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恋と恋敵
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明香梨と鋏臈は少なくとも傍目には協力的に夕飯を作り終えた。そのまま一同は夕餉に舌鼓をうち、そのまま解散した。
ふだん以上に広く静かに感じる家に、百恵は寂しそうに微笑みながら風呂に浸かり、寝室に入っていった。
千彰ももう一度風呂に入り、百恵に挨拶をして自分の部屋には入ったが、中々寝付くことはできなかった。
眠れなかった千彰は「少し散歩してきます」と書き置きを残して家を抜け出し、あてもなく街を歩いていた。
念のため刀は腰に、衣服も制服で。
あてのない散歩は今夜が初めてではない。
とくに妖魔と戦った日や、妖との試合があった日などはこんな風に出歩いている。
百恵も気付いてはいるが、へたに咎めて精神に負荷をかけてしまうよりは、と放置しているが心配なものは心配だ。
出て行った気配を感じると、彼女もまたまんじりともせず夜を過ごし、結果翌朝はふたり揃って寝坊したり朝の支度をいくつかすっ飛ばしたりしている。
が、実際心配は杞憂に終わることが大半。妖魔が活発に動き出す夜間は御堂の家の者が哨戒にあたって人々の安眠を守っているので、偶然現場に居合わせない限りは千彰に累が及ぶことはない。
「コンビニ……はもう閉まってるか」
民家からは灯りが消え、街灯のみ。聞こえるのは自分の足音と、衣擦れの音。時折ノラ猫が横切ったり足下にすり寄ってくるだけで、ひょっとしたら自分以外みんないなくなってしまったのでは、と、とりとめも無く思ってしまう。
そんな自分の考えに薄く笑ってまた歩き出す。
風に乗って薄く妖の気配を感じる。
鶻業かと思ったが、少し違う。
「鋏臈か」
千年前に惚れた相手の来世が生まれるのを千年間待ち続けた、と言っていた。
おそらく本当だろう。記憶とも違う、言うなれば魂のようなものが鋏臈を知っている、と告げるのだ。
八錠たちの世代と違い、千彰にとって妖たちは試合をする相手。
ちゃんと言葉を交わした妖なんて鶻業ぐらいだが、祖父たちと憎み合い、殺し合っていたとは考えられないほど気のいい連中だ。
むしろ、八錠たちと当たり前に戦っていただろう者たちでさえ、自分や他の剣士たちにも気さくに接していた。
いま思えばすごいことだと思う。
でも、鋏臈の想いを受け止めることはできないと思う。
自分は、鋏臈が惚れた相手ではないのだから。
「悪いな。鋏臈」
彼女の気配のする方向へ、ぽつりと。それできびすを返して今夜の散歩を終わりにするつもりだった。
「いいえ。千年前のあの方はきっかけにすぎません」
なのに、振り返ったそこに、本来の半人半蜘蛛の姿で佇んでいるものだから、千彰は思わず声を上げて驚いた。
「そんなに大きな声を上げられると、いささか傷つきます」
街灯に照らされながら鋏臈ははっきりと分かるほどに渋面を作っていた。
「わ、悪い。そんな近くにいるとは思わなくてな」
「うふふ、冗談ですわ」
一転して破顔し、千彰の腕を絡め取る。
「お、おい」
「よいではありませんか。将来の伴侶なんですもの」
「だから俺は」
「千彰さんはあの方とは違います。あの方とは直接お話したことさえないですが、千彰さんは産まれたときから見守っています。ご両親にも、御堂の方々にも気付かれないよう、こっそりと」
「……」
「ですので、あの方への想い以上に、千彰さんへの想いは強いのです」
「お前の気持ちは、分かった。でも、俺からすれば急なんだ。……すこし、待ってほしい」
一瞬、寂しそうな顔をした後、すぐさま微笑み、
「わかりました。待つのは、慣れていますから」
悪い。
そう千彰が返すのを待って、鋏臈は闇に消えた。
そのままふらふらと歩きながら家に戻った千彰を待っていたのは、
「ちょっといい?」
明香梨だった。
*
桜狩邸の門扉は、その由緒に恥じないほど大きい。かつては武家屋敷として栄えたこともある桜狩の邸宅は、度重なる戦乱などにより最盛期の一割ほどしか残っていないが、千彰からすれば広すぎると毎日のように思っている。
残った一割には門扉も含まれていて、千彰でさえ余裕で通れるほどの大扉が備え付けてあるが、開け閉めが面倒なうえ、開けると家の前を通る道路を完全にふさぐため閂が通され、普段は脇の通用口から出入りしている。
千彰を呼び止めた明香梨は門扉の脇に立つ街灯にもたれかかり、赤緑のメガネをかけ、太い三つ編みを巻いた、いまにも殴りかかってきそうなほどに目を吊り上げて千彰を睨み付けていた。
「なんだよ、こんな時間に」
面倒なことになりそうだと予感しつつ、無視することもできそうにないので千彰は憮然と返す。
「あんたこそなにやってるのよ」
「眠れなかったから散歩してただけだよ」
「あの女と一緒に?」
あの女、と言われて誰のことか一瞬考え、鋏臈に行き着いた。
「鋏臈とは偶然会っただけだ。向こうはずっとこっち見てるらしいけどな」
「なにそれストーカーじゃない」
「ただ見てたってだけだよ」
「肩持つわね。あんたああいうのがいいの?」
なんだそりゃ、と眉根を寄せる千彰。
「うるさい莫迦。ひとの気も知らないで」
「お前こそ突っかかるじゃないか」
「突っかかってない」
突っかかってるだろうが、と嘆息しつつ、
「で、なんの用だよ。稽古なら明日だぞ。音がうるさいって近所迷惑になるからな」
「ちがうわよ。わたしは、あんたが」
「鋏臈のことなら危険性はない、っていうか、あいつは」
「千年前から因縁があるって言うんでしょ? そんなのどこまで信じられるってのよ。……あんたまさか信じてるの?」
「証明しようがないだろ。騙さなきゃいけない理由もない」
そうだけど、と口をへの字にしてぐずぐずと零す。
「あのな明香梨、俺は」
「うるさい。どうせわたしとあんたは」
はーっ、と深く息を吐いて、一回しか言わないからな、と前置いて。
「お前が俺のことをどう思ってるか知らないけどな、俺は、お前のことを好きだからな」
「……は? いま、言うの? こんなムードもなんにもない時に、口論のついでみたいな形で??」
「そうだよ。いま言わなきゃお前、俺に愛想尽かす気だっただろ」
明香梨の表情がめまぐるしく変わっていく。主に混乱と喜びと怒り。それらがぐるぐると入れ替わり立ち替わり、段々鎖骨から頬から額から朱く染まり、やがてぽんっ、と湯気を立ててしまった。
「お、おい?」
「ば、莫迦! わたしがあんたに愛想尽かすことなんてないわよ!」
「そ、そう、か」
言った千彰も、明香梨からの反応に今更ながらに恥ずかしさがこみ上げてきたのか、頬は真っ赤に染まり、言葉もしどろもどろになっている。
「あらあら。お熱いこと」
そのふたりへ別の声が投げかけられる。
「ですが障害が多いほど恋は燃え上がるというものです」
鋏臈、かと思ったが違う。鋏臈の従者を名乗り、千彰を風呂場から攫った斑目トワ子だった。千彰たちが立つ、片側一車線の道路。その反対車線側の街灯の下に彼女はふたりに気取られることなく佇んでいた。
「こんばんは千彰さま。さきほどは我が主がご迷惑を」
明香梨には目もくれずに深々と頭を下げるものだから、千彰は慌てて顔を上げるよう言う。
「迷惑ってことはない。安心してくれ」
「ありがとうございます。それより鬼の姫様は、命を救われてなお我が主をお疑いなのですね」
底冷えのする微笑みとともに視線を向けられてなお、明香梨はトワ子をにらみ返す。
「なんでこんなところにいるの」
「わたしは鋏臈さまの従者。人の身でないわたしがどんな時間にどこにいようと、あなたには関係のないことでしょう?」
「そ、そうだけど」
「千彰さまを慕う我が主が、恋敵である鬼の姫であるあなたの命を救う手助けをした。その意味も心根も察しようとしない。さらに言えばあなたは恋敵。ならば、わたしがここで」
すらり、とどこからか取り出したのはひと振りの刀。
「我が主の恋路守るため、その命」
切っ先を後方やや下に、からだを深く沈めてちからを溜めるトワ子。反射的に明香梨も抜刀し、正眼に構える。
やる気だ。
止めなければ、と思った瞬間、玄関が開いた。
「なんですかこんな夜中に!」
桃の花があしらわれた寝間着姿の百恵が、まずはよく通る声で割って入った。
「百恵さま、とめないでください」
明香梨は視線だけを向け、
「これは私闘です。百恵さまにはご迷惑はおかけしません」
トワ子は言葉だけで仲介を拒絶する。
「ご近所迷惑です。やるなら明日、うちの道場でやりなさい」
驚いたのは千彰。てっきり止めると思っていたのに。
「百恵さん?」
「対話が成立しないというなら、あとはからだでぶつかり合うしかないでしょう」
口調は柔らかだが、瞳に宿る光は真剣だ。
「いいですねふたりとも。きょうはこのまま泊まっていきなさい。そして明日、朝ご飯を一緒に食べて、それでもまだ許せないというのなら、武器は使わず、わたくしを立ち会い人として存分にぶつかり合いなさい」
でも、と反論したのはどちらだったか。
「我が家の軒先で喧嘩をはじめた以上、これは当家が預かります。返して欲しいのなら、いま言ったことに従っていただきます」
ぴしゃりと言い放ち、そのままきびすを返して邸内へ。
呆気にとられる明香梨とトワ子。それぞれの刀を鞘に戻させてそれぞれの手を引き、千彰も邸内に足を向ける。
「ちょ、ちょっと待って」
「あ、あのあの、せめて我が主に連絡を」
「斑目、はやくしてくれ。これ以上は百恵さんに迷惑だ」
このまま敷地から出てしまうのは簡単なこと。しかしふたりがそれをしなかったのは、百恵の迫力に気圧されただけでは、ない。
にらみ合いつつも物理的な接触はしなかった明香梨とトワ子は、百恵が別々の部屋に用意していた布団に渋々入り、そのまま眠りについた。
千彰は百恵に礼をいってから自室に戻り、寝間着に着替えて布団を用意する。
「……はぁっ」
あくびではなく、長いため息だった。
今日だけは、このまま終わってほしい。
そういう願いが込められた、ため息だった。
なのに、ふすまが小さくノックされたので、思わず乾いた笑いが出てしまった。
「千彰さん、少しいいですか?」
百恵だったのは、意外だった。
ふだん以上に広く静かに感じる家に、百恵は寂しそうに微笑みながら風呂に浸かり、寝室に入っていった。
千彰ももう一度風呂に入り、百恵に挨拶をして自分の部屋には入ったが、中々寝付くことはできなかった。
眠れなかった千彰は「少し散歩してきます」と書き置きを残して家を抜け出し、あてもなく街を歩いていた。
念のため刀は腰に、衣服も制服で。
あてのない散歩は今夜が初めてではない。
とくに妖魔と戦った日や、妖との試合があった日などはこんな風に出歩いている。
百恵も気付いてはいるが、へたに咎めて精神に負荷をかけてしまうよりは、と放置しているが心配なものは心配だ。
出て行った気配を感じると、彼女もまたまんじりともせず夜を過ごし、結果翌朝はふたり揃って寝坊したり朝の支度をいくつかすっ飛ばしたりしている。
が、実際心配は杞憂に終わることが大半。妖魔が活発に動き出す夜間は御堂の家の者が哨戒にあたって人々の安眠を守っているので、偶然現場に居合わせない限りは千彰に累が及ぶことはない。
「コンビニ……はもう閉まってるか」
民家からは灯りが消え、街灯のみ。聞こえるのは自分の足音と、衣擦れの音。時折ノラ猫が横切ったり足下にすり寄ってくるだけで、ひょっとしたら自分以外みんないなくなってしまったのでは、と、とりとめも無く思ってしまう。
そんな自分の考えに薄く笑ってまた歩き出す。
風に乗って薄く妖の気配を感じる。
鶻業かと思ったが、少し違う。
「鋏臈か」
千年前に惚れた相手の来世が生まれるのを千年間待ち続けた、と言っていた。
おそらく本当だろう。記憶とも違う、言うなれば魂のようなものが鋏臈を知っている、と告げるのだ。
八錠たちの世代と違い、千彰にとって妖たちは試合をする相手。
ちゃんと言葉を交わした妖なんて鶻業ぐらいだが、祖父たちと憎み合い、殺し合っていたとは考えられないほど気のいい連中だ。
むしろ、八錠たちと当たり前に戦っていただろう者たちでさえ、自分や他の剣士たちにも気さくに接していた。
いま思えばすごいことだと思う。
でも、鋏臈の想いを受け止めることはできないと思う。
自分は、鋏臈が惚れた相手ではないのだから。
「悪いな。鋏臈」
彼女の気配のする方向へ、ぽつりと。それできびすを返して今夜の散歩を終わりにするつもりだった。
「いいえ。千年前のあの方はきっかけにすぎません」
なのに、振り返ったそこに、本来の半人半蜘蛛の姿で佇んでいるものだから、千彰は思わず声を上げて驚いた。
「そんなに大きな声を上げられると、いささか傷つきます」
街灯に照らされながら鋏臈ははっきりと分かるほどに渋面を作っていた。
「わ、悪い。そんな近くにいるとは思わなくてな」
「うふふ、冗談ですわ」
一転して破顔し、千彰の腕を絡め取る。
「お、おい」
「よいではありませんか。将来の伴侶なんですもの」
「だから俺は」
「千彰さんはあの方とは違います。あの方とは直接お話したことさえないですが、千彰さんは産まれたときから見守っています。ご両親にも、御堂の方々にも気付かれないよう、こっそりと」
「……」
「ですので、あの方への想い以上に、千彰さんへの想いは強いのです」
「お前の気持ちは、分かった。でも、俺からすれば急なんだ。……すこし、待ってほしい」
一瞬、寂しそうな顔をした後、すぐさま微笑み、
「わかりました。待つのは、慣れていますから」
悪い。
そう千彰が返すのを待って、鋏臈は闇に消えた。
そのままふらふらと歩きながら家に戻った千彰を待っていたのは、
「ちょっといい?」
明香梨だった。
*
桜狩邸の門扉は、その由緒に恥じないほど大きい。かつては武家屋敷として栄えたこともある桜狩の邸宅は、度重なる戦乱などにより最盛期の一割ほどしか残っていないが、千彰からすれば広すぎると毎日のように思っている。
残った一割には門扉も含まれていて、千彰でさえ余裕で通れるほどの大扉が備え付けてあるが、開け閉めが面倒なうえ、開けると家の前を通る道路を完全にふさぐため閂が通され、普段は脇の通用口から出入りしている。
千彰を呼び止めた明香梨は門扉の脇に立つ街灯にもたれかかり、赤緑のメガネをかけ、太い三つ編みを巻いた、いまにも殴りかかってきそうなほどに目を吊り上げて千彰を睨み付けていた。
「なんだよ、こんな時間に」
面倒なことになりそうだと予感しつつ、無視することもできそうにないので千彰は憮然と返す。
「あんたこそなにやってるのよ」
「眠れなかったから散歩してただけだよ」
「あの女と一緒に?」
あの女、と言われて誰のことか一瞬考え、鋏臈に行き着いた。
「鋏臈とは偶然会っただけだ。向こうはずっとこっち見てるらしいけどな」
「なにそれストーカーじゃない」
「ただ見てたってだけだよ」
「肩持つわね。あんたああいうのがいいの?」
なんだそりゃ、と眉根を寄せる千彰。
「うるさい莫迦。ひとの気も知らないで」
「お前こそ突っかかるじゃないか」
「突っかかってない」
突っかかってるだろうが、と嘆息しつつ、
「で、なんの用だよ。稽古なら明日だぞ。音がうるさいって近所迷惑になるからな」
「ちがうわよ。わたしは、あんたが」
「鋏臈のことなら危険性はない、っていうか、あいつは」
「千年前から因縁があるって言うんでしょ? そんなのどこまで信じられるってのよ。……あんたまさか信じてるの?」
「証明しようがないだろ。騙さなきゃいけない理由もない」
そうだけど、と口をへの字にしてぐずぐずと零す。
「あのな明香梨、俺は」
「うるさい。どうせわたしとあんたは」
はーっ、と深く息を吐いて、一回しか言わないからな、と前置いて。
「お前が俺のことをどう思ってるか知らないけどな、俺は、お前のことを好きだからな」
「……は? いま、言うの? こんなムードもなんにもない時に、口論のついでみたいな形で??」
「そうだよ。いま言わなきゃお前、俺に愛想尽かす気だっただろ」
明香梨の表情がめまぐるしく変わっていく。主に混乱と喜びと怒り。それらがぐるぐると入れ替わり立ち替わり、段々鎖骨から頬から額から朱く染まり、やがてぽんっ、と湯気を立ててしまった。
「お、おい?」
「ば、莫迦! わたしがあんたに愛想尽かすことなんてないわよ!」
「そ、そう、か」
言った千彰も、明香梨からの反応に今更ながらに恥ずかしさがこみ上げてきたのか、頬は真っ赤に染まり、言葉もしどろもどろになっている。
「あらあら。お熱いこと」
そのふたりへ別の声が投げかけられる。
「ですが障害が多いほど恋は燃え上がるというものです」
鋏臈、かと思ったが違う。鋏臈の従者を名乗り、千彰を風呂場から攫った斑目トワ子だった。千彰たちが立つ、片側一車線の道路。その反対車線側の街灯の下に彼女はふたりに気取られることなく佇んでいた。
「こんばんは千彰さま。さきほどは我が主がご迷惑を」
明香梨には目もくれずに深々と頭を下げるものだから、千彰は慌てて顔を上げるよう言う。
「迷惑ってことはない。安心してくれ」
「ありがとうございます。それより鬼の姫様は、命を救われてなお我が主をお疑いなのですね」
底冷えのする微笑みとともに視線を向けられてなお、明香梨はトワ子をにらみ返す。
「なんでこんなところにいるの」
「わたしは鋏臈さまの従者。人の身でないわたしがどんな時間にどこにいようと、あなたには関係のないことでしょう?」
「そ、そうだけど」
「千彰さまを慕う我が主が、恋敵である鬼の姫であるあなたの命を救う手助けをした。その意味も心根も察しようとしない。さらに言えばあなたは恋敵。ならば、わたしがここで」
すらり、とどこからか取り出したのはひと振りの刀。
「我が主の恋路守るため、その命」
切っ先を後方やや下に、からだを深く沈めてちからを溜めるトワ子。反射的に明香梨も抜刀し、正眼に構える。
やる気だ。
止めなければ、と思った瞬間、玄関が開いた。
「なんですかこんな夜中に!」
桃の花があしらわれた寝間着姿の百恵が、まずはよく通る声で割って入った。
「百恵さま、とめないでください」
明香梨は視線だけを向け、
「これは私闘です。百恵さまにはご迷惑はおかけしません」
トワ子は言葉だけで仲介を拒絶する。
「ご近所迷惑です。やるなら明日、うちの道場でやりなさい」
驚いたのは千彰。てっきり止めると思っていたのに。
「百恵さん?」
「対話が成立しないというなら、あとはからだでぶつかり合うしかないでしょう」
口調は柔らかだが、瞳に宿る光は真剣だ。
「いいですねふたりとも。きょうはこのまま泊まっていきなさい。そして明日、朝ご飯を一緒に食べて、それでもまだ許せないというのなら、武器は使わず、わたくしを立ち会い人として存分にぶつかり合いなさい」
でも、と反論したのはどちらだったか。
「我が家の軒先で喧嘩をはじめた以上、これは当家が預かります。返して欲しいのなら、いま言ったことに従っていただきます」
ぴしゃりと言い放ち、そのままきびすを返して邸内へ。
呆気にとられる明香梨とトワ子。それぞれの刀を鞘に戻させてそれぞれの手を引き、千彰も邸内に足を向ける。
「ちょ、ちょっと待って」
「あ、あのあの、せめて我が主に連絡を」
「斑目、はやくしてくれ。これ以上は百恵さんに迷惑だ」
このまま敷地から出てしまうのは簡単なこと。しかしふたりがそれをしなかったのは、百恵の迫力に気圧されただけでは、ない。
にらみ合いつつも物理的な接触はしなかった明香梨とトワ子は、百恵が別々の部屋に用意していた布団に渋々入り、そのまま眠りについた。
千彰は百恵に礼をいってから自室に戻り、寝間着に着替えて布団を用意する。
「……はぁっ」
あくびではなく、長いため息だった。
今日だけは、このまま終わってほしい。
そういう願いが込められた、ため息だった。
なのに、ふすまが小さくノックされたので、思わず乾いた笑いが出てしまった。
「千彰さん、少しいいですか?」
百恵だったのは、意外だった。
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