1/2惑星カルテット ~乙女は精霊たちと舞闘する 二年目編~

月川ふ黒ウ

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星はいつも見つめている。

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 ようやく、ここまで来れた。
 あとは、あの人をぶっ倒して維穏院に配属されて昇進していけばいい。

 あと少しだ。
 あと少し……だよな?

 ……それまで待っててくれよな。
 絶対、そこまで行くからよ。

「ほらほらどこ見てんの!」

 いつの間にか、拳の間合いに入っていた。
 いや、入らされていた。
 この卒業試練のルールはいくつかあるが、ただひとつ、どんな素人が見ても明らかなものが、「試験官は開始から一歩も動かない」というもの。
 なのに、試練に挑んだ誰もが言う。

『こちらが攻めていたはずなのに、気がついたら負けていた』と。

 少し考えればわかることだ。
 向こうからすれば、修練生たちは動かない試験官目がけて攻撃してくる。この試練においては試験官に精霊術の使用制限はかけられていない。精霊たちの目も耳も最大限に活用している試験官の虚を突くことなど、修練生の扱える精霊量ではほぼ不可能。
 つまり、手の平の上でもてあそばれているのと大差なく、修練生が状況を把握する間もなく敗れるのは必定なのだ。

 ならばなぜこんな、修練生が圧倒的に不利な試合を衆目の前で行うか、そして過去達成者はほぼいないこんな理不尽な条件で闘うのかと問われれば答えはひとつ。

 これから先、自分よりも強い相手と対峙したときに対応できるようにするため。

 自分たちよりも遙かに強いラグリォスの三人を前にして一歩も退かなかったライカたちはすでにこの条件をクリアしているのだが、あれはクレアが立ち会っていないので非公式の記録となっている。

 そしてライカにはもう一つ目的がある。
 絶対に一歩以上動かす。
  いまそれが出来なければ、あの人の隣に立つことなんて永劫無理だと思うから。

「せあああああっ!」

 修練生がいくら策を講じようが、そもそもの年季が違うクレア相手には児戯。だからライカは真っ正面から殴り伏せる作戦に出た。

「そういや全力であんたとやるのって初めてぐらいかしらね」

 拳の乱打を軽々と捌きながらクレアは懐かしげに言う。
 あたしはいつでも本気だったよ、と舌打ち混じりに思いながらライカはそれでも攻撃を続ける。
 開始前まであれほどへばっていたのに、術の効果もあるのだろうが、ほんとうにこの人の体力は無尽蔵なのではと思う。

「ほんっと、昔っから変わらないわね、その野良猫みたいな目」
「あんたみたいに、いいご身分の生まれじゃねぇからな」
「そういうのいい加減やめなさい。いい年してみっともないんだから」
「う、うるせぇっ!」

 顔を真っ赤にしながらライカはそれでも攻撃を続ける。しかし全て捌かれ、あるいは術でいなされ続け、有効打どころか攻略の糸口すら見つけられない。
 ふたりの戦力差の大半は扱える精霊量の差。まずこれを埋めなければ話にならない。
 かと言って生半可な策では、そうだ。
 油断なくライカは攻撃を中断。間合いを離し、交響曲から別の曲へシフトする。

「──陣、神舞曲《フォルクスリート》」

 ライカにすればたった一度、それも心が荒れまくっている状況で聞いた曲だ。それを、多少いびつながらも歌えている状況に、さすがのクレアも舌を巻いた。

「あー、でもそれ戦闘用じゃないから、他の曲と同じ感覚でやるとダメよ」

 これでも少し驚いただけか。
 けれど本命はそれじゃない。
 あいつみたいにきれいにできないけど、それでも勝つ見込みがある手段はこれだけ。

「いいんだよ、引っぺがすだけだから!」

 吠えてはみたが、やはり、あいつのように繊細にはできない。こちらに気を取られている精霊たちもいるが、数が。もう一小節、もう一小節だけ歌ってだめなら、
 拳。
 正面から巨大な、術で形成された拳が迫ってくる。咄嗟に腕を交差して防御してはダメだ。あれはあのひとからのヒントだ。

「わああああっ!」

 もう、歌の形にすらなっていない雄叫びに、巨大な拳を形作っていた精霊たちは一瞬でほどけ、ライカの元へ集う。

「そう。あんたは誰かのマネなんかしなくても、じゅうぶん精霊たちは付いてくるわ」

 イルミナも大概だが、自分も相当ライカに甘いと思う。でも、幼い頃から知っている彼女がこの十年余りどれだけ研鑽を積んできたかを知っているのだから、これぐらいは許して欲しい。
 
「だから、サービスはここまで。それであんたには足りるでしょ。やってみなさい」

 両手の平を緩く広げたままクレアは両手を下げてライカを待つ。

「わあああああっ!」

 クレアから奪った精霊たちを合わせても、ふたりの精霊量の差は十倍近くある。だからなんだというのだ。
 狙うは心臓。
 拳の間合いに入る。クレアが目を見開いたのは、羽虫の羽ばたきよりも短い間、ライカが全ての感覚から消失したこと。
 その一瞬でライカの右拳はクレアの左胸にぶち当てられていた。

「ほら。ちゃんとできたじゃない」
「う、うす」
「じゃあ、最後までやってみせなさい!」
「はい!」

 ぶち当てた右拳に力を、精霊たちを集める。巻や爆などの術を上乗せしたいが、ライカの迫力にあてられた精霊たちは秩序を失い、ただライカを後押しする光へと様相を変えていく。
 その輝きは拳だけに留まらず、全身にまで及び、ライカのからだは黄金色に輝はじめ、速力と圧力に変換されてクレアの左胸に襲いかかる。

「ぬああああああああっ!」

 ライカの圧力がついにクレアの上半身を揺らめかせる。あとひと息だ。あとひと息で!
  出力をさらに高めようとしたのと、ライカから精霊たちが離れていくのは同時だった。

「な、なんで、精霊たち!」
「よく見なさい。足下」

 え、と視線を下にやれば、クレアの左足は一歩分以上下がっていて。

「でも、あたしまだ」
「なによ。あたしにダメージ通してないからもう一回とか聞かないからね」

 先手を打たれてライカはさらにしょげてしまう。
 
「はい。じゃああんたの卒業試練はおしまい。おめでとう、おつかれさま」

 あまりに事務的な言いようにライカは弱々しく睨む。

「あのね、あたしまだこれから五十人ぐらいとやらないといけないんだから、あんたのわがまま聞いてあげられないの」

 ライカの両肩を掴んでくるりと花道に向け、

「ほら、あんたはあっち」

 そっと耳元でひと言ささやかれて、とん、と背中を押され、反動で二、三歩進んで振り返るも、猫を追い払うように手を振られてライカはしょげたまま歩き出す。

「ほらお客さんに挨拶!」

 背中からの怒号にライカの背筋は一気に伸び、四方にお辞儀をしてライカは足早に控え室に戻っていった。

     *     *     *

 その後、何度か体力切れを起こしての中断はあったものの、卒業試練はつつがなく終了した。
 控え室という名のテントに戻ったライカを、イルミナは療の術と共に優しく出迎えたが、「悪い」とだけ言い残してそのまま寮ではなく自宅へと帰っていった。
 
 そしてその夜。

「ん。やっぱり来たわね」
「……はい」

 どうしても納得いかなかったら、今晩あたしのところに来なさい。

 背中を押す直前、クレアはそうささやいていた。
 自室に戻ってたったひとりでうじうじ考えて、結局当人に問い質すことにした。
 大急ぎで仕事を終わらせたイルミナと入れ違いに、ライカは職員寮へ向かい、安っぽい入り口の前で仁王立ちしていたクレアに声をかけていた。

「んじゃやるわよ。あたしが百であんたも百。誰も見てないから全力出していいわよ」

 いまふたりは去年までディルマュラと特訓を行っていた広場。空は満天の星空だが時折吹き抜ける風はまだまだひんやりとしている。

「その前に、少し、教えて欲しい、です」
「いいけど、やりながらね」

 それまで二メートルほどあった間合いを、一気に詰めてきた。

「え、ちょっ」

 反射的に腕を交差してクレアの突きを防ぐも、反動で大きく吹き飛び、両足で地面を抉りながら止まる。まだ混乱するライカへ、さらに間合いを詰めながら蹴りを見舞う。

「ほら、聞きたいことあるんでしょ!」
「組み手しながらとか、無理です!」
「だーめ。このまま話しなさい!」

 クレアの一方的な攻撃の前にライカは圧され、話そうと思っていたことの大半は吹き飛び、それでも残ったひとつを叫んだ。

「なんで、試合であんなサービスとかしたんだ!」

 半ば怒声に、敬語でなくなっていることにふたりは気付いているがクレアは咎めない。
 代わりに動きを止め、ゆったりと、少し困ったような表情でこう返した。

「あんたには、リーゲルトの件でひどい迷惑かけたからね。そのお詫びよ」
「リーゲルトの?」

 いまリーゲルトはライカたちの手を離れ、来期から学舎院に通うための準備を神殿の孤児院の職員たちから学んでいる。とくにライカの元から離れることにぐずりはしたが、それも乗り越えて素直に大人たちの言うことを聞いているそうだ。

「そ。いくら教えることがないって言っても、放任しすぎたなって。挙げ句あんたはあんなに苦しんだでしょ? だから、試合といまとでそのお詫び」
「でもそれは立秋祭の試合で」
「あんたには師匠としてなにも教えてない、って思ったからよ」
「でも、」

 ふふ、と微笑んで、

「だからこれは最初で最後の組み手。条件は互角なんだから、ちゃんと本気出しなさいよ!」

 話そうと思っていたことは吹き飛んでしまった。
 だから、拳で語ろう。
 うまくできるかわからないけれど、この人はもうひとりの師匠だ。カケラになってしまった思いもすこしは伝わると思う。

「──陣! 独唱交響曲!」

 周囲には人影はなく、見守るのは満天の星々とわずかな小動物や虫たちだけ。
 この勝負の行方を知るのは、彼らだけだ。

     *     *     *

「あー終わった終わった。ほんとああいう式典て肩が凝るな」
「うん。わたしも疲れた」

 ライカとクレアの秘密試合から数日。
 維穏院へ配属される十二人へ向けた卒業式典が行われた。
 式典と言っても、修練生たちが集まりお偉方が訓示を垂れ、修練生代表が謝辞を述べるだけの簡素なもの。普段なら配属される者たちだけを集めて行うのだが、今期は卒業試練を受けた者たち全員が参加していた。

「じゃああたしは本屋寄ってご飯食べてくから。……鍵は、かけといていいから」

 式典の後片付けが終わって、修練生たちもそれぞれに帰路についた頃、オリヴィアはそう言い残して足早に街へ消えていった。
 残されたふたりはなんとなく連れだって歩き出し、気がつけば神殿の裏手まで来ていた。
 ここまで来ると滅多に人は通らず、耳を澄ませばようやく、というぐらいに話し声が聞こえる程度に静かだ。
 代わりに聞こえるのは虫の音や風が草葉を揺らす音。窓の外は間もなく訪れる春を待ちわびているようだ。
 
「そういえばきょう、ずっとそわそわしてたねオリヴィア」
「あー、ちょっと間があるとすぐにため息ついてたな」

 ため息の理由をふたりはすぐに察したが、あえて口にはしなかった。

「ミューナはいいのか? クレアさまと一緒じゃなくても」
「うん。あんたはライカと一緒にいなさいって」
「あ、お、おう」

 クレアがどんな顔で言ったかは大体想像がつくが、それでもまだミューナとどうにかなりたいという欲求までには至らない。

「いいよライカ。体質のことだってあるんだし。わたしはライカが好きだし、ライカもそうだってわかってるから」
「わ、わるい。おまえに恥かかせるつもりは、ないんだ」

 あの告白からずいぶん経って、できるだけライカはミューナと行動を共にして多少は彼女のことを理解できてはいるが、それでも最後の最後で、好きという感情を超えられないままでいる。
 
「おまえは、あたしの方がずっと強いって思ってるだろうけど、あたしはおまえが思ってるほど強くないし、おまえみたいにきれいじゃない。そういう引け目があるんだと思う」

 それまで並んで窓の外を眺めていたミューナは、ライカの肩を掴んで無理矢理正対させて言う。

「ライカはいちばん強くてかっこいい。たぶん、ディルマュラたちもそう思ってる。……オリヴィアはわかんないけど」

 てへへ、とはにかむ。かわいい。

「でも、わたしは出会ったときからずっとそう思ってる。ライカが引け目に思ってるなら、わたしが抱えてる思いを少しずつわけてあげる。ライカがパンクしないように、ちょっとずつ、でも、ちゃんと全部。だから、だいじょうぶ」

 こんなに喋るやつだったっけ、と思ったのがまず最初。そしてなにを言われたのかを理解し終えたときには、抱きしめていた。

「ありがとう。それしか言えねぇけど、ありがとう」
「うん。だいじょうぶだよ。ライカ」

 ぽんぽん、と優しく背中を叩いてくれた。
 
「ば、やめろ。子供じゃないんだから」
「ライカの弱いところ、いっこみっけ」

 意地悪く口角を上げるミューナがとても愛おしく、いまばかりはもう少しだけ抱きしめていようと思った。

     *     *     *

「はーい、んじゃ、これからは師匠としてだけじゃなくて、上司としてもよろしくお願いします。はい拍手」

 新しく維穏院へ配属されることとなったライカたち十二人は、神殿全体の離任式を終えたあと、職務室へ通された。
 まるでまだ自分が修練生で、クレア先生に呼び出されたような感覚になるが、着ているのがくたびれた修練服ではなく、肩から手首にかけて青のラインが入った真新しい制服だと視界に入って安堵する。
 とはいえ、この職務室自体は同じなので、この感覚は当分抜けないだろう。

「あんたたち個別の仕事机はそのうち用意するから、いまは共同で使ってね。一気に十二人も採るとか思ってなかったからさ」

 気まずそうに笑うクレア。

「だから、仕事教えられる子も限られてるから、その辺りもちょっとがまんしてね」
「十二人採用、と聞いたときから覚悟していましたよ、先生」
「先生はもういいわよディル」
「ではなんと呼べば」
「みんなは院長とか名前で呼んでる。あんたたちもそうして」

 はい、と一同が頷くとクレアは大きく手を叩く。

「んじゃ、新人の最初のお仕事は街の見回りね。班分けは修練生の時と同じ。適当にぶらついて、街の人に顔とか覚えてもらうこと。はい行って!」

 はい、と頷いて十二人は職務室を後にした。

 少し遠くなったような気もするが、それでも一歩進んでいることには間違いない。
 あとは、ただ進むだけだ。
 ミューナと、共に。
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