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反抗期編
未完成の家族
しおりを挟む『お母さん、お父さんまだ帰ってないけど、いつか帰って来るよ』
幼い姿のアステルが寝込んでしまった母に向かってそう言った。母は何も言わずにそっぽを向くと、虚ろな瞳で窓の外を見つめる。やせ細ってしまった母の姿にアステルは悲しそうな表情を浮かべて俯いた
◆
アステルは揺れる馬車の中でステラを抱き抱えながらぼんやりと昔のことを思い出していた。
「お母さん……ステラ、飽きたぁ。まだ着かないの?」
「あ……もう少しだから我慢してね」
退屈そうに自分の三つ編みを弄っているステラに気がつくと、あやしながらアステルは苦笑いを浮かべていた。アステル達は村を出てシリウスの住む王都に向かっていた。
人身売買の組織に襲われて家が荒らされたり、ラティーナ親子との問題もあってもうあの村で住むのは難しくなり、シリウスと一緒に暮らすことにしたのだ。
彼の暮らす国では差別意識を無くそうとしているらしく、様々な種族が平等に暮らしているらしい。そこでならアステルとステラは種族を隠さずとも堂々と生きられるだろう。
アステルはシリウスとの生活が楽しみでもあり、不安もあった。彼は優しい人だが自分達が側にいて迷惑にならないだろうか?……と、そんなことを考えていると目的地の国が見えてきた。
「おっきい壁ー!あれなあに!?」
ステラは目を輝かせながら指差す。そこには大きな城壁があり、入口には門番らしき兵士が立っていた。アステルはステラを抱え直してから笑顔を向ける。
「今日からこの国で生きていくの」
「ふぅん……」
ステラはあまり興味がないのかつまらなそうに返事をする。やはり前の村の方が良かったのか、それともシリウスのことが苦手なのか、どちらにせよアステルにとっては複雑な心境であった。
城壁の中に入り、新しく住む家に着くまでステラはずっと不機嫌そうにして一言も喋らなかった。そしてようやく家の前に辿り着くと、そこは緑色の屋根で今まで住んでいた家よりもとても立派な建物だ。
「すまないがしばらくはここの借家で暮らしてもらえないか?ここよりも良い空き家が無かったんだ……」
御者席で申し訳なさそうな顔をするシリウスを見てアステルは慌てて首を横に振る。ちなみにフクロウのヴァンがシリウスの肩に止まって眠っているのが見えた。
「そんな、十分立派よ?むしろこんな良い場所を借りれるなんて感謝しかないと言うか……」
「新しい家はすぐに建てるからそれまで辛抱してくれ」
「あ、新しい家?」
「アステルの要望はあるか?まだ設計段階なんだが希望があれば出来る限り叶えようと思う」
アステルはその言葉を聞いて戸惑う。まさか新築の家を用意してくれるとは思わなかったからだ。
「シリウスはどこに住んでいるの?」
「宿舎だ」
その答えを聞いた瞬間、アステルの顔色が変わった。自分たちに家を与えているのにシリウスは騎士の宿舎に住むなど納得がいかなかった。
「無理しなくてもいいのよ?私とステラはもっと小さくて安い所で……」
「金ならいくらでもあるんだ。気にしないでくれ」
シリウスの言葉を聞いてアステルは困ったように眉を下げる。しかし彼の厚意を無下にすることも出来なかった。結局折れたのはアステルの方であり、渋々了承した。
シリウスが先に御者席から降りるとヴァンは飛び去って馬の背中に乗り移り、シリウスは扉を開けて手を差し出すがステラは無視をして自分で降りた。
「ステラ、一人で降りれるし」
「え、ステラったら……」
シリウスはそんなステラの反応に少し寂しげにしながら娘の行動に申し訳なさそうにしているアステルに手を貸して下ろしてやる。
「ありがとう、シリウス」
「ああ……」
シリウスはアステルの礼の言葉に嬉しくなりつつも照れくさくて目を逸らすとステラが強引に間に割り込んでアステルの手を引いた。
「お母さん!早く行こうよ!」
「待ってステラ、慌てないで……ごめんなさい、行きましょうか?」
「そうだな」
アステルはシリウスに更に申し訳なさそうに声をかけるとシリウスは苦笑をしながら先に進んで家の扉を開けた。
◆
家の中に入るとシリウスはアステル達をまだ何も無い居間へと案内し、持って来た二人分の椅子を置いた。
「ここで休んでていてくれ、馬を繋いで荷物を下ろしてくる」
「それなら私も……」
「アステルはステラのそばにいてほしい」
「それじゃあ……お願いね」
アステルはシリウスを手伝いたかったがステラを放置しておくわけにもいかず、仕方なく椅子に座って一緒にシリウスが戻るのを待つことにした。
それからしばらくしてシリウスが戻って来ると今度は元の家にあった荷物を家の中に運び込んだ。大きな家具や、重要度の低い物は元の村で全て売って金に換えてしまい、持って来た物は本当に必要な物だけとなっている。
一通り作業が終わるとシリウスは再びアステル達に向き合う。まずはこの国で暮らすために身分証を作ることになった。
途中で飽きてどこかに逃げようとするステラのご機嫌を取りながら役所で長い手続きを終えて、ようやく二人揃って安堵の息をつく。書類上ではアステルはシリウスの妻になり、ステラは二人の子供として登録されることになった。
この国で彼と夫婦して認められたような気がしてアステルは嬉しい反面、恥ずかしさもあって頬が熱くなるのを感じている。
次に家具を揃えるために街に出ることにした。この街の中では種族差別ないため耳を隠さなくても問題無く歩けるだろうが、まだ耳を晒して歩くのには抵抗があるのでアステルとステラはいつも通り、白い頭巾で耳を隠している。アステルは人の多さに驚きつつも同じように興味津々なステラの手をしっかり握ったまま引いて歩き出した。
最初に向かったのは家具屋だ。この国では買った金額に応じて家具を家まで送ってくれるサービスがあるらしく、店員の説明を受けてアステルは感心していた。
そして一通り生活に必要な物を買いそろえた所で休憩用のベンチに座りながらシリウスは二人に改めてこれからの事を話す。この国では差別意識の撤廃を目指して様々な種族が平等に暮らしているため、人間以外の人種でも普通に暮らすことが出来る。だが、それでも偏見を持つ者は少なからずいるだろうしステラのようなエルフとダークエルフの子供には辛い思いをさせるかもしれない。
だから何かあれば遠慮なく言ってほしい、と彼は真剣な表情で言う。そんな彼を見てアステルは嬉しく思いながらも、どこか悲しさを感じていた。
昔はアステルがシリウスを隠しながら守ってあげていたのに今は逆の立場になっている。アステルは彼がとても大きくなっていることを実感した。
シリウスの話を聞いていたステラはつまらなそうにしていて、話の途中で勝手に何処かに行こうとする度にアステルはそれを慌てて追いかけて連れ戻すということを繰り返していた。その様子をみてシリウスは苦笑をする。
「そろそろ飯でも食うか」
「ええ、ステラもお腹空いたでしょ?」
「うーん……いいけど……」
シリウスの提案に二人は賛成すると、ちょうど昼時だったので昼食を取ることになった。シリウスが案内をしてくれた一軒の小さな店の前に辿り着くと彼は扉を開けて先にアステルとステラを中に入れた。
そこには様々な種族の客がおり、店員も人間だけでなく獣人やドワーフなど様々な人種が働いている。
アステルは店内を見渡しながらも席に着くとメニュー表を見た。ステラは目をキラキラとさせて楽しそうに見ている。
「ステラ、何食べる?」
「んー……」
アステルが尋ねるとステラは真剣に悩み始めた。外で食事をする経験があまりないし、知らない名前の料理があって迷っている。
「ステラはもう文字が読めるのか」
シリウスが関心したように言うとステラは自慢げに胸を張る。
「お母さんと勉強したから!」
「本当に凄いな」
シリウスが目を細めて褒めるとステラは嬉しそうな顔をするが、すぐに照れくさくなったようでメニューで顔を隠しながら俯く。
「別に、これくらい、普通だもん……」
「普通、か……」
シリウスはつぶきながら昔の自分を思い出していた。シリウスはステラぐらいの年頃の時には親を殺され、奴隷として売られた過去を持っている。あの頃の自分は教えてくれる人がいなかったから読み書きもまともに出来ず、生きていくのに苦労をしていた記憶があった。
だからこそ目の前にいるステラには絶対にあのような思いをしてもらいたくないと感じてしまうのだ。そんなシリウスの考えなど知らないステラはメニュー表を見ながらどれにしようかとまだ悩んでいた。
「ステラにはこれがいいのかもしれない」
シリウスはその様子を微笑ましく思いつつ、とあるメニューを指差しで示し、そこには『お子様ランチ』と書かれていた。これなら少量で色んな種類を食べられるのでステラも満足できるだろう。
「こんなメニューがあるの……ステラはそれでいい?」
「美味しいなら、いいよ」
アステルが尋ねればステラはあっさりと了承した。シリウスはそれを確認すると注文をする。
「この国には珍しい料理が多いわね」
「ああ、異世界人が伝えたレシピらしい」
異世界人。この世界とは別の次元にあるという不思議な場所から来た人間。その人物のおかげでこの世界は発展を続けているらしい。今もなお、異世界人はこの世界にやってきては新しい文化や技術を伝え続けている。
「この国にも異世界人がいるの?」
「ずっと前に亡くなったそうだ。その子孫がこの国で店を開いているんだろうな」
「そうなの……あ、だからこの国では偏見が薄いんだ」
異世界人はこの世界の常識とは違った価値観を持っていたらしく、人間以外の種族に対しても平等に接せられていたという。そしてこの国に召喚をされた異世界人は差別の撤廃を目指して様々な改革を行ったと言われている。
話しているうちに店員がやって来て三人分の料理を運んでくる。テーブルの上にはステラの頼んだお子様ランチが並ぶ、ハンバーグ、オムライス、エビフライ、サラダがそれぞれ少しづつ乗せられていて、おまけにデザートにプリンまでついていた。ステラは初めて見る光景に目を輝かせ、一口ずつ味を確かめるようにゆっくりと食べていく。娘が夢中で食べる姿を眺めているだけで二人は幸せだった。
「ステラ、おいしい?」
「うん、でも……お母さんが作った方が美味しい」
ステラは少しだけ残念そうな顔をして答えるとシリウスは苦笑をした。
「確かにアステルの手料理が一番美味いな」
「そ、そうかしら……」
シリウスの言葉にアステルは照れくさそうにしながらも嬉しそうに笑う。一方でステラはそんな二人の様子をつまらなそうに眺めながら黙々と食事を続けた。
◆
食事を終えてからアステル達はもう少しだけ街の中を見て回ることに決めて散策をしていた。お腹いっぱいになったステラは初めての大きな街の様子にご機嫌であちこち見て回っている。
「あ、ねえ、あれは何?」
「ああ、学校だな」
子供が何人か大きな建物から出てきたのを見かけたのでステラはシリウスに尋ねた。シリウスはそれに気付くと簡単に説明を始めた。
この国には勉学を学べる場所として小さな学校が存在する。そしてこの国で子供は六歳から十八歳まで学校に通えるようになっており、ステラも六歳になって手続きを行えば通うことができる。
「エルフの集落にも一応学校はあったけど青空教室だったの、ここの学校は立派な建物だから雨の日でも勉強ができるわね」
アステルが思い出しながら言うとステラは首を傾げた。エルフの集落の学校は基本的に魔法の勉強が中心で読み書きは最低限しか教えてもらえなかった。
そして雨や雪が降ればその日の授業は中止になるので天気に左右されやすい環境だったのだ。
「俺は……学校には通っていないから後から苦労をした。だからアステルには感謝をしている」
シリウスは幼い頃に両親を殺され、冒険者になるまでは奴隷として過ごしていた。そして、簡単な文字しか読めなかったのでエルフの集落で匿ってもらっていた時にアステルに勉学や魔法について教わったのを思い出して懐かしく感じていた。
「そんな……簡単な読み書きと計算の仕方しか教えてないから」
「それでも助かったんだ。騎士になれたのもアステルのお陰だ」
シリウスは改めて礼を言うとアステルは頬を赤く染めた。
「シリウスが努力した成果よ」
シリウスも恥ずかしそうに頬を掻いて笑う。自分の知らない会話をされているステラはその様子を見上げて不思議そうにしていた。
「ステラは学校に行きたいか?」
シリウスが尋ねるとステラは首を横に振った。
「ううん、お母さんと一緒にいる方がいい、お母さんに教えてもらう」
アステルの腰に抱きつくとステラは甘えた声を出す。アステルはステラの頭を撫でるとシリウスは優しい眼差しを向けた。
「そうか、行きたいならいつでも言ってくれ」
「……行かないもん」
ステラは頬を膨らませて拗ねた表情を浮かべてアステルから離れようとしなかった。
(学校に行った方が楽しいと思うけどな……)
そんなステラの様子を見ながらアステルは困ったように苦笑いを浮かべたが、無理強いはしないことにした。
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