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第17章『潜入』
5話
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部屋の奥から現れたのは年老いた男性であった。
「ルカ」
優しい声でルカの名を呼んでいる。
右足を少し引き摺りながら歩いてきたその男性は、歳は60代くらいか。
身長はイズミと変わらないくらいだが、少し小太りで白髪混じりのあまり手入れをしていないようなボサついた髪で、白いシャツの上に白衣を着ている。
その姿を見てふとカイの話がイズミの脳裏を掠めた。
容姿までは聞いていなかったが、見た目の年齢と白衣姿。もしかして彼が『博士』なのだろうか。
そう思った時、ルカが声を上げた。
「博士っ! 足は? 大丈夫っ?」
慌てたように博士と呼んだその男性の元へと駆け寄った。
他にも博士と呼ばれる人物がいるのかもしれないが、やはりこの男性がそうなのだろうと確信する。
「あぁ、大丈夫だよ、ルカ。……そして君は、イズミだね」
体を支えるルカににこりと笑って答えると、博士はイズミの方を見ながら穏やかな顔でそう話し掛けてきた。
「っ!」
びくりとして驚いた後、思わず身構える。
「心配しないでいい。君に危害を加えるつもりはないよ。……この子を、ルカのことをお願いしたいんだ」
そう言って博士はゆっくりと頭を下げた。
「博士っ!」
驚いたルカは真っ青な顔で叫ぶ。
一体どういう意味なのか。そしてルカとの関係はなんなのか。
気になることは多々あるが、頭が混乱していて何も答えられなかった。
「……彼は……」
ふと、床に横たわっているカイの姿を見つけ、博士が驚いたような顔をした。
その言葉でイズミもカイのことを思い出す。
こんなことをしている場合ではない。早くカイを治療しなければ。
慌ててカイの横へとしゃがみ込むと、そっと腕を取って脈をみる。
体は温かく柔らかいが、脈は感じられない。
「カイ……」
先程ルカは死んでいないと言っていた。
もしかしたらショックで心停止しているのかもしれない。
まずは先程アスカに攻撃されたと思われる胸の傷を確認する。
そっとシャツのボタンを外していくと、出血は既に止まっているようだった。
しかし、カイの胸には小さな穴が開いている。
「これは……」
心臓の近くではあるが、どうやら少し外れていたようだ。
ルカの言う通り、まだ助けられるかもしれない。
左手を下にしてイズミは両手をカイの胸にそっと当てる。
そして集中する。
自分の力で助けられるかは分からない。しかし、やれるだけのことをしなければ後悔する。
ぎゅっと目を閉じるとイズミの手元がふわりと光り始めた。
光が出てから数分後――カイの意識は戻らない。
そしてイズミの額から汗が流れ、ぽたりと床に落ちる。
「……くっ」
力と集中力が続かない。これ以上は無理だと息が漏れた。
すっとイズミの手元の光が消える。
「イズミ?」
心配そうにルカが横にしゃがみ、覗き込んできた。
イズミはゆっくりと首を横に振る。
「ダメだ……まだ足りない」
胸に開いていた穴は塞がったが、まだ心肺は停止したままだ。
あれから数分の時間が経っている。
このままではたとえ息を吹き返したとしても、障害が残ってしまうかもしれない。
どうすればいい? 考えても分からない。
ただ、『ここにカオルがいれば』そう思うだけであった。
もっと自分に力があれば、と悔しくて涙が出てくる。
「イズミ……」
じっとルカが心配そうな顔のまま見つめている。
博士も後ろに立ったまま、どうすることもできずに眉を顰めていた。
すると突然、閉めたはずの扉がガチャッと音をさせてゆっくりと開いた。
「っ!」
まさか誰かに見つかったのかと、部屋の中にいた3人は一斉に身構える。
しかし扉が開いた後、誰かが入ってくる様子はない。
しかもそのまま扉はひとりでにゆっくりと閉じていく。
一体なんだとじっと扉の方を見つめていると、なぜか知っている匂いを感じた気がした。
(え?)
まさかと思いながらも、イズミは辺りを見回す。
次の瞬間、まるで誰かに抱き締められたかのような感覚があり、びくっと体が震えた。
誰もいないはずなのに、これは一体どういうことかと驚くが、嫌な感覚はない。
その感触も自分はよく知っている気がした。
誰もいない。何もいないはずなのに、この感触、この匂い……。
そう思った時、突然耳元で自分を呼ぶ声が聞こえた。
「イズミっ!」
先程までとは違い、今度ははっきりと抱き締められた。
何もなかったところにゆっくりと姿が見え始める。
「まさか……」
今度は声に出ていた。
そんなはずはない、そう思うのに、今はただこの腕が声が匂いが愛おしくてたまらなかった。
「タクヤっ!」
ぎゅっと背中に手を回し、その名前を叫んだ。
「ギリギリなんとかなったな……」
そしてもうひとり。よく知る声が上の方から聞こえてきた。
ハッとして顔を上げると、にやりと笑うカオルの姿が目に入る。
「イズミっ!」
少しだけ体を離すと、泣きそうな顔で自分を見つめるタクヤの顔が目の前にある。
本当にタクヤだ。
ほっとして緊張が緩んだのか、イズミはぺたんと座り込んでしまった。
「無事で、良かった……」
涙ぐみながらタクヤがそっとイズミの頬に触れる。
「タクヤっ!」
するとすぐ横でもうひとり、タクヤの名前を呼ぶ声があった。
驚きと喜びに溢れた表情でルカがじっとタクヤを見つめている。
「えっ! ルカっ!?」
ぱっとイズミを離すと、タクヤが驚いて声を上げた。
「ルカ」
優しい声でルカの名を呼んでいる。
右足を少し引き摺りながら歩いてきたその男性は、歳は60代くらいか。
身長はイズミと変わらないくらいだが、少し小太りで白髪混じりのあまり手入れをしていないようなボサついた髪で、白いシャツの上に白衣を着ている。
その姿を見てふとカイの話がイズミの脳裏を掠めた。
容姿までは聞いていなかったが、見た目の年齢と白衣姿。もしかして彼が『博士』なのだろうか。
そう思った時、ルカが声を上げた。
「博士っ! 足は? 大丈夫っ?」
慌てたように博士と呼んだその男性の元へと駆け寄った。
他にも博士と呼ばれる人物がいるのかもしれないが、やはりこの男性がそうなのだろうと確信する。
「あぁ、大丈夫だよ、ルカ。……そして君は、イズミだね」
体を支えるルカににこりと笑って答えると、博士はイズミの方を見ながら穏やかな顔でそう話し掛けてきた。
「っ!」
びくりとして驚いた後、思わず身構える。
「心配しないでいい。君に危害を加えるつもりはないよ。……この子を、ルカのことをお願いしたいんだ」
そう言って博士はゆっくりと頭を下げた。
「博士っ!」
驚いたルカは真っ青な顔で叫ぶ。
一体どういう意味なのか。そしてルカとの関係はなんなのか。
気になることは多々あるが、頭が混乱していて何も答えられなかった。
「……彼は……」
ふと、床に横たわっているカイの姿を見つけ、博士が驚いたような顔をした。
その言葉でイズミもカイのことを思い出す。
こんなことをしている場合ではない。早くカイを治療しなければ。
慌ててカイの横へとしゃがみ込むと、そっと腕を取って脈をみる。
体は温かく柔らかいが、脈は感じられない。
「カイ……」
先程ルカは死んでいないと言っていた。
もしかしたらショックで心停止しているのかもしれない。
まずは先程アスカに攻撃されたと思われる胸の傷を確認する。
そっとシャツのボタンを外していくと、出血は既に止まっているようだった。
しかし、カイの胸には小さな穴が開いている。
「これは……」
心臓の近くではあるが、どうやら少し外れていたようだ。
ルカの言う通り、まだ助けられるかもしれない。
左手を下にしてイズミは両手をカイの胸にそっと当てる。
そして集中する。
自分の力で助けられるかは分からない。しかし、やれるだけのことをしなければ後悔する。
ぎゅっと目を閉じるとイズミの手元がふわりと光り始めた。
光が出てから数分後――カイの意識は戻らない。
そしてイズミの額から汗が流れ、ぽたりと床に落ちる。
「……くっ」
力と集中力が続かない。これ以上は無理だと息が漏れた。
すっとイズミの手元の光が消える。
「イズミ?」
心配そうにルカが横にしゃがみ、覗き込んできた。
イズミはゆっくりと首を横に振る。
「ダメだ……まだ足りない」
胸に開いていた穴は塞がったが、まだ心肺は停止したままだ。
あれから数分の時間が経っている。
このままではたとえ息を吹き返したとしても、障害が残ってしまうかもしれない。
どうすればいい? 考えても分からない。
ただ、『ここにカオルがいれば』そう思うだけであった。
もっと自分に力があれば、と悔しくて涙が出てくる。
「イズミ……」
じっとルカが心配そうな顔のまま見つめている。
博士も後ろに立ったまま、どうすることもできずに眉を顰めていた。
すると突然、閉めたはずの扉がガチャッと音をさせてゆっくりと開いた。
「っ!」
まさか誰かに見つかったのかと、部屋の中にいた3人は一斉に身構える。
しかし扉が開いた後、誰かが入ってくる様子はない。
しかもそのまま扉はひとりでにゆっくりと閉じていく。
一体なんだとじっと扉の方を見つめていると、なぜか知っている匂いを感じた気がした。
(え?)
まさかと思いながらも、イズミは辺りを見回す。
次の瞬間、まるで誰かに抱き締められたかのような感覚があり、びくっと体が震えた。
誰もいないはずなのに、これは一体どういうことかと驚くが、嫌な感覚はない。
その感触も自分はよく知っている気がした。
誰もいない。何もいないはずなのに、この感触、この匂い……。
そう思った時、突然耳元で自分を呼ぶ声が聞こえた。
「イズミっ!」
先程までとは違い、今度ははっきりと抱き締められた。
何もなかったところにゆっくりと姿が見え始める。
「まさか……」
今度は声に出ていた。
そんなはずはない、そう思うのに、今はただこの腕が声が匂いが愛おしくてたまらなかった。
「タクヤっ!」
ぎゅっと背中に手を回し、その名前を叫んだ。
「ギリギリなんとかなったな……」
そしてもうひとり。よく知る声が上の方から聞こえてきた。
ハッとして顔を上げると、にやりと笑うカオルの姿が目に入る。
「イズミっ!」
少しだけ体を離すと、泣きそうな顔で自分を見つめるタクヤの顔が目の前にある。
本当にタクヤだ。
ほっとして緊張が緩んだのか、イズミはぺたんと座り込んでしまった。
「無事で、良かった……」
涙ぐみながらタクヤがそっとイズミの頬に触れる。
「タクヤっ!」
するとすぐ横でもうひとり、タクヤの名前を呼ぶ声があった。
驚きと喜びに溢れた表情でルカがじっとタクヤを見つめている。
「えっ! ルカっ!?」
ぱっとイズミを離すと、タクヤが驚いて声を上げた。
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