「君は健康だから我慢できるだろう」と言われ続けたので離縁しました。――義妹の嘘が社交界で暴かれます

暖夢 由

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舞台を降りた人間

「誰にでも甘くなれば、危険ですから」

マリアはふと、クラリモンドの顔を思い出した。 

『シャリルンは可哀想なんだ』

 あの言葉。あの表情。マリアは静かに言う。

「夫は……いえ、元夫は優しい人だったと思います」

侯爵は何も言わず聞いている。

「ただ……今となってはそれは”優しさ”だったのか……」

侯爵の口元がわずかに緩む。

「たしかに。ただ夢を見たかったのでしょうね」

マリアは頷く。

「ええ」

マリアは少しだけ言葉を探した。馬車の窓から差し込む柔らかな光が、膝の上の指先を照らしている。

「優しい人間でいるためには、“弱い誰か”が必要があることもあります」

侯爵の視線が静かに向けられる。マリアは窓の外を見たまま言った。

「シャリルンは、ずっと“守るべき存在”でした。倒れて…心配されて….皆に守られて」

小さく息を吐く。

「……そして夫は、その役を演じたがった」

侯爵はしばらく黙っていたが、やがて静かに言う。

「なるほど」

侯爵は腕を組み、落ち着いた表情で続けた。

「“守る側”でいる限り自分は正しい人間だと思える。そういう構図ですね」

マリアは苦く笑った。

「ええ」

少しだけ肩をすくめる。

「私は健康で、泣かなくて、倒れないので物語には必要のない存在でした」

侯爵は即座に言った。

「それは違う」

マリアが目を瞬かせる。侯爵は淡々と続けた。

「彼らは、あなたを“扱いやすい位置”に置き、意図的に脇へ追いやっていただけです」

一瞬、沈黙が落ちる。そして侯爵は少しだけ柔らかい声で付け加えた。

「それに気づいたあなたは、その舞台からいち早く降りただけです」

マリアはその言葉をゆっくり飲み込むように聞いていた。それから、ほんの少しだけ笑う。

「……舞台。たしかに…与えられた役のようでした……」

「ええ」

侯爵はマリアを見て言った。

「ですが舞台を降りた人間は案外自由です」

わずかに口元を緩める。マリアは小さく息を吐いた。その言葉が胸の奥に静かに落ちていく。そして言った。

「それなら私は、ようやく観客席から観られるのかもしれませんね」

侯爵は少し考えるような顔をした。そして言う。

「いいえ」

マリアが首を傾ける。侯爵は静かに答えた。

「あなたが主役の舞台はずっと続いています」

「人の舞台を降りただけ」

マリアの目が少し大きくなる。侯爵は続ける。

「あなたが主役の舞台はきっと今が転換期なのです」

その声は静かだった。だが、どこか確信のある響きがあった。マリアは思わず笑った。

「侯爵様」

「はい」

「それは少し大げさではありませんか」

小さく肩をすくめ、侯爵は平然と答える。

「そうでしょうか」

そして外を見た。


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