白亜の星のたったひとりの少年と冒険したがりの獣族の姫様

月川ふ黒ウ

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攻防戦(後編)

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「ちょっとほら、はやく立て直しなさいよ。あいつらが来てるじゃないの」

 衣服もボロボロになるほどに刻まれ、両腕と背面から出血しつつガスマスクの女はディナミスを叱責する。

「ああもう、傷の手当てはいいから、帰ること先にやって」

 特に腕の傷はひどい。ディナミスに法術で治療させていなければ、とっくに切断されていただろう。
 ディナミスもまた深手を負っている。全身を切り刻まれ、銀の混じった白の翼もきめ細やかな鱗もまだらな深紅に彩られ、落下しないようにするのが精一杯な挙動は、惨めささえ感じる。
 しかし、ふたりがこれだけの傷を負いながらもサトルは無傷。
 あの竜巻でからだに付いていた薬剤は吹き飛び、しっとり濡れていた髪もすっかり乾いている。だが、意識はディナミスの法術により奪われたまま。ガスマスクの女にしがみついている。

「ったく。サヴロスは法術が苦手じゃなかったの? あれだけ葉っぱで攻撃しといてショタっ子だけは傷つけてないとか、なんでこんな細かい調整ができるのよ」
 毒づく女の前に、

『サトルを離しなさい!』

 ベスが迫っていた。

「しつっこいわね、本当に!」
『あなたがサトルを離さない限り、どこまでも追いかけます!』
「ふぅん、じゃあ返すわ。ほら」

 ぱっと手を離すとサトルはぐるりと振り返る。意思の無い瞳で睨み付けると、女を突き飛ばすようにして勢いを付けてベスへ飛びかかる。

「がああっ!」
『止めなさいサトル!』

 野獣の如くうなり声をあげ、拳の握りも不格好な攻撃。自我を完全に奪わせたあの女への怒りこそあれ、サトルの型への不満は起きない。
 不格好な攻撃を繰り出すサトルは法術ギアさえ付けていない全裸。つまり、十三歳の少年でしかない。当たったところで損傷にはならないが、想定外の状況にベスは動きを鈍らせ、頬に無様な拳を受けてしまう。

「がああああっ!」

 攻撃は十数発に及んだが、最初の一発以外ベスに有効打はない。攻撃を巧みに捌きながらベスはサトルを抱きしめる。

『サトル。船にはフウコもいます。先ほどあなたを守ろうと竜巻の法術を使ったのはフウコだと、船のベスが教えてくれました』

 落とすまい、離すまいと暴れるサトルを抱きしめながら、ベスは説得を続ける。

『だから、帰りましょう。もう一度、フウコとゆっくり話して、そして、』

 落ち着き始め、合わせた視線の先でサトルは、ほんの一瞬意思の光を瞳に宿した。

「だいじょうぶだよ。ベス」

 そっと。
 ささやくサトルの表情は、穏やかだった。

『サトル?』
「ぼくならだいじょうぶ。すこしいって、はなしをしてくるだけだから」

 その言葉は、五年前、サングィスの遣いを前にしたフウコが、サトルに言い聞かせたのと同じ言葉だった。

『なにをする気ですかサトル!』

 ベスの悲鳴も、サトルはゆったりとした笑顔で受け止め、するりと彼女の腕の中から離れていった。
 待って、と伸ばす両手を、指を絡ませて繋ぎ、さいごにもう一度微笑みかける。

「じゃあね。げんきで」

 とんっ、とできる限り優しくベスの手を突き放して、サトルはディナミスが法術で起こした風に乗ってガスマスクの女の元へと飛ぶ。

『待ってサトル!』

 しかしサトルは振り返らない。
 ガスマスクの女に抱き寄せられ、ディナミスの強い羽ばたきと共に、三人の姿は風に巻かれて消えてしまった。
 サトルの名を呼ぶ声だけが、森林に響き渡った。
 ベスが船に戻れたのは、深夜。
 感情に縛られて動けなくなるなんて、初めての経験だった。
     
     *     *     *

 数日が過ぎた。
「……そう。あの子がそんなことを……」

 サングィスや近衞の三人の肉体も含めた全員の治療を終え、船の食堂に全員を集めてベスがいきさつを話し終えると、サョリは深く長いため息をついた。
 かつては千人ほどが一堂に会することもできた食堂だが、サトルの祖父母が生まれた頃にはいまの、二十席程度の、町の定食屋風のこぢんまりとした形に改修された。
 ベスがこまめに清掃を行ってはいたが、サトル母子が利用したことは数えるほどしかなく、担当するベスはいつもさみしそうにしていた。
 奥にあるカウンターキッチンでは、久々に料理の腕がふるえると張り切るベスが割烹着と三角巾を付けて動き回っている。いまはデザートを作っているのか、甘い香りが漂ってくる。

『な、に、を、他人事のように言っているんですか、フウコ!』

 乱暴に立ち上がったベスは荒事を担当していたベス。サングィスが隣に座るサョリにまっすぐずんずん突き進む。

「え、え、ちょ、待って」
『なにを分かったような顔で黄昏れてるんですか! あなたは!』

 むんず、とほっぺたを掴み、そのままぐいっと引っ張り上げる。

「い、いひゃい、いひゃいってば!」
『まったく、あなたという人は! お嫁に行けば少しは成長するかと思っていたのに!』
「そっちが勝手に期待したんじゃな、いひゃいいひゃいっ!」
『余計な口答えをするのはこのお口ですか! 悪いお口です!』

 ぐいいいっ、と見ているだけで痛くなるほどに引っ張って。

「あたしわるくないもん。いっしょうけんめいかんがえたんだもん」
『その結果がいまの惨事ではないですか! 現状負傷者だけで済んでいるのは、偶然と運とサトルやサングィスさまの自己犠牲のおかげです!』
「あたしだっていっぱいきずついたもん」
『ああもう、この子は! いくつになっても口が減らない!』

 さらに思いっきりつねっても、サョリは反省の色すら見せない。

「ま、まあベス殿。主も操られてのこと。本心からの悪意でやったことでは」
『簡単に操られるような心の弱い子に育てた覚えはありません! ある程度落ち着いたらもう一回初歩から鍛え直しです!』
「やらぁ、それらけはかんべんしてぇ……」

 さすがに堪えたのか、涙目に訴えてくるサョリに一旦手を離して自由にしてやる。
 ふうっ、と荒く息を吐いて手近な丸椅子にどかりと座り、ベスは呆気にとられた周囲の視線に恥じ入るように身を小さくした。
 沈黙しかけた場を、割烹着姿のベスが『お茶が入りましたよー』と割り込んで全員に湯飲みを渡し、緑茶を注いでまわる。
 ず、と一口飲んで、最初に沈黙を破ったのはサングィスだった。
 真っ赤になったサョリの頬を撫でつつ、神妙に。

「ベス殿。そなたがそこまで怒るということは、すでにこちらの事情を知っているのだな?」

 この数日の間、ベスは治療以外にも情報収集に精を出していた。

『はい。サングィスさまは、あのガスマスクの女性についてもご存知と聞いております』
「どういうことだ。あの女とサングィスはグルだとでも言うのか」

 割って入ったのはスズカ。

『いえ。サングィスさまは直接関与なさっていません。無論フウコ……いえ、サョリさまも、です』
「すまないが、順を追って説明してくれ。姫がなぜ巻き込まれているのかを。返答次第ではこの場でサングィス、お前の命を取らせてもらうからな」

 スズカの威圧に、サングィスはゆっくりと頷く。

「これは、竜族サヴロスの内乱ではない。タリアたち獣族シルウェスやディナミスたち鳥族アウィスの存続、そしてサトルたち人族ユヱネスの沽券にも大いに関係することだ」
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