もういらない

三原すず

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本編

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もういい。
すべて捨てて、また一からやり直そう。

そう考えて、友人にもなにも言わずにスマホも買い換え、勿論住所も変えた。
もう誰も私を知らない場所に行きたくて仕方がなかった。




「Momoka, How about one glass on the way back?(ももか、今夜一杯帰りにどう?)」
「Umm …I'm sorry. I don't feel like it.(んー…ごめん。今日は気分が乗らないから)」
「Oh, it's regrettable. OK, next time?(あら、残念。じゃあ次は絶対よ?)」
「Well, good bye.(えぇ、じゃあね)」

何度も何度も思う。しっかり英会話教室通っててよかった。
あぁもう、両親に感謝だ。勉強に厳しい親で嬉しいなんて、こういう時になぜか実感する。
再就職して一年半。それまでの準備の時間を足すと約二年。日本を出た時間をさらに足すと二年と半年。
本当に、長かった。

声を聞くと泣きそうになるからただ簡潔に「別れてください」と一言だけ打ってあとはすぐに電源を切ってそのまま契約解除した。
別の携帯会社にして、新規契約をしたから電話帳は家族のものと仕事関係くらい。
仕事だって辞めて、再就職した。それも、海外勤務。

日本を出ればもう忘れられると思ったのに。

「--…どうして」
「バカ!どれだけ心配したと…!」
「なんで、どうして、どうしてここにいるの…!?」

小鳥遊誠一さん、かつての恋人。
もう会わないはずだった。少なくとも私は、二度と会わないつもりだった。
だからたった一人で友人にもなにも言わなかったのに。
ぐっと引き寄せられて抱きしめられた。外国とはいえこんな道の真ん中で、なにをしてるんだろう。誰かに見られたら困るのは彼の方なのに。

「は、離してください…!」
「どうしていなくなったの。あんな簡潔なメールだけで終わらせられる関係だったの?」
「---離してッ!」

思いっきり、力を込めて彼を引き離した。
もう私と彼に接点はないはずだ。恋人という脆い鎖がなければ切れてしまうくらいの人だったのだ。

「知ってるんですから、せ、小鳥遊さんが私のことなんて愛人としか思っていなかったって!ほかに婚約者がいたって!」
「なにを…?」
「婚約者の方から全部聞きました!…本格的な婚約の前の、最後の火遊びだって」

そうだ、婚約者だと名乗る本人が現れて別れろと、彼はアンタなんかにはもったいないって。

「ゃ…っ!」
「誰?そんなことほざいたのは」
「…やっ……!」
「ももか」

拒否なんて許さない。
そんな風に命令された気がしてカッとなった。

「長谷川真由さん!あの長谷川コーポレーションのご令嬢です!…美人で、お似合いだと思います」

光沢ある黒真珠のような色合いのワンピースがとてもよく似合っていた。
スレンダーで派手めな美人で、自信に満ち溢れているようだった。長身なのも相まってきっと彼と並んだら美男美女でお似合いだったろう。

「…全部聞いたって、言いました。もう、過去のことです。さようなら」

もう聞きたくない。
声を聞いてるだけで、涙が溢れてきそうだから。

本当に彼を愛していたんだと実感した。

「--待って」

腕を掴まれて引っ張られ、振りほどこうとした瞬間首元に衝撃が走った。

あとは暗闇しかない。








「は、ふぅ、…っあああッ!」
「っ…ももか、そんなに締め付けないで」
「や、いや、はなして、ッあ」

奥を深く穿たれる。長い間快楽を忘れていた体は久々の快感に正直だった。 
まだ外は暗いからそこまで時間は経っていないはず。明日は休みだから足腰が立たなくてもたぶん大丈夫だろうけど、お願いだから離してほしい。

「ももか、言って。…なに言われたの?」
「や、やだあ、…っひぅ」
「--言って」

柔らかな口調のはずなのに抗えられない雰囲気がある。
反論は許さない。拒否なんてできない。…させない。
そう言われているようだった。

「ぁ、あんたは、せいいちさんにィッ、似合わないって…ッや、まって、はげし」
「…ふぅん。で、ももかはそれを正直に受け取ったの」
「ちがう、そうだけど、ちがうもん…ッ!!」

私が誠一さんに似合わないことなんてずっと前からわかってる。ずっと前から、言われ続けているから。
でもわたしが本当に傷ついたのは、そんなことじゃない。
そんな、他人の言葉じゃない。

「だって…ッせいいちさんが、言ってたんだもん…っ、恋人わたしはもう、いらないって…!」







ことの始まりは、約二年半前。

「あなたが、加藤ももか?」
「…どちら様でしょう?」
「私は長谷川真由。単刀直入に言うわ。---誠一と別れて頂戴」

昼間なのに闇夜のような黒いワンピースを着た長身の美女が告げたことに一瞬理解ができなかった。
長谷川真由さん。って、あの長谷川真由っ?!ウチのお得意様のご令嬢じゃ…!?
なんでそんな雲上人が、誠一さんのことを。

「…お断りします」
「あら、生意気ね。…今度の取引、やめてもいいのよ。」
「…ッ」
「--なんてことは言わないわ。私のお父様はお仕事に関しては厳しいもの」

懸念していたことは杞憂のようだった。
ほっとしてると紅い唇が私の様子にニタリと三日月の形になる。涼しげな目の奥は、笑っていなかった。

「あなた、鏡を見たことある?自分が誠一に似合うなんて胸を張って言える?」
「…私が誠一さんに似合わないなんて、わかっています。でも部外者の言葉で別れるような安い関係ではないと思っています」
「へぇ、身の程はわきまえてるのね。いい子よ」

じゃあ、これを聞いたら、どう思う?

長谷川は自身のスマホを取り出して何か操作した。
画面が見えないから、何をしているのかわからない。
けど、聞こえてきた声に私は凍りついた。

『…もう限界か』
『はい。来週デートなので、その時にでも切り出そうかと』
『案外長かったな』
『えぇ。でももう--恋人は一生要りません』

ピッと残酷な電子音で我に返った。
紅い唇がにぃっとさらに愉悦に歪んでる。
今の声は間違いようがない、私の恋人。誠一さんの声。
相手の声はきっと彼の上司の声だ。
確か、上原孔明。何度か仕事でご一緒した。とてもおおらかな人だった。

「わかった?もう恋人あなたは要らないって」
「……っ」
「彼、身分は隠してるけどウチの会社が身内にしたいと思うくらいの人よ。あなたには本当に勿体無い人なの。別れて頂戴ね」
「っ…はい」

ここまで言われてまだ食いつけるほど、私は図々しくない。
何より、誠一さんが言ったのだ。恋人は、要らないと。なら私は消えなければならない。
彼に幸せになってもらいたいから。

「…あの、お願いがあります。長谷川真由さん。私を完全にせい…いえ、小鳥遊さんと離れさせてください。あなたなら、できると思います」
「いいわよ。やってあげる。誠一と別れてくれるなら」
「…今からメールでもしましょうか?」

一も二もなく頷いた彼女に従って私は動いた。
もうぼろぼろだった。たぶん、誰も信じられないくらいには。

「--これで全部ね」
「はい。ご迷惑をおかけしました」
「いいわ。あなたのこと自体は嫌いじゃないもの。こんな場面じゃなかったら良い友人になれたと思うわ」
「…ありがとうございます」

そして私は、一人で日本を出た。







後から後から涙が出てくる。
手の甲で必死に拭うけど抑えられなくて嗚咽が漏れた。

「ひっ、う、ぅうう」
「---ももか、聞いてほしい」

繋がったままだった肉塊がゆっくりと抜かれる。
そんな刺激にすら反応してしまう自分がいやらしくて嫌だった。
抱き起こされて、ただ優しく抱きしめられる。

「長谷川真由との婚約なんてない。俺はあいつと結婚なんてしないよ」
「ふぅ、ぅ」
「あと、」

少し身体を離して、顎を上に上げられた。
二年半ぶりにじっと見た彼の顔はどこか線が細くなっていた。綺麗なのは、変わりがない。

「俺と、結婚してくれる?」
「…っ、へ?」
「恋人はもう要らない。…俺の妻になってくれる?」

両頬を両手で包んで彼は唇に軽いキスをした。あぁ、あれみたい。誓いのキス。
恋人は要らない。一生要らないって、言ってた。
…結婚してほしいって、ことだったの?

「ひ、ぅ、ぅあ…っ」
「ももか…っ?!」
「なる、なります…っ。せいいちさんのお嫁さんに、してほしい、です…っ」

この二年半の間、何度も誠一さんを忘れようとした。
身体の関係だけでもとネットを彷徨ったりもした。
でも、忘れられなかった。

「ずっとずっと、好きでした。…っ愛しています」

私は今、たぶんすごくみっともない顔をしてる。
涙と涎でどろどろで、化粧も剥がれてて。なにより素っ裸。
…待って!私素っ裸で一世一代の愛の告白した?!

「…ももか」
「ま、まって誠一さん!やり直しさせて…っ!」
「やだ。…俺もお前を愛してるよ、ももか」

先に言われたのは、悔しいけど。
だからこれはお仕置き。ちゃんと受け止めて。

そう囁いて再び入ってきた熱は薄い膜に覆われているような感じはしない。
え、もしかしてナマ…?!

「せ、いちさ…ッ、避妊…!」
「大丈夫、子どもができたらももかの次に可愛がるから」
「っぅ、あ、そこ、ぐりぐりってぇ…ッ!」
「ここ、好きだよね。ももか」
「すき、あ、…おっきぃ…っん、んぅぅっ」

気持ちいい。
奥をぐりぐりと突かれ、一緒に花芯も捏ねられてすぐにイってしまう。

「ひ、ぁ、あぁっ、…せいいちさ、すき、すきぃ!」
「ももか、出すよ、ちゃんと全部受け止めて」
「はぃ、は、ぁ、あぁぁあッ!!」
「ふ、--ッく」

弾けて、放たれた。
中に出された粘質の液体が誠一さんが熱を引き抜く瞬間ぼたぼたと外に溢れる。
それをまた指で押し込まれた。

「…だめだよ、こぼしたら」

そういえば、聞きたいことがあった。
どうして私がここにいるとわかったのか、とか、なんで二年半も探してくれていたのか、とか。
本当はどういう人なのか、とか。

でも、すべて後回しにしたい。

今はただ、彼の熱を感じていたかった。

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