ドント・フォーゲット・トゥ・キャッチミー

ロム猫

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人殺し

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 ひと通り話し終えた。みどりは押し黙っている。涙ぐんでいるようにも見える。何を想っているのだろう。
 僕は彼女の言葉を待った。どんな感想もどんな意見も受け入れるつもりでいた。けれども沈黙は無慈悲な程続く。
 「正直、たかお君は悪くないと思うけど……」
 ようやくみどりが口を開いた。
 「ごめん……上手く言えない……。先に部屋に戻ってる。わたしがいいと言うまで戻って来ないで。ごめんね」
 そういうと、彼女はそそくさと荷物を手にし席を立った。
 「たかお君はね、悪くないと思うよ」
 去り際にもう一度念を押す。彼女の優しさにこころを委ねたい気持ちになる。
 「うん、分かったよ。ありがとう」
 僕がそう言うと彼女は足速に店を出て行った。みどりはどう感じたのだろう。みどりの隠し事は一体何なのだろう。焼酎のロックを注文する。
——悪手ね。あなた本当にそれで上手く行くと思ってるの?——
 あかねの声がする。分からない、そう答えたくなる。
——人のこころが分からないのね。みどりさんはね、牧師さんじゃないの。疲れて帰って来たら、約束は破られ、懺悔の告白を受ける。どう思う? それが楽しいと思うの?——
 楽しくないと思う。
——あなた五万円払ったでしょ? わたしとやっとけば良かったのよ。そうすれば木崎君に嫉妬することも無かった。たしかに見た目は悪くなったけど声は同じよ? あなたわたしのこと好きだったじゃない。あん、たかお君凄い、って喘いであげたらあなたきっと勃起を固くして射精したはずよ? いい人振るからこんなことになるの——
 やめてくれ。頼むから。
——断言してもいい。みどりさんあなたから離れていくわよ。あなたおかしいんじゃない? 人を殺したことを自慢げに話すひとと誰が一緒に居られるというの? 黙っておくものなの、そういうことは。事実、彼女帰っちゃったじゃない——
 僕は殺してない。そんなつもりじゃなかったんだ。
——あなたが殺してないと言うならそれでいいのよ? 死人に口なしだものね。いいわ、あなたは誰も殺してない。わたしが勝手に死んだだけよね? そうして苦悩してる振りして新しい獲物を探すのね。あ、犠牲者といったほうがいいかしら?——
 もう何も考えるな。何も……。
 「お待たせしました。黒霧島のロックです」
 何も考えるな、何も……。
 「お客さま? お待たせしました。ご注文の品、黒霧島のロックで間違えないですよね?」
 何も考えるな、何も……。
 「お客さま? 大丈夫ですか?」
 店員に肩を叩かれて我に帰る。焼酎のロックを運んでくれたようだ。ああ、ありがとう、と言葉を返す。失礼します、と店員は訝しげな表情を見せ去っていく。こいつは人殺しだと疑っているのかも知れない。あるいは、不可抗力ですよと同情しているのかも知れない。
 焼酎のロックに口を付ける。氷の冷たさに少し遅れてトロっとした芋の香りが口の中に忍び混んでくる。ほのかな甘みと味蕾を刺してくるようなアルコールの刺激。
 自分に起きている現象を丁寧になぞることで正気を保つ。
 あかねの言う通り、みどりは帰ってしまった。呆れたのだろうか。それとも軽蔑したのだろうか。それでも彼女は「たかお君は悪くない」と言ってくれた。今はその言葉に縋り付きたい。
 自分に都合良く考えれば「わたしがいいと言うまで戻ってこないで」というのはみどりが彼女の隠し事をどう伝えればいいかと整理したいからとも取れる。何故あのCDを持っているのか。何故僕を知っていたことを黙っていたのか。
 僕は彼女がどんな意図を持っていたとしてもそれを受け入れられると思う。むしろ問題は彼女が僕のことをどう思ったかだ。
 あかねの死を知って以来、僕は「求める」ことを止めた。期待したり希望を持ったり、つまり人生におけるポジティブな響きを含むような態度から自らを遠ざけた。
 みどりと出会った日、彼女の自棄に触れた。何か力になれることはないかと、腹を空かせた野良犬のように卑しく嗅ぎまわった。あかねを救えなかった自分の絶望を救う為に。あかねを死なせた自分の姿に煙幕を張るために。
 良い人になりたかった。誰かに必要とされたかった。そうすることが僕は自分がこの世に存在してもいい免罪符になると考えていた。
 でも、今は違う。みどりのことが本当に好きだ。みどりのことを好きに想い、彼女もその想いに応えてくれる。そんな時間が増えるほどあかねはいう。おまえにそんな資格があるのか、と。おまえは人を殺しておいて自分だけ幸せになるつもりなのか、と。
 僕は自分に罰を与えているのだと思う。罪の意識から免れる為に。
 けれどそれは一体いつまで? あかねがこの世に存在していない今、誰が許しを与えてくれるというのだ。
 焼酎のロックを飲み干す。もう考えるのは止めよう。考えても答えが出ないことは、やはりいくら考えても答えは出ないのだ。
 店員さんを呼び、焼酎のロックを追加する。彼女は、かしこまりました、という。僕は追加の焼酎とみどりからの電話を待つ。それでいい。
 焼酎のおかわりを届けて貰うと同時にメールの配信音がした。みどりからだろう。
 「私たち、暫く会わない方がいいかも。勝手言ってごめんなさい。また、こちらから連絡します。それまで連絡は控えて。待っていてください。ごめんね」
 頭の中が真っ白になった。

 
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