1 / 8
小学4年
しおりを挟む
その男は小学校、四年一組の私のクラスでも話題になったことがあった。
「岸田、オマエんとこのオンボロアパート、アル中の浮浪者が住んでんだって?」
男子から半分あざけりの色がみえる顔で質問されたこともあった。
同じアパートに住んでいるソイツはゴミ屋敷のゴミ男、とも呼ばれているのは知っていた。
時折公園のベンチでビニル袋に入ったままの缶を仰向けにして飲んでいるのも見ていた。
私が住んでいるアパートは四階建て、築五〇年は経っているらしいと聞いている。
二階から降りる階段はコンクリートの灰色一色だけど、所々表面がはげ落ちて、変な色の染みがあちこち浮いている。
四×四で並ぶ郵便受けも蓋がガムテープで止めてあったり、名札が貼り重ねられたり、かなり年季が入っている。いくつかは完全に入り口がふさがれていて、住んでいるのは、よくよく行き場のない私たちみたいな人たちばかりのようだ。
友だちのところに遊びに行きたくても、なかなか誘ってもらえない。
小さい頃はもっと自由にいろんな友だちと遊んでいた気もするのだが、
「おやつ持ってきた?」
とか
「ゲームは無いの?」
とか聞かれるうちに、次第に仲間に入るのがおっくうになってきた。
それに、うちの事情も薄々知られているらしく、私に声をかけてくれるのは学校の中でだけ、という目に見えない線が引かれているような気がしていた。
放課後、家についてからいつものように母の不在を確認して、お便りや返されたテストを決められたテーブルの上に置き、以前から気になっている場所に行ってみた。
同じアパートの一階、西の端になる一〇四号室前。ゴミ男の部屋だ。
車道から一番奥まった場所で崖のすぐ脇なので日当たりは悪く、しかも隣の空き地には草が生い茂っている。
それだけでもひどいのに、ベランダ側にはいつも満杯のゴミ袋が山積みになっているのだ。
二週間ほど前、こっそり部屋の前を覗いてみたのだが、ドアが半開きになっていた。
下を見ると、ゴミ袋がはさまっているのでしっかりと戸締りされていないようだった。
今日はもう少し踏み込んでみよう、と郵便受けのある所から数歩進んで、そっとドアあたりをのぞいた。
やはり、ドアは半開きになっていた。
もしかしたら中で倒れているのでは? と気になって、足音をしのばせて近づいてみる。
ドアの隙間は前回よりも少し、広がっているようだ。
こんにちは、と小声で声をかけ、ドアノブに手をかける。
中から何か言われたら郵便が間違いで届いていた、とでも言おうか、頭を巡らせて、少し手に力を入れる。
思いのほか、ドアがすんなりと開いた。
あっと思う間もなく、中をのぞき込む格好となっていた。
誰もいる様子はない。ただ、ゴミ袋や段ボール箱、それに酒の空きビンや缶が散乱しているだけだ。部屋のつくりがうちとまったく同じだったので、数歩中に踏み込めばすぐに見当はつく。風呂場に続くドアも開けっ放しで、中は乾ききっているようだった。
「おい何のぞいてんだよ」
急に背後からかけられた声に、私は文字通り飛び上がった。
逆光に見えた影は髪がボサボサでかなりの上背だ。
とっさに身を低くして彼の脇をすり抜けるように外に飛び出し、そのままアパートの敷地を突っ切って逃げた。
同じアパートに住んでいるとばれたらどうしよう、それしか頭になかった。
顔を見られていただろうか、よく見かけると気づかれるだろうか、警察に連絡するだろうか、心配ごとは尽きない。
訊いた口調が、どことなく面白がっている風だったな、とずいぶん後になって気がついた。
「岸田、オマエんとこのオンボロアパート、アル中の浮浪者が住んでんだって?」
男子から半分あざけりの色がみえる顔で質問されたこともあった。
同じアパートに住んでいるソイツはゴミ屋敷のゴミ男、とも呼ばれているのは知っていた。
時折公園のベンチでビニル袋に入ったままの缶を仰向けにして飲んでいるのも見ていた。
私が住んでいるアパートは四階建て、築五〇年は経っているらしいと聞いている。
二階から降りる階段はコンクリートの灰色一色だけど、所々表面がはげ落ちて、変な色の染みがあちこち浮いている。
四×四で並ぶ郵便受けも蓋がガムテープで止めてあったり、名札が貼り重ねられたり、かなり年季が入っている。いくつかは完全に入り口がふさがれていて、住んでいるのは、よくよく行き場のない私たちみたいな人たちばかりのようだ。
友だちのところに遊びに行きたくても、なかなか誘ってもらえない。
小さい頃はもっと自由にいろんな友だちと遊んでいた気もするのだが、
「おやつ持ってきた?」
とか
「ゲームは無いの?」
とか聞かれるうちに、次第に仲間に入るのがおっくうになってきた。
それに、うちの事情も薄々知られているらしく、私に声をかけてくれるのは学校の中でだけ、という目に見えない線が引かれているような気がしていた。
放課後、家についてからいつものように母の不在を確認して、お便りや返されたテストを決められたテーブルの上に置き、以前から気になっている場所に行ってみた。
同じアパートの一階、西の端になる一〇四号室前。ゴミ男の部屋だ。
車道から一番奥まった場所で崖のすぐ脇なので日当たりは悪く、しかも隣の空き地には草が生い茂っている。
それだけでもひどいのに、ベランダ側にはいつも満杯のゴミ袋が山積みになっているのだ。
二週間ほど前、こっそり部屋の前を覗いてみたのだが、ドアが半開きになっていた。
下を見ると、ゴミ袋がはさまっているのでしっかりと戸締りされていないようだった。
今日はもう少し踏み込んでみよう、と郵便受けのある所から数歩進んで、そっとドアあたりをのぞいた。
やはり、ドアは半開きになっていた。
もしかしたら中で倒れているのでは? と気になって、足音をしのばせて近づいてみる。
ドアの隙間は前回よりも少し、広がっているようだ。
こんにちは、と小声で声をかけ、ドアノブに手をかける。
中から何か言われたら郵便が間違いで届いていた、とでも言おうか、頭を巡らせて、少し手に力を入れる。
思いのほか、ドアがすんなりと開いた。
あっと思う間もなく、中をのぞき込む格好となっていた。
誰もいる様子はない。ただ、ゴミ袋や段ボール箱、それに酒の空きビンや缶が散乱しているだけだ。部屋のつくりがうちとまったく同じだったので、数歩中に踏み込めばすぐに見当はつく。風呂場に続くドアも開けっ放しで、中は乾ききっているようだった。
「おい何のぞいてんだよ」
急に背後からかけられた声に、私は文字通り飛び上がった。
逆光に見えた影は髪がボサボサでかなりの上背だ。
とっさに身を低くして彼の脇をすり抜けるように外に飛び出し、そのままアパートの敷地を突っ切って逃げた。
同じアパートに住んでいるとばれたらどうしよう、それしか頭になかった。
顔を見られていただろうか、よく見かけると気づかれるだろうか、警察に連絡するだろうか、心配ごとは尽きない。
訊いた口調が、どことなく面白がっている風だったな、とずいぶん後になって気がついた。
10
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる