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第10章『お前は誰だ』

6話

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 翌朝、朝早くから無理矢理起こされたタクヤは西へと向かう間、不機嫌に黙り込んでいた。
 頬を膨らませたまま、イズミを見向きもせずに歩いている。
「お前なぁ、いつまで膨れてんだよ。昨日早く出るって言っただろうが」
 横でいつまでも不機嫌なままでいるタクヤに対し、いい加減鬱陶しくなったイズミは大きく溜め息を付いた後、呆れた顔で話し掛けた。
「うるせぇや。分かってるよ。別にそのことで怒ってるんじゃないやい」
 ムスッと口を尖らせると、タクヤは覗き込むようにして見ているイズミから顔を逸らす。
「……お前、すげぇ不細工な顔になってるぞ」
「うるさいなっ!」
「ったく、何をそんなに怒ってんだよ」
 面倒臭いと思いながらも溜め息を付き、イズミは仕方なさそうな顔で膨れているタクヤを見つめる。
「だってさ。俺、疲れてんのに、何も蹴って起こすことないじゃん。もうちょっと優しく起こしてくれてもいいのにさ」
「あ、そ」
 そんなことで怒っているのかと、イズミは少しでも気を遣おうと思った自分が馬鹿らしくなり、タクヤから顔を逸らしてしまった。
「ちょっとっ! 自分から聞いておいてっ! 酷くないか? なんだよ……昨日はあんなに必死に俺にしがみついてきてたのに。全然今までと変わんないじゃん……俺のこと好きって言ってくれたのに、全部嘘だったみてぇじゃん」
 頭にきたタクヤはその場に立ち止まり、イズミに向かって怒鳴り付ける。
 しかし怒鳴っているうちに、昨日のことが全て夢か何かだったのかと、段々悲しくなってきていた。
「嘘じゃねぇよ。それとも何か? お前は俺のこと信じてないってことか?」
 タクヤが立ち止まったことに気が付き、イズミもその場で立ち止まり振り返る。
 しかし、タクヤの言葉に傷付いたような表情で睨み付けていた。
「そうじゃないけどっ!……また、喧嘩になっちゃうのやだ。はぁぁ……もうっ! いいやっ、気にしないっ! イズミっ、行こうぜっ」
 今まで見たことのないようなイズミの顔を見て慌てたタクヤだったが、自分も泣きそうな顔になったかと思うとすぐに大きく溜め息を付く。そして自分の頬をぱちんと両手で叩くと、突然明るく声を上げ、元気に歩き出した。
「はぁ?」
 自分を通り過ぎ、元気に歩くタクヤの後ろ姿を眺めながら、一体なんなんだとイズミは呆れ返っていた。
 まるで大型犬でも見ているようである。
 そしてイズミは大きく溜め息を付くと、自分もゆっくり歩き出した。
「バカ犬……」
「何か言った?」
 ぼそりと呟いたイズミの言葉にタクヤが振り返る。
「別に」
「よぉーっし。頑張るぞーっ!」
「…………」
 声を上げ、やる気満々に歩くタクヤを眺めながら、イズミは『なんでこんなヤツ好きになったんだろう』と、少しだけ自己嫌悪に陥っていた。



 ☆☆☆



「そういやさ、さっきの町、やっぱおかしいと思わねぇ?」
 元気にイズミの前を歩き続けていたタクヤであったが、ふと思い出したようにイズミを振り返った。
「何が?」
「何が、じゃなくて。最初見た時はあの町全然人の気配なんてしなかったじゃん。それに、あのアンドロイドのねぇちゃんがあの町へ行ったはずなのに、その形跡もないし。俺らが入った時には普通の町になってた。ぜってぇおかしいじゃん。イズミも気付いてたんじゃねぇの?」
 無表情に問い返すイズミにタクヤはじれったそうに言い返す。
「さぁな。俺にも分からん。別になんともねぇならいいだろ」
 しかしイズミは面倒臭そうに答えるだけであった。
「よくねぇよ。じゃあ、あのアンドロイドは? どこ行ったんだよっ」
 イズミの態度にムッとして隣に並ぶと、タクヤは思わず声を上げた。
「さぁ」
「さぁ、じゃねぇよっ! もう、なんでそう面倒臭そうなんだよ……。だってあいつら、もしかしたらイズミに関係してるかもしんねぇじゃん」
「かもな。でもそれは俺たちが気にすることじゃない。カオルが言ったろ? あいつらに任せておけばいいんだよ。どうせ俺たちにはなんにも分かんねぇんだから。そんなことより、お前は師匠のことでも考えてろよ」
 声を上げるタクヤをイズミは厳しい口調で言い返した。
「そうだけど……。でも、やっぱ気になる。師匠も大事だけど、イズミはもっと大事だもん。あいつらがまた襲ってきたらどうすんだよ。俺はイズミを守るけど、相手は金属の塊じゃん。1体ならなんとかなるかもしれないけど、たくさん来たら俺だって歯が立たねぇぞ?」
 イズミの話も理解できるがあの時のようになったらと、タクヤは自信なさげにイズミをじっと見つめる。
「その時はあの男になんとかさせればいい。いちいち気にしてたら先に進めない」
「あの男って、カオルのこと?」
「そうだ」
「……分かった。俺らはまず、西へ行かなきゃならないんだよな」
 タクヤはじっと考え込み、不満そうな顔をしながらも納得する。
「分かったんならさっさと歩け。次の町までどれだけ掛かるか分かんねぇんだから。後でまたグチグチ言われんのは嫌だぞ?」
 ちらりと横目で見ると、イズミは溜め息交じりにタクヤに話す。
「分かってるよ……。結構根に持つよな」
「人のこと言えんのかよ」
 ぼそりと答えながらムスッと口を尖らすタクヤをイズミもムッとして睨み付ける。
「そんなことねぇよ。俺はさっぱりしてるもん」
「嘘付け。ギャーギャー騒ぐくせに」
「でも根に持たねぇもん」
「うるせぇヤツ。ほんとお前ガキみてぇ。いくつだよ?」
「19だよ」
「真面目に答えんなバカ」
「真面目のどこが悪いんだよっ。あっ!」
 イズミと言い合っていた時、タクヤが何かを発見し、突然声を上げた。
「なんだよ?」
 溜め息を付きながら今度はなんだと、イズミは鬱陶しそうにタクヤを睨み付ける。
「あれって村か町じゃねぇ? まだ遠くてよく分かんねぇけど」
 タクヤはイズミを見ることなく進行方向のずっと先を指差す。
「お前、やっぱ野生動物なんじゃねぇの?」
 ほとんど何があるかも分からないようなものを指差すタクヤを、イズミは呆れた顔で眺める。
「違うわっ! ただ視力がいいだけだっ。視力は2.0だもん」
「10.0の間違いじゃね?」
「んなわけあるかっ!」
「あ、そ」
 怒鳴り散らすタクヤからイズミは面倒臭そうに顔を背ける。
「とにかく行ってみよっ。今日はとりあえずあそこに泊まるっ。次いつ着くか分かんねぇし」
「早すぎだろ」
「だからぁ、次いつ着くか分かんねぇだろ?」
「分かったって。ったく……」
 イズミは溜め息をつきながら「やっぱ根に持ってんじゃねぇか」と呟いていた。
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