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10 「みんなしぬ」
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カナたちは息をのむ。
タミだけは静かな目をしてユウマを見おろしていた。
声までも、ユウマは透き通って来ているようだった。
「ここから出られて次の日、警察の人に助けられた。でも誰も小さな子どものいう事は信じてくれなかった。遠い親戚が引き取ってくれることに決まったけどその後すぐに、熱が出て下がらなくなって、病院で……」
「病院で」
「たぶんあれが、しんだ、ってことだったんだとおもう」
最後の方の声は消え要らんばかりだった。
「ユウマ」
サクが耐え切れず呼びかけると、ユウマの姿がわずかに濃くなった。
「生きている人、ぼくを知ってくれてる人にしか、ここに連れて来てもらえないから、だから」
カナが前に出た。考えるより先に、ことばが先に口を突いて出る。
「今はどうでもいいよ、そんなこと。とにかく」
「えっ」
周囲が息をのむ。
一刻も早く、ここから出てこのビー玉を上に運ばなければ。
それと、みんなを地下室から救わなければ。
すでにユウマの姿はかろうじて像をむすんでいるだけだ。
ふと気が緩んだしゅんかんにつかの間、見えなくなっている。
「ダストシュートをよじ登れないかな」
カナがみんなを見渡した。
「無理だって」
ケイジがあきらめたように笑う。
「オレっち、滑り落ちた時一応踏ん張ろうとしたぜ? でも、ツルッツルだったし、下手に踏ん張って骨折るかもって」
「待てよ」
サクが遮る。
「でもさ、カナ、昔っからすげえ所よじ登ってたよな……カエルみたいに」
昔のくやしまぎれの言い方ではない、真剣な目をしていた。
「でも……」
サクは、不安げに顔をゆがめている。
「ホント、素手だと無理かも、それにその靴」
「カナちゃん、軍手」
タミが目を見開く。
「あれ使えるかも」
「そうだ!」
カナがポケットから軍手を出してみせると、サクがおお! と声を上げた。
「ゴム付いてるから、靴にも履かせて……」
無理やり伸ばしながら、できるだけ深く軍手をシューズにかぶせる。
「ハシゴとか、どうすんだ」
ケイジが辺りを見回すが、サクがこともなげに言う。
「一年の時のアレ、人間タワー? やれるかも」
「この人数で?」
ケイジが大声を上げるがすぐに
「いいねえ」
と手を打ち、すぐに壁を見て
「下がこう来て、上が……」
サクとふたり、シュミレートし始めた。
タミが地下室の鍵を、サクがビー玉の袋をカナに手渡す。
ケイジが自分のショルダーを肩から外して差し出した。
「後で絶対返せよ、高かったんだからな」
「もちろんだよ」
ふたつを大切に納めてから、たすき掛けに背負ってカナが微笑む。
「行くよ」
まず一番下にサクがタミを、ケイジがマヤを肩車した状態で壁に向かってぴたりと並んで立った。
「無理だ」
壁に寄りかかるようにしても、下が不安定過ぎた。
タミが提案する。
「マヤちゃんも下になって、三人でウチを上げて、ウチが壁に手をついたらそこにカナちゃんが」
「タミさん、一人分支えられる?」
体が誰よりもきゃしゃなタミを、サクが心配そうに見る、だがタミはけろっとしている。
「マヤちゃんが女子で一番背が高いから、つり合い的に」
「大丈夫かなあ」
「うん、あんがいウチ、頑丈だから」
タミがそう言うと、マヤも
「土台がんばるよ!」
力こぶを作った。
「慎重にな」
「せえの」
合図でサクとケイジ、マヤがスクラムを組んだ三角形にタミを載せ、ゆっくりと立ち上がる。
三角形の土台が出来あがった。タミは壁の方を向いて手をつきながら立ち上がる。
「上るね」
カナが、壁とサクの隙間から上に登る。
マヤがうっ、と声を立てたがすぐ苦しげな声で
「大丈夫、続けて」
と言った。
ぐらつきながらも、カナはタミの肩の上に乗って、天井につかえた頭を少し壁から離れた穴の方にずらす。
靴底にタミの肩の骨が感じられた。
乱暴に動いたらすぐにもぽきんと折れそうな感触だ。
カナはできるだけ小さな動きで上半身を壁面を押し付けるように、今度は壁と反対側を向いた。
みぞおちまで、穴の中に身体が入っている状態になった。
穴の内壁のあちら側に両手をつく。
思っていたようなステンレス製ではなく、ここの内壁はコンクリートのようだった。
腕を突っ張って手のひらの感触を確かめる。全く滑る様子はない。
カナは壁面の上方に手をついて肩を後ろにつけてから、軽く弾みをつけて、下半身を引き上げた。
靴にはめた軍手がくる、とわずかに歪むが、思いのほか壁に吸い付いた感がある。
態勢を整えたカナは大きく息をついて
「楽勝、すぐ戻るから」
下に声をかける、だが
「みんなしぬ」
しわがれた声にしゅんかん、身をこわばらせた。
同時にどさっと下のタワーが崩れ、悲鳴が続く。
「タミねえ!」
多分ケイジの叫びだ、しかし今は内壁に張り付くのに必死でどうにもならない。
「大丈夫? みんな!」
いったん、降りた方がいいのだろうか。しかしすぐに
「カナ、どんどん登れ!」
サクの悲痛な叫びが届いた。
「こっちは何とかする!」
声に突き動かされ、カナはぐん、と身を伸ばす……上に向かって。
タミだけは静かな目をしてユウマを見おろしていた。
声までも、ユウマは透き通って来ているようだった。
「ここから出られて次の日、警察の人に助けられた。でも誰も小さな子どものいう事は信じてくれなかった。遠い親戚が引き取ってくれることに決まったけどその後すぐに、熱が出て下がらなくなって、病院で……」
「病院で」
「たぶんあれが、しんだ、ってことだったんだとおもう」
最後の方の声は消え要らんばかりだった。
「ユウマ」
サクが耐え切れず呼びかけると、ユウマの姿がわずかに濃くなった。
「生きている人、ぼくを知ってくれてる人にしか、ここに連れて来てもらえないから、だから」
カナが前に出た。考えるより先に、ことばが先に口を突いて出る。
「今はどうでもいいよ、そんなこと。とにかく」
「えっ」
周囲が息をのむ。
一刻も早く、ここから出てこのビー玉を上に運ばなければ。
それと、みんなを地下室から救わなければ。
すでにユウマの姿はかろうじて像をむすんでいるだけだ。
ふと気が緩んだしゅんかんにつかの間、見えなくなっている。
「ダストシュートをよじ登れないかな」
カナがみんなを見渡した。
「無理だって」
ケイジがあきらめたように笑う。
「オレっち、滑り落ちた時一応踏ん張ろうとしたぜ? でも、ツルッツルだったし、下手に踏ん張って骨折るかもって」
「待てよ」
サクが遮る。
「でもさ、カナ、昔っからすげえ所よじ登ってたよな……カエルみたいに」
昔のくやしまぎれの言い方ではない、真剣な目をしていた。
「でも……」
サクは、不安げに顔をゆがめている。
「ホント、素手だと無理かも、それにその靴」
「カナちゃん、軍手」
タミが目を見開く。
「あれ使えるかも」
「そうだ!」
カナがポケットから軍手を出してみせると、サクがおお! と声を上げた。
「ゴム付いてるから、靴にも履かせて……」
無理やり伸ばしながら、できるだけ深く軍手をシューズにかぶせる。
「ハシゴとか、どうすんだ」
ケイジが辺りを見回すが、サクがこともなげに言う。
「一年の時のアレ、人間タワー? やれるかも」
「この人数で?」
ケイジが大声を上げるがすぐに
「いいねえ」
と手を打ち、すぐに壁を見て
「下がこう来て、上が……」
サクとふたり、シュミレートし始めた。
タミが地下室の鍵を、サクがビー玉の袋をカナに手渡す。
ケイジが自分のショルダーを肩から外して差し出した。
「後で絶対返せよ、高かったんだからな」
「もちろんだよ」
ふたつを大切に納めてから、たすき掛けに背負ってカナが微笑む。
「行くよ」
まず一番下にサクがタミを、ケイジがマヤを肩車した状態で壁に向かってぴたりと並んで立った。
「無理だ」
壁に寄りかかるようにしても、下が不安定過ぎた。
タミが提案する。
「マヤちゃんも下になって、三人でウチを上げて、ウチが壁に手をついたらそこにカナちゃんが」
「タミさん、一人分支えられる?」
体が誰よりもきゃしゃなタミを、サクが心配そうに見る、だがタミはけろっとしている。
「マヤちゃんが女子で一番背が高いから、つり合い的に」
「大丈夫かなあ」
「うん、あんがいウチ、頑丈だから」
タミがそう言うと、マヤも
「土台がんばるよ!」
力こぶを作った。
「慎重にな」
「せえの」
合図でサクとケイジ、マヤがスクラムを組んだ三角形にタミを載せ、ゆっくりと立ち上がる。
三角形の土台が出来あがった。タミは壁の方を向いて手をつきながら立ち上がる。
「上るね」
カナが、壁とサクの隙間から上に登る。
マヤがうっ、と声を立てたがすぐ苦しげな声で
「大丈夫、続けて」
と言った。
ぐらつきながらも、カナはタミの肩の上に乗って、天井につかえた頭を少し壁から離れた穴の方にずらす。
靴底にタミの肩の骨が感じられた。
乱暴に動いたらすぐにもぽきんと折れそうな感触だ。
カナはできるだけ小さな動きで上半身を壁面を押し付けるように、今度は壁と反対側を向いた。
みぞおちまで、穴の中に身体が入っている状態になった。
穴の内壁のあちら側に両手をつく。
思っていたようなステンレス製ではなく、ここの内壁はコンクリートのようだった。
腕を突っ張って手のひらの感触を確かめる。全く滑る様子はない。
カナは壁面の上方に手をついて肩を後ろにつけてから、軽く弾みをつけて、下半身を引き上げた。
靴にはめた軍手がくる、とわずかに歪むが、思いのほか壁に吸い付いた感がある。
態勢を整えたカナは大きく息をついて
「楽勝、すぐ戻るから」
下に声をかける、だが
「みんなしぬ」
しわがれた声にしゅんかん、身をこわばらせた。
同時にどさっと下のタワーが崩れ、悲鳴が続く。
「タミねえ!」
多分ケイジの叫びだ、しかし今は内壁に張り付くのに必死でどうにもならない。
「大丈夫? みんな!」
いったん、降りた方がいいのだろうか。しかしすぐに
「カナ、どんどん登れ!」
サクの悲痛な叫びが届いた。
「こっちは何とかする!」
声に突き動かされ、カナはぐん、と身を伸ばす……上に向かって。
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