白亜の星のたったひとりの少年と冒険したがりの獣族の姫様

月川ふ黒ウ

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決意

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「どコへ、イクのよおぉぉぅっ!」

 おそらくは腕だった箇所が動く、いや、蠢く。
 床を中空を厭わず無数の触手がサトルへ殺到。担いでいたリカルドから手を離し、

「行ってください!」

 背中を押す。たたらを踏みながらもリカルドは走り出し、スズカの後を追う。

「こちら側の通路の先にも地上へ続くエレベーターがある。待機させておくからきみもはやく来るんだよ」

 いかにも学者然とした風体なのに、走る姿はちゃんとしていた。普段からトレーニングを行っていたタイプなのだろう。
 そんなことを考えながらサトルは降り注がれる触手を切り刻み、床にぼたぼたと落として自身には触れさせない。
 が、数が多すぎる。
 廊下の床から天井までを埋め尽くす勢いで繰り出される触手に少しずつ圧され、後退していく。自分の背後にはタリアたちが向かったエレベーターがある。逃げるにしてもこの触手たちを、あわよくば本体をどうにか、

「ひひっ! ツカマえタ!」

 迫り来る触手全てに目を向けていたはずだ。にも関わらず、自分の両足首が触手に絡め取られ、それに気を取られた一瞬の隙をついて両手首にも巻き付かれてしまう。

「このぉっ!」

 二刀ごと巻き付かれたのは幸運だったが、ぴんと四肢を伸ばされ、刀を振り回すこともできなくなる。

「サトル!」

 肉塊の向こうからサョリが悲痛に叫び、

「はやく逃げて母さん!」

 サトルは拘束されたまま気丈に叫ぶ。

「サトルを離しなさい!」

 閉まり始めたドアから飛び出して両掌を前に。直後、炎が螺旋を描いて肉塊を包みこむ。
 なのに肉塊は悶え苦しむような悲鳴もあげず、しかし頭部らしき部位はぐるりとサョリを振り返って言う。

「いいのかシら。そんナあブないことシて」

 はっと視線をサトルに向ければ、彼を拘束していた触手に炎が燃え移り、一気にサトルへと突き進んでいる。

「くっ!」

 広げていた掌を閉じ、ぐいっと綱を引くように手を戻す。それに引っ張られるように放たれた炎は肉塊から剥がれ、サョリの掌に戻っていった。

「ひひっ、わかったでシょ? もうこいつはわたシのもの!」

 びゅるるるっ、と異音を立てつつサトルを拘束する触手が本体へと引き戻されていく。
 何をするつもりか分からないが、サトルを奪わせることはさせない、竜巻の法術を放とうとするサョリの横を、もう一度豪風が突き抜ける。

「ふんっ!」

 サングィスだ。今度は頭頂部からの両断。それだけに終わらずに真横に斜交いに縦横無尽に刀を走らせ、肉塊を切り刻む。

「きかないっテいったでシょ!」

 肉塊の言うように、サングィスがいくら切り刻んでも秒と経たずにくっつき再生していく。だが目的は違う。切り刻みながら道を作り、サトルを拘束する触手を切るのが本来の狙い。

「く、ぐぐっ!」

 サングィスが苦悶の声をあげるのも無理はない。
 切り刻み、肉片を散らさせるよりもはやく肉塊はその質量を増し、ついにサングィスのからだを弾き飛ばしてしまった。

「サトル!」

 肉塊の向こうからの、無念を滲ませたサングィスの呼びかけに、サトルの胸は熱くなる。

「サングィスさまはおはやく逃げてください!」
「しかし!」
「ぼくなら大丈夫ですから!」
「ひはハっ、ツよガってないデ、さっさともトのスガたにモどれ!」

 触手で掴んだままサトルを上下に揺する肉塊。

「や、やめ、やめろぉっ」

 激しく揺さぶられるサトルの肌が、少しずつ、だがはっきりとサヴロスと同じ鱗の肌へと変質していく。

「サトル?」

 肉塊の隙間から、サングィス夫妻は確かにそれを見た。最初は幻視か錯覚だと思って、だがそれが翼髪にまで及んでようやく現実だと、気付いたときには遅かった。

「はひヒはッ!」

 サトルの変貌を呆然と見ていた、しかしほんの数瞬の間にサトルは触手ごと肉塊に取り込まれてしまった。

「やっタ! ハんショク! はんシょく!」
「サトル!」

 サョリの後悔の混じった呼びかけに肉塊は蠢き、嗤う。

「ひはははは! トカゲ! これでハンショクできるぞ! よろこべ!」

 なにを言っているのか分からない。

『警告。あの肉塊が施設の金属部分を融解し体内に取り込み、体積を増大させています』

 懐に入れていたデバイスから、分身のベスが淡々と報告する。

「なにそれ、食べてるってこと? 金属を」
『平易に言えばそうなります。現在の成長速度を鑑みればここもすぐに捕食され、地下施設は崩壊します』
「でもサトルがあの中に!」
『……サトルの生体反応はまだあの肉塊の中にあります。いままでの言動から察して、あの肉塊はサトルを使ってサヴロスの病を治すつもりなのでしょう』

 ダウンサイジングされていてもベスはベスだ。その報告に偽りはないと信じられる。
 だからいまは自分が成すべきことをする。

「旦那様! ここはもう危険です! サトルよりもまず御身を!」

 しかし、と逡巡する。赤の他人のサトルにそこまで気をかけてくれたことが心底嬉しい。

「お早く! サトルはまだ生きていますから!」

 分かった、と応え、豪風とともにエレベーター前まで戻る。
 肉塊越しにタリアたちのエレベーターを見れば、すでにドアは閉まり始めている。スズカだろう。決断がはやくて助かる。

「行こう、サョリ」
「あ、……はい」

 なにか言おうとして結局言葉が見つからず、うつむいてしまうサョリ。彼女をそっと抱きしめてサングィスはエレベーターに入る。
 きゅっと唇を噛みしめ、鋭く肉塊を見つめて決然と言う。

「聞こえていますねサトル。わたくしたちは先に地上へ避難します。あなたも、どうにかして生き延びて地上へ戻るように。いいですね」

 肉塊は応えない。
 ただ蠢きながら壁を床を食らい、その体積を増大させるばかり。
 その向こうでタリアたちが乗ったエレベーターが上昇していく。
 ならば、とサョリも庫内に入り、ドアを閉め、地上階へのボタンを押す。

『加速します』

 地下施設を掌握したベスによる急加速は、サングィスでも辛そうにしていた。



 城内は騒然としつつもパニックには陥っていなかった。
 エレベーターで搬送されている間、サョリは通信の法術を使って兵士たちに地下の状況を伝え、サングィスの名の下に市民たちを避難させていた。
 サョリが先頭に立って近衞たちと共にサヴロスたちを誘導し、城の外へ避難させている。
 城は石造りで装飾は最低限。優美さよりも無骨さが前面に押し出された意匠。
 代々のサヴロス王はむしろ好んでいたが、サョリが輿入れしてからは少しずつ装飾や色づけがなされ、元の意匠を壊さない程度に明るくなってきている。
 これは多くの民からも、役所も兼ねている城に入りやすくなったと好評で、サョリの評価も上がる要因となった。
 地下施設の電装系を掌握したベスによる計算ではあと一時間もしないうちに地下の肉塊は施設を吸収し、地上へと出現すると出た。そのベスも地下から脱出する際に回収。いまはサングィスの懐にしまわれている。

「タリアさん、ご無事でなによりです」

 指揮を執りながらタリアたちを見かけたサョリは、近衞長に一旦指揮を預けて駆け寄る。

「ああ。……サトルはまだ地下か」
『はい。あの肉塊に取り込まれましたが、まだ生きています』

 ベスの回答に、そうか、と返し、後ろで城の内装を興味深そうに観察していたリカルドに顔を向ける。

「おい。リカルドとか言ったな。お前ならサトルをあそこから引っ張り出す方法が分かるんだろ。はやく教えろ」

 ああ、とリカルドは重々しく頷いた。
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