ネカマ姫のチート転生譚

八虚空

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ディストピア世界5

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 雨が降っている。赤い、嘆きの雨が降っている。
 ザアザアと絶えず流れる雨が助けを求めるように穂村には聞こえ続けていた。

(助けて)(もう嫌だ)(死にたい)(終わりたい)(楽になりたい)

 穂村雫に人の痛みへ心の底から共感する事は出来ない。あまりの苦しみで身動きも叫びも上げれず血の涙を流すという状況を上手く想定できないのだ。
 身体が動くのならば事態を打開する為に行動できる。可能である事と実行する事がイコールで結ばれる穂村には、何故、彼らが嘆くだけで状況を変えようと行動しないのか理解できない。
 穂村が恐怖や躊躇といった情緒を持っていない訳ではない。持っていない訳ではないが、そういう人らしい感情を棚上げにして行動できる無機質な一面が穂村にはあった。

『貴女に余計な重荷を背負わせてしまう。そうと分かっていながらも、私は託さずにはいられません』

 だから、申し訳なさそうに謝る必要はないのだ。
 彼もまた精一杯、頑張っていた。際限なく増え続ける人モドキを救おうと、死者を導こうと文字通り死ぬまで奔走し続けた。

『私の片目を転移で貴女の片目と入れ替えて下さい。それで貴女は人の世から半歩はみ出る。不滅の存在となりつつある穢れ姫にも届くかもしれない』

 彼のおかげで魂に干渉できるようになった穂村は転移で魂を千切り飛ばす事でエインヘリヤルを滅ぼす事が可能になった。
 人モドキへの対抗手段を得られなければレジスタンスはもっと早い段階で穂村諸共、壊滅していただろう。結末は同じだったが、希望は繋がっている。

『穂村さん、貴女は自分が思っているより何倍も繊細で傷付きやすい。人一人が何もかもを救う事は出来ない。それを忘れないで下さい』

 最期にそう忠告を残して前田拓巳は消えていった。
 穂村は迷いのない目で拓巳の幻影に答えた。

「ですが、そうあろうとする事なら出来るでしょう。貴方のように」

 ただ只管に穂村は歩み続ける。そうする事でしか息が出来ないからだ。
 歩みを止めたら託されてきた願いに押し潰されて何も考えられなくなる。それが穂村にもよく分かっていた。



「夢、ですか……」

 パチリと瞼(まぶた)を開けた穂村は朝日の光に眉を潜めた。久しぶりに熟睡できた気がする。
 もう守るべき組織はない。ただ自分と敵の2色で色分けされた世界は穂村にとっては逆に単純で分かりやすいものであった。

 いや、横でスースーと寝息を立てるミサキの存在を感じて穂村は頭を振った。全てが敵ではない。人気が力となるバーチャル能力を振るう穂村にはそれが理解できる。最大値を参照する異能はともかく、バーチャル界で使用しているバーチャル力は日々の人々の祈りなのだ。
 バーチャル能力だけで考えるならば強制的に閲覧と登録を迫っている穢れ姫を凌駕している可能性すらあった。

 現神に製造された神造モンスターじゃなければ遠距離から一方的に分解して勝負は付いていたかもしれない。存在の位階が違い過ぎて穢れ姫を異能の影響化に晒すのが著しく困難でさえなければ。

「ふぅ。すみませんミサキさん。もうちょっと、こっちに来て下さい」
「えぁ……?」

 グイッと身体を抱き寄せられたミサキは寝起きの頭で疑問の声を口に出した。
 あの穂村雫に限って色恋沙汰に現(うつつ)を抜かすとは思えないし、女同士だしとミサキが首を捻って、そういえばリリエット時代は危うい空気があったなと思い出して同じ嗜好なのかと少し頬を赤らめて、目の前で家がバラバラに切り裂かれていく様に一気に素面(しらふ)に戻った。

「敵は浩介さん一人ですね」
「あっちゃー。よりにもよって最強のリンク能力者が相手かー」

 身体の上に崩れ落ちてくる瓦礫を呑気に見てミサキは溜息を吐いた。
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