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かいつまんで、と言った割には事細かく話してしまった感じはあるけれど、話し始めると上手く要約が出来なかった。些細な事でも、この話には重要なことに思えたから。みどりはタイミングを見計らって店員に生ビールと焼酎のロックを注文した。手短かに話せないことを申し訳なく思う。
「そのあかねさんには申し訳ないけどさ、これもあるっちゃーある話だよね。まあ、あたしはなんかは取られた口だけどね、なーんつて、ガハハハハ、ハハハハハ、はぁ……」
自虐的な言葉で笑いを誘う。みどりらしい気遣いで少しだけ気持ちが和らいだ。生ビールを一口だけ飲む。
「それから数年、時は経った。僕は大学を辞め、本格的にバンド活動を始めた。アルバイトをしながらライブをこなし、少しずつファンも増えていき、ライブハウスからの評判も悪くはなかった。
パソコンに詳しいメンバーが立ち上げたバンドのホームページに、活動報告、ちょっとした面白話や日常を書くのが僕の役割でそちらもまずまずの評判、僕らの活動は順調だった。
ある日、僕の電子メールに一通のコメントが届いた。ホームページのコメント欄にコメントを残すと僕の電子メールに送られる、そんな仕組みになっていた。
『お久しぶりです。あかねです。覚えていますか?』
こころがざわついた。あかねからのメールだ。いったい何故こんなところに? あれからどうしているんだろうか。元気にやれているんだろうか。
僕はあかねのメールアドレスに返信をした。
『久しぶりだね! 元気?』
気になることは沢山あったけど、その気になることの全てが聞いてはいけないような気がした。
『たかお君、どおしてるかなーって名前を検索したらバンドのホームページを見つけて。すごいね、まだ頑張ってるんだ』
あかねからの返信はすぐに返ってきた。
あれから、と打ち込もうとして指を止める。前回、あかねと会ってから数年。今更蒸し返して思い出させるのも気の毒だ。こうしてメールを送って来るというのはそれだけこころにも余裕があるのだろう。返事を躊躇しているうちにまたあかねからのメール。
『来週の日曜日ヒマ? 良かったら会わない?』
こころが、掻き回される。一体今更何の用だろう。純粋に懐かしがってのことだろうか。それとも別の意図があってのことだろうか。いずれにしても、僕にはこの誘いを断ることはできなかった。自分がかつて好きだった女性。窮地に立たされても何の力にもなれなかった過去。会って、彼女の幸福を知れば自分が救われるような気がしたし、そうあって欲しかった。
あかねの言う通り来週の日曜日、あの地元のファミリーレストランで待ち合わせる約束をする。
堕胎は気の毒だったけど、破滅的な慰謝料請求という制裁がなかった分、やり直せる余地はあったはずだ。祈るような気持ちで、そう信じた。
ファミリーレストランに着き店員に待ち合わせである旨を伝えると、お連れ様の席まで案内すると言いツカツカと歩いて行く。あかねは先に来ているようだ。程なくして独りアイスコーヒーを飲んでいる女性を見つける。あかねだ。僕はその姿を見て愕然とした。
席に座ると『久しぶり』と彼女ははにかんだ。やつれたような痩せ方。髪はボサボサで所々白髪が混ざっている。久しぶり、と笑って見せた歯のひとつは僅かに欠けている。どう見ても同級生には見えない。
あの美しかったあかね。どんな人生を辿ればここまで損なわれてしまうのだろうか。
『老けたでしょ? たかお君は全然変わらないね。高校生みたい』あかねはいう。
あれから、と口にして言葉を呑んだ。何だろう、何があったんだろう。
あかねは僕の気持ちを察したのか、あれからの自身の身の上を語り始めた。
あれから、あかねは実家を飛び出してアパートを借り独り暮らしを始めた。あの事件の後、父親にことある毎に暴力を受けるようになり、そんな毎日に耐え切れなかったからだ。職を失い、上司とも別れ、子供は堕胎し、家族とも絶縁状態。強烈な孤独が彼女を襲った。彼女はぽっかりと空いたこころの隙間を埋める必要があった。
ある日、クラブで飲んでいる時に声をかけてきた男を自分のアパートに連れ込み、そこからその男と同棲生活を始めるようになる。この男は典型的なヒモでタバコ代酒代、そしてパチンコ代まで集るようになった。蓄えはみるみる減って行く。あかねはスナックで働くようになった。働いても働いても、散財して金を集るこの男との関係性は悪くなり、あかねは店の客でもある別の男と関係を持ちはじめる。やがてそれは露見することになり、あかねはヒモ男から暴力を受けた。あかねの歯が欠けたのもこの男の暴力によるものらしい。
間の悪いことに店の客は妻子持ちでヒモ男はその事実を知ると彼を揺すり始めた。法的にはあかねとヒモ男は婚姻関係にないのでヒモ男には訴える権利はないけれども、あかねの立場はまずいことになる。そんな折、あかねの二度目の妊娠が発覚する。どちらの子かは分からない。店の客はヒモ男に慰謝料を払いあかねと別れ、ヒモ男は慰謝料を貰いあかねと別れ、スナックはこの騒動が原因でクビになった。
今、あかねはこの父親の分からない子供の母親として、風俗で身体を売りながら生計を立てているらしい。
『この間もね、ハゲでデブなおっさんと八千円余分にもらって本番したの。笑っちゃうでしょ?』あかねはいう。
笑えるはずもない。学生時代、どんなに触れたくても触れられなかった存在が、下らない男達に凌辱されていく。あかねは何処で間違えてしまったのだろう。
『何故、連絡してこなかった、どのタイミングでもいい、ぐちゃぐちゃになる前に俺で妥協しておけば良かったじゃないか』僕はいった。
『妥協だなんて……ただ、たかお君は木崎君の親友だったから考えられなかった。影がちらつくというか……』そう答えた。
どこまで行ってもあかねは木崎、木崎なんだな、僕はため息を吐いた。
ところで、とあかねはいう。
『今日は相談があって来たの。今度、うちの子が保育園に入園することになって。それで、園児服やら入園費やら色々お金が必要になって……』あかねは切り出した。お金の無心だ。
『それで、少しお金を貸して欲しいな、と思って。勿論、お礼に何でもするから。お礼にもならないかも知れないけど……』そう言ってあかねは僕の手を握る。
悲しかった。金の無心をされたことが悲しかったわけじゃない。躊躇なく簡単に売春に結論を見出してしまう、あかねのこころの短絡が悲しかった。そしてその短絡には数多くの訓練の跡が見てとれた。あかねにとって性交はもはや恋愛と同一線上に無い。先程『あり得ない』といった男にまで身体を差し出そうとするのだから。
『いくら必要?』と聞くと『五万円くらいあれば助かるんだけど』と答える。
僕はあかねの手を握り返して、今は手持ちがないから後日振り込む旨を告げた。
『メールで口座番号、送って置いて。あと、このお金は返さなくてなくいいから。少し遅れたけれど、出産祝いだと思ってもらって置いて』
僕がそう言うとあかねは、ありがとう、ありがとう、を繰り返し涙を流した。正直にいえば今からコンビニに行けば、ATMでお金を下ろせなくもない。ただ、そうするとこのままあかねを抱かないといけないような気がした。この女を抱く男は、この女の人生ごと抱きしめる男であって欲しいし、彼女のいる僕にそれは出来ないことだった。
あかねが泣き止むのを待ち僕らはファミリーレストランを後にした。彼女は駅まで僕を送り、よろしくお願いします、といった。
家路に向かう列車の窓を流れる景色を眺めながら、僕はあかねと上司の事を想った。それからあかねとヒモ男、あかねと店の客、そして、あかねとハゲでデブのおっさんの事。木崎の事。あかねは何処で間違えたのだろう。家に着いたら強かに酒を飲もうと思った」
「そのあかねさんには申し訳ないけどさ、これもあるっちゃーある話だよね。まあ、あたしはなんかは取られた口だけどね、なーんつて、ガハハハハ、ハハハハハ、はぁ……」
自虐的な言葉で笑いを誘う。みどりらしい気遣いで少しだけ気持ちが和らいだ。生ビールを一口だけ飲む。
「それから数年、時は経った。僕は大学を辞め、本格的にバンド活動を始めた。アルバイトをしながらライブをこなし、少しずつファンも増えていき、ライブハウスからの評判も悪くはなかった。
パソコンに詳しいメンバーが立ち上げたバンドのホームページに、活動報告、ちょっとした面白話や日常を書くのが僕の役割でそちらもまずまずの評判、僕らの活動は順調だった。
ある日、僕の電子メールに一通のコメントが届いた。ホームページのコメント欄にコメントを残すと僕の電子メールに送られる、そんな仕組みになっていた。
『お久しぶりです。あかねです。覚えていますか?』
こころがざわついた。あかねからのメールだ。いったい何故こんなところに? あれからどうしているんだろうか。元気にやれているんだろうか。
僕はあかねのメールアドレスに返信をした。
『久しぶりだね! 元気?』
気になることは沢山あったけど、その気になることの全てが聞いてはいけないような気がした。
『たかお君、どおしてるかなーって名前を検索したらバンドのホームページを見つけて。すごいね、まだ頑張ってるんだ』
あかねからの返信はすぐに返ってきた。
あれから、と打ち込もうとして指を止める。前回、あかねと会ってから数年。今更蒸し返して思い出させるのも気の毒だ。こうしてメールを送って来るというのはそれだけこころにも余裕があるのだろう。返事を躊躇しているうちにまたあかねからのメール。
『来週の日曜日ヒマ? 良かったら会わない?』
こころが、掻き回される。一体今更何の用だろう。純粋に懐かしがってのことだろうか。それとも別の意図があってのことだろうか。いずれにしても、僕にはこの誘いを断ることはできなかった。自分がかつて好きだった女性。窮地に立たされても何の力にもなれなかった過去。会って、彼女の幸福を知れば自分が救われるような気がしたし、そうあって欲しかった。
あかねの言う通り来週の日曜日、あの地元のファミリーレストランで待ち合わせる約束をする。
堕胎は気の毒だったけど、破滅的な慰謝料請求という制裁がなかった分、やり直せる余地はあったはずだ。祈るような気持ちで、そう信じた。
ファミリーレストランに着き店員に待ち合わせである旨を伝えると、お連れ様の席まで案内すると言いツカツカと歩いて行く。あかねは先に来ているようだ。程なくして独りアイスコーヒーを飲んでいる女性を見つける。あかねだ。僕はその姿を見て愕然とした。
席に座ると『久しぶり』と彼女ははにかんだ。やつれたような痩せ方。髪はボサボサで所々白髪が混ざっている。久しぶり、と笑って見せた歯のひとつは僅かに欠けている。どう見ても同級生には見えない。
あの美しかったあかね。どんな人生を辿ればここまで損なわれてしまうのだろうか。
『老けたでしょ? たかお君は全然変わらないね。高校生みたい』あかねはいう。
あれから、と口にして言葉を呑んだ。何だろう、何があったんだろう。
あかねは僕の気持ちを察したのか、あれからの自身の身の上を語り始めた。
あれから、あかねは実家を飛び出してアパートを借り独り暮らしを始めた。あの事件の後、父親にことある毎に暴力を受けるようになり、そんな毎日に耐え切れなかったからだ。職を失い、上司とも別れ、子供は堕胎し、家族とも絶縁状態。強烈な孤独が彼女を襲った。彼女はぽっかりと空いたこころの隙間を埋める必要があった。
ある日、クラブで飲んでいる時に声をかけてきた男を自分のアパートに連れ込み、そこからその男と同棲生活を始めるようになる。この男は典型的なヒモでタバコ代酒代、そしてパチンコ代まで集るようになった。蓄えはみるみる減って行く。あかねはスナックで働くようになった。働いても働いても、散財して金を集るこの男との関係性は悪くなり、あかねは店の客でもある別の男と関係を持ちはじめる。やがてそれは露見することになり、あかねはヒモ男から暴力を受けた。あかねの歯が欠けたのもこの男の暴力によるものらしい。
間の悪いことに店の客は妻子持ちでヒモ男はその事実を知ると彼を揺すり始めた。法的にはあかねとヒモ男は婚姻関係にないのでヒモ男には訴える権利はないけれども、あかねの立場はまずいことになる。そんな折、あかねの二度目の妊娠が発覚する。どちらの子かは分からない。店の客はヒモ男に慰謝料を払いあかねと別れ、ヒモ男は慰謝料を貰いあかねと別れ、スナックはこの騒動が原因でクビになった。
今、あかねはこの父親の分からない子供の母親として、風俗で身体を売りながら生計を立てているらしい。
『この間もね、ハゲでデブなおっさんと八千円余分にもらって本番したの。笑っちゃうでしょ?』あかねはいう。
笑えるはずもない。学生時代、どんなに触れたくても触れられなかった存在が、下らない男達に凌辱されていく。あかねは何処で間違えてしまったのだろう。
『何故、連絡してこなかった、どのタイミングでもいい、ぐちゃぐちゃになる前に俺で妥協しておけば良かったじゃないか』僕はいった。
『妥協だなんて……ただ、たかお君は木崎君の親友だったから考えられなかった。影がちらつくというか……』そう答えた。
どこまで行ってもあかねは木崎、木崎なんだな、僕はため息を吐いた。
ところで、とあかねはいう。
『今日は相談があって来たの。今度、うちの子が保育園に入園することになって。それで、園児服やら入園費やら色々お金が必要になって……』あかねは切り出した。お金の無心だ。
『それで、少しお金を貸して欲しいな、と思って。勿論、お礼に何でもするから。お礼にもならないかも知れないけど……』そう言ってあかねは僕の手を握る。
悲しかった。金の無心をされたことが悲しかったわけじゃない。躊躇なく簡単に売春に結論を見出してしまう、あかねのこころの短絡が悲しかった。そしてその短絡には数多くの訓練の跡が見てとれた。あかねにとって性交はもはや恋愛と同一線上に無い。先程『あり得ない』といった男にまで身体を差し出そうとするのだから。
『いくら必要?』と聞くと『五万円くらいあれば助かるんだけど』と答える。
僕はあかねの手を握り返して、今は手持ちがないから後日振り込む旨を告げた。
『メールで口座番号、送って置いて。あと、このお金は返さなくてなくいいから。少し遅れたけれど、出産祝いだと思ってもらって置いて』
僕がそう言うとあかねは、ありがとう、ありがとう、を繰り返し涙を流した。正直にいえば今からコンビニに行けば、ATMでお金を下ろせなくもない。ただ、そうするとこのままあかねを抱かないといけないような気がした。この女を抱く男は、この女の人生ごと抱きしめる男であって欲しいし、彼女のいる僕にそれは出来ないことだった。
あかねが泣き止むのを待ち僕らはファミリーレストランを後にした。彼女は駅まで僕を送り、よろしくお願いします、といった。
家路に向かう列車の窓を流れる景色を眺めながら、僕はあかねと上司の事を想った。それからあかねとヒモ男、あかねと店の客、そして、あかねとハゲでデブのおっさんの事。木崎の事。あかねは何処で間違えたのだろう。家に着いたら強かに酒を飲もうと思った」
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