天改新ゼーベリオン ~願いを叶えるロボで多世界統一~

蒼川照樹

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卵が孵るその日まで 運命世界編

第三十幕 運命と結末

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 モイラの肩は震えていた。
 正確には憑依しているフレッドの肩が震えていた。
 死んだはずの男が恐怖を感じているのか、自分自身が恐れているのか、判別できる程の経験がモイラにはなかった。

 フレッドを使い世界に生物の種を蒔こうとしていた矢先、突如として崩壊したはずの世界が再構成された。原因はホシノ。世界を壊すための撃鉄として生かしておいたが、今はもう邪魔な存在でしかない。

 分かっていても、最後の一押しであの神霊が邪魔をする。モイラは苛立った。苛立つこともモイラには初めての経験だった。

 意思を持ったその日から、モイラはずっと神であった。神であるモイラに抗えるものなど、在る筈もなかった。ただ上から見下ろし、自分の思い通りにならなければ修正を加える。ただそれだけ。修正を加えたことに異論を唱える者は居ない。

 それが今、たかが人間の子供が放つ威圧に怯えている。
 恐怖、不安、怒り、焦り――。今も尚沸き上がる感情の粒子で、思考が追いつかなくなる。

 自分は神である。
 自らが存在する為の、絶対的かつ決定的な意味が失われようとしている。己の中にいるたった一人の意思決定者が「自分は神であるのだろうか」と疑い始めた。
 瞬く間にモイラの意思は紛糾する。たった一人の意思決定者は分裂を繰り返し、多様な意見を述べ始めた。

 曰く、神とは世界の支配者である。
 曰く、支配者は強者である。
 即ち、弱者は神ではない。
 ならば、今まさに恐れおののいている自分は弱者ではなかろうか。

 モイラはまさに狼狽していた。
 落ち着く為の方法をモイラは知らなかった。
 骨髄反射のせいなのか、体が勝手にポケットに手を伸ばす。
 取り出したのは懐中時計。秒針がチクタクと時を刻みながら進んでいる。

 細かな歯車が回る様は、モイラの理想とする世界のあり方そのものだ。
 懐中時計の表面には自分の顔が写っている。頭には光輪、背中には片翼。これこそが神の証である。

 モイラは歓喜した。自分が神である紛れもない証明を目にして、喜びに震える。

 だがその喜びも、長くは保たなかった。
 懐中時計の秒針は十を指して、十一に至る。
 十二に至る瞬間に、時は零となり再び新たな時を刻み始めた。

 モイラは絶望した。
 神の証明、光輪と片翼が薄くなって消えていく。

「馬鹿な!」

 堪らず叫んで正面を見る。
 モニターに映るゼーベリオンの頭には、見慣れた光輪が浮かんでいる。

 神の証が奪われた。
 モイラは慌て、激怒した。戻れと強い願いを込めてみても、光輪が戻るどこらか、ゼーベリオンの背中から灰色の片翼まで生えている。

 座席から身を乗り出して、ゼーベリオンを凝視する。身を乗り出した勢いで、指の隙間から懐中時計がこぼれ落ちた。
 床にぶつかる音と共に、ガラスが割れる音と鳴る。
 明日を刻む音がなくなった操縦室の中で、モイラの怒声だけが響いていた。

 ◇

 星の光が消えていく。代わりにハダルの前に眩しい光が集まった。

 光の正体を、スピカが説明した。

γガンマ線。あの光の中には星の命が詰まってる』

 星のエネルギーをそのままぶつけるつもりだろう。この戦いに、星々を犠牲にする必要があるのか。ホシノは怒り奥歯を噛んだ。

 自らの思い通りに世界を紡ぐためなら、あらゆる破壊を厭わない。モイラの思考に腹の底から怒りが湧く。倒さなければという責任感が、自然と胸を熱くした。

 今なら何でもできそうだ。怒りと自信がホシノの心に火を焚べる。
 体は熱くなるものの、頭は逆に冷えていく。冷静さを保ったクリアな思考で想念する。
 隙をついて反撃。ホシノの願いをゼーベリオンは星屑を介して受け取った。

 モイラが閃光を放つ。一つの島ほどに大きな光線。周囲が一気に明るくなり、光が放つ熱風がゼーベリオンの体を小刻みに揺らした。
 ホシノは腹筋で振動を押し殺しながら、モニター越しに映る光線を鷲掴むようにして手を握る。瞬間、願いに応えて光線は凝縮する。

 ゼーベリオンの手の中に収まった一粒の光。元の大きさに戻ろうと、手のひらの中で激しく暴れる。ホシノは拳を強く握りしめ、発進する。

「いくぞ!」

 ゼーベリオンの背中についた噴出口から、銀の光が瞬く。急加速する機体。圧迫される体に鞭を打ち、座席から身を乗り出すホシノ。ゼーベリオンは正面にいるハダルに押し迫ると腹に向けて拳を穿つ。

 外部フレームに穴を開け、拳は操縦室の中まで届く。穴と拳の隙間から、フレッドの慄く顔が見えた。
 目があったその瞬間、ホシノは拳を開く。ゼーベリオンも同じくハダルの中で拳を開く。
 掌に収めていた光の粒が、眩いばかりの光を放つ。

〈貴様ぁぁぁぁっ!〉

 モイラの叫びが星屑を介して飛んでくる。

 光の粒は膨れ上がる。激しいエネルギーが内部を圧迫し、ハダルは四肢は歪ませながら膨張する。限界まで膨張すると機体は無残に破裂した。

 四方に飛び散る鋼鉄の塊。残骸の隙間から、灰色の影が飛び出した。
 ゆらゆらと弱々しく揺れる影は、ホシノから逃げるようにして飛んでいく。

〈ばか…あり…ない…かみあ…こ…われが〉

 言葉がホシノの頭の中に聞こえてくる。
 青い炎に焼かれながら揺れる影。影は段々とその色を薄くする。

〈あ…か…にど…わび……いい〉

 影の最後の一欠片が銀の炎に焼かれて消えた。
 ホシノはほっと息を吐く。

 操縦室に眩しい光が射した。
 太陽光。地球の反対側から顔を出した太陽が、ゼーベリオンを照らしている。

 アナウンスが残り二分と告げる。
 しかし疲労で体が動かない。ホシノは一分だけ。と祈りながら、瞼を閉じて休むことにした。
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