5 / 28
4あなたたちは道具なんかじゃない
しおりを挟む
イアンにおとりを頼み、一部に悪天使を集めることに成功したので、私は悪天使の周りにスプレーをかけた。
私は悪天使に近づく。ミリア、マリア、ユノン。赤髪、橙色の髪、緑髪。綺麗な色だと覚えていた髪の色は、赤黒い血と混ざって暗く濁っていた。それぞれが、雑巾のようなボロボロのワンピースを着せられている。元は白かったであろう生地は、彼女らの髪と同様赤黒いシミでいっぱいだった。
保護団の団服の下に着ている白衣のポケットに、そっとスプレーを仕舞う。
ムーブストップスプレー。「ネーミングセンスがない」と、イアンに何度も罵られた試薬品だ。悪天使の苦手な炭酸水が含まれていて、ワンプッシュするだけで、悪天使の戦闘力を一時的に封じ込むことができる。
「試薬品の状態だから仕方なくイアンを囮に使ったけど、いくらなんでも悪天使を煽りすぎじゃない?聞いてるこっちがイライラしてくるんだけど?」
私はイアンに文句を言った。するとイアンは、むっとして言い返してきた。
「いいじゃないか、どうせ悪天使は短気なルナと違って怒らないだろ?それに、そんなこと言うくらいなら試薬品の状態でスプレー使うなよ。いい加減、さっさと完成させろよ。お前の得意分野だろ?」
イアンの無神経な発言に、私はカチンと来た。はぁ?こいつ、団長兼薬品研究者の仕事量を舐めてるわけ?
「あのねぇ!私、団長もやってるんだよ?そんな時間あるわけ…」
「こんなくだらない言い争いをしている時間も、あるわけないんじゃない?」
懐かしい声によって、私の反論は遮られた。イアンを睨みつけていた視線をそっとずらし、声のした方を振り返る。そこには、肩までの金髪で、プロデスト軍の隊服に身を包んだ少女が、困ったような顔で口元を緩めていた。こうなることは分かってはいたものの、唐突な再会に思わず目を見開く。驚きと同時にやってきたのは、紛れもない安堵だった。私は浮いた心臓をそっと撫で下ろした。
リュア。悪天使保護団の前団長。現在、表向きではプロデスト軍の捕虜になっている天使の世話人、裏では保護団に軍の情報を提供するスパイである。彼女は、プロデスト軍に混ざって、戦闘力の無い世話人であるにも関わらず保護施設に赴くことに成功していた。まぁ、リュアのことだから、「戦闘直後のケアが重要」とでも言って来たんだろうけど。それが嘘だってバレたら、どうなるか分かってるのかな……。
「私達ヲドウスルツモリダ、敵ノ者ヨ」
ミリアが私を凝視して、戦闘態勢に入ろうとしている。
あーあ、この感じだと、施設にいた頃の記憶は完全に消されちゃったかな。
でも、いいや!
私は、悪天使に笑いかけた。
「もちろん、助けるつもりだよ!ミリア、マリア、ユノン!」
私が悪天使一人一人の名前を呼ぶと、彼女らの瞳がかすかに揺らいだ。
「ド、ドウシテ私達ノ名ヲ知ッテイル?」
思わず私は苦笑した。
それを説明するのに、果たしてどれだけの時間が必要になるかな。
「今は、説明している時間がないの。後で必ず説明してあげる!取り敢えず、質問ね。あなた達、感情は欲しくない?」
私は、警戒されたまま尋ねた。すると悪天使は考えるような仕草をしたが、やがて首を振った。
「駄目ダ。ダッテ私達ハ、戦イノタメノ道具ダ。『感情なんて必要ない』ト、アリス様ニ何度念ヲ押サレタカ」
無機質に答える悪天使を見て、私は胸が締め付けられるようだった。普通なら、悲しそうな顔で俯き、豊かな者は涙を浮かべるだろう。だが、悪天使はそれができない。悲しみも怒りもない死んだ魚のような目で私を見つめるだけだった。
「違うよ!」
私は我慢できなくなり、悪天使をまとめて抱き締めた。
「あなたたちは道具なんかじゃない!感情さえ持てば、可憐な天使になれるの!だから私達は、あなたたちに感情を与えたい。悪天使保護団の名にかけてね!」
自信ありげに言って、私は優しく微笑んだ。すると悪天使の表情が、少しだけ表情が明るくなったような気がした。少し離れて見守っているリュアは感心したような幸せそうな表情になった。こんな顔、見つかれば殺されちゃうよ、リュア。
私達の様子を見てイアンも混ざりたくなったのか、抱き合うまではしないが、マリアと私の肩に手を置いた。
「お前らの羽も、天使になれば眩い光に包まれる。その羽を広げたなら、狭苦しい戦場なんか抜け出して、大空へ飛んで行けよ?」
お、イアンにしてはいいこと言うじゃん!
「そうと決まればとにかく…」
「何が決まったって?」
ドスの効いた低い声に、心臓が跳ね上がった。
私は悪天使に近づく。ミリア、マリア、ユノン。赤髪、橙色の髪、緑髪。綺麗な色だと覚えていた髪の色は、赤黒い血と混ざって暗く濁っていた。それぞれが、雑巾のようなボロボロのワンピースを着せられている。元は白かったであろう生地は、彼女らの髪と同様赤黒いシミでいっぱいだった。
保護団の団服の下に着ている白衣のポケットに、そっとスプレーを仕舞う。
ムーブストップスプレー。「ネーミングセンスがない」と、イアンに何度も罵られた試薬品だ。悪天使の苦手な炭酸水が含まれていて、ワンプッシュするだけで、悪天使の戦闘力を一時的に封じ込むことができる。
「試薬品の状態だから仕方なくイアンを囮に使ったけど、いくらなんでも悪天使を煽りすぎじゃない?聞いてるこっちがイライラしてくるんだけど?」
私はイアンに文句を言った。するとイアンは、むっとして言い返してきた。
「いいじゃないか、どうせ悪天使は短気なルナと違って怒らないだろ?それに、そんなこと言うくらいなら試薬品の状態でスプレー使うなよ。いい加減、さっさと完成させろよ。お前の得意分野だろ?」
イアンの無神経な発言に、私はカチンと来た。はぁ?こいつ、団長兼薬品研究者の仕事量を舐めてるわけ?
「あのねぇ!私、団長もやってるんだよ?そんな時間あるわけ…」
「こんなくだらない言い争いをしている時間も、あるわけないんじゃない?」
懐かしい声によって、私の反論は遮られた。イアンを睨みつけていた視線をそっとずらし、声のした方を振り返る。そこには、肩までの金髪で、プロデスト軍の隊服に身を包んだ少女が、困ったような顔で口元を緩めていた。こうなることは分かってはいたものの、唐突な再会に思わず目を見開く。驚きと同時にやってきたのは、紛れもない安堵だった。私は浮いた心臓をそっと撫で下ろした。
リュア。悪天使保護団の前団長。現在、表向きではプロデスト軍の捕虜になっている天使の世話人、裏では保護団に軍の情報を提供するスパイである。彼女は、プロデスト軍に混ざって、戦闘力の無い世話人であるにも関わらず保護施設に赴くことに成功していた。まぁ、リュアのことだから、「戦闘直後のケアが重要」とでも言って来たんだろうけど。それが嘘だってバレたら、どうなるか分かってるのかな……。
「私達ヲドウスルツモリダ、敵ノ者ヨ」
ミリアが私を凝視して、戦闘態勢に入ろうとしている。
あーあ、この感じだと、施設にいた頃の記憶は完全に消されちゃったかな。
でも、いいや!
私は、悪天使に笑いかけた。
「もちろん、助けるつもりだよ!ミリア、マリア、ユノン!」
私が悪天使一人一人の名前を呼ぶと、彼女らの瞳がかすかに揺らいだ。
「ド、ドウシテ私達ノ名ヲ知ッテイル?」
思わず私は苦笑した。
それを説明するのに、果たしてどれだけの時間が必要になるかな。
「今は、説明している時間がないの。後で必ず説明してあげる!取り敢えず、質問ね。あなた達、感情は欲しくない?」
私は、警戒されたまま尋ねた。すると悪天使は考えるような仕草をしたが、やがて首を振った。
「駄目ダ。ダッテ私達ハ、戦イノタメノ道具ダ。『感情なんて必要ない』ト、アリス様ニ何度念ヲ押サレタカ」
無機質に答える悪天使を見て、私は胸が締め付けられるようだった。普通なら、悲しそうな顔で俯き、豊かな者は涙を浮かべるだろう。だが、悪天使はそれができない。悲しみも怒りもない死んだ魚のような目で私を見つめるだけだった。
「違うよ!」
私は我慢できなくなり、悪天使をまとめて抱き締めた。
「あなたたちは道具なんかじゃない!感情さえ持てば、可憐な天使になれるの!だから私達は、あなたたちに感情を与えたい。悪天使保護団の名にかけてね!」
自信ありげに言って、私は優しく微笑んだ。すると悪天使の表情が、少しだけ表情が明るくなったような気がした。少し離れて見守っているリュアは感心したような幸せそうな表情になった。こんな顔、見つかれば殺されちゃうよ、リュア。
私達の様子を見てイアンも混ざりたくなったのか、抱き合うまではしないが、マリアと私の肩に手を置いた。
「お前らの羽も、天使になれば眩い光に包まれる。その羽を広げたなら、狭苦しい戦場なんか抜け出して、大空へ飛んで行けよ?」
お、イアンにしてはいいこと言うじゃん!
「そうと決まればとにかく…」
「何が決まったって?」
ドスの効いた低い声に、心臓が跳ね上がった。
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる