シークレットベイビー~エルフとダークエルフの狭間の子~【完結】

白滝春菊

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妊娠

 数日後、アステルの体調がようやく良くなってきたが、相変わらず食欲は湧かないようで、あまり食が進まなかった。
 それでも無理やりにでも食べるように自分自身に説得し、何とか食べられそうな果物を口元へと運ぶのだが……どうしても体が受け付けないのだ。

(そろそろ病院に行こうかな……)

 今までは風邪だと思って放置していたが、いつまでも治らないことに不安を覚え始め、アステルは重い腰を上げて出かけることにしようと考え始めたその時、玄関の方でノックをする音が聞こえた。

 誰だろうと思って出てみればそこにはレイアとレイアの母の姿が。アステルはレイアの顔を見ると嬉しさで思わず笑顔になるが、同時に手にバスケットを持っているレイアの母の顔を見て表情が強張った。

「あ、あの、アステル……この前はごめんなさい。この前は私、アンタに酷いことばかり言って……謝って許してもらえるとは思っていないけど、どうしても直接会って謝罪をしたかったの」

 申し訳無さそうにしている母親の後ろに隠れながら、レイアも同じように頭を下げた。

「私はもう大丈夫だから。気にしないで」

 アステルは笑顔で謝罪を受け入れた。レイアの母の膨らんだ腹を見て、妊娠していることを思い出した。
 きっと精神的に不安定だったせいもあるだろう。あの時の娘を思う気持ちが痛いほどに伝わり、怒るどころか、むしろあそこまで必死になってくれる母親を持つレイアを羨ましいとさえ思っていた。

「それでお詫びにこれを受け取ってほしいの」

 レイアの母がバスケットを開けると、そこにはたくさんの野菜や果物が入っていた。

「こんなにも……」
「ええ。いつもレイアがお世話になっているみたいだし、これはほんの少しだけど、お礼として貰ってほしいの」
「そんな……悪いわ」
「いいのよ。私がそうしたいんだから。ね?お願い」
「じゃあ……ありがたく貰います……あ、この花は……」

 バスケットの端っこに小さな白い花が見え、アステルはそれを手に取った。するとレイアは恥ずかしそうにして頬を赤く染める。

「それね。ステラって名前の花なの」
「ステラ……」

 その名前をつぶやきながらアステルは胸の奥に何かが刺さるような痛みを感じた。シリウスが最後にくれた花とまったく同じ花。ステラ。その花は今、窓際の鉢植えの中で元気よく咲いている。

 それから二人が帰っていくと、ふとレイアの母がお腹を撫でて微笑んでいる姿を見て違和感を覚えた。

「妊娠……まさか……」

 アステルは家に戻ると作業部屋に入り、薬のレシピを見ながら新しい薬を作り始めた。今作っている薬は妊娠をしているのかを判別する為の物。
 もしこれで陽性が出れば間違いない。アステルは思い違いであってほしいと思いながら調合を続けた。

 そして、ついに完成した。出来上がったばかりのそれを慎重に紙の上に垂らし、更に自分の体液を垂らして反応を見る。
 しばらくすると、その液体はゆっくりと染み込んでいき、数秒後に変化が現れた。透明の液体が赤くなったのだ。

「妊娠している……シリウスの……」

 自分の下腹部に手を当てて、ここにいるはずの我が子の存在を感じた。避妊は徹底していたはずだったが避妊薬の力は絶対ではない。
 エルフは妊娠をしにくいのもあって自分自身が身籠る可能性はゼロに等しいと思っていたが命が宿ってしまった。

(堕ろさなきゃ……エルフとダークエルフの子供は幸せになれない)

 この世に生を受ければエルフにもダークエルフにも受け入れてもらえない子供が悲しみを背負い続けて不幸になるだけだ。そう思って今度は堕胎薬を作り始めた。

 出来上がった真っ黒な液体をコップに注ぐとアステルは深呼吸をして口に入れようとした。しかし手が震えてしまい、なかなか飲めなかった。
 下腹部を触るとわずかに膨らんでおり、そこに新たな生命がいることを実感した途端に決意が揺らぐ。

 ◆

 あれから半日、外が夕焼け色に染まるまで彼女はテーブルの上に黒い液体の入ったコップを置いてそれを黙って眺めて過ごした。
 そして家の中が暗くなる頃、開いたままの窓からヴァンが外から戻ってくるとテーブルの上に止まってこちらを見つめていることに気づいた。

「ヴァン……私、どうしたらいいんだろう……」

 アステルはヴァンに話しかけるが、ヴァンは何も言わずに真っ黒い薬をじーっと見て、アステルと見比べてから首を傾げるが、すぐにコップの側に寄ると羽を広げてそれを倒してしまった。

「……あ……」

 コップに入っていた薬は机から床にほとんど流れてしまった。
 それを気にせずにヴァンはそのままアステルの膝の上に乗ってしまい、彼女はその光景に気が抜けてしまう。自分が何を悩んでいたかなんてこの賢いフクロウにはお見通しだったようだ。

「私、シリウスの赤ちゃんを本当は産みたかった……」

 ヴァンの頭を撫でながらアステルは決心がついた。生まれてくる子供が不幸になるかもしれないとわかっていても、自分にとってはかけがえのない大切な存在。ならばその子が必ず幸せになれるように全力で手を尽くそう。

 それが自分のエゴだとしても、いつか子供に恨まれるのかもしれなくても愛してあげたい。アステルはヴァンを撫で続けながら自分の腹も優しく擦り、まだ見ぬわが子を想い続けた。
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