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第14章『新たな敵』

1話

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 いつもと変わらない風景。
 何も変わらない。
 いや、いつも以上に騒がしいのかもしれない。


「ああーっ! リョウっ、それ俺の唐揚げっ! お前それ4個目だろっ!」
 ぱくんと唐揚げを咥えたリョウを指差し、タクヤが立ち上がって大声で怒鳴る。
 唐揚げはタクヤの1番の好物なのだ。
 今リョウが口に入れたのは、大きな皿に沢山盛り付けられていた最後のひとつであった。
 恐らく数を考え、何個までなら食べられるということがタクヤの頭にあったのだろう。
「んんーっ」
 しかしリョウは唐揚げを口の中に全部入れると、もぐもぐしながらじっとタクヤを見上げる。
 その目はまるで悪戯っ子のように楽しそうに笑っている。
「ああっ! 食べたなっ! 出せっ、今すぐ出せっ! 俺の唐揚げー」
 隣の席で美味しそうに食べているリョウの両肩を掴み、タクヤは涙ぐみながら声を上げる。
 がくがくと肩を揺さぶられてもリョウは全く気にすることなく口を動かしている。
「んっはぁー。おいしかったぁ。って食べちゃったもーん」
 ごぐんと飲み込むと、リョウは楽しそうにぺろっと舌を出す。
 悪びれる様子は全くない。
「お前―っ!」
 更に激しくリョウの肩を揺さぶるが、リョウは「へへっ」と笑うだけであった。
「…………」
 目の前の光景に、イズミは大きく溜め息を付いた。
 しかし、少しだけ眉間に皺が寄っている。
「ははっ、タクヤも気が付くのが遅いんだよ。口に入れた物を出したってもう食べられないだろ? それとも人が食べかけた物でもタクヤは食べられるんだ?」
 ふたりのやり取りを楽しそうに眺めていたカイは、タクヤを見上げながら口を挟んできた。
「はぁっ?」
 じろりと今度はカイを睨み付けたものの、反論する言葉が見つからないようだ。
 俯き加減に「くそっ」とぼやきながらリョウの肩から手を離し、タクヤは悔しそうに口を尖らせながら席に座った。
「タクヤの負けー」
 諦めたタクヤの顔をにやりと見ると、リョウは嬉しそうにひらひらと両手を振る。
「なんだとっ!」
 馬鹿にされたと思ったのか、再び怒ったタクヤがテーブルをばんっと叩いて立ち上がった。

「うるせぇっ!」

 響き渡った怒鳴り声に店中がしんと静まり返ってしまった。
 イライラし過ぎて思わず大きな声を上げてしまったと、イズミは「こほん」と咳をひとつする。
 いつもの事とはいえ、我慢の限界だった。
 いや、騒ぐ人数が増えている分、いつも以上にうるさい。
 乱暴に湯飲みをテーブルに置くと、イズミは前に座るタクヤとリョウをじろりと睨み付ける。
 珍しくタクヤとリョウ、イズミとカイといった並びで席に座っていたのだ。
「お前らはさっきからうるせぇんだよ。ったく、飯くらい静かに食えねぇのか」
 じろりと睨み付けたまま、イズミはできるだけ声を抑えながら文句を言う。
 まるで子供の喧嘩を見ているようだ。
 睨み付けられたタクヤとリョウは、びくんと体を震わせ固まっている。
 しかし、カイだけはにこやかに落ち着いてお茶を飲んでいた。
 驚いて静まり返っていた店内も、ふと我に返ったように再びざわざわと騒ぎ始める。
「だっ、だってさ、リョウが俺の唐揚げをっ……」
 すとんと席に座り、タクヤは上目遣いにイズミを見ながらおずおずと話し始めた。
「知るか。だいたい好きな物ならさっさと食えば良かっただろ?」
 ふんっと鼻を鳴らし、タクヤを見ることなく再びお茶を飲む。
「好きなものは最後に食べるって決めてるんだよっ!」
 邪険に扱われたからか、タクヤはむすっと口を尖らせている。
「へぇ。じゃあ、イズミも最後に食べるんだ?」
 頬杖をつき不敵な笑みを浮かべると、斜め前からカイがタクヤをじっと見つめる。
「なっ!」
 その言葉にタクヤは顔を真っ赤にさせ、言葉もなく固まった。
「えっ? 何? どうしたの?」
 話が分からないといった顔でリョウはじっとタクヤとカイを交互に見ている。
「くだらねぇ……」
 大きく溜め息を付き、「付き合ってられん」とぼやくように呟くと、イズミは再び静かにお茶を飲み始めた。
 まったくこいつらはどうしてこうくだらないことばかり話すのか。
「もしかして、イズミは例外? もう食べちゃったとか?」
 更に意地悪そうな顔でカイがタクヤとイズミを交互に見た。
「なっ! ち、ちがっ……」
「…………」
 真っ赤になって反論しようとするタクヤとは反対に、イズミは黙ってカイを睨み付ける。
「おおっと。怖いな」
 くすくすと静かに笑うと、カイも再びお茶を飲み始めた。
「もうっ……やめろよなっ」
 タクヤは顔を赤らめたままぷいっと横を向く。
「で、本当のところはどうなの?」
 今度はリョウが楽しそうに乗り出してタクヤを覗き込む。
「もうっ。リョウまでっ。面白がるなよっ」
 パッと振り返ると、相変わらず真っ赤な顔でタクヤはリョウを睨み付ける。

 いつもと変わらない風景。
 何も変わらない、はずなのだが……。
 昼間のタクヤの態度で『何かある』とは思うのだが。
 わざとやっているように思えてきてしまう。
 何か、自分に隠しているのではないのか、そう思えてならなかった。
 しかし、タクヤに聞いても『何もない』の一点張りだ。
 かと言って、このふたりに話しても何か分かるとは思えない。
 静かにお茶を飲みながら、イズミの頭の中はたくさんの思いと疑問で渦巻いていた。
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