シークレットベイビー~エルフとダークエルフの狭間の子~【完結】

白滝春菊

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ダークエルフの誘惑編

貴方の子種だけをください

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 シリウスは今日も黙々と訓練に勤しんでいた。そんな時、同僚のアルムが彼のもとに駆け寄ってきた。

「お前に会いたい奴がいるって」
「誰だ?」
「それがダークエルフの女なんだよ」

 ダークエルフと聞いて、シリウスは警戒をした。アルムは「そんなに警戒せんでも」と宥めるが、家族以外のダークエルフに良い思い出がないため、どうしても彼の心には緊張が走る。

「わかった。すぐに行く」

 断ると面倒なことに発展すると思い、シリウスはそう告げて訓練場を出て応接室へ向かった。

「俺もいた方がいいよな。」
「いらないが」
「だってお前、口下手だし。」
「…………」

 一緒に来たアルムの余計な一言を無視し、シリウスは応接室の扉をノックして中へ入った。
 そこには長い銀髪を後ろでまとめた美しい女性がソファに座って待っていた。ダークエルフ特有の褐色の肌と赤い目を持つ彼女は露出の高い服を着ており、女性らしい丸みの中にも引き締まった筋肉が見て取れた。

「お初にお目にかかります。私はダークエルフのヴェラと申します」
「……ああ」
「今日はお願いがあって参りました」

 ヴェラが頭を下げるとシリウスも軽く会釈した。二人の雰囲気はまるで兄妹のようで、同席したアルムは「本当は兄妹じゃないのか?」と思った。

「貴方の活躍は我々ダークエルフの隠里でも耳にし、ぜひ仲間に迎えたいと思い、ここに」
「仲間……?」

 シリウスは訝しげにヴェラを見つめる。彼はダークエルフでありながら、その卓越した能力によって国で広く尊敬されている存在だ。
 彼の名声は戦場での勇敢な戦いや国の安全を守る奮闘によって築かれ、多くの市民から絶大な信頼を得ていた。

「俺はこの国から離れるつもりはない」
「そうですか」

 ヴェラはきっぱりと断るシリウスに驚く様子もなく、続けた。

「ダークエルフの貴方がエルフの妻を取るには……よほどの理由があったのでしょう」

 そこまで知られていたのかと、シリウスは表情は変えずとも冷や汗をかく。

「でしたら、貴方の子種だけでも我々に提供していただけないでしょうか?報酬は望む額を支払います」
「いいわけないだろ。他を当たれ」

 シリウスは毅然とした態度で応じた。ヴェラはその表情に冷静さを保ちながら、さらなる説明を始める。

「男性のダークエルフは生まれにくく、里ではついに男性のダークエルフが生まれなくなったのです。最後の男も年老いて繁殖能力を失っています。このままではダークエルフは滅びてしまいます」
「それは滅ぶ運命だったんだろ」

 シリウスは冷たく言い放った。エルフ族同様、ダークエルフも長命な為に繁殖能力は人間や獣人に比べてかなり低く、子宝に恵まれる確率も非常に低いのだ。
 だからと言ってそれをシリウスが助けてやる義理は無い。

(俺、ここにいない方がよかったな……)

 険悪な雰囲気に、アルムは二人の顔を交互に見つめた。これは同族の存亡に関わる問題であり、しかも妻子を捨てて仲間になれという身勝手な話である。
 その場に同席するアルムの役割はシリウスが睨みつけているヴェラに手を出させないように止め、仲裁することだ。

「ダークエルフなら誰でも良いというわけではありません。我々も貴方のような強靭で優秀な子孫を残したいのです」
「だからなんだ。お前立ちの道具にはなれない」
「何も永住しろと言いません。50年ほど里で生活してもらえれば、その後はどこへ行っても構いません」
「おいおい、50年って……」

 人間の感覚なら人生の大半を奪われるようなものだ。しかし長命種族であればそれはほんの一瞬の期間でしかない。ほんの少し我慢すればいいと、ヴェラは考えているのだろう。

「とにかく無理だと、他を当たれと里に伝えろ」

 語気を荒げてそう言ったシリウスは付き合いきれないとばかりにソファから立ち上がり、部屋を出ようとした。だが、素早くヴェラに引き止められた。

「考えてください」
「お、おい、何して……おわっ!」

 そう言ってシリウスの腕を掴むと、強引に抱き寄せ、彼の豊かな胸に押し当てた。アルムはその光景を見て息を呑んだが、慌てて妻子を持つシリウスから引き剥がそうとしたが、あっさりと振り払われた。

「やめろ、離せ」

 シリウスはヴェラの体を離そうと腕を掴んだが、彼女はビクともしなかった。まるで岩にしがみついているかのようで、全く引き剥がすことができない。

(なんだこいつ……!?)

 シリウスは、この国で騎士になってから自分に好意を寄せる人間の女性に何度も出会った。
 彼女たちは皆、情欲を孕んだ目でシリウスを求めてきたから、興味がないと言えば大抵は諦めてくれた。
 しかし目の前の女は違う。無機質で淡々としていて人らしさを感じさせない。まるで命令だけで動く人形のような不気味さがある。

「この国で暮らすにはいろいろと苦労があったでしょう」
「何を言っている?」
「貴方は自分の意思でエルフの妻を娶り、子供を授かったのですか?」

 最初は彼女の言葉の意味がまったく理解できなかった。しかし、次第にその言葉の真意が心に浸透し、シリウスは怒りで血が頭に上るのを感じた。
 おそらく、ヴェラはシリウスがこの国に留まるために無理やりエルフの妻を娶らされたと考えているのだろう。

 エルフとダークエルフの対立を常識的に考えれば、二人が愛し合って結婚するなど、誰もが考えないことだ。
 しかし、それは真実ではない。シリウスは確かにアステルを愛していた。彼女も自分を愛してくれていたと信じている。久しぶりに胸の内が煮えくり返る思いがした。

「貴様……ッ!!」

 怒りに我を忘れそうになり、シリウスは勢いよくヴェラを突き飛ばした。だが、彼女は床に倒れることなく、華麗な身のこなしで後ろに飛び退いていた。

「考えが変わったら教えてください。それまで私は滞在し続けます」

 シリウスは部屋に備え付けのテーブルを怒りのままに拳で叩きつけた。その衝撃でテーブルにはヒビが入る。

「妻と娘に手を出すのは絶対に許さない!お前たちを殺してやる!」

 その言葉が部屋の静けさを破り、響き渡った。シリウスの声には凄みがあり、彼の決意が込められていた。
 ヴェラは、微かに驚いた表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻した。そしてシリウスの目を真っ直ぐに見つめながら言った。

「そんなことはしませんよ。私は穏便に事を済ませたいだけです。貴方の実力は知っていますので余計な争いは避けたい。あなたの家族を傷つけるつもりはありません」

 何事もなかったかのようにヴェラはそう告げて静かに部屋を出て行った。シリウスは呆然としたまま、アルムの心配そうな声が耳に入る。

「おいシリウス、どうすんだよ」
「しばらく休みを取る。ガレットに言ってくる」
「本当に50年も行くのかよ!?」
「そっちじゃない。家族を守らないといけないんだ」
「ああ、そっちか」

 怒気を抑えながら告げたシリウスに、アルムは肩の力を抜いた。

「俺もガレット隊長と相談して解決策を考えてやるよ」
「いや、これはダークエルフの問題なんだ。俺一人で解決する」
「何言ってんだよ。仕事を休むならお前だけの問題じゃないだろ」
「…………」

 確かにその通りだ。この国でシリウスがいなければ、多くの人の命が失われる可能性がある。
 騎士として生きる以上、無責任な行動を取るわけにはいかないのだ。アルムの正論を受け止め、シリウスは何も言い返せなかった。
 ただ、自分が他人の手を借りなければならないほどに追い詰められていることを痛感するばかりだった。
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