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小学4年
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その男は小学校、四年一組の私のクラスでも話題になったことがあった。
「岸田、オマエんとこのオンボロアパート、アル中の浮浪者が住んでんだって?」
男子から半分あざけりの色がみえる顔で質問されたこともあった。
同じアパートに住んでいるソイツはゴミ屋敷のゴミ男、とも呼ばれているのは知っていた。
時折公園のベンチでビニル袋に入ったままの缶を仰向けにして飲んでいるのも見ていた。
私が住んでいるアパートは四階建て、築五〇年は経っているらしいと聞いている。
二階から降りる階段はコンクリートの灰色一色だけど、所々表面がはげ落ちて、変な色の染みがあちこち浮いている。
四×四で並ぶ郵便受けも蓋がガムテープで止めてあったり、名札が貼り重ねられたり、かなり年季が入っている。いくつかは完全に入り口がふさがれていて、住んでいるのは、よくよく行き場のない私たちみたいな人たちばかりのようだ。
友だちのところに遊びに行きたくても、なかなか誘ってもらえない。
小さい頃はもっと自由にいろんな友だちと遊んでいた気もするのだが、
「おやつ持ってきた?」
とか
「ゲームは無いの?」
とか聞かれるうちに、次第に仲間に入るのがおっくうになってきた。
それに、うちの事情も薄々知られているらしく、私に声をかけてくれるのは学校の中でだけ、という目に見えない線が引かれているような気がしていた。
放課後、家についてからいつものように母の不在を確認して、お便りや返されたテストを決められたテーブルの上に置き、以前から気になっている場所に行ってみた。
同じアパートの一階、西の端になる一〇四号室前。ゴミ男の部屋だ。
車道から一番奥まった場所で崖のすぐ脇なので日当たりは悪く、しかも隣の空き地には草が生い茂っている。
それだけでもひどいのに、ベランダ側にはいつも満杯のゴミ袋が山積みになっているのだ。
二週間ほど前、こっそり部屋の前を覗いてみたのだが、ドアが半開きになっていた。
下を見ると、ゴミ袋がはさまっているのでしっかりと戸締りされていないようだった。
今日はもう少し踏み込んでみよう、と郵便受けのある所から数歩進んで、そっとドアあたりをのぞいた。
やはり、ドアは半開きになっていた。
もしかしたら中で倒れているのでは? と気になって、足音をしのばせて近づいてみる。
ドアの隙間は前回よりも少し、広がっているようだ。
こんにちは、と小声で声をかけ、ドアノブに手をかける。
中から何か言われたら郵便が間違いで届いていた、とでも言おうか、頭を巡らせて、少し手に力を入れる。
思いのほか、ドアがすんなりと開いた。
あっと思う間もなく、中をのぞき込む格好となっていた。
誰もいる様子はない。ただ、ゴミ袋や段ボール箱、それに酒の空きビンや缶が散乱しているだけだ。部屋のつくりがうちとまったく同じだったので、数歩中に踏み込めばすぐに見当はつく。風呂場に続くドアも開けっ放しで、中は乾ききっているようだった。
「おい何のぞいてんだよ」
急に背後からかけられた声に、私は文字通り飛び上がった。
逆光に見えた影は髪がボサボサでかなりの上背だ。
とっさに身を低くして彼の脇をすり抜けるように外に飛び出し、そのままアパートの敷地を突っ切って逃げた。
同じアパートに住んでいるとばれたらどうしよう、それしか頭になかった。
顔を見られていただろうか、よく見かけると気づかれるだろうか、警察に連絡するだろうか、心配ごとは尽きない。
訊いた口調が、どことなく面白がっている風だったな、とずいぶん後になって気がついた。
「岸田、オマエんとこのオンボロアパート、アル中の浮浪者が住んでんだって?」
男子から半分あざけりの色がみえる顔で質問されたこともあった。
同じアパートに住んでいるソイツはゴミ屋敷のゴミ男、とも呼ばれているのは知っていた。
時折公園のベンチでビニル袋に入ったままの缶を仰向けにして飲んでいるのも見ていた。
私が住んでいるアパートは四階建て、築五〇年は経っているらしいと聞いている。
二階から降りる階段はコンクリートの灰色一色だけど、所々表面がはげ落ちて、変な色の染みがあちこち浮いている。
四×四で並ぶ郵便受けも蓋がガムテープで止めてあったり、名札が貼り重ねられたり、かなり年季が入っている。いくつかは完全に入り口がふさがれていて、住んでいるのは、よくよく行き場のない私たちみたいな人たちばかりのようだ。
友だちのところに遊びに行きたくても、なかなか誘ってもらえない。
小さい頃はもっと自由にいろんな友だちと遊んでいた気もするのだが、
「おやつ持ってきた?」
とか
「ゲームは無いの?」
とか聞かれるうちに、次第に仲間に入るのがおっくうになってきた。
それに、うちの事情も薄々知られているらしく、私に声をかけてくれるのは学校の中でだけ、という目に見えない線が引かれているような気がしていた。
放課後、家についてからいつものように母の不在を確認して、お便りや返されたテストを決められたテーブルの上に置き、以前から気になっている場所に行ってみた。
同じアパートの一階、西の端になる一〇四号室前。ゴミ男の部屋だ。
車道から一番奥まった場所で崖のすぐ脇なので日当たりは悪く、しかも隣の空き地には草が生い茂っている。
それだけでもひどいのに、ベランダ側にはいつも満杯のゴミ袋が山積みになっているのだ。
二週間ほど前、こっそり部屋の前を覗いてみたのだが、ドアが半開きになっていた。
下を見ると、ゴミ袋がはさまっているのでしっかりと戸締りされていないようだった。
今日はもう少し踏み込んでみよう、と郵便受けのある所から数歩進んで、そっとドアあたりをのぞいた。
やはり、ドアは半開きになっていた。
もしかしたら中で倒れているのでは? と気になって、足音をしのばせて近づいてみる。
ドアの隙間は前回よりも少し、広がっているようだ。
こんにちは、と小声で声をかけ、ドアノブに手をかける。
中から何か言われたら郵便が間違いで届いていた、とでも言おうか、頭を巡らせて、少し手に力を入れる。
思いのほか、ドアがすんなりと開いた。
あっと思う間もなく、中をのぞき込む格好となっていた。
誰もいる様子はない。ただ、ゴミ袋や段ボール箱、それに酒の空きビンや缶が散乱しているだけだ。部屋のつくりがうちとまったく同じだったので、数歩中に踏み込めばすぐに見当はつく。風呂場に続くドアも開けっ放しで、中は乾ききっているようだった。
「おい何のぞいてんだよ」
急に背後からかけられた声に、私は文字通り飛び上がった。
逆光に見えた影は髪がボサボサでかなりの上背だ。
とっさに身を低くして彼の脇をすり抜けるように外に飛び出し、そのままアパートの敷地を突っ切って逃げた。
同じアパートに住んでいるとばれたらどうしよう、それしか頭になかった。
顔を見られていただろうか、よく見かけると気づかれるだろうか、警察に連絡するだろうか、心配ごとは尽きない。
訊いた口調が、どことなく面白がっている風だったな、とずいぶん後になって気がついた。
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