目に映ったのは、既に先に来ていたアスカの姿だった。
ひとりで池の前にしゃがんでぼんやりとしているようだった。
「アスカっ」
少し後ろから声を掛ける。
「あ……イズミっ!」
ぼんやりとしたまま振り返ったアスカだったが、イズミの姿を確認すると嬉しそうに声を上げた。
以前見た時と変わらず自分と同じ顔で満面の笑みを浮かべている。思わずなんだか照れてしまう。しかし、待たせてしまったことを申し訳なく思い、
「ごめん、アスカ。待ったよね?」
池の前でしゃがんだまま笑顔を見せているアスカを見下ろしながら、眉を下げ、しゅんとしてしまうイズミ。
「そんな顔しないでっ。僕が早く来すぎただけだから。凄く楽しみで待ちきれなかったんだっ」
アスカはにっこりと笑いながら立ち上がる。イズミに気を遣って言っている訳ではないようであった。
「そっか。なら良かった……」
ふぅっと軽く息を吐くと、安心したのかイズミもまたにっこりと笑い返していた。アスカを見ていると自分と同じ顔のせいなのか、自然と笑顔が伝染するようになっていた。しかし、イズミ自身はそのことに気が付いてはいなかった。
「ママにね、友達連れてくって言ったら、すごく喜んじゃって。クッキーいっぱい焼いてくれるって。僕、友達全然いないから、いつもひとりぼっちだったんだ……」
楽しそうに話しながらもアスカはどこか寂しげな表情をしていた。
その話を聞いてイズミも寂しそうにぼそりと呟く。
「……そっか、じゃあ、俺とおんなじだな」
「おんなじ?」
「俺も友達いないから」
不思議そうに首を傾げるアスカを、イズミはなんとも言えない表情で見る。
友達どころかカオル以外の誰も知らなかったのだ、アスカに会うまでは。
「そっか。じゃあ、僕たち初めての友達なんだねっ!」
するとアスカはぱぁっと顔を明るくさせて声を上げる。
「そうか、そうなるね、俺たち」
イズミもアスカの顔を見て笑顔になる。
「行こっ。ママびっくりするよ。だって、僕たち双子みたいにそっくりなんだもん」
そう言ってアスカは嬉しそうにイズミの手を取り歩き出した。
「あははっ。そうだね。色違いの双子?」
イズミもアスカの手を握り返し、楽しそうに話す。
「おそろいだねっ」
「お揃いって言うのか?」
「あははははっ」
呆れた顔をしたイズミを見ながら、アスカは明るく笑う。
そしてふたりは森を抜け、アスカの家のある村へと向かった。
☆☆☆
村に着くと、まだ昼過ぎであった為、村の人達は買い物をしたり、近所の人と話していたりしてとても賑わっているようだった。
「うわ……」
こんなに人がいる所を見るのは初めてだった。そして小さな村ではあったが、イズミにとっては初めて見るものばかりで、目を輝かせながら周りをきょろきょろと見回す。
沢山の家が立ち並ぶ風景。色とりどりの花が植えてある花壇。
舗装されていない砂利道を子供たちが楽しそうに走り回っている。
何かのお店なのだろうか、数人の女性が何やら野菜のようなものを手に取り、その店の店主と思われる男と話しているのが見える。
「どう?」
アスカはじっと窺うようにイズミを覗き込む。
「すごい。こんなに人がいるのなんて初めて見た。……いろんな人がいるんだな」
ぼそぼそと呟くように話しながらも、感動しているのか今までになく顔を輝かせていた。
「そっか。イズミはカオルさんしか知らないんだもんね。僕は全然不思議じゃないけど。うれしい?」
「すごい嬉しい。……でも、なんでカオルは森の外に出ちゃダメだなんて言うんだろう。こんなにいい所なのに……。やっぱ俺がこんな髪の色だからかなぁ……。赤い髪の人なんていないんだろう?」
イズミは嬉しそうな顔をしながらも、カオルの言葉を思い出し、再び悲しみが襲ってきていた。そしてじっと自分の髪を手に取り見つめる。まるで血の色のような赤。
アスカは綺麗だと言ってくれたけど、やはり自分は綺麗だとは思えなかった。
「うーん……確かにイズミの髪の色って見たことないけど……。でも、そんなことないと思うよ? だってすっごくキレイなんだもんっ! あっ! 分かったっ。きっとカオルさん、イズミがキレイだから、誰にも見せたくないんだよっ」
一生懸命考えていたアスカはふと思い付くと、嬉しそうに話す。
「ええー。それはないんじゃない?」
しかしイズミはアスカの言葉に顔を顰める。カオルがそんな理由で自分を森の外に行かないようにしていたとはとても思えない。
「そうかなぁ……」
ふたりがそんな話をしている時、村の人々がイズミに気付き始めていた。
イズミを見て、怪訝そうに何かぼそぼそと話している。
しかし、ふたりは話に夢中でそのことには気が付いていなかった。
そして、暫く歩いた所でアスカが立ち止まってイズミを見る。
「ここだよ」
アスカが指差す先には、小さく可愛らしい一軒の家があった。
三角の青い屋根、白い壁。窓から白いレースのカーテンがゆらゆらと揺れているのが見える。
庭には花壇があり、綺麗な花がたくさん植えられている。
「へぇー。いい所に住んでんじゃん」
イズミは家をじっと見上げる。
「へへっ。あっ、ママのクッキーの匂いだっ。すっごくおいしいんだよっ。早く入ってっ」
アスカは声を上げると、にっこりと笑って玄関のドアノブに手をかける。
甘い香りが漂ってきていた。
「ママっ! ただいまっ。友達つれてきたよっ」
勢いよくドアを開けると、アスカは家の中に向かって大きな声で叫んだ。
イズミにとってママ――つまり母親という存在は初めてであった。
どんな人なのだろうと期待でいっぱいになっていた。
玄関の外でぎゅっと手を握り締め、じっとアスカの背中を眺めていた。
「あらあら。そんなにはしゃいじゃって。今ちょうどクッキーが焼けたから、一緒に食べなさい」
中から優しそうな女の人の声が聞こえてきた。
「うん。イズミっ、おいでよ」
アスカが手招きをしながらイズミを呼んだ。
「うん」
ドキドキと鼓動が速くなる。
緊張しながら玄関へと近付く。家の中が見え、アスカの母親らしき女の人を確認できた。アスカと同じ黒くて柔らかそうな長い髪をひとつで結び、手には大きめの皿を持っている。
「……イズ、ミ?……」
アスカの母親はアスカが呼んだその名前にぴくりと眉を動かし怪訝な表情になる。
しかし、そのことにアスカは気が付いていなかった。
そして、イズミが完全に姿を見せた、その時――。
ガシャンッ! と大きな音を立てて皿が床に落ちて割れてしまう。それと同時に皿に乗せられていたクッキーも床に散らばっていた。
アスカの母親が手に持っていた皿を落としたのだ。
「ママ?」
不思議そうに首を傾げながらアスカが母親を見る。
「……いっ、いやっ! こ、来ないでっ。いやあぁっ!」
アスカの母親は突然怖ろしいモノでも見るかのように顔を歪め、狂ったように叫んだ。
「え……」
イズミにはアスカの母親が何に怯えているのか理解できないでいた。
「来ないでっ、化け物っ……きゃあっ!」
後退りをしながら逃げようとした瞬間、アスカの母親はあまりの慌てように後ろに転んでしまった。
「ばけ……もの?」
イズミはぼそりとアスカの母親が言った言葉を繰り返す。なんのことを言ってるの? 誰のこと?
「生きていた、なんて……。そんな、赤い髪で、金色の瞳なんて…………こんな子、産まなきゃ――っ!」
アスカの母親は床に座り込んだまま怯えた顔で呟くように喋っている。
しかし、最後の言葉を言おうとしてハッとして口を押さえた。
「っ!?」
漸く理解できた。アスカの母親が何を言っていたのか。
そして今まで知らなかった事実を感じ取り、イズミはその場で凍り付いたように固まってしまった。
ずっと、自分が知りたいと思い続けていたはずなのに。
「ママっ、何を言ってるの? どういうことなの? まさか、イズミは僕のっ――」
「違うわっ。あんな子、私の子なんかじゃないっ!」
驚きを隠せない様子でアスカが母親に詰め寄る。しかし、母親はそれを遮るようにはっきりと否定したのだった。
「ママっ!」
声を上げた瞬間、すぐ後ろで足音がしてアスカはハッとして振り返った。
イズミの姿がない。
「アスカ、あんな子と一緒に遊んでは駄目よっ。あの子は魔物の子なんだから」
「ひどいよママっ! どうしてそんなこと言うのっ? イズミは魔物なんかじゃないっ。ひどいよっ!」
母親に向かってこんなに叫んだことは初めてだった。いつも優しい母親がまるで何か別の生き物のように思えてアスカはゾッとする。そしてそのまま家を飛び出してしまった。
☆☆☆
きっとイズミは森に行ったと思い、アスカも森の中を走っていた。きょろきょろと周りを見回すがイズミの姿は見つけられない。
(池にいるかもっ)
急いで池へと向かう。普段はほとんど運動をしないアスカは息を切らせながらも必死に走る。
そしてやっとの思いで池に辿り着いた。
「イズミっ!」
やはりイズミは池へと来ていた。
池の前で膝を抱えて座り込み、膝に顔を埋めている。
「イズミっ、ねぇっ、イズミってばっ。ママの言ったことなんて気にしないで。きっとイズミの髪の色と目の色が珍しいから驚いたんだよ」
「嘘だっ!」
なんとかイズミを慰めようとアスカが必死に話すのだが、イズミは顔を埋めたまま声を上げただけであった。肩が震えている。もしかして泣いているのだろうかと、アスカはゆっくりイズミに近付き、自分も隣に座る。
「……俺は、魔物なのか? なんでこんな……。俺だって、好きでこんな姿をしてるわけじゃないのに……」
涙声で悔しそうに顔を上げることなく話している。
「イズミは魔物なんかじゃないよ。だって僕の友達だもん」
「…………」
アスカの言葉で思わず顔を上げたイズミは、目を真っ赤にさせながら横に座るアスカを見る。
「泣かないで。イズミは笑ってる方がずっとキレイ」
「……ありがと」
悲しそうな表情でじっと見つめるアスカを見て、イズミは手で目を擦り涙を拭く。
そして少しだけ笑顔を作るとアスカを見つめ返した。
「ふふ、やっぱりイズミは笑顔の方がいいよ」
にこりとアスカが笑う。いつもの優しいアスカの笑顔を見て、イズミも柔らかく笑った。そして立ち上がるとアスカを見下ろす。
「なぁ。せっかくだから、うちに来いよ」
「えっ、いいの? 僕が行ったりして怒られない?」
突然の誘いにアスカは驚きながらも嬉しそうに尋ねる。
「うん、大丈夫だよ。森の外に行くわけじゃないし、『ここで会った』って言えば平気だよ。実際そうなんだし」
イズミは漸く元気を取り戻し、にやっと笑いながらアスカを見下ろす。
その様子を見てアスカも嬉しそうににっこりと笑う。
「やったぁ。じゃあ行くっ、行きたいっ! カオルさんにも会いたいしっ」
そして立ち上がると満面の笑みでイズミを見つめた。
「カオルはどうでもいいって。じゃ、行こっか」
イズミはすっとアスカに向かって手を差し出す。
「うん」
アスカはイズミの手を取り、ふたりは再び森の中を歩き始めた。
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仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。
そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。
そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。
一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。
イラスト 卯月凪沙様より
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