上 下
2 / 51

第2話:状況整理

しおりを挟む
 マイス・カダント。メイナス王国のとある町の商人の三男坊。家を継ぐことは期待されず、王国のどこかに就職するためガスティーヤ学園へ入学することになった人物だ。

 性格はやや粗暴。豊かな家で育ったため、少し尊大。魔法や剣術の才能はそれほど見られない。外見は、濃いめの灰色の髪にやや悪い目つき。背丈は並。

 美少女ゲーム、『茜色の空、暁の翼』においては序盤に主人公に絡んで、あっさり蹴散らされ、そのまま物語から退場するサブキャラ以下の存在。

 それが、オレの転生した人物のプロフィールだった。

 オレ自身が転生した経緯はどうもはっきり思い出せない。交通事故だったと思うんだが、なんだかぼやけている感じだ。なんというか、現代日本で過ごした記憶すら、夢かなにかだったかのように感じる。

 だが、記憶があるのは確かだ。ここがオレが若い頃、二〇〇〇年代の初めに遊びまくった美少女ゲームの世界だと言うことははっきりとわかる。当時は美少女ゲーム業界がとても賑やかで、オレもオタクの嗜みの一つとして、よく遊んでいたものだ……。

 昔を懐かしんでいる場合ではない。目下の問題は、ここが『茜色の空、暁の翼』の世界で、よりによって戦乱ルートに入ったということだ。
 
 戦乱ルートに入ったのは間違いない。なにせ、主人公が卒業式の後、一人で学園を出て行ったからな。誰かしらのヒロインルートに入っていれば、そうはいかない。

 そして、戦乱ルートを回避する手段はもう失われている。 

 学園滞在中に主人公がヒロインを決めていた場合、秋頃に学園主催の大パーティーに招かれて、そこで告白イベントが起きる。

 そこに居合わせた、隣国の要人の一人がポイントだ。
 帝国皇帝の腹心、暗黒騎士クリス。その正体は魔王。不遇な境遇にある魔族を救うため、帝国中枢にまで食い込むことに成功した努力家の魔王である。ちなみに女性で人気キャラ。

 彼女はその時点では、皇帝を傀儡にして戦乱を起こすか迷っている。人間と魔族が相容れない存在なのか決めかねているのだ。
 そこでポイントになるのが主人公君だ。実は彼、魔族と人間のハーフである。
 
 魔族のハーフが大パーティで告白して祝福を受ける。その光景を見た魔王は、戦争への道を一時保留する。
 
 ゲームとしてはそこで戦乱ルートは消え、ヒロイン個別のルートになるわけだ。

 個別ルートに入らなかった場合、このまま彼は冒険者として各地を渡り歩き、その間に魔王は皇帝を傀儡にして、北方の商業連合へ開戦する。

 そしてオレ、マイスはだいたい一年後に死ぬ。戦争で。

 その死に様は不明だ。なにせテキストで「この戦いでマイスも死んだよ。覚えてるか?」「ああ、一年生の時の……」の二行くらいで語られるだけなので。
 死亡時期も場所も不明、ただこのままだと確実に死ぬ。
 
 それが今、オレの置かれている状況である。

「……さて、どうするか」

 オレは今、メイクベという町の宿の一室にいる。
 名のある宿では無く、ワンルームくらい広さに、ベッドが一つという簡素な宿。時刻は夜で、天井には魔法のアイテムが光を放ち照明の役割を果たしている。 

 マイスは一年生の時、主人公にやられたあと、学業に身が入らずに卒業。そのまま就職先も決まらず、冒険者になったらしい。
 卒業直前、学生寮で目覚めた後、周囲に聞いたりするうちに把握できた。どうやら、実家からは見捨てられた感じらしい。

 この冒険者という立ち位置は幸運かもしれない。好きに行動できるのは、訪れる死を回避するためにあがく上で好都合だ。

 実家からの手切れだか支援金だかわからない金と装備を手に、メイクベの町にやってきたオレは、紙とペンを買い込んで宿をとった。
 
 最初にやったのは『茜色の空、暁の翼』について、思い出せる限りの情報を書き出すことだ。なにせプレイしたのは十年前、やりこんだとはいえ、記憶が怪しい。

 まずは、思い出すことだ。
 メモに書き出すことで連鎖的に記憶が蘇り、それなりの分量になった。正確性については何とも言えないが、おいおい追記することでどうにかなると思いたい。

「………さすがにイベントの日時なんて覚えてないからなぁ」

 頭をかきながら、そうぼやく。
 書かれた書類の一番上にあるのはイベントの一覧表だ。
 とはいっても、かなり曖昧な記述ではある。

1.卒業。各ヒロインはそれぞれの進路へ。主人公は冒険者になり自由行動。
2.通常、主人公はここでレベル上げやスキルを獲得するなどで成長。また、ヒロインと会って好感度を稼ぐ。
3.帝国と北方商業連合が開戦。主人公は冒険者を継続。
4.外国で戦争中も、主人公は自由行動。
5.いくつかのイベントを終えると、商業連合敗北の噂が流れる。
6.商業連合敗北。帝国が王国との国境に兵士を集め始める。
7.王国と帝国、辺境伯領で戦端が開かれる。
8.辺境伯領で激戦。王国は奮戦するも、敗退。領地に侵攻される。
9.北方からも帝国に侵入され、王国軍は敗色濃厚になる。
10.主人公、学園を拠点にした義勇軍に参加。反撃を開始する。
11.主人公を中心に王国軍が進撃。帝国を国境まで追い返す。 

「……他になにかあったかな」

 紙に書いた情報を見ながら色々思い出そうとするが、心当たりがあるのは細かいイベントばかりだ。全体の流れとしてはこれでいいはずだが。

「……ここまでに何とかしないとな」

 一人呟きながら、指し示すのは「8.辺境伯領で激戦」のところ。
 この時、王国の精鋭である辺境軍が、帝国の用意した作戦にボコボコにやられる。最悪、ヒロインの一人も死ぬ。
 更に領土深くへの侵攻を許し、そこらじゅうで散発的な戦闘が起こり、王国軍は個別撃破されるはずだ。
 多分、この時オレも死んだはず。

 なら、ここをどうにかすれば生き残る目が出るんじゃないだろうか。辺境軍が帝国軍を追い返すくらいの勝ちを拾えるのが一番いい。

 問題は、『茜色の空、暁の翼』のジャンルが、コマンド選択式RPGであることだ。大軍相手の戦闘イベントはなく、戦争はあくまでゲーム内のイベントとして処理される。
 それと、キャラクターの取得できる能力も軍隊相手にどれだけ効果が出るかも怪しい。

 オレとしては、イベントに介入して本来のストーリーを変更してしまいたいんだが、できるだろうか?

 こればかりは、わからない。幸い、細かいイベントも色々思い出したので、手段は何とか思いつくが。

「…………」

 一日で書き出した大量のゲーム攻略法。これを駆使して、何とかするしかない。せっかく転生したのに、一年足らずで死ぬのは嫌だ。

 まずは、殺されないくらい強くなろう。幸い、『茜色の空、暁の翼』は結構頑張った作りのRPGだ。キャラクターを成長させる余地は大いにある。

「よし……」

 覚悟を決めたオレは、この日最後の大仕事を行うことにした。
 心を落ち着け、小声でその言葉を呟く。

「ステータス・オープン……」

 オレの今後にとって、とても重要な言葉は、室内に空しく響いた。

「マジか……」

 どうやら、ステータスオープンのないタイプの転生をしたらしい。割と困る。どうしようか。

 本気でがっかりしながら、オレは自分の書いた書類の整理をしてから眠りについた。
しおりを挟む

処理中です...