59 / 104
弟子と母親編
お母さんのお母さん
しおりを挟む「お母さんのお母さんはどこにいるの?」
ステラはたまに自分の祖母のことを聞いてくるのだ。アステルの母親は彼女が幼い頃に何処かに消えてしまい、今は消息不明だ。
だから、ステラは祖母のことが知りたいのだろう。祖父のことも聞いてくるがその話題になると言葉を濁していた。
いつかは本当のことを話すつもりだがアステルはそんなステラには「同じ空の下にいるよ」答えていた。
◆
「お父さんのお父さんはどこにいるの?」
ある日の昼下がり、ステラはシリウスにそんな質問をぶつけていた。
ステラはアステルの祖父母のことが知りたいのだがアステルがはぐらかすのでそれはとうとうシリウスにも矛先を向けたのだ。それをハラハラとしながらアステルは食器の水滴を拭っていた。
「亡くなったよ」
「え?」
シリウスの答えにアステルは食器を取り落としそうになっていた。しかし、慌ててそれを握り直しながらそれを見守っている。
「なくなる……?」
「亡くなる、は死んだという意味だ。俺が子供の頃に死んだんだ」
「ごめんなさい……」
ステラは謝っていた。自分の不用意な一言が父に悲しい思いをさせてしまったと思ったのだろう。
「謝らなくてもいい」
シリウスは何でもないことのように答えると、ステラの頭を撫でていた。
「寂しくないの?」
「今はステラやアステルがいるからいいんだ」
ステラの問い掛けにシリウスはそう答えるが、その後はずっと父と一緒に遊んでいる間もステラの表情は晴れずにいた。
◆
その日の夜、ステラが寝静まった後にアステルはシリウスに語り掛けていた。
「私……ステラに私のお母さんとお父さんの話をしていない……そろそろ言った方がいいのかな」
シリウスが正直にありのままの事実を語っていたのを見てアステルは考え込んでいたのだ。
「アステルが話したいなら話せばいい。複雑な事情だからもう少し大人になってからでも……このまま黙ったままでもいいんだ」
「うん……」
シリウスの言葉にアステルは頷くがそれでもステラに事実を伝えるべきなのではないかと考えていた。
父は人間の女性を愛して妻子を捨ててラティーナの父親になった。アステルの母は病んでしまい、いつの間にか姿を消してしまった。
このような事実はステラが大人になってから彼女が尋ねてきたら答えればいいのだろうか?それとも黙ったまま綺麗な嘘で包み込んでしまうのか?家族なら本当のことを曝け出すべきなのか?アステルは思考の泥沼にはまっていたのだった。
◆
アステル達は現在、新しく建てたばかりの前よりも大きな家に住んでいる。別に大きくなくても……とは最初は思っていたが薬を作る為の部屋や設備を充実させたり、薬草を作る為の温室も建てている内に大きくなってしまったのだ。
使わない部屋も何個かあったが、いつかは有効活用するのかもしれない。
簡単な掃除はアステルがやるが週に一度は人を雇って掃除を頼んでいた。お金に困ってはいないので必要な時は人を雇うと決めていたのだがステラは他人が家の中にいるのを快く思わないので人を雇うのは週に一度ぐらいの頻度である。
「これが契約書になります」
「はい」
本当はここの何処かの道具屋で薬を売ってもらおうと考えていたのだがエルフであるアステルの作る薬は評判が良く、効果も高いのでしっかりした所で管理をした方がいいとシリウスに説得され、騎士団と流通している薬屋に薬を卸すことにしたのだ。
今日は契約書の取り交わしの為にアステルは契約先の店に来ていた。取り引き相手は人間の女性のアリサだ。
短く切り揃えた赤い髪にメガネを掛けた知的な印象の人で年の頃は二十代中盤ぐらいに見える。
「高いですね。前の村ではもっと安く売ってました」
「このぐらいが妥当な値段ですよ。あまり安くしすぎるとこの薬しか売れませんから。それに旅商人の横流しでもっと高い金額でやり取りされていたんです」
「そうなんですか……」
自分の知らない所でそんな価値がついていたとはアステルは思ってもみなかった。エルフの集落とあの小さな村の世界しか知らなかったのだから。
それから回復薬以外にも毒消しや麻痺直しに睡眠薬などの薬の値段も付けてもらうとやはりラティーナの店に比べて高い単価がつけられていたのを見て、あの時の品薄が続いていた理由をようやくここで理解することができた。
「回復薬はできれば多く商品を作ってほしいのですが可能ですか?」
渡された依頼の紙を見て提示された期限と量にアステルは目を丸くする。
ラティーナは母子家庭のアステルを気遣って自分のペースでいいと言ってくれていた。しかし今回は短い期間と大量の注文である。
「……頑張ります」
だが、これでかなりの収入が増えることだろう。夫の方が圧倒的に稼ぎが多いとはいえシリウスにだけ負担を強いる訳にはいけない。苦笑しつつもアステルはそう答えるしかなかった。
◆
大量に作るとなると育てた薬草では生産が追いつかないので回復薬用の薬草や容器は道具屋の方で買うことにした。今は作業をする場所が広く、道具や設備はエルフの集落や前の村にいた時よりも揃っているのでかなり楽な作業になっていた。
「それでは失礼します」
「ええ、ありがとう。気をつけてね」
アステルが薬を作るようになってから家のことは真っ白い兎の獣人族のキャロラインが手伝ってくれていた。
彼女はメイドを目指しているのだが、獣人が人間のお世話をすることは歓迎されていない為、今だにメイドの修行中なのだそうだ。
この国の獣人の貴族は数が少ないのでどうしても人間優先で他の種族は見下されている面があるらしい。
しかし彼女はそれを気にする様子もなく、日々元気に働いているのでアステルは好ましく思っていた。
「お手伝いさん帰ったの?」
「うん、もう帰るって」
ステラが自分の部屋からひょっこり顔を出して尋ねてくるとアステルはステラの頭を撫でた。キャロラインが掃除をしたり料理を作っている間、ステラは隠れるように部屋の中にいる。他人が家にいると落ち着かないらしいのだ。
「ご飯食べる?」
アステルはテーブルの上にすでに作られた料理に目をやる。ニンジンを使った料理を得意とするキャロラインが作ってくれたものだ。しかしステラは首を横に振るとアステルの服の裾を掴んでくる。
「お母さんが作ったご飯が食べたいの」
「ダメよ。キャロラインに作ってもらったんだから。お母さんのは今度ね」
「うー……うん……」
アステルは宥めると、ステラは渋々と頷いていた。
「明日、お父さんが帰ってくるからね」
「本当!?」
ステラはその言葉に満面の笑顔を浮かべていた。そして待ちきれないという風に鼻唄を歌っている。
少し前まではシリウスの事を受け入れない様子だったが今ではすっかりと父親として慕っている様子でアステルはそのことにホッとしていた。
シリウスは騎士の仕事が忙しいので基本は家にいない。しかし帰ってくる時はなるべく早く仕事を切り上げて家に帰ってくるのだ。
それがわかっているからステラはシリウスの帰りを心待ちにしている。勿論アステルもそれは同じだったのでステラの気持ちはよくわかった。
56
あなたにおすすめの小説
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です
氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。
英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる