【完結】悪役令嬢、推しカプのために動いたらオレ様系狼王子に求愛される

白滝春菊

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できることはやっておこう(追加分です10月13日)

 銀のナイフが焼かれた肉を艶やかに切り分ける音だけが静謐な食卓に響いていた。
 重厚なシャンデリアが優雅な光を落とし、深紅のテーブルクロスが艶やかに揺らめく。
 贅を尽くした料理が並ぶその光景はまるで一枚の絵画のよう。しかし、私の喉を通るのは薄くスープを含んだパンだけだった。

 向かいに座るお父様は変わらず無言のまま。まっすぐに背筋を伸ばし、流れるように食事を進めるその姿には一切の隙がない。銀のフォークを持つ指先まで優雅で、まるで冷たく研ぎ澄まされた刃のような気品があった。

 幼い頃からずっと見てきた、その完璧な姿。威厳に満ち、冷酷なまでに理知的。けれど、このままではいけない。この冷たい支配者を少しでも変えなければ。

「お父様」

 思い切って声をかける。小さく、けれどしっかりとした響きを持つように銀のフォークを持つ指が一瞬止まった。

「……何だ」

 低く、響く声。深く落ち着いた音色なのにひどく冷ややかに感じる。一瞬、喉が引きつる。けれど負けない。私は精一杯の笑顔を浮かべ、言葉を続けた。

「人間というのはなかなか面白い生き物ですね」

 お父様はフォークを静かに置き、紫水晶のような瞳をこちらへ向ける。
 いくらでも怒られる覚悟はしている。この視線に怯えてはいけない。そう言い聞かせ、私は言葉を紡ぐ。

「力が弱くとも愛し、苦しみ、それでも前へ進もうとする。とても健気で、強いと思いませんか?」

 次の瞬間、ナイフが無音で置かれた。カチリ、と硬質な音が響く。

「馬鹿なことを言うな、シルヴィア」

 低く、淡々とした声。けれど、そこには鋭利な刃のような冷たさが宿っていた。

「誰がお前にそんな戯言を吹き込んだ?」

 紫の瞳がじっと私を射抜く。まるで、私の思考の奥底まで覗き込もうとするように。
 その圧倒的な気配に背筋が震えそうになる。けれど、私はめげないと決めたのだから。

「誰かに吹き込まれたわけではありません」

 そっと息を吸い込む。声が震えないようにゆっくりと、しかしはっきりと。

「私が自分の目で見て、感じたことです」
「シルヴィア」

 お父様はナイフとフォークを置き、指で肘掛けをゆっくりと叩く。

 コン、コン。

 静かな音が、妙に耳に残る。ああ、これは説教が始まるな。
 けれど、私は目を逸らさなかった。たとえ、お父様がどんなに否定しようとも私はこの先の未来のために伝え続けるしかないのだから。

 ◆

 翌朝、私は早速行動に移した。心の中で静かに決意を固める。ウルファだけでなく、他の人々に好かれなければこの先は難しい。
 シルヴィアにはほとんど味方がいないようだから、今のうちに私の周りを固めておかなければ。

 朝の光が差し込む廊下を歩きながら、私は一人ひとりの使用人に目を留める。その中でも、最初に声をかけるべきは屋敷のメイドだろう。

「お、お嬢様、今日は何かご用でしょうか?」

 メイドが少し怖がりながら、私に尋ねてきた。彼女の目は不安げで、まるでシルヴィアのことを気にしているかのようだった。

「いつもお疲れさま。朝早くから大変でしょう?」

 私の言葉に彼女はほんの一瞬、驚いた表情を浮かべた。しかし、それはすぐに和らぎ、微かな驚きと共に目を瞬かせた。彼女はまるで、私がそんな優しい言葉をかけることに慣れていないかのようだった。

「もし何か困っていることがあれば私に言ってね」
「あ……ありがとうございます、お嬢様。そのお気持ち、とても嬉しく思います」

 私の言葉にメイドは一瞬黙ったが、すぐに笑顔を作ってくれた。
 これで少しでも、私に対する距離が縮まったのだろうか……いや、これを根気強く毎日続けないと。

 その後、私は屋敷の使用人たち一人ひとりに目を向け、気を配ることにした。庭師の老人には

「朝早くからご苦労様です、素晴らしい手入れですね」

 と言葉をかけ、彼の細やかな気配りを称賛した。彼は少し戸惑ったようだった。

 厨房では料理人たちに感謝の言葉を伝える。

「毎日、素晴らしい料理を作ってくれてありがとう。皆さんのおかげで、食卓がいつも賑やかになります」

 その言葉を耳にした彼らの表情は怖い物を見たような顔だった。

 警備の兵士たちにも、声をかけた。

「いつもご苦労様です。皆さんがいるおかげで、私たちが安心して過ごせます」

 兵士たちの表情は堅く、酷く強張っている。うん……ゲーム開始までにはちゃんと好かれるように頑張ろう。

 そして、私が最も心をかけたかったのは領民たちだ。彼らにも手を差し伸べなければならない。私がどれほど彼らに気を配るか今のうちに考えておかないと。
 これから先、私の存在を大切にしてくれる人々を増やしていきたい。それが、私の本当の居場所になると信じて。

 ◆

 私の目の前に座っているセリカを見つめると、胸が痛くなる。彼女はただのメイドではなく、私と同じ年頃の女の子。
 年齢や外見は私と似ていても、その姿はあまりにも痩せ細っていて、見るからに力が入っていない様子だった。まるで風に吹かれた紙のように、頼りなげで儚げだ。

 セリカの細くなった腕や顔を目の当たりにすると、言葉が出てこない。こんなにも華奢な体で、どうしてこんなに苦しんでいるのだろう。
 彼女が本当に食べるものを得られていないのか、もしかして誰かに無理を言われている? 

「セリカ、こんな姿じゃダメよ」  

 私の声は、優しくも強く響いた。心の中で何かが怒りを感じ取って、私の言葉を突き動かしているようだ。

「す、すみません……お嬢様……」  

 セリカはその言葉を漏らすと、恥ずかしそうに目を伏せた。私の目の前でその姿を見せる彼女に、私は無性に腹立たしさを覚えた。なぜ誰も彼女のこんなに痩せ細った姿に気づかないのだろう。
 ま、まさか、あのシルヴィアが関係しているの!? もしそうだとしたら、今からでも何とかしなければ。

 私は決心を固め、セリカの前に大きな食器を運んできた。そこには、山盛りの料理が並んでいる。
 色とりどりの野菜や焼きたてのパン、香り豊かなスープが目を引く。たっぷりの肉料理が、皿の上に贅沢に盛りつけられている。
 全てがセリカのために用意したものだった。彼女が少しでも心が満たされ、力を取り戻すことができるように。  

「これ、全部食べなさい」  

 私は言葉とともに、その料理の前に座るセリカを見つめた。彼女は驚いた様子で目を見開き、目の前の料理をただぼんやりと見つめている。
 その表情は、まるでこんなにたくさんの食べ物が目の前にあることが初めてだと言わんばかりだった。戸惑いと驚きが交錯したその顔を見て、私はできるだけ優しく微笑みながら、さらに言葉を続けた。

「遠慮しなくていいわよ。セリカがちゃんと元気でいないと、私も安心できないから」  

 彼女はしばらく黙ってその言葉に応じなかったが、目の前の料理を見ては、口を閉じて一度深く息をついた。そして、彼女の顔に少しだけ困惑したような表情が浮かんだ。

「ありがとうございます、お嬢様……でも、私は……」  
「もう、そんなこと言わないで」  

 私は彼女の言葉を遮るように言った。彼女の遠慮を受け入れるわけにはいかない。  

「もう私のために無理をしなくていいから、ただ食べて、元気を出してほしい。それが仕える者として一番大事なことよ」  

 セリカの目が、私の目を見つめ返す。その瞳の中には、まだ迷いの色が消えない。どんなに心の中で疑念が浮かび上がろうとも、私は彼女を守り、支えていきたい。  

「そうではなくてこんなに食べられません……」  
「え、ああ、そうなの……それでは一緒に食べましょうか?大丈夫、他の人には内緒にするから」  

 その言葉に、セリカの顔が少しだけほころぶ。ほんの少し、彼女の表情が柔らかくなったように見えた。  
 心の中で誓った。どんなことがあっても、セリカを守り、そして元気に育ててみせる。彼女が心から笑顔でいられるように、私は精一杯の力を尽くすつもりだ。

 ◆

 静かな午後のひととき、私とウルファは屋敷の一角にある小さなティールームにいた。薄い陽の光が柔らかく差し込むその部屋で、私たちはお茶を楽しむことになっている。
 親抜きでウルファと過ごす時間は初めてで、こうして静かな空間で二人だけで向き合うのは少し緊張する。 

 ウルファは無口で、いつもどこか警戒しているような表情を浮かべている。それは私にも不安にさせる。

「こちらにお座りください」 
  
 ウルファに微笑みかけ、席を勧めた。彼は無言で席に着くと、あまりにも静かな空気が流れる。
 私は意識的に呼吸を整えて、何も無理に会話をしようとは思わないことに決めた。グイグイいっても彼はますます引いてしまうだろうから、気を使いながら過ごさないと。

「お茶が温かいうちに、どうぞ」  

 使用人が優しくお茶を注いだカップをウルファの前に置くと、彼はそれをじっと見つめ、少しだけ視線を私に移した。
 それが少しだけ不安げなものに感じたが、私は気づかないふりをして、ゆっくりと自分のカップを取った。

「私、このお茶が好きなのよね」  

 少し声をかけてみる。あまり無理に会話を続けようとは思わないけれど、少しでもウルファがリラックスできるように、そして会話が自然に生まれたらいいなという思いで言葉を選ぶ。

 ウルファは、私の言葉を聞いた後も、しばらく黙ってお茶を飲んでいた。静かな時間が流れ、その間に私は無理に会話を続けようとせず、お互いに自然なペースで過ごせることを願った。

 無理はせず、ただ彼と一緒に過ごすこと。それが一番大事なことだと感じていた。
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