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63 ダニエル・ハーヴィンは諦めが悪い
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「…うわっ⁈ 最悪だよ…。まさか君が女だとは思わず、ベタベタと触ってしまったじゃないか‼本っ当に気持ち悪い…」
苛立ちを隠そうともせず、ゴシゴシと唇や掌をハンカチーフで拭うダニエルの姿に地味にイラっとする。
「――それで、カールは令息だと私を…いや、学術院中を騙していたという事で間違いは無いのかな?言い訳があるのなら言ってみたまえ」
加害者のくせに被害者面するその顔に拳をめり込ませてやりたいのを堪えていると、ダニエルは緩めていたクラヴァットをキュッと絞め直した。
「いつまでそんなだらしない恰好を晒すつもりだ。女だと判れば興味はない。サッサと身支度を整えて出て行きたまえ」
(…本っっっ気で殺意が湧くわっ‼アンタが無理やり襲って来たくせに、どの口が言うわけ⁈)
あの眼鏡を叩き割ってやりたい…そんな衝動を抑えながら、手早く身支度を整えていく。
舐められた首のヌルッとした感触が気持ち悪いけれど、寮へ戻るまでの我慢だ。
私の内心を知ってか知らずか、ダニエルは此方をねめつけると、声高に非難し始めた。
「…そもそも、女のくせに性別を偽って王立学術院に潜り込むこと自体が重罪だろう。大方、条件の良い男でも漁ろうとして男子寮や生徒会にまで入り込んだんだろうが、これを私が学術院側――いや、王太子殿下に進言すれば、カールは王家を謀った罪で断罪されるという事を理解しているのか⁈」
…とっくに国王両陛下にはばれているし、むしろ性別を偽って入学する手助けをしてくれたのは王妃殿下だ。だから今更断罪される危険は無いけれど、ディミトリ殿下に私が令嬢だと気づかれるのは不味い。
(…万が一にもルイ―セが私だと気づかれたら…暴走した殿下に何をされるのか判らないのが怖い…)
ここはハッタリであっても弱みを見せた方が負ける…そう考えた私は、敢えて穏やかな口調でダニエルに向き合った。
「――ダニエル先輩が、殿下に私が令嬢だと進言するつもりがあるのでしたら、私も襲われたことを声高に主張せざるを得ませんね」
まさか反論されるとは夢にも思っていなかったのか、ダニエルは怯んだようにグッと息を呑んだ。
「襲われた時の手慣れた様子から見ても、他にも犠牲者はいる様子ですし、いっその事、事件を公にして今迄の罪も白日の下に晒した方が良いかもしれませんね。…私が断罪されるのであれば、ダニエル先輩も仲良く自分の罪で断罪されましょうよ」
ニッコリと微笑みを浮かべてやれば、あからさまに顔色を顔面蒼白に変えている。
「…私を脅そうと…金でも取ろうという魂胆なのか…⁈」
――自分が優位な立場に立っていた時には、居丈高な態度を崩そうとしなかったダニエルは、意外と精神面が弱いらしい。
しかし、まさか“金”で解決という方法を持ち出すとは思わなかった。
「まさか。私がダニエル先輩にお願いしたいことは一つだけですよ。…私の性別については他言無用。それさえ守って頂けるのなら、この件は公にしませんし、私もダニエル先輩の男色趣味については一切他言しないことを此処に誓いましょう」
“悪い条件では無いでしょう?”と囁くと、怪訝そうな顔をしている。
「…何でそこまでしてカールは性別を偽っているんだ?…どう考えても君には害しか無いだろう?その理由ぐらいは説明して貰えるんだろうな」
余程気になるのか、純粋な好奇心から出た言葉に思わず苦笑いしてしまう。
「…これは内密の話なのですが、令息として学術院に在籍している事と、殿下のお傍に居ることは王妃殿下直々のお声がかりであると…そう受け取って頂けますでしょうか」
「なっ⁈…そんな…いや、確かに王妃殿下であれば、この学術院の理事で在らせられる以上、身分や性別の偽装ぐらいは容易いことだろうが…」
「そもそも、一介の男爵家程度が王立学術院の入学者名簿を偽装できるなどと本気でお思いですか?その事実こそが私の言葉を裏付けてくれると思いませんか」
――人を騙す時には真実の中に少量の嘘を混ぜ合わせる事が話に信憑性を持たせるのだと、かつての恩師に聞いたことがある。
その言葉通り、ダニエルも納得した様に「確かにカール一人にこんな大それた企みは無理だろうしな…」と渋々ながらも頷いた。
「カールが令息として潜り込んだのは、やはり王家の間諜や情報収集を目的として…」
「フフ…これ以上は踏み込み過ぎですよ?口封じされる危険を冒したくないのでしたら、むやみな好奇心はお控え下さいね」
――勿論、嘘なのだが、時にはハッタリも必要なのだ。
圧を込めた笑顔で念を押すと、ダニエルはゴクリと喉を鳴らし、慌てて目を逸らしている。
「あーあ…。やっと理想通りの恋人に巡り合えたかと思っていたのになぁ…。見目だけは最高に好みだったし、押しに弱そうだったから多少の無理強いで手に入るのならと、折角人気の無い部屋に連れ込んだのに…。いざ蓋を開けて見れば女…高揚した恋心をどうしてくれるんだ⁈」
「そんなものは知りませんよ。大体、無理強いした時点で犯罪行為でしょうが‼勝手に期待して裏切られたと騒ぐのは愚の骨頂です」
「…本っ当にカールは手厳しいな。普通の令嬢ならば、これだけ強く言われれば涙ぐむぞ?大体、反撃するにしても平手打ちより先に足蹴りや金的を狙う辺り、どう考えても尋常じゃないだろう⁈…そんな女と婚姻を結ぼうとする奇特な貴族令息はいない。もう少し慎み深さを身に付けたらどうだ」
「余計なお世話です。人の心配をする前に、ダニエル先輩は自分がハーヴィン子爵家の嫡男であることを自覚したらどうですか。男同士では跡継ぎの問題が何れ浮上して来るでしょう?そちらの方が余程大問題では無いですか」
「あー…まあ、な。私の婚約者候補の選定は両親が血眼になっているんだが、顔合わせしても厚化粧して姦しい令嬢は全て同じ顔に見えるんだよなぁ。せめて私の言葉一つで泣かない、化粧っ気の無い令嬢がいれ…ば…」
「まあ、適当に頑張って下さい。…それでは先ほどの事は他言無用で‼先に生徒会室へ向かいます」
会話の途中で、いきなり真顔でこちらを凝視してきたダニエルに、嫌な予感が芽生える。
出来るだけ迅速に部屋を出ようとした私の腕を掴むと、猫なで声を出してきたから余計に怖い。
「まあまあ。それよりカールに恋人はいないんだろう?いつも王太子殿下や側近の方々とばかり一緒にいるし、彼らでは大物過ぎる。…まさかフランツ・バッヘンベルグが恋人ではないんだよね? 随分と親し気だけれど…どうなんだ?」
――顔が近い。大体、私とフランツの関係を何でコイツが気にするというのか…?
(ハッ?!ま、まさか…今度はフランツを襲うつもりでは無いでしょうね⁈)
「フランツは私の幼馴染でルイスの親友なんです‼フランツを手籠めにしようとしたら、許しませんよ‼…問答無用で王妃殿下に今回の事件も密告しますからねっ⁈」
「はっ⁈…あ、いや…フランツ・バッヘンベルグは私の好みではないよ。カールが彼と付き合っていないのならそれで構わない。…それならば、私と君との間に障害は無くなるな‼…学術院卒業後の婚姻の相手はカールに決めた。私と婚姻してくれるね?」
――本気で意味が解らない。
あれ程女というだけで嫌悪の視線を向け、触れる事さえ嫌だと言っていたくせに。
僅かな間に趣旨替えをする心理は何なんだろう…。
「…私は貴方の大嫌いな“女”だとご理解いただけたかと思っていましたが?」
「勿論判っている。しかし君は私と対等に意見を交わし、化粧臭くない令嬢だ。その上、子を生すことが出来、見目も好みとなればカール以外に私が婚姻できそうな女を見つけるのは困難だろう?」
成程…理解はしたが――お断りだ。
「申し訳ありませんが、そのお申し出はお断りします。…話がそれだけでしたら、もう帰りたいんですが…」
「いや、よく考えてみてくれ。年頃になっても足癖も口も悪いじゃじゃ馬で可愛げのない令嬢では、その辺の貴族令息では相手にならないだろう?ましてや男爵家では家格が低いから足元を見られるだろうし。その点、私ならカールの性格を全て知った上で受け入れてやれる。しかも私は女嫌いだから浮気もしないし、君はハーヴィン子爵家の正夫人の座を労せずして手に入れられると言うわけだ‼」
まるで少年の様なキラキラした眼差しで語ってはいるが、その内容は余りにも世俗に塗れている。
ウンザリしつつ掴まれた腕を振りほどこうとしてみたものの、どうやら答えを聞くまでは解放する気が無いようで、彼は笑みを深めていた。
「私はダニエル先輩に何の興味も有りません。今回は秘密を共有することになってしまいましたが、既に好感度はゼロですから、別の女性を探して頂きますようお願い申し上げます」
「好感度がゼロという事は、後は上がるだけだ。残りの学生生活の中でいくらでも挽回できるだろう?むしろ触れ合いを深めれば、好きになる可能性は高いんじゃないか」
無駄にポジティブ…。
私は湾曲的に言っただけで、本音を言えば好感度どころか嫌悪感の方が圧倒的に高いんだが…。
「好きになる可能性もゼロです。男色家を否定はしませんが、私は愛のある婚姻を望むので」
「…では、本当に愛が生まれないかどうか試してみても良いだろうか?…例えば此処で口づけをして、嫌悪感が無ければお付き合いをするという事でどうだろう」
「馬鹿ですか⁈…既に私は嫌悪感しかありませんよっ‼いい加減にして下さい」
「そんな目つきで睨まれると逆に興奮するな。…試すだけなんだから構わないだろう?」
――思わず、空いていた方の腕で彼のクラヴァットを掴むとそのまま締め上げてやる。
「グッ…ガ…ハッ…ツ?!」
くぐもった声が喉の奥で響くのを聞きながら、彼の腕が緩んだ隙に自由になった両手を使って、ダニエルを床に突き飛ばし馬乗りになってやった。
「じゃじゃ馬で可愛げのない令嬢ですから、甘く見ない方が良いですよ。ここで引いていただけるのなら当初の予定通り他言無用で貴方の秘密は守られます。…でも引いていただけないのであれば…」
馬乗りになっていた体を起こし、彼の股間部分を靴裏で軽く踏みつける。
「学術院の任務を妨害するダニエル・ハーヴィンの処罰を王妃殿下にお任せする可能性があります。それとも、此処で子を生せない体になりたいですか?」
――勿論、脅しだけでそんなことをするつもりは無い。
でも余程慄いたのか、ダニエルは顔面蒼白になりながらガクガクと頷いた。
「ご理解いただけたのなら結構です。それでは今度こそ、失礼しますね」
流石に懲りたのか、立ち上がったものの、未だ顔色の悪いダニエルを一瞥してから鍵を開けると、自分でも緊張していたのか体から強ばりが抜けるのを感じる。
扉を開き廊下に半歩踏み出した瞬間、後ろから腕を引かれて、彼の胸の中へ飛び込んでしまう。
顔を上げて睨みつけると、そのままダニエルに唇を塞がれた。
「…やっぱり嫌悪感は無いよ。私は…カールなら女でも構わないみたいだ」
甘い声で囁かれて…――力任せにダニエルの腹に拳を叩き込んだ私は悪くないと思う。
床で傷みに悶絶するダニエルを睨みつけると、私は足早に生徒会室へと戻っていったのだった。
苛立ちを隠そうともせず、ゴシゴシと唇や掌をハンカチーフで拭うダニエルの姿に地味にイラっとする。
「――それで、カールは令息だと私を…いや、学術院中を騙していたという事で間違いは無いのかな?言い訳があるのなら言ってみたまえ」
加害者のくせに被害者面するその顔に拳をめり込ませてやりたいのを堪えていると、ダニエルは緩めていたクラヴァットをキュッと絞め直した。
「いつまでそんなだらしない恰好を晒すつもりだ。女だと判れば興味はない。サッサと身支度を整えて出て行きたまえ」
(…本っっっ気で殺意が湧くわっ‼アンタが無理やり襲って来たくせに、どの口が言うわけ⁈)
あの眼鏡を叩き割ってやりたい…そんな衝動を抑えながら、手早く身支度を整えていく。
舐められた首のヌルッとした感触が気持ち悪いけれど、寮へ戻るまでの我慢だ。
私の内心を知ってか知らずか、ダニエルは此方をねめつけると、声高に非難し始めた。
「…そもそも、女のくせに性別を偽って王立学術院に潜り込むこと自体が重罪だろう。大方、条件の良い男でも漁ろうとして男子寮や生徒会にまで入り込んだんだろうが、これを私が学術院側――いや、王太子殿下に進言すれば、カールは王家を謀った罪で断罪されるという事を理解しているのか⁈」
…とっくに国王両陛下にはばれているし、むしろ性別を偽って入学する手助けをしてくれたのは王妃殿下だ。だから今更断罪される危険は無いけれど、ディミトリ殿下に私が令嬢だと気づかれるのは不味い。
(…万が一にもルイ―セが私だと気づかれたら…暴走した殿下に何をされるのか判らないのが怖い…)
ここはハッタリであっても弱みを見せた方が負ける…そう考えた私は、敢えて穏やかな口調でダニエルに向き合った。
「――ダニエル先輩が、殿下に私が令嬢だと進言するつもりがあるのでしたら、私も襲われたことを声高に主張せざるを得ませんね」
まさか反論されるとは夢にも思っていなかったのか、ダニエルは怯んだようにグッと息を呑んだ。
「襲われた時の手慣れた様子から見ても、他にも犠牲者はいる様子ですし、いっその事、事件を公にして今迄の罪も白日の下に晒した方が良いかもしれませんね。…私が断罪されるのであれば、ダニエル先輩も仲良く自分の罪で断罪されましょうよ」
ニッコリと微笑みを浮かべてやれば、あからさまに顔色を顔面蒼白に変えている。
「…私を脅そうと…金でも取ろうという魂胆なのか…⁈」
――自分が優位な立場に立っていた時には、居丈高な態度を崩そうとしなかったダニエルは、意外と精神面が弱いらしい。
しかし、まさか“金”で解決という方法を持ち出すとは思わなかった。
「まさか。私がダニエル先輩にお願いしたいことは一つだけですよ。…私の性別については他言無用。それさえ守って頂けるのなら、この件は公にしませんし、私もダニエル先輩の男色趣味については一切他言しないことを此処に誓いましょう」
“悪い条件では無いでしょう?”と囁くと、怪訝そうな顔をしている。
「…何でそこまでしてカールは性別を偽っているんだ?…どう考えても君には害しか無いだろう?その理由ぐらいは説明して貰えるんだろうな」
余程気になるのか、純粋な好奇心から出た言葉に思わず苦笑いしてしまう。
「…これは内密の話なのですが、令息として学術院に在籍している事と、殿下のお傍に居ることは王妃殿下直々のお声がかりであると…そう受け取って頂けますでしょうか」
「なっ⁈…そんな…いや、確かに王妃殿下であれば、この学術院の理事で在らせられる以上、身分や性別の偽装ぐらいは容易いことだろうが…」
「そもそも、一介の男爵家程度が王立学術院の入学者名簿を偽装できるなどと本気でお思いですか?その事実こそが私の言葉を裏付けてくれると思いませんか」
――人を騙す時には真実の中に少量の嘘を混ぜ合わせる事が話に信憑性を持たせるのだと、かつての恩師に聞いたことがある。
その言葉通り、ダニエルも納得した様に「確かにカール一人にこんな大それた企みは無理だろうしな…」と渋々ながらも頷いた。
「カールが令息として潜り込んだのは、やはり王家の間諜や情報収集を目的として…」
「フフ…これ以上は踏み込み過ぎですよ?口封じされる危険を冒したくないのでしたら、むやみな好奇心はお控え下さいね」
――勿論、嘘なのだが、時にはハッタリも必要なのだ。
圧を込めた笑顔で念を押すと、ダニエルはゴクリと喉を鳴らし、慌てて目を逸らしている。
「あーあ…。やっと理想通りの恋人に巡り合えたかと思っていたのになぁ…。見目だけは最高に好みだったし、押しに弱そうだったから多少の無理強いで手に入るのならと、折角人気の無い部屋に連れ込んだのに…。いざ蓋を開けて見れば女…高揚した恋心をどうしてくれるんだ⁈」
「そんなものは知りませんよ。大体、無理強いした時点で犯罪行為でしょうが‼勝手に期待して裏切られたと騒ぐのは愚の骨頂です」
「…本っ当にカールは手厳しいな。普通の令嬢ならば、これだけ強く言われれば涙ぐむぞ?大体、反撃するにしても平手打ちより先に足蹴りや金的を狙う辺り、どう考えても尋常じゃないだろう⁈…そんな女と婚姻を結ぼうとする奇特な貴族令息はいない。もう少し慎み深さを身に付けたらどうだ」
「余計なお世話です。人の心配をする前に、ダニエル先輩は自分がハーヴィン子爵家の嫡男であることを自覚したらどうですか。男同士では跡継ぎの問題が何れ浮上して来るでしょう?そちらの方が余程大問題では無いですか」
「あー…まあ、な。私の婚約者候補の選定は両親が血眼になっているんだが、顔合わせしても厚化粧して姦しい令嬢は全て同じ顔に見えるんだよなぁ。せめて私の言葉一つで泣かない、化粧っ気の無い令嬢がいれ…ば…」
「まあ、適当に頑張って下さい。…それでは先ほどの事は他言無用で‼先に生徒会室へ向かいます」
会話の途中で、いきなり真顔でこちらを凝視してきたダニエルに、嫌な予感が芽生える。
出来るだけ迅速に部屋を出ようとした私の腕を掴むと、猫なで声を出してきたから余計に怖い。
「まあまあ。それよりカールに恋人はいないんだろう?いつも王太子殿下や側近の方々とばかり一緒にいるし、彼らでは大物過ぎる。…まさかフランツ・バッヘンベルグが恋人ではないんだよね? 随分と親し気だけれど…どうなんだ?」
――顔が近い。大体、私とフランツの関係を何でコイツが気にするというのか…?
(ハッ?!ま、まさか…今度はフランツを襲うつもりでは無いでしょうね⁈)
「フランツは私の幼馴染でルイスの親友なんです‼フランツを手籠めにしようとしたら、許しませんよ‼…問答無用で王妃殿下に今回の事件も密告しますからねっ⁈」
「はっ⁈…あ、いや…フランツ・バッヘンベルグは私の好みではないよ。カールが彼と付き合っていないのならそれで構わない。…それならば、私と君との間に障害は無くなるな‼…学術院卒業後の婚姻の相手はカールに決めた。私と婚姻してくれるね?」
――本気で意味が解らない。
あれ程女というだけで嫌悪の視線を向け、触れる事さえ嫌だと言っていたくせに。
僅かな間に趣旨替えをする心理は何なんだろう…。
「…私は貴方の大嫌いな“女”だとご理解いただけたかと思っていましたが?」
「勿論判っている。しかし君は私と対等に意見を交わし、化粧臭くない令嬢だ。その上、子を生すことが出来、見目も好みとなればカール以外に私が婚姻できそうな女を見つけるのは困難だろう?」
成程…理解はしたが――お断りだ。
「申し訳ありませんが、そのお申し出はお断りします。…話がそれだけでしたら、もう帰りたいんですが…」
「いや、よく考えてみてくれ。年頃になっても足癖も口も悪いじゃじゃ馬で可愛げのない令嬢では、その辺の貴族令息では相手にならないだろう?ましてや男爵家では家格が低いから足元を見られるだろうし。その点、私ならカールの性格を全て知った上で受け入れてやれる。しかも私は女嫌いだから浮気もしないし、君はハーヴィン子爵家の正夫人の座を労せずして手に入れられると言うわけだ‼」
まるで少年の様なキラキラした眼差しで語ってはいるが、その内容は余りにも世俗に塗れている。
ウンザリしつつ掴まれた腕を振りほどこうとしてみたものの、どうやら答えを聞くまでは解放する気が無いようで、彼は笑みを深めていた。
「私はダニエル先輩に何の興味も有りません。今回は秘密を共有することになってしまいましたが、既に好感度はゼロですから、別の女性を探して頂きますようお願い申し上げます」
「好感度がゼロという事は、後は上がるだけだ。残りの学生生活の中でいくらでも挽回できるだろう?むしろ触れ合いを深めれば、好きになる可能性は高いんじゃないか」
無駄にポジティブ…。
私は湾曲的に言っただけで、本音を言えば好感度どころか嫌悪感の方が圧倒的に高いんだが…。
「好きになる可能性もゼロです。男色家を否定はしませんが、私は愛のある婚姻を望むので」
「…では、本当に愛が生まれないかどうか試してみても良いだろうか?…例えば此処で口づけをして、嫌悪感が無ければお付き合いをするという事でどうだろう」
「馬鹿ですか⁈…既に私は嫌悪感しかありませんよっ‼いい加減にして下さい」
「そんな目つきで睨まれると逆に興奮するな。…試すだけなんだから構わないだろう?」
――思わず、空いていた方の腕で彼のクラヴァットを掴むとそのまま締め上げてやる。
「グッ…ガ…ハッ…ツ?!」
くぐもった声が喉の奥で響くのを聞きながら、彼の腕が緩んだ隙に自由になった両手を使って、ダニエルを床に突き飛ばし馬乗りになってやった。
「じゃじゃ馬で可愛げのない令嬢ですから、甘く見ない方が良いですよ。ここで引いていただけるのなら当初の予定通り他言無用で貴方の秘密は守られます。…でも引いていただけないのであれば…」
馬乗りになっていた体を起こし、彼の股間部分を靴裏で軽く踏みつける。
「学術院の任務を妨害するダニエル・ハーヴィンの処罰を王妃殿下にお任せする可能性があります。それとも、此処で子を生せない体になりたいですか?」
――勿論、脅しだけでそんなことをするつもりは無い。
でも余程慄いたのか、ダニエルは顔面蒼白になりながらガクガクと頷いた。
「ご理解いただけたのなら結構です。それでは今度こそ、失礼しますね」
流石に懲りたのか、立ち上がったものの、未だ顔色の悪いダニエルを一瞥してから鍵を開けると、自分でも緊張していたのか体から強ばりが抜けるのを感じる。
扉を開き廊下に半歩踏み出した瞬間、後ろから腕を引かれて、彼の胸の中へ飛び込んでしまう。
顔を上げて睨みつけると、そのままダニエルに唇を塞がれた。
「…やっぱり嫌悪感は無いよ。私は…カールなら女でも構わないみたいだ」
甘い声で囁かれて…――力任せにダニエルの腹に拳を叩き込んだ私は悪くないと思う。
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