おとんと真美

ロム猫

文字の大きさ
4 / 4

おとんの禁煙

しおりを挟む
「おはようさん」

「おはようさん、おとん」

「はあー」

「なんや、おとん。朝から大きなため息吐いて」

「吸いたいんや……」

「吸いたいってあれか? タバ……」

「ストーップ! それ以上その名前を語ったら、わし、吸うたるからな! 吸うてやる! あー吸うてやるともさ!」

「そういえばおまえ禁煙始めとったな」

「そうや、禁煙二日目や。大事な山場を迎えとんねん。ここを乗り越えられるかどうかが重要なんや」

「山場近いな。ふもとに住んでんのか」

「やかましわ。とにかく真美、おまえしばらく言葉に気いつけえや。わし今、多感な時期なんやからな」

「思春期かいな。わかったわかった。とにかくNGワードを言わなければええんやな、例えばタバ……」

「ちょっーーーと待ったーーー!」

「すまんすまん、それが禁止やったんやな」

「あかんゆうてる矢先やろ! 矢先過ぎるやろ! おまえはアホか! アホの子かいな!」

「いかにも。アホの子やな、おとん」

「くっ! まったく高校生になっても口の減らんやっちゃ。まあええわ。めしや、めしにするで。今日の朝めしはなんや? なんでもええから早よ持ってこんかい!」

「なんや、カリカリして感じ悪る。そら、おかんも愛想尽かして出て行くわ……」

「なんかいうたか」

「別に、何でもないわ。それよりおとん、ご飯と味噌汁があんねんけど、おかずは何がええ? 納豆か? それともたまごでも吸うか?」

「ちょっーーーと待ったーーー! 何やねん! 卵を吸うって! 目玉焼きとか生卵のことなら分かるけど何やねん! 卵を吸うって!」

「いや、たまにはそういうのもええかなって。こう、たまごにストローさしてな、ちゅーちゅー吸うたるねん」

「おまえ絶対わざとやろ! 何やねん、ストローでちゅーちゅーって、朝からグロいわ! そんでおまえさっきから『たまご』のイントネーションが『アナゴ』みたいになっとるからな!」

「すまんすまん、ちょっとからかってみただけや。しかしホンマに多感なお年頃なんやな。言葉ひとつにえらい敏感やんか。禁煙ってそんなつらいもんなんか?」

「つらいっちゃーつらい」

「タモさんかいな。なんやおまえ。じつは余裕あるやろ」

「余裕なんかあるかいな。あっ。余裕なんかアルカイーダや」

「おまえ、その『思い付いたらとりあえず言ってみる』って癖のほうを我慢してくれんか、どっちかというと」

「ほっとけや」

「禁煙なんて、ただ吸ってなかったあの頃にもどるだけやんか」

「そやかてなあ、真美よ。まあ聞けや。おまえ、タバ…、やない、なんや、あいつとの付き合いも長いんや。人生のな、ていうか一日のな、区切り区切りにあいつは側にいたんや。朝起きたらおはようさんって吸うてな。仕事終わったらお疲れさん、って吸うてな。そんな存在がある日を境に急に無くなるんやで? そらおまえつらいに決まっとるやんか」

「おまえ、おかんで経験済みやんか」

「くっ! また酷いこというて。美智子とはなあ、末期には『おつかれさん』の言葉もなかったんや。ただひと言、『思い付いたらとりあえず言ってみるその癖、直したほうがいいですよ』って残してあいつは出ていきよったんや」

「おまえ、治っとらんやんけ」

「ほっといてや。わしはわしのままでいたいんや。そのままのわしで、きっとええんや」

「Jpopか。せやけど、おとん。そもそも何でおまえ禁煙なんか始めたんや? 欲望の塊りみたいなんが、らしくないやんか」

「いやな、この間の人間ドッグの結果が思わしくなかったんや、タバ……やない、あれか、酒かどっちかやめたらどうかってな、先生が言いよるからな」

「人間ドッグ……人面犬か……とは突っ込まんどこ。なんや、おとん、どっか悪いんか?」

「肝臓の数値がな、ちょっと悪いみたいやねん。過度の喫煙と過度のツッコミを受ける事は肝臓に悪いねんて。せやから、タバ……やない、喫煙のほうをやめてみよかなと」

「なんや、やらしいわ」

「何やかんやゆうてもな、今わしが倒れるわけにもいかんやんか。真美、おまえの大学の費用もある。将来、ひょっとして美智子が帰ってくることがあるかもわからん。わしの身体はな、わしひとりの物やないんや」

「お? なんや、おとん。えらいええ事いうやんか。ちょっと見直したで」

「せやからな、真美。すまんけどおまえにも協力して欲しいんや。『思い付いたらとりあえず言ってみる』をやめる事と禁煙の両立は正直難しい。なら、健康の方をわしはとりたいんや。うざいのは分かる。が、しばし堪えてくれんか?」

「な、なんや。えらい深刻な思いを吐露して、らしくない。『おまえにとって、思いついたらとりあえず言ってみるってどんだけ重要な位置を占めとんのや!』って突っ込めんくなってしもたやんか。分かったで。禁煙、頑張ってな……その……おおきにな……」

「さ、飯にするで」

「そんならうち、おかずに目玉焼きを作るわ。ハムも付けたるで。おとん、ちょっと待っててな!」

         数日後

「スパァー」

「おい」

「スパァー」

「おい!」

「なんや、真美か。フー。おはようさん。スパァー」

「おまえ、なんや朝から『スパァー』って! 禁煙はどうした? まだ一週間やないか!」

「別に」

「エリカ様か! い、いや仮にエリカ様であってもおかしいで! その返し!」

「タバコをやめるのをやめたったんや。いわば禁禁煙やな。禁煙を禁じているという観点では、わしと禁煙はまだ繋がっとるわな。だからええんや。スパァー」

「なんや? その異次元の屁理屈は! おまえの身体はおまえひとりのものじゃない言うてたやんか! あれはどうなった!」

「せや。わしひとりのものやない。真美と美智子とわしのもんや。せやから、三等分で考えると三日に一度吸ってもええことに気づいたんや。一週間我慢したんやから二日分貯金があることにもなるしな、スパァー」

「ぐっ! なんちゅう屁理屈や! おまえあかんで! そんなん三日に一度で済むはずないやんか! また理屈捏ねてうやむやにするに決まってるやんか!」

「せやな。スパァー」

「なに開き直ってんねん! おとん、もうちょっとや! 一週間頑張れたやんか! 『あと一日だけ』を積み重ねるんや! 頑張りいな!」

「せやな。スパァー。あー、クラクラする」

「おとんのアホー! 知らんからな! もううち、学校行ってくるわ! アホおとん! 死んでまえーーーー!」

「……」

「……スパァー……業の……人間の業の……肯定や……スパァー……」



しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

処理中です...