「お前が死ねばよかった」と言われた夜【新章スタート】

白滝春菊

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身代わりの花嫁

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「ミーティアが……死んだ」

 お父様が力なく部屋に入るなり、顔色を失ったままで呆然とした声でそう告げてきた。私はその言葉を信じることができない。

 まさに理想そのもの。優しくて、美しく、聡明な人。みんなが憧れ、彼女の周りには常に笑顔が溢れていた。そんなお姉様が死んだなんて。
 もうすぐ結婚を控えて幸せの絶頂にいたお姉様が、どうして?

 感情の整理ができないまま葬儀に参加をすることになった。
 葬儀の日、会場は満席だった。お姉様がどれほど愛されていたのかを改めて実感する。
 今の私にはお姉様を失った悲しみを共に分かち合う者もいない。誰も私の内面を知ろうとはしないだろう。私の胸の中にはただ一つの空虚が広がっていた。心は何も感じていない。涙も湧かない。ただ、ただ、無感情で、空っぽのまま。

 ふと目を上げると黒いスーツの背の高い男性……ヴィクトル・レーゲンブルク公爵。お姉様の婚約者と目が合った。
 長く艶やかな赤髪と深い青い瞳を持つ人。そんな彼の冷徹な視線が私に突き刺さる。
 私は目を伏せ、ひたすらにその視線から逃げた。きっと、私が涙を流していないことに彼は怒っているのだろう。
 お姉様の死を悲しんでいない、薄情な女だと思われているに違いない。噓の涙ひとつ流せる方法を知らなかった私にはそれすらもできない。

 お姉様を土の中に埋める前、最後に棺の中のお姉様を見た。
 まるで眠っているかのようだった。目を開けて私と話しをしてくれるのではないかと思うほどに彼女は穏やかに眠っているように見えた。
 死因は事故だと言われていた。それ以上詳しいことは知らされない。
 結局、私は一度も泣けずに心はお姉様の死を受け入れられなかった。

 葬儀が終わり、降る雨の中でヴィクトル様だけが墓の前に佇んでいる。彼もお姉様の死を前に涙ひとつ見せることはなかった。
 家族の後を付いて行き、雨に濡れながら思う。この雨はヴィクトル様の流した涙なのかもしれないと。

 ◆

 ミーティアお姉様を失った悲しさも実感できないまま葬儀が終わり、両家との話し合いの結果、私がお姉様の代わりにヴィクトル様と結婚をすることになった。
 家同士の縁が途絶えることを避けるため、18歳を超えて結婚できるようになった私にその重責が課せられたのだと思う。
 だったら私でなくても次女のエレノアお姉様でもいいのにと疑問には思ったのにそれを聞く勇気と余裕が無かった。

 そして、迎えた結婚式の日。ミーティアお姉様とヴィクトル様が行う予定だった式は私を花嫁に変更をして行われる。
 私は真っ白なウェディングドレスに身を包み、化粧を施されて、まるで別人のように美しく変貌した。肩まで切り揃えられた金色の髪は普段よりも輝いて見える。
 本来はミーティアお姉様がこの美しさを身に纏うべきだったと心の中で感じていたから何の気持ちも湧いてこない。あるとしたら虚しさだけ。

 結婚式は静かに、ほとんど親族のみが出席した。誓いのキスも指輪の交換も相手が初恋の人だと言うのに心から喜びが湧くことはなかった。
 ヴィクトル様は誓いを立てる時以外はずっと無言で冷たい瞳で私を見つめている。なぜ目の前にミーティアが居ないのだとその瞳が責め立ててくるようだ。
 彼が欲しているのはミーティアお姉様だけ。私ではない。

 式が終わると新婚旅行もなく、私はお姉様のために準備された嫁入り道具を積んだ馬車でレーゲンブルク公爵邸へと送られた。そこがこれから私の住む新しい場所。
 初めて来た屋敷は寒々しくて、まるで心を無くしたような殺風景な場所だ。花も木もない。ただ静かで冷えた空気が漂っている。どこにも温かさを感じられない。

 ヴィクトル様の姿は見当たらず、使用人たちは無表情で事務的に動いているだけ。私がここにいることがまるで不自然であるかのように感じる。
 マーシャル家での自分も空気のような存在だったことを思いだしそうになってその記憶をすぐに消す。

 部屋に案内されると整然とした調度品や家具が並んでいた。青を基調にした色合いが落ち着いており、どれも一級品だと一目でわかる。
 それらはきっとお姉様のために用意されたものだと思うと私はますます自分がここにふさわしくないと感じた。

「旦那様と奥様の部屋は別になっております。何か御用がありましたらベルを鳴らしてください」

 メイドの無機質な言葉に私は黙って頷く。彼女が部屋を去った後、静けさが部屋を包み込む。
 誰も私に気を使うことなく、ただ冷たい空気だけが広がっていく。この広すぎる部屋でどう過ごすべきなのかもわからない。

 ヴィクトル様ともきっとこれからほとんど言葉を交わすことはないのかもしれない。どこにいても息が詰まりそうなほどの孤独が待っている。
 これからどうなるんだろう?もう少し落ち着いたら彼はお姉様の代わりに私を抱くのだろうか?跡継ぎを産み育てるのが私に与えられる唯一の役割だから。

 大きなベッドに横たわり、目を閉じると疲れが一気に押し寄せてきた。葬儀、結婚式、そしてこの新しい屋敷での準備に心身ともに疲れ果てていたみたい。
 幸せとは程遠い感情が私を覆い、悲しみも湧かない。それなのになぜか心の中には、重い何かが存在している。
 それは私がミーティアお姉様の死を受け入れられていないこと、そしてお姉様の代わりにすべてを背負わなければならない現実が私にのしかかっていることを感じるから。
 私みたいな内向的な女じゃなくてお姉様のような笑顔が素敵な、誰からも愛される女性が妻だったらみんなを明るく楽しませることができたのに。
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