シークレットベイビー~エルフとダークエルフの狭間の子~【完結】

白滝春菊

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反抗期編

どっちが大切なの?

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 朝日が昇り、ステラが目を覚ますといつもは一緒に寝ていた母の姿が見えなかった。温もりすら残っていないことに不安になったステラが自分の部屋を出てキッチンに向かうと、そこには食事をとるためのテーブルに朝食を並べるシリウスがいた。

「起きたのか。早いな」

 ステラに気がついたシリウスが目線を合わせ、膝を着いて話しかけると、ステラは一歩後ろに下がって警戒するように後ずさる。シリウスは少し悲しげな顔をしたがすぐに穏やかな笑みを浮かべた。

「何か食べるか?」
「お母さんは……?」

 ステラはキョロキョロと辺りを見渡しても母の姿が見えない事に気がつき、泣きそうな顔でシリウスに尋ねる。

「アステ……母さんはまだ寝て……」
「お母さん、隣にいなかったよ?」

 シリウスが言いかけた所でステラは首を横に振る。いつもは一緒に寝ていたので今回ステラと同じベッドに居なかったことを不安に思ったのだ。
 朝までアステルを独占をせず、すぐにステラの隣に寝せてやるべきだったと今更後悔をしながらシリウスは困り果てた様子で言い訳を考える。

「体調が悪いから自分の部屋で休んでいるんだ」
「お母さん、どこか悪いの?」

『悪い』という言葉を聞いたステラは目に見えて落ち込んだ。シリウスは逆効果だったと思い、慌てて訂正する。

「いや、そんなには悪くは無い……さっき、だいぶ良くなったようだ」
「元気になったのに……ステラじゃなくておじさんと一緒だったんだ……」
「う……」

 拗ねた様子のステラの言葉にシリウスは固まってしまう。シリウスにとってステラは可愛い娘であり、愛しているのは間違いないのだが、まだ幼い彼女には父親という存在がよくわかっていない。他人のような存在だ。
 そんな男に母を奪われて嫉妬をするのは当然の反応と言える。

「すまない……」
「もういい!ステラ、もっと寝る!」

 謝罪をすればステラは怒ってプイッとそっぽを向いてしまい、元いた部屋に戻ってしまった。残されたシリウスは肩を落としてため息をつく。

 ◆

「う……ん……」

 どこからか聞こえた娘の怒鳴り声でアステルが目覚めると昨日の疲れがまだ残っているのか、頭がボーッとして身体が怠かった。
 あれだけ汚したのにシーツは綺麗なものに取り換えられており、裸だったのにシンプルな白い男物のシャツを着せられていた。恐らくシリウスが替えてくれたのだろうとアステルは思いながら、ゆっくりと体を起こして新しい服に着替え始めた。

「おはよう……ステラは?」

 娘を探しに来たアステルがリビングに向かうと誰もおらず、音のするキッチンの方に顔を出すとシリウスが食器と調理道具を洗っていた。
 アステルの声に気づいたシリウスは振り向くと申し訳なさそうに謝る。

「あぁ……アステル、すまない。先に食べていた」
「私の方こそごめんなさい、もう仕事に行かなきゃ行けないのに起きるの遅れて……そういえばさっきステラの声がしたけどあの子は?」
「部屋にいる……その……なんだ……機嫌が悪くなってしまって……」

 シリウスはアステルの顔を見ると気まずそうに目を逸らして答えた。その様子を見てアステルは全て察し、苦笑いを浮かべて言った。

「昨日、一緒に寝なかったから拗ねちゃったのね。ここに慣れてきたから大丈夫だと思ったんだけど……後で私から謝っておく」
「俺も配慮が足りなかった」

 洗い物を終えたシリウスは皿を拭きながら呟く。

「一応二人の分の朝食も作ったが……ステラの口には合わないかもしれないな」
「ううん、ありがとう。きっと喜ぶと思う」

 テーブルの上に置かれた料理はパンとサラダとスクランブルエッグと鶏肉のトマトスープだったが、どれも美味しそうだ。それを見たアステルは嬉しそうな笑顔を浮かべ、その笑顔を見てシリウスも安心したのか、穏やかに微笑む。

「もう俺は行くが……次の帰りはいつになるのかわからない」
「わかった。騎士って本当に大変なのね……でも無理はしないで、絶対よ」
「ああ」

 シリウスは心配そうにするアステルの頬に軽くキスをしてから軽く抱きしめると、そのまま家を出て行った。

「おじさん、行ったの?」

 シリウスが出かけた直後にステラがひょっこり現れると少し不安げな表情で尋ねた。

「おはよう、ステラ。ええ、お仕事に行ったみたい」
「ふーん……」

 アステルはテーブルの上に並べられた朝食を見ながらそう言うと、ステラは納得いかない様子だ。

「ねぇ、お母さん……どうしておじさんと一緒に寝たの?なんでステラじゃなくておじさんと寝たの?」
「それは……」

 アステルが言葉を詰まらせるとステラはアステルに詰め寄った。

「……ステラよりもおじさんの方がいいの?ステラのこと嫌いになったの……?」
「そんなことない。ステラが一番大好きよ」

 ステラは必死に訴えかけるとアステルは目線を合わせて優しく頭を撫でる。やっと夫婦になれて穏やかな時を過ごせた嬉しさからつい、女に戻ってしまい、甘えてしまったのだ。
 しかし、それがステラには不安だった。たった一夜でも母は自分を置いてどこかに行ってしまうのではないかと思ったのだ。
 アステルはステラをギュッと抱き締めると、ステラは涙目になりながらも黙ってアステルの胸に顔を埋めた。

「朝ごはん食べましょうか?」
「おじさんが作ったの?」

 アステルが語りかけるとステラはムッとした様子で言う。まだ父親として認めていない男の料理は信用ならないらしい。

「お母さんが作ったの」
「……食べる」

 アステルが答えるとステラは素直に席についた。アステルはクスリと笑うと、自分もステラの隣に座って食事を始める。

「お母さんの味じゃない……」

 シリウスの作った朝食を食べていたステラはスープを一口食べた後に眉間にシワを寄せて顔をしかめた。

「で、でも、美味しいでしょ?」
「お母さんの方がおいしいもん!」

 ステラは席を立つと自分の部屋に戻ってしまった。ぽつんとアステルと二人分の食事だけが残される。娘の反抗的な態度を見てアステルは困ったようにため息をつくと、シリウスが作った朝食を一人で食べ進めた。
 アステルにとってシリウスの料理は懐かしいものだった。かつて自分が作っていたものによく似ている味だ。教えたレシピをずっと覚えていてくれていたのだろう。
 そう思うとアステルはシリウスに愛されていることを実感していた。
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