ネカマ姫のチート転生譚

八虚空

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偶像の叫び声2

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 絶対命令権で同じアイドルグループの仲間を操ってから、陽子は何もかもが馬鹿らしくなり、アイドル事務所にもアルバイトにも行かなくなった。
 アイドルマインドのチートを持つ陽子はその気になれば金に困る事はない。チートのエネルギー源である精神エネルギーも自分に向かう感情を吸収すれば補える。例えそれがネット越しでもだ。今、幸か不幸か隠し撮り写真を通じて陽子にげびた感情を抱く人間は多いのだった。

「うぅ……っ」

 意識してしまうと陽子に向けられた欲情と悪意が手に取るように分かった。
 本来なら感情を抱く人間を直視するか、文字や音声の間接的な表現を目にするかしないとこういう事は起こらないのだが、夜中の無音の中で時計の針の音が無性に気になるように、陽子は自分に向かうか細い感情の奔流を意識せずにはいられなかったのだ。
 無意識にそういう感情を吸収していたのだと知って、身体の内部から穢されたようで陽子は叫び出したくなった。ひとしきりマンションの自室にある私物に当たり散らすと、陽子は夜中だというのに街中へと飛び出した。

 走っても走っても陽子に向かう感情の奔流から逃れることは出来ず、それどころか偶にすれ違う通行人からの感情も上乗せされていく。
 単に美人の女性を目で追ってしまったというような他愛のない下心とすら呼べないような感情だったのだが、それすらも陽子には気持ち悪く思われた。
 とにかく人の居ない場所へ。誰にも認識されない場所へ。陽子は走り続け、気付けば古びたビルの屋上に辿り着いていた。

「ハッハッハッ」

 過呼吸になりそうな中、陽子は下を見下ろし落ちたら死んじゃうなと何となく思った。
 別に本気で死のうと思っていた訳ではないが、死んだら楽になれるのかなと一瞬そういう思考が過ぎり慌てて頭を振った。

 今の自分はちょっとオカシイ。冷静にならなくちゃいけない。
 深呼吸を繰り返し何か気が紛れるものはないかと陽子は辺りを見回して、自分がスマホを握りしめていた事に気が付いた。
 ネットから流れてくる悪意から逃避しようとしていたのに、ネットに繋がっている携帯機器を持ち歩いていたのだ。現代っ子だなぁと陽子は少し笑った。

「そういえば、皆はどうしてるのかな」

 家に引き籠もってレッスンにも行かなかったせいで最近はワンダーランドの誰にも会っていなかった。ラインも見ていない。
 気にはなったが誰かと関わって感情を向けられる事が怖くて、陽子はどうしてもアプリを起動することが出来なかった。代わりに『ひめのや』と『ワンダーランド』で検索して最近の皆の動向を確認することにした。

「アリス姫は海外に出張か。タラコ唇さんとミサキさんも一緒に。掲示板で騒がれてるや」

 変わんないなと陽子は笑う。一時期、重苦しい感情の奔流がアリス姫から放出されていて心配していたが、峠は越したらしかった。
 アリス姫だけではない。穂村雫、タラコ唇、ミサキ、モロホシと陽子の関わった事のあるワンダーランドの大勢が息の詰まるような感情を抱えていて、その感情と向き合っていた。V界隈もまたアイドル界隈と同じように華やかなだけの世界ではないのだろう。
 だが、苦しみだけの世界ではないこともまた事実である。

「あ、穂村ちゃんと江利香ちゃんがコラボしてる。そっか仲良くなったんだ」

 ワンダーランドでアリス姫以外には腫れ物のように扱われていた穂村が心の底から友達として江利香と話していた。感情を視認できる陽子には上辺だけの見せかけの友情ではないとハッキリと分かった。コメントでは百合営業だと言われているが、ある程度の仲の良さがないと営業すらも出来ないのだと陽子は知っている。上辺だけの付き合いだと陽子でなくとも話している様子から察してしまえるものなのだ。

 アイドルグループにも似たような娘達がいた。最初は営業で仲の良いフリをしていたのに、気が付けば本当に友達になって楽しそうに騒ぐのだ。
 そしてそういう娘達は売れる。ファンを魅せるような雰囲気を醸しだし始める。
 決して仲の良いだけでは人気になったりはしない。才能や努力や運や容姿と前提条件がある。だが、売れ始めたアイドルグループは仲の良い事が多い。
 売れて経済的に楽になったからギスギスしなくなったという面もあるかもしれないが、完全に崩壊してしまった自分のグループを見て陽子はそれだけではないんだろうなと思うのだった。

「いいな」

 楽しそうに話す穂村と江利香を見て、無意識に陽子の口から言葉がこぼれ落ちた。
 もし、ワンダーランドのVtuberになっていたら自分もあそこに居たんだろうかと陽子は想像して、涙が流れていることに気が付いた。

「言えないよぉ。私も仲間に入れてだなんて……」

 純粋な応援の気持ちが、陽子が夢を諦める事を阻んでいた。
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