「お前が死ねばよかった」と言われた夜【新章スタート】

白滝春菊

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ヴィクトルサイド19

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「ミーティアお姉様が殺されたの、知ってて……『お前が死ねばよかった』って……」

 その言葉がユミルの口から零れた瞬間、頭の中で何度もその言葉が反響し、まるで、重い鉄塊が心に落ちてきたような感覚だった。
 俺は何も言えなかった。ただ、無力に首を横に振ることしかできなかった。
 ユミルの声が震え、怒りと悲しみが一気に爆発する。涙で濡れた目が俺を見据え、その視線が痛いほど鋭く突き刺さった。
 その瞳の奥には深い悲しみと怒りが渦巻いていて、まるで俺のすべてを裁かれているようだった。

 ユミルの言葉は次々に押し寄せ、涙を流す姿を見て、どうしてあんな愚かなことを言ってしまったのか、後悔の念が押し寄せる。
 もしもあの時、あの言葉を飲み込んでいれば、彼女の手を握っていられたのだろうか。だが、すでに遅い。ユミルは俺の元を離れようとしている。

 その後、俺に突きつけられたのは冷徹な決断だった。離縁の命令。

「ユミル……」

 俺は馬車に向かう小さな背を見つめながら、その名前を呼んだ。だが、それはもう届くことはなかった。
 ユミルは一度も振り返ることなく、静かに馬車へと乗り込んでいった。俺はその場に立ち尽くし、ただ見送ることしかできなかった。

 もしも相手がシオン陛下でなければ、俺は無理矢理でもユミルを引き止めただろう。だが、皇帝に逆らうことなどできるはずもない。
 ユミルはあんなにも従順で、素直な存在だと思っていた。しかし、それは俺の思い込みに過ぎなかったのだろう。ユミルは最初から、別れたいと願っていたのだ。

 そのことに気づいた時、俺は愚かにもユミルを狭い世界に閉じ込め、自分だけが彼女の唯一無二であろうとした。
 それでもユミルは己の意志で俺の元を離れようとしている。もう、俺の元へ帰ることはない。

 雨が降り始め、俺の視界を遮るようにユミルの姿を消し去っていった。
 後悔しても手遅れだ。ユミルはもう俺の元へ戻っては来ない。
 陛下からも「二度とユミルに近づくな」と命じられた。その言葉は俺の心に冷徹な鉄の壁を築いた。

 ……そうだ。あんなに役立たずで、誰かにすがりつかなければならない女なんて、もう俺には必要ない。俺は死ぬまで一人で生きていける。ユミルと過ごした日々はすべて無駄な時間だった。

 雨に打たれながら、俺は静かにその道を戻ることを決意した。あの馬車が遠ざかり、ユミルの姿が見えなくなる頃には心の中でも彼女との決別が完全に決まっていた。

 ……きっと、この先、俺とユミルが再び交わることはないだろう。 

 ◆

 ユミルが家を出ることを決めたその瞬間、ミーティアの部屋にあった家具やプレゼントをマーシャル家に送りつけた。必要ない物品だと感じたからだ……ユミルの私物はまだそのままにしてある。今はそのままにしておいた。

 ユミルが家を出ると告げた時、執事やメイドたちが驚愕の表情を浮かべていたことは今でも鮮明に覚えている。
 しかし、誰一人としてユミルを引き止める者はいなかった。それがこの屋敷におけるユミルの位置づけだったのだ。
 誰もユミルに深く関わりたいと思わなかった。それが彼女が築いたものの全てだ。空気のように、必要とされることなく、静かに消え去った。

 時々、無意識にユミルの部屋に足を踏み入れていた。見慣れたはずの家具が今はどこか異質に感じられる。
 ベッドの上にひとしきり目をやり、俺はゆっくりとその上に横たわった。柔らかなシーツの感触が肌に伝わる。
 懐かしい匂いが漂ってくる。もう遠く、掴みきれないものだ。

 あの頃は何かしら求めていた。だが、今となってはそのすべてが無意味だったように感じる。
 愛し合うことすらできなかったのに何を期待していたのだろう。ユミルはただの道具であれば良かったのに。
 何もできず、何も成し遂げず、俺の期待を裏切ったまま消えていった。ユミルが残したものは冷たくて無意味な空間だけだ。
 静かな後悔が湧き上がる。ユミルはもはや過去の存在でしかない。俺の中でその存在が残ることすら、ただの一時の迷いでしかないはずだ。

 ◆

 離縁の知らせが社交界に広まるのは早かった。俺の行動がどうしても目立ってしまう。
 身分も名誉も揃ったレーゲンブルク家の当主が一方的に婚姻を破棄し、ユミルを傷物にしたと噂が立ったのだ。
 社交界ではそんな話題がすぐに広まり、俺が格好の的であるかのように、他の貴族たちの好奇の目に晒されることとなった。

「レーゲンブルク様は本当に可哀想。あんな悪い女に翻弄されて」

 社交界はユミルに関する噂で賑わい、貴族達はユミルを非難し、あれやこれやとユミルの欠点を並べ立てていた。
 まるでその話題に参加することが特別な証であるかのように。ありもしないことまで吹聴され、目の前に現れる次の公爵夫人の座を狙って媚びを売る女たちに嫌気が差してきた。

 しかし訂正することなどしなかった。ユミルに悪評が立ち、価値が落ちれば次にユミルが嫁ぐ所は少なくなるだろう。
 犯罪者の姉を持つ女が再び求められることは無いに違いない。そうなればきっと一生修道院に閉じ込められ、世間の喧騒からは無縁な生活を送ることになるだろう。
 ユミルが他の誰かのものになると考えると、妙な胸騒ぎが広がり、気分が悪くなる。
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