他者

九重智

文字の大きさ
6 / 19

第六話

しおりを挟む
 Kいわく、中学のころ彼はジョークと嘘を学んだらしい。彼は絵に興味がなくなって(もしくは嫌気がさして)、そのかわりテレビ、アニメ、漫画やゲームを好んだという。しかしこの好みとやらはどうやら戦略上の趣向であったらしくて(実際、僕はそうだとは思わない、彼は自分を賢く、理性的な人間であると思いたがる節があった、それだから僕は彼が純粋にそういうものに惹かれていたと思っている)、人との会話のネタに汎用なものを選んでいた。彼の言う権威のマントを着ないかわりにユーモアな社交性を身につけていった。
 彼はある法律バラエティーの関西司会者の語り口に注目した。それは彼が思うもっとも面白い人物で、真似することはなくとも話の組み立てやら導入の仕方やらを観察した(この観察というのも嫌な言い方だ、人間そんな真面目に観察する情熱があるのだろうか、あるのだとしたらそれはある種の天才だけではないか)。彼はその観察のうちに人と円滑なコミュニケーションを保つためにはジョークと嘘が必須だと知ったわけだ。ユーモアという明るいものにかかればその影の、誇大なジョークや無害な嘘は暗黙のうちに許されるのだという。
 彼は嘘とジョークについてこんな風に語った。
「いいか、嘘もジョークもリアルとフィクションの塩梅が大事なんだ。それは別にバレないためってわけじゃない。いやもちろんバレるのは良くない。そのあとの話が全部うさん臭くなってしまう。それは下手な嘘だ。良い嘘とか良いジョークは、すこし大袈裟とか、ありそうだと思わせるぐらいが大事なんだ。人と違う視点で切り込んでやる、そしてちょっと自虐も入れる、そうすると人はいいぐらいに話に集中して、もう本当かどうかは関係なくなるんだ。それが一番いいんだ。笑ってハイ終わり、ちょっとフィクションなものが人は好きなんだな」
 僕はあまり嘘ででっちあげてまで人の注目をとろうとは思わなかった。だから彼の助言も僕には無用で、まあそれは僕がどちらかというとツッコミ役だったこともあるかもしれない。
 Kの助言がどれほど有益なのか僕は知らない。しかし彼は自分で言うほど嘘もジョークも上手くなかった。いやジョークはまだよかったが、嘘は粗があった。僕が何かしら質問をいくつかすると、彼にはささくれができた。精彩を欠き、矛盾とはいえないまでも些細な不透明な部分ができ、さらにそこを訊くと彼は困惑した声でまた新たなささくれをつくった。完璧な嘘は存在しないし、こちらが流されなければ彼の嘘はもたなかった。
 中学のあいだ、僕は真面目な学生だった。ただ真面目すぎることもなかった。学んだことというのもKのようにはっきりしていない。僕はきっと中学を通じて何かを学んだのだろうが、それは靄がかって輪郭などわかりはしない。たとえば僕は中学のときにはじめて女子に告白した。しかしそれから僕は何を得たのだろう。彼女は僕が恋人にふさわしくない理由を曖昧に答えた。僕自体にはそれほどの嫌悪はないが、何か決め手に欠けるのだろう。それはほとんど相性のようなものだ。
 相性は恐ろしいほど残酷だ。一方が相手を好きでももう一方はそうでないことが往々にしてある。そうなると恋は実りにくい。どちらかが自分が好きな相手から拒絶される経験を得る。相性は残酷故に重大な観念だった、その残酷さに出逢うことで人々は自らを磨く習慣ができるのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

マグカップ

高本 顕杜
大衆娯楽
マグカップが割れた――それは、亡くなった妻からのプレゼントだった 。 龍造は、マグカップを床に落として割ってしまった。そのマグカップは、病気で亡くなった妻の倫子が、いつかのプレゼントでくれた物だった。しかし、伸ばされた手は破片に触れることなく止まった。  ――いや、もういいか……捨てよう。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...