16 / 19
第十六話
しおりを挟む
内容を覚えていたぶん、目覚めは前ほど悪くなかった。結局原因のわからない不機嫌よりそうでないほうが解決しやすい。とくに今朝は彼女が朝食をつくってくれたからそれだけで気持ちは持ち直せた。
彼女はスクランブルエッグをつくってくれていた。いつも僕がつくるのとおなじメニューだが作り手が変わると味もちがった。僕はときおり食べる彼女のスクランブルエッグと焼きたてのパンが好きだった。
僕は彼女に礼を言った。彼女は微笑んでこう返した。
「いいの。今日は大事な日でしょ。貴方が私と付き合うことでKさんとの時間をうばったところもあると思うからそのお詫び」
「そんなことないよ」
と僕は言った。「それに」
「それに僕とKは君と付き合う前から関係が崩れかけていたんだ。いま考えるとね」
「そうなの? よく話に出てなかったっけ、彼」
「いま考えると、だよ。まあ暗い話はよそうよ、はやく食べたいな」
結局、彼女は僕に連いてこなかった。説得したが、彼女はもうすでに女友達と予定しているらしかった。僕は仕方なく一人で彼のいたところへ訪れた。
彼の住んでいた実家はここから車で三十分もかからないところにあった。それははじめて知ったことだ。僕は彼の実家まで彼を送ったことはあったがこれほど近い距離という記憶がなかった。
そういえばKが車を運転するのを僕はほとんど見たことがない。Kは僕よりはやく免許をとったくせに頑ななペーパードライバーだった。Kは運転のときの細かく素早い判断が苦手だと言った。僕は慣れれば大丈夫だとそう返した。
Kの家は仔細な部分に目をつむれば彼が住んでいたときと変わりがなかった。といっても僕はその家のなかに入ったことがない。そもそも僕は彼の家に入りたいと思ったこともなかった。実家ということは両親がいるわけで、わざわざ人の親に気をつかいたくはなかった。
三階建ての家、たしかここの一階はKの父親の事務所で、Kは外階段を上り二階から帰宅したのを覚えている。僕はその記憶にならって二階に上った。チャイムを押す、しばらくして人が玄関に歩み寄る音が聴こえた。僕はおどろいた。表札がなかったから、てっきり誰もいないのだと思っていた。Kの両親はもう他界しているという話を聞いていた。
鍵を開けたのは僕が想像していたよりもっと若い人だった。若い、といっても僕より年上で、もう四十代にさしかかったような男だった。僕はここに来た経緯を語り、男はKの従兄であることを名乗った。
「あがっていきますか」
そう言われて僕はKの部屋に向かった。
彼女はスクランブルエッグをつくってくれていた。いつも僕がつくるのとおなじメニューだが作り手が変わると味もちがった。僕はときおり食べる彼女のスクランブルエッグと焼きたてのパンが好きだった。
僕は彼女に礼を言った。彼女は微笑んでこう返した。
「いいの。今日は大事な日でしょ。貴方が私と付き合うことでKさんとの時間をうばったところもあると思うからそのお詫び」
「そんなことないよ」
と僕は言った。「それに」
「それに僕とKは君と付き合う前から関係が崩れかけていたんだ。いま考えるとね」
「そうなの? よく話に出てなかったっけ、彼」
「いま考えると、だよ。まあ暗い話はよそうよ、はやく食べたいな」
結局、彼女は僕に連いてこなかった。説得したが、彼女はもうすでに女友達と予定しているらしかった。僕は仕方なく一人で彼のいたところへ訪れた。
彼の住んでいた実家はここから車で三十分もかからないところにあった。それははじめて知ったことだ。僕は彼の実家まで彼を送ったことはあったがこれほど近い距離という記憶がなかった。
そういえばKが車を運転するのを僕はほとんど見たことがない。Kは僕よりはやく免許をとったくせに頑ななペーパードライバーだった。Kは運転のときの細かく素早い判断が苦手だと言った。僕は慣れれば大丈夫だとそう返した。
Kの家は仔細な部分に目をつむれば彼が住んでいたときと変わりがなかった。といっても僕はその家のなかに入ったことがない。そもそも僕は彼の家に入りたいと思ったこともなかった。実家ということは両親がいるわけで、わざわざ人の親に気をつかいたくはなかった。
三階建ての家、たしかここの一階はKの父親の事務所で、Kは外階段を上り二階から帰宅したのを覚えている。僕はその記憶にならって二階に上った。チャイムを押す、しばらくして人が玄関に歩み寄る音が聴こえた。僕はおどろいた。表札がなかったから、てっきり誰もいないのだと思っていた。Kの両親はもう他界しているという話を聞いていた。
鍵を開けたのは僕が想像していたよりもっと若い人だった。若い、といっても僕より年上で、もう四十代にさしかかったような男だった。僕はここに来た経緯を語り、男はKの従兄であることを名乗った。
「あがっていきますか」
そう言われて僕はKの部屋に向かった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
麗しき未亡人
石田空
現代文学
地方都市の市議の秘書の仕事は慌ただしい。市議の秘書を務めている康隆は、市民の冠婚葬祭をチェックしてはいつも市議代行として出かけている。
そんな中、葬式に参加していて光恵と毎回出会うことに気付く……。
他サイトにも掲載しております。
『大人の恋の歩き方』
設楽理沙
現代文学
初回連載2018年3月1日~2018年6月29日
―――――――
予定外に家に帰ると同棲している相手が見知らぬ女性(おんな)と
合体しているところを見てしまい~の、web上で"Help Meィィ~"と
号泣する主人公。そんな彼女を混乱の中から助け出してくれたのは
☆---誰ぁれ?----★ そして 主人公を翻弄したCoolな同棲相手の
予想外に波乱万丈なその後は? *☆*――*☆*――*☆*――*☆*
☆.。.:*Have Fun!.。.:*☆
先生の秘密はワインレッド
伊咲 汐恩
恋愛
大学4年生のみのりは高校の同窓会に参加した。目的は、想いを寄せていた担任の久保田先生に会う為。当時はフラれてしまったが、恋心は未だにあの時のまま。だが、ふとしたきっかけで先生の想いを知ってしまい…。
教師と生徒のドラマチックラブストーリー。
執筆開始 2025/5/28
完結 2025/5/30
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる