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執事の失恋
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屋敷の掃除を終えたメイドのアンナから煤の付いた白い粒状薬をハンカチごと手渡された。
「掃除をしていたら薬が見つかったんですけど……シエル様、風邪なのですか?薬を捨てているなら飲んでもらわないと……」
クリアは思わず眉間にしわを寄せた。シエルの体調管理は完璧である。病気の時は薬を飲むまで必ず見届けていたしシエルの性格上、与えられた薬を捨てたりはしない。そうなると夫婦の寝室の暖炉に捨てる人間は一人しかいない。
薬に付いた煤を浄化魔法で綺麗にしてから小瓶に入れると彼はキッチンに向かった。そこではアサヒがジャガイモの皮を剥いているところだった。彼に声を掛けると小瓶の中の薬を栄養剤だと噓をついて渡してみる。
「ありがとうございます……ってこれ避妊薬じゃないですか。僕には必要ないですよ」
アサヒはそれを受け取り、手に乗せると驚いた様子でクリアに返した。
「あぁ、すまない。間違えてしまったようだ」
無表情で謝罪をすると、アサヒは大丈夫ですよと言って笑ってからハッとして顔を青ざめさせた。
一年間、彼の様子を観察し続けて何か隠している能力があるのを怪しんだ。彼が何か手にした瞬間、飲まずに料理に合うワインの味を当てたりするのだ。今日だけではなく何度も似たような手口で確認をしたので間違いないだろう。
おそらくだが手に触れた物の情報を分析ができる魔法か能力を持っているのではないだろうかとクリアは予測をし、正解だった。
クリアはわざとらしく咳払いをしてシエルの具合が悪いので様子を見てくると言って彼の目の前から去っていった。
*
グラッセはシエルを孕ませたくない、ということは彼は王命に背いて子供を作らずに二年間をやり過ごすつもりなのだろう。理由はわからないが、彼はシエルを手放すつもりだ。
あの男は愛情を与えるフリをしながら彼女を抱いて性欲だけを解消している。当然、シエルは気づいていない。グラッセが薬を飲んでいるようでは子を授かることはできないだろう。
クリアは休暇を取り、私服で用事を済ませてから街の中を歩きながら主に想いを馳せていた。
彼女が幼い頃からずっと、見ていた。焦がれるようになったのはいつの頃だったろう。いつの間にか彼女を目で追うようになっていた。
そんな彼女に必要以上に関わることは王の命令で許されず。氷の精霊も刺激をすれば何が起こるかわからないので自分を殺し続けた。
そんな中、シエルが結婚して嫉妬で気が狂いそうになった。更に彼女は夫となったグラッセを信頼しきっており、それが羨ましく、妬ましかった。
クリアの部屋はちょうどシエルの部屋の隣、彼女に何かあればすぐに駆け付けられる距離にある。彼女の部屋が夫婦の寝室になった日からクリアにとって地獄のような日々が始まった。
シエルは夜遅くまでグラッセとの行為に没頭して媚びるような甘い声をあげ、ベッドが軋む音や二人の荒い息遣いが聞こえるたびに胸の奥底からどす黒い感情が溢れ出た。
あの男から雪のように白い肌を撫でまわされ、柔らかな唇を貪られ、腹の中に子種を注ぎ込まれて幸せそうに微笑んでいるのだろう。
グラッセが忌み姫だと嫌われているシエルを愛さずに手酷く扱い、彼女が助けを求めてくれることを心のどこかで期待していたのかもしれない。それを理由に彼女をどこかに連れ去って自分のものにできると浅ましい考えを抱いていた。
しかし、彼女の口からグラッセに対する悪態が出ることはなく逆に夫を褒め称える言葉ばかりを聞かされ心の底から愛してしまっているのだと痛感させられた。
それに氷の精霊の加護は危険だ。加護持ちを抱いて氷漬けにされると昔から噂をされている。グラッセは知っているのかはわからないが彼は平然としてシエルを抱いていた。
グラッセの氷の魔法の能力は強力であり、この国の王族でも敵わないほどだ。その力と自信があるからこそ余計にシエルの夫に相応しく、自分は不釣り合いでどう足掻いても手に入れられないと悟った。
クリアは設備された雪の道を通り抜け、白い息で眼鏡を曇らせながら花街へと姿を隠すように歩いて行った。
*
ソファに座って、シエルは鼻歌を歌いながら青水晶の付いた立派な杖を白い布で磨いていた。持ち手の部分の金細工には細かな装飾が施されており、光に反射して輝いている。
「その杖はどうしたんだ?」
グラッセが気になって尋ねるとシエルは得意げに笑ったがどこか寂しそうにも見える。
「お母様が残したものらしいです。地下の物置に眠っていて」
「……シエルの母上が」
シエルの母親は国王の愛人で贅沢三昧の暮らしをしていたとだけ聞いている。実際はどんな女性だったのだろうかと興味はあるが、今となっては知る術もない。
シエルの母は若い頃に、父である現国王のオスカーと恋仲になり、彼が結婚をし、子宝に恵まれた後にもその関係は続いていたという。
そして、身籠ってしまった。彼女はシエルを産んだ後に病気で亡くなってしまったそうだ。
母は服や宝石などを大量に買い与えてもらっていたと聞いていたが、そんなものは全て捨てられて残っておらず、残されたのはこの杖だけだったそうだ。
「良い杖だな……少し触ってもいいか」
「ええ、もちろん」
シエルは嬉しそうに笑って、磨き終えた杖を手渡した。受け取ったグラッセはゆっくりと丁寧に触れる。傷も汚れもなく、よく手入れされている。水晶もかなりの大きさで透明度が高く、込められた魔力もかなり感じられた。この大きさでこれほどの力を秘めているなら相当貴重な品物ではないだろうか。これは下手をすれば国宝級かもしれない。
(途中改行)
「使ってみても……いいだろうか?」
普段はクールなグラッセが珍しくソワソワしながら言うとシエルは笑顔でどうぞと促すと彼が立ち上がり、窓のそばに立つ、そして一面が雪で真っ白な庭に向かって杖を構えた。
杖の先端が光り、庭に魔法陣が浮かび上がる。すると地面から氷でできた人形が現れ、グラッセは満足そうな表情を浮かべた。
アイスゴーレムはいつも出しているサイズよりもかなり大きく、この屋敷と同じ高さはあるだろう。シエルは驚いた様子で「すごいです」と言って拍手をした。
「精度が上がっている。ゴーレムの大きさだけじゃなくて召喚に必要な時間の短縮もできてて……これに比べたら今までの杖はもう棒切れ同然だな!」
興奮した様子でそう言い放ちながらアイスゴーレムと杖を交互に見る。その瞳はキラキラと輝き、楽しげだ。
グラッセは魔法の才能が秀でていて、彼以上に優秀な魔法使いはいないとまで言われているが魔法のことになると人が変わる。まるで少年のように無邪気に喜ぶのだ。
「その杖は旦那様に差し上げます。ただ磨くよりも使われた方がお母様も喜んでくれるでしょうし」
シエルが微笑んで窓に近づき、アイスゴーレムを眺めている彼の隣に立った時、グラッセは手元の杖をじっと見つめて何かを考え込んでいるようだったが、やがて口を開いた。
「……ありがとう、大切に使わせてもらうよ」
グラッセは優しい眼差しでシエルを見下ろして礼を言い、彼女を抱き寄せて頬にキスをする。
「シエル、愛してる……」
愛の告白を囁きながらグラッセは彼女の体を強く抱きしめた。
今まで「愛してる」と彼の口から聞いたことはなかったが、まさかこんなことでこの言葉を聞けるとは……と内心苦笑しながらもシエルは彼の背中に腕を伸ばして優しく撫でながら、同じように「私も愛してます」と告げるとグラッセはシエルの首筋に顔を埋め、唇を押し付けた。
「だ、旦那様、くすぐったいですよ」
彼女がくすくすと笑いながら身を捩るがグラッセは離そうとせず、首元から耳まで唇を這わせるとシエルの体がビクッと震え、小さな声をあげる。
グラッセの手がシエルの胸を包み込むように触れ、ドレス越しに柔らかさを確かめるかのように揉みしだく。
シエルの吐息が熱を帯びていくのを感じ、グラッセは彼女の顔を覗き込んだ。潤んだ青い双玉に見つめられ、思わず喉が鳴る。
「まだ、お昼なのに……」
困ったように眉を下げながらもシエルは拒むことはしなかった。シエルは夫からの愛を受け入れたいと願っているし、心から彼を愛している。しかし、昼間だというのにそんなことをするなんて……と思う気持ちもあるようだ。
グラッセは彼女を横抱きにして、ベッドへと向かう。シエルは抵抗することなく彼に身を委ね、二人はシーツの海へと沈んだ。
「掃除をしていたら薬が見つかったんですけど……シエル様、風邪なのですか?薬を捨てているなら飲んでもらわないと……」
クリアは思わず眉間にしわを寄せた。シエルの体調管理は完璧である。病気の時は薬を飲むまで必ず見届けていたしシエルの性格上、与えられた薬を捨てたりはしない。そうなると夫婦の寝室の暖炉に捨てる人間は一人しかいない。
薬に付いた煤を浄化魔法で綺麗にしてから小瓶に入れると彼はキッチンに向かった。そこではアサヒがジャガイモの皮を剥いているところだった。彼に声を掛けると小瓶の中の薬を栄養剤だと噓をついて渡してみる。
「ありがとうございます……ってこれ避妊薬じゃないですか。僕には必要ないですよ」
アサヒはそれを受け取り、手に乗せると驚いた様子でクリアに返した。
「あぁ、すまない。間違えてしまったようだ」
無表情で謝罪をすると、アサヒは大丈夫ですよと言って笑ってからハッとして顔を青ざめさせた。
一年間、彼の様子を観察し続けて何か隠している能力があるのを怪しんだ。彼が何か手にした瞬間、飲まずに料理に合うワインの味を当てたりするのだ。今日だけではなく何度も似たような手口で確認をしたので間違いないだろう。
おそらくだが手に触れた物の情報を分析ができる魔法か能力を持っているのではないだろうかとクリアは予測をし、正解だった。
クリアはわざとらしく咳払いをしてシエルの具合が悪いので様子を見てくると言って彼の目の前から去っていった。
*
グラッセはシエルを孕ませたくない、ということは彼は王命に背いて子供を作らずに二年間をやり過ごすつもりなのだろう。理由はわからないが、彼はシエルを手放すつもりだ。
あの男は愛情を与えるフリをしながら彼女を抱いて性欲だけを解消している。当然、シエルは気づいていない。グラッセが薬を飲んでいるようでは子を授かることはできないだろう。
クリアは休暇を取り、私服で用事を済ませてから街の中を歩きながら主に想いを馳せていた。
彼女が幼い頃からずっと、見ていた。焦がれるようになったのはいつの頃だったろう。いつの間にか彼女を目で追うようになっていた。
そんな彼女に必要以上に関わることは王の命令で許されず。氷の精霊も刺激をすれば何が起こるかわからないので自分を殺し続けた。
そんな中、シエルが結婚して嫉妬で気が狂いそうになった。更に彼女は夫となったグラッセを信頼しきっており、それが羨ましく、妬ましかった。
クリアの部屋はちょうどシエルの部屋の隣、彼女に何かあればすぐに駆け付けられる距離にある。彼女の部屋が夫婦の寝室になった日からクリアにとって地獄のような日々が始まった。
シエルは夜遅くまでグラッセとの行為に没頭して媚びるような甘い声をあげ、ベッドが軋む音や二人の荒い息遣いが聞こえるたびに胸の奥底からどす黒い感情が溢れ出た。
あの男から雪のように白い肌を撫でまわされ、柔らかな唇を貪られ、腹の中に子種を注ぎ込まれて幸せそうに微笑んでいるのだろう。
グラッセが忌み姫だと嫌われているシエルを愛さずに手酷く扱い、彼女が助けを求めてくれることを心のどこかで期待していたのかもしれない。それを理由に彼女をどこかに連れ去って自分のものにできると浅ましい考えを抱いていた。
しかし、彼女の口からグラッセに対する悪態が出ることはなく逆に夫を褒め称える言葉ばかりを聞かされ心の底から愛してしまっているのだと痛感させられた。
それに氷の精霊の加護は危険だ。加護持ちを抱いて氷漬けにされると昔から噂をされている。グラッセは知っているのかはわからないが彼は平然としてシエルを抱いていた。
グラッセの氷の魔法の能力は強力であり、この国の王族でも敵わないほどだ。その力と自信があるからこそ余計にシエルの夫に相応しく、自分は不釣り合いでどう足掻いても手に入れられないと悟った。
クリアは設備された雪の道を通り抜け、白い息で眼鏡を曇らせながら花街へと姿を隠すように歩いて行った。
*
ソファに座って、シエルは鼻歌を歌いながら青水晶の付いた立派な杖を白い布で磨いていた。持ち手の部分の金細工には細かな装飾が施されており、光に反射して輝いている。
「その杖はどうしたんだ?」
グラッセが気になって尋ねるとシエルは得意げに笑ったがどこか寂しそうにも見える。
「お母様が残したものらしいです。地下の物置に眠っていて」
「……シエルの母上が」
シエルの母親は国王の愛人で贅沢三昧の暮らしをしていたとだけ聞いている。実際はどんな女性だったのだろうかと興味はあるが、今となっては知る術もない。
シエルの母は若い頃に、父である現国王のオスカーと恋仲になり、彼が結婚をし、子宝に恵まれた後にもその関係は続いていたという。
そして、身籠ってしまった。彼女はシエルを産んだ後に病気で亡くなってしまったそうだ。
母は服や宝石などを大量に買い与えてもらっていたと聞いていたが、そんなものは全て捨てられて残っておらず、残されたのはこの杖だけだったそうだ。
「良い杖だな……少し触ってもいいか」
「ええ、もちろん」
シエルは嬉しそうに笑って、磨き終えた杖を手渡した。受け取ったグラッセはゆっくりと丁寧に触れる。傷も汚れもなく、よく手入れされている。水晶もかなりの大きさで透明度が高く、込められた魔力もかなり感じられた。この大きさでこれほどの力を秘めているなら相当貴重な品物ではないだろうか。これは下手をすれば国宝級かもしれない。
(途中改行)
「使ってみても……いいだろうか?」
普段はクールなグラッセが珍しくソワソワしながら言うとシエルは笑顔でどうぞと促すと彼が立ち上がり、窓のそばに立つ、そして一面が雪で真っ白な庭に向かって杖を構えた。
杖の先端が光り、庭に魔法陣が浮かび上がる。すると地面から氷でできた人形が現れ、グラッセは満足そうな表情を浮かべた。
アイスゴーレムはいつも出しているサイズよりもかなり大きく、この屋敷と同じ高さはあるだろう。シエルは驚いた様子で「すごいです」と言って拍手をした。
「精度が上がっている。ゴーレムの大きさだけじゃなくて召喚に必要な時間の短縮もできてて……これに比べたら今までの杖はもう棒切れ同然だな!」
興奮した様子でそう言い放ちながらアイスゴーレムと杖を交互に見る。その瞳はキラキラと輝き、楽しげだ。
グラッセは魔法の才能が秀でていて、彼以上に優秀な魔法使いはいないとまで言われているが魔法のことになると人が変わる。まるで少年のように無邪気に喜ぶのだ。
「その杖は旦那様に差し上げます。ただ磨くよりも使われた方がお母様も喜んでくれるでしょうし」
シエルが微笑んで窓に近づき、アイスゴーレムを眺めている彼の隣に立った時、グラッセは手元の杖をじっと見つめて何かを考え込んでいるようだったが、やがて口を開いた。
「……ありがとう、大切に使わせてもらうよ」
グラッセは優しい眼差しでシエルを見下ろして礼を言い、彼女を抱き寄せて頬にキスをする。
「シエル、愛してる……」
愛の告白を囁きながらグラッセは彼女の体を強く抱きしめた。
今まで「愛してる」と彼の口から聞いたことはなかったが、まさかこんなことでこの言葉を聞けるとは……と内心苦笑しながらもシエルは彼の背中に腕を伸ばして優しく撫でながら、同じように「私も愛してます」と告げるとグラッセはシエルの首筋に顔を埋め、唇を押し付けた。
「だ、旦那様、くすぐったいですよ」
彼女がくすくすと笑いながら身を捩るがグラッセは離そうとせず、首元から耳まで唇を這わせるとシエルの体がビクッと震え、小さな声をあげる。
グラッセの手がシエルの胸を包み込むように触れ、ドレス越しに柔らかさを確かめるかのように揉みしだく。
シエルの吐息が熱を帯びていくのを感じ、グラッセは彼女の顔を覗き込んだ。潤んだ青い双玉に見つめられ、思わず喉が鳴る。
「まだ、お昼なのに……」
困ったように眉を下げながらもシエルは拒むことはしなかった。シエルは夫からの愛を受け入れたいと願っているし、心から彼を愛している。しかし、昼間だというのにそんなことをするなんて……と思う気持ちもあるようだ。
グラッセは彼女を横抱きにして、ベッドへと向かう。シエルは抵抗することなく彼に身を委ね、二人はシーツの海へと沈んだ。
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