白亜の星のたったひとりの少年と冒険したがりの獣族の姫様

月川ふ黒ウ

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タリアの願い

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 サトルやタリアが攫われた理由を聞いたスズカは力なく喘いだ。

「け、結局おまえたちの問題に巻き込まれたのではないか」

 サングィスは苦しげに頷いた。
 その沈痛な面持ちに、ある疑念が浮かぶ。

「なら、我らシルウェスもそうなのか?」
『私の記録には詳細な時期は残っていませんが、シルウェスとの血の交わりがあったのは、地球人がユヱネスへ成るための遺伝子改造を行ってすぐだったと記憶しています。
 つまり、およそ千年前です。
 さきほど治療した際に、失礼ですがスズカさんのすべての遺伝子情報を調べましたが病の兆候は見られませんでした』

 なら、と目を輝かせるスズカに、ベスはゆっくりと首を振る。

『たまたま、スズカさんにその兆候が見られなかっただけで、種族全体で根絶していない、とは言い切れません。隔世遺伝のように世代を超えて発症する可能性もありますから』
「……そう、か」

 消沈したように視線を下げるスズカに、ベスは優しく言う。

『大丈夫です。ユヱネスの血が入っている以上、根絶はそう難しくありませんから。落ち着いたら調査をし、わたくしが全力で治療いたします』
「……ありがとう。すまない。進めてくれ」

 後ろに控えていた近衞の三人に顔を向け、王に報告するよう命じる。
 三人は、ガスマスクの女にまとわされた外皮を除去され、ベスとトルアの攻撃により受けた傷も癒やされて心身共に健康体に戻った。ちなみに所属は最初に名乗った通り近衞。操られていたとは言え、敵対してしまったことを治療を受けながら猛省していた。

「ともあれ、だ。そちらの事情に関して首を突っ込むことはしない。種族内のもめごとには不干渉の約定があるからな」

 うむ、と頷くサングィス。

「だが、姫が、うちのお嬢が連中の手に落ちているのだ。ならば手を組み、連携して動いたほうが奪還の成功率も上がろう。ベス殿、あなたが仕切ってくれれば遺恨もなくなる。それでいいか、サングィス」
「無論だ。援助、感謝する」

 それはいい、と返してスズカは別の疑問を投げる。

「……連中は、サヴロスの遺伝子的欠損を治そうとしているのだろう? 難題に対価は要求してしかるべきだし、それが星を守ることに繋がるのならば、お前たちの目的はなんだ?」

 そんなことか、とサングィスはうなる。

「そなたと同じだ。サトルの救出。それ以外になにがある」
「だがサトルの、ユヱネスの血を入れることはサヴロスの延命に繋がるのだろう? 手段や経緯はともかく連中はそれをやろうとしているのなら、奪還する必要はないと思うが。……いや、先ほどと矛盾しているな。だが、そう思ってしまったんだ」

 自身の発言に混乱し、落ち着こうと湯飲みに手を伸ばすスズカに微笑みかけながら、ベスは首を振る。

『さっきも言いましたが、サヴロスのXY染色体とユヱネスのXX染色体。この組み合わせでなければ、欠損を打ち消す遺伝子を生むことは出来ないのです』

 言ってベスは眉根をつり上げ、サョリに視線をやる。

『なのにこの子は、それを知っておきながら自らをサヴロスへと変えてしまいました』
「し、知っていたのに?」 

 危うく口の中の茶を吹き出すところだった。むせつつ割烹着のベスに背中をさすってもらいながらスズカはどうにか言った。

「……い、一国の王妃に対してだが、言わせてもらうぞ。おまえは、あほなのか? それとも、自滅願望でもあるのか?」
「ちゃんと、旦那様と話し合って決めたことなんですぅ。あたしだけが悪いわけじゃないんですぅ」
『まずその口調をやめなさい。こんどはほっぺた引っ張るだけじゃ済まさないですよ』
「そのときは私も参加させてくれ。一発ぶん殴りたい」

 もちろんです、とにこやかに返し、

『ではフウコ。あなたはなにを思ってユヱネスからサヴロスへ成ったのか、説明してもらえますね』

     *     *     *

「良かった。無事だったんだね」

 すっかりくつろいだ様子のタリアは、ノースリーブのシャツとベルボトムのパンツを身に付け、飲み干したコーヒーカップの持ち手に指を通してくるくると回している。

「まあ、いろいろあったがな」
「スズカさん心配してたよ。血だらけで助けてくれって船に来るからびっくりしたけど」

 何気ない口調で話すサトルの背後で壁が閉まっていく。
 ここがどこも分からない以上、ふいをついて逃げ出したとしてもすぐに迷子になって無駄に体力や精神を消耗するだけだと判断し、そのままにしておく。

「スズカは無事なのか?」
「うん。こっちもあれからいろいろあったけど、ベスが治療してると思うよ」

 そうか、と返す表情は喜びと悔しさが入り交じっていた。

「それよりなんでタリアがこんなところにいるのさ」
「さあな。あの爆発のあと、スズカと逃げて、仮面被った三人に追われて、いつの間にかはぐれて、気がついたらここに閉じ込められたんだ。私だって知りたいよ」

 それより、と小さく笑って、

「いい加減服を着たらどうだ? そんなものをぶらぶらさせていたら落ち着かないだろ」

 あ、と下に視線をやり、自分が真っ裸なのを思い知る。

「も、もう! タリア女の子なんだからあんまり見ないでよ!」
「悪い。ユヱネスの生殖器なんて初めて見たからついな」
「もう!」

 慌てて駆け出し、リビングの奥へ。あの女の口ぶりだと、ここに着替えぐらいあるはずだ。

「そこの右の部屋に服が入った棚があったぞ」
「あ、ありがと」

 背中越しに返して言われた部屋に入る。
 ベッドと、クローゼットとキャスター付きの椅子とテーブル。あとはシングルベッドがひとつのシンプルな部屋だった。
 どことなく、船の自室を思い出す。
 ベスは、今頃どうしているだろう。
 サングィスは、スズカは、トルアは。
 母、は。
 自分は捨てられた身。
 でもあの竜巻の法術は、サョリが放ったものだとベスは言った。
 自分は、まだあのひとに。
 いや、母だと思うからこんなことを考えるのだ。
 もう十三歳だ。ベスからの授業で「かつては十三歳で成人とされていました」と教えられた。ならばもうこういうことで悩むのは止めたほうがいい。
 あのひとはオゥマ・サョリ。
 サングィスの妻、サヴロスの王妃として接すればいい。
 ただのひとりの、サヴロスの女性として。

「もういいか? 少し話がしたいんだ」

 ノックで思考が中断され、自分がクローゼットの前でしゃがみ込んだままだと気付く。

「あ、ごめん。もうちょっと待って」
「ならそのままでいい」
「う、うん。いいけど」

 なんだろうと身構えつつ、クローゼットを物色する。まずはパンツ。トランクスしかないけど仕方ない。

「こ、ここの機械はすごいな」

 熱っぽく話し始めたタリアに、サトルは困惑する。

「? なにそれ」
「だってそうじゃないか。法術も使わないでこんなに明るくしたり、温度だって心地いいんだ。それを法術も使わずにやり続けてるんだぞ」
「そりゃ、法術じゃない力使ってるからね」
「電気、というやつか。雷の法術はあるけど、いままで誰もそんな風に使おうとか考えなかったからな」

 やっとシャツを見つけた。青色はあまり好きではないけど仕方ない。

「法術のほうがずっと便利だからね」
「で、でも機械は誰にでも使えるじゃないか」
「あのね」

 見つけたのはジーンズ。伸縮性があるから荒事があってもそれほど不便じゃないはず。

「機械は法術と違って誰にでも使えるけど、ちゃんと正しく使うにはある程度の知識が必要なんだ」
「……そうなのか」

 声のトーンが落ちた真意を量れず、

「機械、使いたいの?」

 変な問いかけになってしまった。とは自分でも思っている。

「ええと、だな。わたしは目的があるんだ。そのために機械が必要で、でもわたしにはどうすればいいか分からないんだ。だから、」
「目的? ここから出ること?」
「そ、それもある」
「も?」
「前に言っただろ。お前に頼みたいことがあるって」

 この騒動ですっかり忘れていたが、元々タリアは自分に頼みたいことがあるからと接触してきたのだった。

「ああ、うん。結局なんなの? 頼みたいことって」
「それは、ここから出られて落ち着いたら話す。現状じゃとても無理だからな」
「……いま、言って」
「い、いまってお前、さっき言っただろ。現状じゃどうにもできないからあとでいいって」
「いま、聞いておかないとタリア、ずっと言わなさそうだもん」

 う、とうめく声がドア越しにも聞こえた。

「わ、笑うなよ」
「しないよ、そんなこと」

 それでもためらいがあるのか、しばらく唸ってからやがて意を決したようにタリアは言う。

「う、宇宙に、行きたいんだ」

 拍子抜けした。
 けれど、あれだけ逡巡があったということは、彼女にとってこの願いはある種の禁忌か、呪いに近いものがあるのだろう。

「宇宙ってあの宇宙?」
「いいんだ。忘れてくれていい」

 拒絶、というよりは諦観が強いタリアの反応に、サトルはできるだけ軽く言う。

「ならぼくも行きたい。落ち着いたら一緒に行こうよ」
「行けるのか?!」
「ベスに宇宙船の作り方教えてもらって、新しく作る必要あるけど、そんなに難しくないと思うよ」
「それは、有り難いが、一緒に、か?」
「だってタリアひとりを宇宙に出すのは心配なんだもん」
「子供扱いするなっ」
「ちがうよ。自分が作ったものに責任を持ちたいだけ。宇宙で何かあったとき、作ったひとがいれば対処もしやすいでしょ?」
「……わかった。一緒に行こう」
「ありがと。じゃ、そのためにはここから出ないと、だね」

 ベルトも見つかり、やっと着替え終えた。
 こんなラフな格好、いつ以来だろう。
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