残酷なこの世界線で。

天ノ月 アコ

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4あなたたちは道具なんかじゃない

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  イアンにおとりを頼み、一部に悪天使を集めることに成功したので、私は悪天使の周りにスプレーをかけた。
    私は悪天使に近づく。ミリア、マリア、ユノン。赤髪、橙色の髪、緑髪。綺麗な色だと覚えていた髪の色は、赤黒い血と混ざって暗く濁っていた。それぞれが、雑巾のようなボロボロのワンピースを着せられている。元は白かったであろう生地は、彼女らの髪と同様赤黒いシミでいっぱいだった。

   保護団の団服の下に着ている白衣のポケットに、そっとスプレーを仕舞う。
 ムーブストップスプレー。「ネーミングセンスがない」と、イアンに何度も罵られた試薬品だ。悪天使の苦手な炭酸水が含まれていて、ワンプッシュするだけで、悪天使の戦闘力を一時的に封じ込むことができる。
「試薬品の状態だから仕方なくイアンをおとりに使ったけど、いくらなんでも悪天使を煽りすぎじゃない?聞いてるこっちがイライラしてくるんだけど?」
 私はイアンに文句を言った。するとイアンは、むっとして言い返してきた。
「いいじゃないか、どうせ悪天使は短気なルナと違って怒らないだろ?それに、そんなこと言うくらいなら試薬品の状態でスプレー使うなよ。いい加減、さっさと完成させろよ。お前の得意分野だろ?」
 イアンの無神経な発言に、私はカチンと来た。はぁ?こいつ、団長兼薬品研究者の仕事量を舐めてるわけ?
「あのねぇ!私、団長もやってるんだよ?そんな時間あるわけ…」

「こんなくだらない言い争いをしている時間も、あるわけないんじゃない?」

    懐かしい声によって、私の反論は遮られた。イアンを睨みつけていた視線をそっとずらし、声のした方を振り返る。そこには、肩までの金髪で、プロデスト軍の隊服に身を包んだ少女が、困ったような顔で口元を緩めていた。こうなることは分かってはいたものの、唐突な再会に思わず目を見開く。驚きと同時にやってきたのは、紛れもない安堵だった。私は浮いた心臓をそっと撫で下ろした。
 リュア。悪天使保護団の前団長。現在、表向きではプロデスト軍の捕虜になっている天使の世話人、裏では保護団に軍の情報を提供するスパイである。彼女は、プロデスト軍に混ざって、戦闘力の無い世話人であるにも関わらず保護施設に赴くことに成功していた。まぁ、リュアのことだから、「戦闘直後のケアが重要」とでも言って来たんだろうけど。それが嘘だってバレたら、どうなるか分かってるのかな……。
「私達ヲドウスルツモリダ、敵ノ者ヨ」
 ミリアが私を凝視して、戦闘態勢に入ろうとしている。
 あーあ、この感じだと、施設ここにいた頃の記憶は完全に消されちゃったかな。
 でも、いいや!
 私は、悪天使に笑いかけた。
「もちろん、助けるつもりだよ!ミリア、マリア、ユノン!」
  私が悪天使一人一人の名前を呼ぶと、彼女らの瞳がかすかに揺らいだ。
「ド、ドウシテ私達ノ名ヲ知ッテイル?」
 思わず私は苦笑した。
 それを説明するのに、果たしてどれだけの時間が必要になるかな。
「今は、説明している時間がないの。後で必ず説明してあげる!取り敢えず、質問ね。あなた達、感情は欲しくない?」
 私は、警戒されたまま尋ねた。すると悪天使は考えるような仕草をしたが、やがて首を振った。
「駄目ダ。ダッテ私達ハ、戦イノタメノ道具ダ。『感情なんて必要ない』ト、アリス様ニ何度念ヲ押サレタカ」
 無機質に答える悪天使を見て、私は胸が締め付けられるようだった。普通なら、悲しそうな顔で俯き、豊かな者は涙を浮かべるだろう。だが、悪天使はそれができない。悲しみも怒りもない死んだ魚のような目で私を見つめるだけだった。
「違うよ!」
 私は我慢できなくなり、悪天使をまとめて抱き締めた。
「あなたたちは道具なんかじゃない!感情さえ持てば、可憐な天使になれるの!だから私達は、あなたたちに感情を与えたい。悪天使保護団の名にかけてね!」
 自信ありげに言って、私は優しく微笑んだ。すると悪天使の表情が、少しだけ表情が明るくなったような気がした。少し離れて見守っているリュアは感心したような幸せそうな表情になった。こんな顔、見つかれば殺されちゃうよ、リュア。
 私達の様子を見てイアンも混ざりたくなったのか、抱き合うまではしないが、マリアと私の肩に手を置いた。
「お前らの羽も、天使になれば眩い光に包まれる。その羽を広げたなら、狭苦しい戦場せかいなんか抜け出して、大空へ飛んで行けよ?」
 お、イアンにしてはいいこと言うじゃん!
「そうと決まればとにかく…」

「何が決まったって?」

 ドスの効いた低い声に、心臓が跳ね上がった。

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