千年恋唄

月川ふ黒ウ

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愛の向かう先

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 脇差しで問題ないと言ったのは強がりではない。
 衣服の提供を受け入れたのは、単純に裸でいることを嫌っただけ。どの道すずめの札がなければ妖魔や妖からの攻撃を防ぐことはできない。
 となれば相手の攻撃を避ける必要があるので、太刀よりも小回りの利く脇差しを選んだのだ。

「はああっ!」

 左前肢を小さく切りつけ、すぐさまバックステップで距離を取る。反撃の右前足がフック気味に伸び、僅かに遅れた左スネの布を裂く。
 開始から五分。
 千彰の衣服はすでに乱雑に切り裂かれ、隙間から肌がのぞいている。が、出血には至っておらず、見た目ほどの危機感はないが、もてあそばれている感覚ははっきりとある。

「せえっ!」

 バックステップから一気に間合いを詰め、戻そうとしている右前肢を斬り上げる。

「危ないですわ」

 普段と違う脇差しだから間合いを見誤ったのではない。相手が逃げることも考慮しての一閃を、鋏臈は事もなげに下がって避けた。

「うふふ。蜘蛛型と闘うのは初めてですか?」

 余裕たっぷりに微笑む鋏臈に若干の苛立ちを覚えつつも千彰は集中を切らさずに追撃に入る。
 まずはあの前肢だ。
 あの巨躯を支えるだけあって振り下ろされる膂力はすさまじい。が、いままで戦ってきた妖魔たちにそういうタイプがいなかったわけじゃない。

「おおおっ!」
 振り上げられた左前肢を細かく何度も切り、振り下ろされる直前に間合いを切る。それを繰り返す以外にいま採れる戦法はない。
 どうにかして、あの前肢を封じなければ。
 無闇に攻撃することをやめ、しかし構えは解かずに鋏臈を観察する。
 蟲型の妖魔とも、人に近い姿の妖とも何度も闘ってきた。
 しかしその両方が合わさった結果がこれだ。
 異形で、美しいと思う。
 さらに言えば、蜘蛛は桜狩の家にとっては守り神でもある。
 そしてその蜘蛛の上に生えるのは、女性の裸体の上半身。
 攻撃にも防御にも人の腕は使ってこないが、いくら剣術莫迦の千彰でもさすがに目に毒なものがあれば剣筋も乱れる。
 もっと言えば鋏臈からは好意以上のものを告白されている。
 こんな状況で、どうやって殺意を向けろと言うのだ。

「あらあらどうされました? 闘う気が失せたとおっしゃるならもっと、」

 浮かべた、邪悪さと無邪気さが同居する笑みに一瞬心を奪われ、

「千彰くんおまたせ!」

 背後からの声に我に返り、ともに投げられた刀を千彰は振り返りもせずに右手を横に伸ばしただけでキャッチする。

「仲がよろしいのですね」
「付き合いが長いだけだ」

 言いながら、鞘と柄を縛り付ける紐を口で解き、鞘を左腰に、刀を正眼に構える。戦意を失いかけていたのは自分の戦力不足に不安が勝っただけだと弱気をねじ伏せて。
 しかし、視界の隅にリングへ駆け寄ってくる人影がひとつ。角髪が紅く輝く明香梨だ。

「おい明香梨」
「なによその目。また邪魔するなって言うの?」

 一足飛びにリングへ飛び移るとそのままつかつかと千彰へ詰め寄り、睨み付ける。

「そうだ。これは俺と鋏臈の、」
「書き置きぐらい残していきなさいよ! この莫迦千彰!」

 真っ正面から怒鳴りつけられ、千彰は面喰らってしまう。

「お、俺はだな」
「こんな連中にいつまでも手こずってるあんたが悪いの」

 反論を、抜刀しつつ鋏臈を睨み付けることで封じる。

「トワ子に負けそうになってたあんたが、トワ子の親玉に楽に勝てるなんて思わない。あんたのためじゃない。百恵さまのためよ。百恵さまのためならあんたのプライドなんか砂粒より軽いんだから」

 百恵の名を出され、千彰は反論をやめてゆっくりと頷く。

「悪いが鋏臈、急いで帰る理由ができた。ふたりでやるがいいな」

 背中を合わせるように向かい合い、顔を切っ先を鋏臈に向けて睨み付ける。

「ええ。千年前からのご縁は明香梨さんにもあります。再び相まみえること、悦びに存じますから」
「あんた、なにを?!」
「わたくしは千年の時を超えて千彰さまに愛を誓う存在。きょうだって、ゆっくりと千彰さまと語らいたかっただけですもの」

 困惑しきった目で千彰を振り返るが、静かに頷かれてしまう。
 なんで頷くの、とたじろぐ明香梨。

「だ、だめ。それは、だめ。千彰は、千彰は、だめ」

 口をついて出てきたのは信じられないほど子供じみた拒絶だった。

「あらあら。さすがの明香梨さんも、千彰さまのこととなると形無しですわね」
「な、なによそれ! わたしと千彰が、なんだっていうのよ!」
「うふふ。真っ赤になってかわいらしいこと」

 口元に手を当ててくすくすと笑うが、決して侮辱した様子はない。幼子の遊戯を見つめる慈愛さえ感じた。

「ば、莫迦にするなぁっ!」
「いえいえ。とても初々しくてよいと思いますよ。それに、そうやってきりりと並び立っている姿はとてもお似合いですし、わたくしには叶わぬことですから羨ましくさえ思いますもの」

 けなされているのか褒められているのか、それとも掌のうえで転がされているだけなのか、なにも分からなくなって頭がぐるぐると回って。
 困惑しきった明香梨と慈愛に満ちた鋏臈。ふたりの視線が交差するのは千彰。明香梨までもがそんな風に見つめてくるなんていままでなかった。
 せっかく闘う気になっていたのに、すっかりそんな雰囲気でなくなってしまったことに嘆息し、千彰は鋏臈に問いかける。

「なあ、あんた何が目的なんだ。俺の命か。それとも明香梨か」
「そんな。命なんて滅相も無い。わたくしの願いはただひとつ。千彰さんと添い遂げることだけですわ」

 またそれか、と千彰はもう一度嘆息するが、明香梨は頬を鎖骨を真っ赤にして叫ぶ。

「だ、だめ! 千彰は、千彰は!」
「千彰さまは、なんです?」
「だ、だって、千彰、は……」

 言いよどむ明香梨に、鋏臈は一転、鋭い視線を向ける。

「いまのおふたりはただのご友人。よく見積もっても戦友でしょう? わたくしと添い遂げることに差し支えはないと存じますが」
 自分の意志をまるで無視したふたりのやりとりに、いい加減堪忍袋の緒が切れた。そのことをぶちまけようと思った矢先、千彰の背後に轟音を伴って雷が落ちた。
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