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消える約束
「また……なの?」
その言葉は、もう何度目になるのだろう。
約束の日になると、必ず”彼女”が体調を崩す。
――まるで、狙っているかのように。
そして―― 私の予定は、消える。
春の陽射しが、ベルディア男爵邸の庭を柔らかく照らしていた。
花壇のチューリップは満開で、色とりどりの花が風に揺れている。
その景色を、マリア・ベルディアは窓辺から静かに眺めていた。
「奥様、そろそろお時間です」
侍女が遠慮がちに声をかける。
マリアは振り返り、微笑んだ。
「ええ。ありがとう」
今日は特別な日だった。
――マリアの誕生日。
そして結婚してから初めて、夫のクラリモンドが一日予定を空けてくれた日でもある。
「今日は街へ出よう」
数日前、彼はそう言ってくれた。
「新しい店ができたらしい。君の好きそうな菓子もあるそうだ」
その言葉を聞いたとき、マリアは胸が少し温かくなった。
二人で出かける約束は久しぶりだったのだ。
結婚して一年。
その間に何度も予定を立てた。
舞踏会。
劇場。
郊外の湖への小旅行。
だが、そのすべてが――
「奥様……」
侍女の声が、少し沈んでいた。
「どうしたの?」
マリアが尋ねると、侍女は言いにくそうに視線を落とした。
「旦那様から伝言が……」
その瞬間、マリアの胸の奥で小さなため息が生まれた。
嫌な予感は、たいてい当たる。
「シャリルン様が……体調を崩されたそうです」
やはり。
マリアは目を伏せた。
「そう」
それだけ答える。
侍女は静かに続ける。
「旦那様は看病のため、今日は外出を――」
「分かっているわ」
マリアは優しく言った。
侍女は言葉を止めた。
屋敷に来てからまだ日が浅い侍女でも、この光景には見覚えがあったからだ。
シャリルンが体調を崩す。
クラリモンドが看病する。
そして――約束は消える。
マリアは窓の外を見た。
庭では鳥がさえずっている。
とても穏やかな日だ。
それなのに。
「また、ですね」
侍女がぽつりと漏らした。
マリアは微笑んだ。
「ええ、”また”ね…」
もう何度目だろう。
シャリルンは修道院から引き取られた少女だ。
細く白い指。
儚げな顔立ち。
今にも倒れてしまいそうなほど華奢な体。
誰もが守ってあげたくなるような少女。
クラリモンドも例外ではなかった。
むしろ――誰よりも強く、彼女を守ろうとしていた。
「シャリルンは病弱なんだ」
彼はよくそう言った。
「かわいそうな子なんだ」
マリアは理解しようとしてきた。
最初のうちは。
体の弱い少女を優先するのは当然だと思ったから。
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