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51 ディミトリ殿下は体調不良?
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翌朝、迎えの馬車まで用意されていた私は、久しぶりに王宮へと足を向けることになった。
正門の門柱の前では執事のジアンが私を見つけて顔をほころばせる。
「お久しぶりでございます、カール様。久方ぶりに拝見したお顔は大変凛々しく、益々ご立派に成長されましたね」
数か月ぶりとはいえ、そこまで持ち上げられると少々気恥ずかしい。
老齢な執事の、流石の対話術に感心しながら、案内されたのは執務室では無く、何故かディミトリ殿下の私室だった。
豪奢で広々とした空間には、王妃殿下の私室と同じように無垢材を使用した執務机が置かれている。きっと彼は寝る間際まで此処で執務を行ない、更には学術院の勉強を熟しているのだろう。
しかし、奥に見えるベッドは天蓋が上げられ、美しく設えられた室内の何処にもディミトリ殿下の姿が見えない。
「今しばらくお待ちくださいませ。王太子殿下にカール様の来訪を報告して参ります故」
ジアンが扉を出て行くと、一人残された静寂の中で気まずさが込み上げてきた。
(ルイスに言われて、何も考えずに来たけれど、ディミトリ殿下は執務中なのよね⁈ 私の課題まで手伝わせるのは…暇が無いんじゃないかしら…⁈)
そもそも、夏季休暇の間中、遊び呆けていて課題が終わらなかったのは私のせいなのだ。
忙しい殿下の休憩時間を削ってまで、勉強に付き合ってもらうような図々しい事は流石に出来ない。
殿下には後日お詫びして、課題は自力で何とかしようと腰を浮かせたのだが、時すでに遅し…ディミトリ殿下が部屋へ戻って来てしまった。
「随分と久しぶりだな。カールは休暇前に酷い夏風邪を拗らせたらしいが、既に体調は万全なのか?もし必要であれば、直ぐに体を温める物なども用意させるが…」
労わる様に声を掛けて下さるのはありがたいが、そう言う彼の方が見るからに窶れている。
――夏風邪でも拗らせたのだろうか?
(どう見ても、殿下の方が病人みたいよね。頬もこけて、顔色も青白いし…)
こんな状態で執務を熟していたのだとすれば、彼に必要なのは休息と栄養だろう。
慌てて肘掛椅子から立ち上がると、深々と頭を下げた。
「ご無沙汰しておりました。私は既に病も癒え、体調は万全でございます。それより、殿下のお加減があまり宜しく無いようですが…。私はこれで失礼しますので、お大事になさって下さい」
そのまま踵を返そうとする私の腕を病人とは思えぬ力で掴むと「まあまあ」と無理やり奥のテーブルへ引きずられるように連れて行かれた。
「顔を見ただけで逃げ出すなど、薄情ではないか。今日は課題を見てやる約束だったのだから、ゆっくりする時間はあるはずだろう?」
そう言われてしまうと帰り辛い。渋々腰を下ろすとジアンの采配で、直ぐに温かなお茶が運ばれてきた。
「暫くお会いしないうちに、ディミトリ殿下は面窶れされたようですが…。暑気あたりや、まさか重篤な病…ではございませんよね?」
対面に座るディミトリ殿下は、どう見ても病人にしか見えない。
目の下には濃い隈が出来ているし、頬がこけ青白い顔には生気が乏しい感じがする。
「――病では…無いのだが…」
言い淀む殿下は、深々とため息を吐いている。
「…夏季休暇が始まって直ぐに、その兆候はあった。段々と眠りが浅くなり、そのせいか疲れも抜けない。連鎖反応で食欲も減退するから面窶れしたというだけの話だ」
いやいやいや、それは十分に一大事であろう。今は病にかかっていなくても、時間の問題でしかないのだから。
「…王宮医師団の診察は受けられたのですよね?何と診断が下ったのでしょうか?」
「…私のこれは病気では無いから、医師には治せないと。ただ、精神不安が原因で、神経が衰弱しているのは、安定剤が処方された」
「病気ではなく、精神不安…。何か殿下の御心を悩ませるような出来事があった…という事なのですね?」
私が聞いたところで、解決できる訳では無い。でも、人に話すことで気持ちが楽になるならと思った私が馬鹿だった。
「…私の最愛の女性に、入学以来一度も会う事が出来ていないんだ。彼女が私の卒業を待つと約束してくれていても、そんな口約束だけで、三年間もの間、愛する女性の顔を見ずに我慢できるわけは無いだろう⁈それに、彼女の両親が婚約話を進める可能性があると思っただけで耐えられなくなったんだ。だから、『せめて夏季休暇の間に一日で良いから彼女との逢瀬の時間を作って欲しい』と母上に懇願したのに…」
一気に捲し立てるとディミトリ殿下は益々大きなため息を吐いてから「断られた」と虚ろな目をして呟いている。
――成程、殿下の病は所謂“恋の病”という奴で、お医者様では治せないというアレのようだ。
(ルイ―セに会いたいと、王妃殿下に駄々を捏ねたものの、断られて拗ねているという事ね…これが恋愛小説でよく見る“恋煩い”という現象なのかしら?)
実体験をしたことは無いが、そうだとすれば、かなり苦しいのだろう。
この窶れぶりは気の毒だと思うものの、私がドレスに着替えてまで、ディミトリ殿下の心を軽くする理由も時間もない。
――夏季休暇が終わるのはあと数日…自分の課題の方が殿下の体調よりも重要なのだ。
薄情ですまん。
「以前に執務室で、何を贈ろうか悩んでいたお相手の事ですよね?確か、殿下は学術院で三年間の間、学年主席を維持しなければ彼女とは結ばれないと聞きましたが」
「…私はそのことをカールに話した事があっただろうか…?」
ギクリ…思わず体が強張る。…いや、どうだったろうか?そう言われると自信がない。
目を眇めてこちらを見るディミトリ殿下を、何とか誤魔化そうと必死に考えを巡らせた。
「えーっと…確か、王妃殿下からお話を伺ったような…気が…します。ディミトリ殿下が、そんな無理難題を受けるとは思わず、かなり驚いた記憶がありますから」
引き攣りながらも言い訳すると、興味を失った様子でディミトリ殿下が頷く。
「その通りだ。私と彼女が生涯を共にするための条件として明示されたから、それに乗っただけのこと。いざ、条件を達成した時に言い逃れさせぬように、“魔術誓約書”も取り寄せて、後日母上に署名押印もさせてある」
「…はっ⁈ま、魔術誓約書っ⁈…まさか…嘘、ですよね…⁈」
動揺のあまり思わず立ち上がると、肘掛椅子が“ガタンッと音を立てて倒れた。
魔術誓約書――それは魔術を用いて誓約を交わすものだ。
署名者は誓約書の内容を破棄できないよう魂で契約を結ぶために、近年では国家間の軍事契約や王族の婚姻式でのみ使用を許可されていると風の便りに聞いたことがある。
それぐらいに、希少なものであり、かつ重すぎる誓約書がこんなどうでも良い場面で出て来るとは思わなかった。
「私たちが条件を達成していざ結ばれる時に、婚姻を反対する一派から横やりが入れられないようにするためと、彼女が身分差を理由にして逃げ出さないように先手を打っただけの事だ」
平然とした顔をして、とんでもない事を言うその口に持参した課題書籍をねじ込んでやりたい。
…いっそのこと、本当に殴ってやろうか…。
「そ…その魔術誓約書を交わした相手は王妃殿下ですよね?その…お相手の女性が同意していないのならば、その誓約は無効なのではないでしょうか?」
私は魔術誓約書に署名した覚えも無いし、婚姻する事にも同意していないからな。
「愛する彼女には『私が真実の愛を誓うのは貴女だけだ』と誓約魔術を施したブローチを手渡した。私が彼女に着けて『私の事を待っていて欲しい』と告げた言葉に頷いてくれたのだから、彼女の同意を得られたと捉え、誓約書も有効に決まっているだろう」
(…あれかーっ⁈…まさか、あの日の口約束がそこまで重要だとは思わず、簡単に了承してしまったけれど…‼クッソ…王妃殿下のあの圧はそういう理由だったのね⁈)
衝撃を受けて、思わず無言になる私にチラリと視線を向けると、ディミトリ殿下は益々悲し気な目をしてポツリと呟く。
「彼女を思いだす度に胸が苦しく、会いたくて泣きたい気持ちになる。まさかこんなに女々しい男だとは自分でも思ってもみなかった…」
深いため息を吐くディミトリ殿下はお気の毒ではあるけれど、いよいよもって、自分の身の振り方に危険が迫っている方が正直、気になる。
(王妃殿下め~‼ブローチを受け取った裏で、勝手に魔術誓約書まで署名するなんて酷いじゃない⁈これは、殿下が条件を達成した暁には、本気で逃げ出せない流れなんじゃないの⁈)
内心では動揺しつつも、目の前の殿下に悟られないように「王妃殿下に最後にもう一度お願いしてみては?」と適当に相槌を打つ。
どうせ、夏季休暇もあと数日で終わるのだ。このまま新学期が始まれば、彼だって諦めざるを得ないだろう。
どうやら、私の気の無さが気に障ったのか。ディミトリ殿下から横目で睨まれた。
「簡単に言うが、既に母上には『ルイ―セに話はしてみるけれど、貴方との逢瀬を無理強いすることは出来ないわ。期待せずに返事を待ちなさい』と何度も言われている。このままでは夏季休暇が終わるから泣き言を言っているんだろうがっ⁈」
…それは中々に上手い断わり方だと感心する。
向こうからの返事待ちだと思えば、催促もしにくいし、返事の期限も決まっていないのだから殿下の休暇期間が終わるまでならば、持ちこたえられるだろう。
(さすがは王妃殿下だわ…。のらりくらりと躱す術に長けているわねぇ…)
感心して頷いていたら、いつの間にか目の前に立っていたディミトリ殿下に両肩をガッチリと掴まれた。
「カールは母上のお気に入りだから、私より、お前が頼んだ方が頼みを聞いてくれる可能性がある。『ディミトリ殿下が苦しんでいるのを見ていられません‼是非愛する二人を会わせてあげて下さい』とカールが一言言うだけで良い。…その報酬も用意してある」
そう言うと、休暇課題の答えがギッシリと書き込まれた冊子を机に積み上げるのだから、やり方が汚いと思う。
「休暇課題は全て埋めてあるし、これを写すだけなら時間も掛からないだろう?お前が望むなら懇切丁寧に解き方も指導してやる。…カール、私の頼みを聞いてくれるな?」
(な…何という…魅惑的な悪魔の囁き…)
『ルイスにばれたら叱られるわ‼自力で頑張るのよ』そう右側の天使が囁けば、『ばれなければ問題無いだろう?ヒヒッ写させて貰おうぜぇ』と左側の悪魔も誘惑してくる。
「たった一言だけで、これが手に入るのだぞ?カールはどうしたい?」
(~~~‼あああ、そんなの答えは決まっているわっ‼)
結局、馬鹿な私は悪魔の囁きに乗っかったのだった。
正門の門柱の前では執事のジアンが私を見つけて顔をほころばせる。
「お久しぶりでございます、カール様。久方ぶりに拝見したお顔は大変凛々しく、益々ご立派に成長されましたね」
数か月ぶりとはいえ、そこまで持ち上げられると少々気恥ずかしい。
老齢な執事の、流石の対話術に感心しながら、案内されたのは執務室では無く、何故かディミトリ殿下の私室だった。
豪奢で広々とした空間には、王妃殿下の私室と同じように無垢材を使用した執務机が置かれている。きっと彼は寝る間際まで此処で執務を行ない、更には学術院の勉強を熟しているのだろう。
しかし、奥に見えるベッドは天蓋が上げられ、美しく設えられた室内の何処にもディミトリ殿下の姿が見えない。
「今しばらくお待ちくださいませ。王太子殿下にカール様の来訪を報告して参ります故」
ジアンが扉を出て行くと、一人残された静寂の中で気まずさが込み上げてきた。
(ルイスに言われて、何も考えずに来たけれど、ディミトリ殿下は執務中なのよね⁈ 私の課題まで手伝わせるのは…暇が無いんじゃないかしら…⁈)
そもそも、夏季休暇の間中、遊び呆けていて課題が終わらなかったのは私のせいなのだ。
忙しい殿下の休憩時間を削ってまで、勉強に付き合ってもらうような図々しい事は流石に出来ない。
殿下には後日お詫びして、課題は自力で何とかしようと腰を浮かせたのだが、時すでに遅し…ディミトリ殿下が部屋へ戻って来てしまった。
「随分と久しぶりだな。カールは休暇前に酷い夏風邪を拗らせたらしいが、既に体調は万全なのか?もし必要であれば、直ぐに体を温める物なども用意させるが…」
労わる様に声を掛けて下さるのはありがたいが、そう言う彼の方が見るからに窶れている。
――夏風邪でも拗らせたのだろうか?
(どう見ても、殿下の方が病人みたいよね。頬もこけて、顔色も青白いし…)
こんな状態で執務を熟していたのだとすれば、彼に必要なのは休息と栄養だろう。
慌てて肘掛椅子から立ち上がると、深々と頭を下げた。
「ご無沙汰しておりました。私は既に病も癒え、体調は万全でございます。それより、殿下のお加減があまり宜しく無いようですが…。私はこれで失礼しますので、お大事になさって下さい」
そのまま踵を返そうとする私の腕を病人とは思えぬ力で掴むと「まあまあ」と無理やり奥のテーブルへ引きずられるように連れて行かれた。
「顔を見ただけで逃げ出すなど、薄情ではないか。今日は課題を見てやる約束だったのだから、ゆっくりする時間はあるはずだろう?」
そう言われてしまうと帰り辛い。渋々腰を下ろすとジアンの采配で、直ぐに温かなお茶が運ばれてきた。
「暫くお会いしないうちに、ディミトリ殿下は面窶れされたようですが…。暑気あたりや、まさか重篤な病…ではございませんよね?」
対面に座るディミトリ殿下は、どう見ても病人にしか見えない。
目の下には濃い隈が出来ているし、頬がこけ青白い顔には生気が乏しい感じがする。
「――病では…無いのだが…」
言い淀む殿下は、深々とため息を吐いている。
「…夏季休暇が始まって直ぐに、その兆候はあった。段々と眠りが浅くなり、そのせいか疲れも抜けない。連鎖反応で食欲も減退するから面窶れしたというだけの話だ」
いやいやいや、それは十分に一大事であろう。今は病にかかっていなくても、時間の問題でしかないのだから。
「…王宮医師団の診察は受けられたのですよね?何と診断が下ったのでしょうか?」
「…私のこれは病気では無いから、医師には治せないと。ただ、精神不安が原因で、神経が衰弱しているのは、安定剤が処方された」
「病気ではなく、精神不安…。何か殿下の御心を悩ませるような出来事があった…という事なのですね?」
私が聞いたところで、解決できる訳では無い。でも、人に話すことで気持ちが楽になるならと思った私が馬鹿だった。
「…私の最愛の女性に、入学以来一度も会う事が出来ていないんだ。彼女が私の卒業を待つと約束してくれていても、そんな口約束だけで、三年間もの間、愛する女性の顔を見ずに我慢できるわけは無いだろう⁈それに、彼女の両親が婚約話を進める可能性があると思っただけで耐えられなくなったんだ。だから、『せめて夏季休暇の間に一日で良いから彼女との逢瀬の時間を作って欲しい』と母上に懇願したのに…」
一気に捲し立てるとディミトリ殿下は益々大きなため息を吐いてから「断られた」と虚ろな目をして呟いている。
――成程、殿下の病は所謂“恋の病”という奴で、お医者様では治せないというアレのようだ。
(ルイ―セに会いたいと、王妃殿下に駄々を捏ねたものの、断られて拗ねているという事ね…これが恋愛小説でよく見る“恋煩い”という現象なのかしら?)
実体験をしたことは無いが、そうだとすれば、かなり苦しいのだろう。
この窶れぶりは気の毒だと思うものの、私がドレスに着替えてまで、ディミトリ殿下の心を軽くする理由も時間もない。
――夏季休暇が終わるのはあと数日…自分の課題の方が殿下の体調よりも重要なのだ。
薄情ですまん。
「以前に執務室で、何を贈ろうか悩んでいたお相手の事ですよね?確か、殿下は学術院で三年間の間、学年主席を維持しなければ彼女とは結ばれないと聞きましたが」
「…私はそのことをカールに話した事があっただろうか…?」
ギクリ…思わず体が強張る。…いや、どうだったろうか?そう言われると自信がない。
目を眇めてこちらを見るディミトリ殿下を、何とか誤魔化そうと必死に考えを巡らせた。
「えーっと…確か、王妃殿下からお話を伺ったような…気が…します。ディミトリ殿下が、そんな無理難題を受けるとは思わず、かなり驚いた記憶がありますから」
引き攣りながらも言い訳すると、興味を失った様子でディミトリ殿下が頷く。
「その通りだ。私と彼女が生涯を共にするための条件として明示されたから、それに乗っただけのこと。いざ、条件を達成した時に言い逃れさせぬように、“魔術誓約書”も取り寄せて、後日母上に署名押印もさせてある」
「…はっ⁈ま、魔術誓約書っ⁈…まさか…嘘、ですよね…⁈」
動揺のあまり思わず立ち上がると、肘掛椅子が“ガタンッと音を立てて倒れた。
魔術誓約書――それは魔術を用いて誓約を交わすものだ。
署名者は誓約書の内容を破棄できないよう魂で契約を結ぶために、近年では国家間の軍事契約や王族の婚姻式でのみ使用を許可されていると風の便りに聞いたことがある。
それぐらいに、希少なものであり、かつ重すぎる誓約書がこんなどうでも良い場面で出て来るとは思わなかった。
「私たちが条件を達成していざ結ばれる時に、婚姻を反対する一派から横やりが入れられないようにするためと、彼女が身分差を理由にして逃げ出さないように先手を打っただけの事だ」
平然とした顔をして、とんでもない事を言うその口に持参した課題書籍をねじ込んでやりたい。
…いっそのこと、本当に殴ってやろうか…。
「そ…その魔術誓約書を交わした相手は王妃殿下ですよね?その…お相手の女性が同意していないのならば、その誓約は無効なのではないでしょうか?」
私は魔術誓約書に署名した覚えも無いし、婚姻する事にも同意していないからな。
「愛する彼女には『私が真実の愛を誓うのは貴女だけだ』と誓約魔術を施したブローチを手渡した。私が彼女に着けて『私の事を待っていて欲しい』と告げた言葉に頷いてくれたのだから、彼女の同意を得られたと捉え、誓約書も有効に決まっているだろう」
(…あれかーっ⁈…まさか、あの日の口約束がそこまで重要だとは思わず、簡単に了承してしまったけれど…‼クッソ…王妃殿下のあの圧はそういう理由だったのね⁈)
衝撃を受けて、思わず無言になる私にチラリと視線を向けると、ディミトリ殿下は益々悲し気な目をしてポツリと呟く。
「彼女を思いだす度に胸が苦しく、会いたくて泣きたい気持ちになる。まさかこんなに女々しい男だとは自分でも思ってもみなかった…」
深いため息を吐くディミトリ殿下はお気の毒ではあるけれど、いよいよもって、自分の身の振り方に危険が迫っている方が正直、気になる。
(王妃殿下め~‼ブローチを受け取った裏で、勝手に魔術誓約書まで署名するなんて酷いじゃない⁈これは、殿下が条件を達成した暁には、本気で逃げ出せない流れなんじゃないの⁈)
内心では動揺しつつも、目の前の殿下に悟られないように「王妃殿下に最後にもう一度お願いしてみては?」と適当に相槌を打つ。
どうせ、夏季休暇もあと数日で終わるのだ。このまま新学期が始まれば、彼だって諦めざるを得ないだろう。
どうやら、私の気の無さが気に障ったのか。ディミトリ殿下から横目で睨まれた。
「簡単に言うが、既に母上には『ルイ―セに話はしてみるけれど、貴方との逢瀬を無理強いすることは出来ないわ。期待せずに返事を待ちなさい』と何度も言われている。このままでは夏季休暇が終わるから泣き言を言っているんだろうがっ⁈」
…それは中々に上手い断わり方だと感心する。
向こうからの返事待ちだと思えば、催促もしにくいし、返事の期限も決まっていないのだから殿下の休暇期間が終わるまでならば、持ちこたえられるだろう。
(さすがは王妃殿下だわ…。のらりくらりと躱す術に長けているわねぇ…)
感心して頷いていたら、いつの間にか目の前に立っていたディミトリ殿下に両肩をガッチリと掴まれた。
「カールは母上のお気に入りだから、私より、お前が頼んだ方が頼みを聞いてくれる可能性がある。『ディミトリ殿下が苦しんでいるのを見ていられません‼是非愛する二人を会わせてあげて下さい』とカールが一言言うだけで良い。…その報酬も用意してある」
そう言うと、休暇課題の答えがギッシリと書き込まれた冊子を机に積み上げるのだから、やり方が汚いと思う。
「休暇課題は全て埋めてあるし、これを写すだけなら時間も掛からないだろう?お前が望むなら懇切丁寧に解き方も指導してやる。…カール、私の頼みを聞いてくれるな?」
(な…何という…魅惑的な悪魔の囁き…)
『ルイスにばれたら叱られるわ‼自力で頑張るのよ』そう右側の天使が囁けば、『ばれなければ問題無いだろう?ヒヒッ写させて貰おうぜぇ』と左側の悪魔も誘惑してくる。
「たった一言だけで、これが手に入るのだぞ?カールはどうしたい?」
(~~~‼あああ、そんなの答えは決まっているわっ‼)
結局、馬鹿な私は悪魔の囁きに乗っかったのだった。
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