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第1章
初めて呼ばれた名前
トムと手分けして書類を作成した父は翌朝には裁判所へ申請書類を提出しに行った。一晩経っても怒りは収まらなかったらしく、気合十分に「裁判所へ行ってくる」と行った。
これであちらが婚約破棄の書類にサインさえすれば婚約破棄成立になる。
あんなに多くの招待客がいる前での婚約破棄宣言。サインしない選択肢はない……はず。
憂鬱な婚約ではあったけど、困った婚約者程度に思っていた。いや、実際はそれよりも嫌だとは思っていたけれど。
いずれこの人と家庭を作る。子どもでもできたらもっと親密になり、歩み寄ることができるだろうか、安心できる存在になるだろうかと。そんなことも考えていた。
だが、昨日のあれで困った婚約者ではなく、大嫌いな元婚約者になってしまったので一日でも早く婚約破棄が成立してほしい。
翌日私は普段通り馬車で貴族校へ向かい、いつも通り学校の近くで下ろしてもらいそこから歩き始める。すると、その先にロディ様が立っているのが目に入る。
すでに卒業している方が学校の前にいるとは何事か。
パーティー後初めてみるロディ様はトムが言っていた通り、左頬が腫れ、青くなっている様子は少し痛々しい。そして彼が言っていた不貞腐れていたというのはこんな様子だったのだろう。確かに不本意そうな顔をしてそこに立っている。その顔を見てか、騒ぎを知っているからか、通り過ぎる人たちも彼の様子をちらちらと窺っていることがわかる。だがすでに私とはなんの関係もない人。だからそのまま目の前を過ぎようとすると私の名が呼ばれてしまった。
「サリー!」
あら、私の名前覚えてらっしゃったのね。
7年間婚約していたが、名前を呼ばれた記憶は一度もなかった。
そんな人に婚約破棄した後に名を呼ばれるだなんて、不愉快でしかない。
「ごきげんよう、ドルマン侯爵令息。大変申し訳ございませんが名前で呼ぶのはご遠慮いただけますか。周りから親しい仲と勘違いされてしまっては不愉快ですので」
「なっ!!!!
そ、そういう態度が、侯爵家にはふさわしくないんだ!」
私が不愉快と言うと、まるで子どもが地団駄でも踏むかのように足を地面にダンと落とし、侯爵家にふさわしくないと言う。今日は珍しく私の方を見て話をしてくれるらしい。
確かに私は侯爵家にふさわしくないかもしれないけど、ふさわしくある必要はすでにない。
「そうですか。しかし私、侯爵家とは何ら関りがございませんので、ふさわしくある必要がございません」
「ま、まだ私たちは婚約関係にある!」
あんなに多くの人の前で堂々と婚約破棄を宣言しておいて恥ずかしげもなくこんなことを言えるなんて、なんて器が小さくて、頭が足りない男なのかしら。
そう少しだけ感心してしまう。それと同時にこんな男と結婚することにならなくてよかったと心の底から思ってしまう。
こんな私たちのやり取りを学校に向かう生徒たちは足を止め、遠巻きに見ている。できればこれ以上注目される前にこの場を離れたいわ……
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