けん者

レオナルド今井

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凍らぬ氷の都編

プロクタシア

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 ──魔物の花形が撤退した頃。街の入口では。

「仕方ないわね。あんまり魔力を使いたくないんだけど。……それ!」

 無駄遣いすると生意気な従者にお小言を言われるから、とまでは言わないが、ウザったらしいことこの上ないので魔力の使い過ぎには気を付けよう。

 そんなことを考えながら、余裕綽々な様子を見せる『操魔』を名乗る少年に魔法を飛ばす。

 命中した手応えを感じながら次の魔法を準備していると、土煙が晴れた先に人影がなかった。

「上です!」

 マキの切羽詰まる声に釣られて、真上へ防壁魔法を展開する。

 直後、奇襲を仕掛けてきた『操魔』の一撃を魔法が弾いた。

 助かった。

 口にしないまでも、最初に抱いた印象はそれだった。それくらい、相対する『操魔』は速いのだ。

 見たところ相手は魔法を受けたはずなのに、衣服の下には傷一つついていない。これは何らかの方法で魔法へ完全耐性を得ている証拠だ。

「アッハハ! へなちょこめ!」

 たじろぐ私たちを他所に、『操魔』は煽るような口調で急接近。こちらが態勢を整える前にラッシュを仕掛けてくる。

「させません!」

 間に割り込んだマキはそのまま短剣で受け止めると、そのまま超至近距離で一撃一撃が必殺となる攻撃の応酬を始めた。

 危険を冒してまで私を庇うマキの意図はただ一つ。

「悠久の時を経てなお金剛の如し! 守護神の寵愛は私たちを未来に導くだろう!」

 ただでさえ足りない魔力が生命力ごと持っていかれる感覚を覚えながらも、決してマキが稼いでくれた時間は無駄にするつもりはない。

 魔法の発動とともに私とマキを魔力の結界で包む。一方向への魔力障壁で死角を狙われるのなら全方位を守ればいい。

「『エオニア・プロクタシア』か。……へー、魔法の数だけは豊富なんだね!」

 『操魔』の嫌味を聞き流しながら間合いを取り直す。

 防壁魔法『プロクタシア』より硬いのだが、消耗が大きいうえに下位魔法ですら効果時間内に割られることなど滅多にないため不遇な魔法。なので久々に使ったのだが、我ながらいい硬度をしていると思う。

「嫌味かしら。それとも嫉妬? いずれにせよ心地がいいわ」

 先ほどまで一方的に攻撃されたのだから、次は私たちの番である。

 そもそも、装備だか体質だか知らないが、私の魔法に対して耐久力があるのなら、こちらも相手の攻撃に耐性をつけたって文句は言えないだろう。

「さあ、アンタに私の魔法を割れるかしら!」

 戦況を大きく動かされて慄いている『操魔』を、その程度だったのかと罵る。

 先ほどまで私たちにしてきた仕打ちをやり返された気分はどうだろうかと内心ワクワクしていると、隣に立つマキが肘でツンツンと押してくる。まるで普段のケンジローを見る目を向けるのは心外なので文句を言ってみると。

「……強がるのは構いませんけど、帰ったらケンジローにまたお小言を言われますよ?」

 うっ。

 確かに、これほど消耗の大きい魔法を使ったら上から目線で説教されるのは目に見えている。『お前は本当に高位の魔法使いか? 回復したそばから魔力を使い果たすなど賢者ではなく愚者ではないのか』と、宿に戻って早々痛いところを突かれるに決まっている。

「で、でも魔法使っちゃった以上どうしようもないじゃない!」

 あらゆる魔法の使い手であり、魔法使いの頂点である賢者としての判断だ。それをノータイムで頭ごなしに説教しようとするなら、その方が不遜というものだし、この国で大貴族の末裔である私にああも恐れず暴言を浴びせるのは先にも後にもケンジローくらいだろう。不敬極まりないわ。

 それはそうとして、戦闘の真っただ中にいつものノリを続けるわけにはいかない。

 補助魔法をかけた以上、接近戦でマキが倒れることもないだろうし前衛はこの子に任せよう。

「いいこと? マキはアイツの身包み全部剥ぎ取って、あわよくば耐性装備を奪ってきなさい。そしたら寒冷魔法でジワジワと追い詰めてやるわ」

「言いたいことはありますけど任されました。援護は頼みますよ」

 指示を受けたマキは、間合いを開けてこちらの次の手に備える『操魔』へと一気に駆け寄る。

 こうして、第二ラウンドが始まった。







 ──あれから、防壁魔法の効果が切れては何度か張り直して交戦していたのだが。

「ぜぇ……はぁ……。いつになったら魔力が枯れるんだあの女は」

「うぅぅ……。疲れました」

 ……うっ、吐きそう。

 マキと『操魔』が息切れして肩で息をしているなか、私は私で生命力を削ってでも魔法を使い続けた反動で身体に異常をきたし始めていた。

 しかし、地面に膝をつくマキとは違い、比較的余裕があるらしい『操魔』は息を整えては防壁越しに攻撃を加えている。防壁そのものが割れる心配はないが、このままでは日が暮れても帰れそうにない。もし宿へ戻ろうものなら街の中で暴れられるかもしれないと思うと迂闊に動けないのだ。

 膠着状態が続く中、ついに痺れを切らした『操魔』が空へ向けて一発の魔法弾を打ち上げた。

「ぜぇ……ぜぇ……。本当はやりたくなかったが、援軍を呼んださ。フハハハ! これで君たちも終わりだねぇ!」

 したり顔で煽ってくる『操魔』に、疲れすぎて怒りの感情すら湧いてこない。

 とはいえ、援軍を呼ばれるなど想定内ではあったが可能性として切るしかなかったのだ。非常にまずい。

 ここにきて、朝一番どこかへ出かけて行ったケンジローがいないことに歯噛みすることになるとは。しかも、よりにもよって援軍に呼ばれてやってきた相手の魔力が『旗槍』のものだった。

「ふむ。珍しく援軍に呼ばれてみれば、よもや貴様らであったとは。某が市場で貴様から受けた仕打ち、忘れてはおらぬぞ」

 なぁ? と、顎の下を撫でられる。

 防壁が防がなかった通り攻撃ではないのだが、それはそれで屈辱である。

「上から抹殺命令を受けて貴様らを探してみれば、霧の大賢者が魔力を切らして生命力を削っておるではないか」

 私を嘲笑う声に、私以上に怒り掴みかかろうとするマキを無言で宥める。

 今、真正面から戦ったらだめだ。絶対に死ぬ。

「ええそうよ。でも、魔力が枯れてるのはアンタも一緒でしょ?」

 あの日、森であれだけの激戦を繰り広げたのだ。生還するには相当の魔力を戦いに注いだに違いない。

 霧の都で見かけた際にも、破損した装備品を隠すためのオーラすら纏っていなかった。感知できた魔力も少量だったので痛み分けだったはずだが。

「ふむ。だからこそ、そんな貴様らにすら苦戦する同胞に落胆の念を抱かざるを得ない」

 確かに、この戦いで『操魔』に防壁を割られたことはなかった。『旗槍』には軽々と破壊されたのだが、当人としてはその辺を指摘したいのだろう。

「えぇ。消耗しきった私たちに傷一つつけられないダメ幹部よ。アンタあんなのと同僚なんて恥ずかしくないの?」

「心外だ。某とて、誇り高き妖魔教団幹部の看板をあやつ一人のせいで落とされては堪らない。同列に並べるでないぞ」

 言いながらため息をつく『旗槍』を見て、時間稼ぎのためとはいえ同情の念を抱かざるを得ない。

 そんなやり取りを、わざと聞こえるように続けていると、件の『操魔』が地団太を踏んで抗議してきた。

「全部聞こえてるぞ! ボクにかかればお前如き『旗槍』なんかいなくたって倒せるからな!」

 先ほどまで息も絶え絶えだったのにこれである。

「ふむ。……援軍として呼ばれた故、防壁の一つで割ってやろうかと考えていたが。要らぬ世話であったな」

 そう言ってこの場を去ろうとする『旗槍』に、あろうことかしがみつく『操魔』。なんかもう幹部としての威厳など微塵も感じられないのだが、しかしこのままでは唯一私たちの身を守る障壁を割られてしまうだろう。

「お、おい! 妖魔教団鉄の掟第十二条第四項、仲間の援軍には応えるべしに反するぞ!」

 『操魔』を振り払おうとする『旗槍』に、縋りつくような脅し文句を垂れる一応幹部くんだが。

「援軍に応えて馳せ参じただろう」

「……プッ」

「笑ったな⁉」

 あまりにも滑稽なやり取りにマキが思わず噴き出したようだ。

 私もギリギリのところで笑いを堪えていたので理解できるが、一応敵の目の前なのを思い出してほしい。

「ふむ。無能な同僚を虐めるのもこのくらいにしておこうか。それより」

 言いながら、雰囲気を変えた鋭い視線を向けられた。

「……貴様の仲間が一名見えぬが。息災だろうか」

 ここにいないケンジローのことらしい。

 思うところしかない男のことではあるが、一応は仲間であり怪我から回復したばかりなのだ。危険な目に遭わせるわけにはいかない。ここはアイツを巻き込まないようにしたい。

「アイツなら今日は別件で駆り出されているわ。事務仕事には見識がないけど、今回も優秀な仕事ぶりを見せてくれるんじゃないかしら」

 実際には研究所に行っているらしいが、活字に目を通すという意味ではデスクワークなのは変わらないし嘘は言ってないはず。

 というか、アイツが目を覚ました時に三日は休めと言っておいたはずだが、どうもじっとしていられないらしい。不本意ながらもう慣れた。

 今頃本の虫になっているであろうケンジローを想像していると、『旗槍』は心底残念そうにため息をついた。

「最重要抹殺対象にはケンジローが該当するのだがな。あの人間は必ずや妖魔帝君の野望に対する障害となるだろう」

 早めに処理しておきたかったが、と呟く『旗槍』の言葉に、まるで自分よりケンジローのほうが警戒度が高いような言われように複雑な気持ちになった。

「アイツ、アンタたちの間で懸賞金駆けられてたりするのかしら。だとしたらお笑いものなんだけど」

 お世辞にも戦闘力が高いとは言えない狡いだけの男に、人類にとって最大の脅威である魔物の巨大組織『妖魔教団』が目の上のたんこぶのように扱っているのが滑稽だ。

「そうさ。相対したことはないが、君たちのような中途半端な戦闘力の人間より、持てるすべてのカードを投じて出し抜こうとしてくる手合いのほうが厄介なのさ」

 『操魔』の言う通り単純な力押しが通用する人間じゃないのは確か……ではない。普通に力押しに屈するタイプの一般人だ。

 ろくに魔法が使えなければ、剣士や騎士とは比べ物にならないほど力がない。頭が回るかと思えば嫌がらせばかりに思考能力を割いては時たま痛い目を見るのだ。この前、口論の末にビンタしてやったら次の日まで頬に手形が残っていたくらいなのだから、本当にただの一般人レベルだ。

 アイツの悪知恵に救われたことは一度や二度ではないが、はっきり言って素直に褒めたくない。

「アイツの意地汚さに関しては否定しないわ。今もどこかでアンタたちを狙撃しようと、照準を定めているんじゃないかしら」

 どうせそんなことはないだろうとは思うが、目の前の幹部二人が血相を変えてキョロキョロしだすものだから面白い。

 数秒ほど辺りを見渡して、ホッとしたのか胸をなでおろす『操魔』がまたツボである。

「余計な小細工を……! 早くそいつらを始末しろよ『旗槍』」

「……某は日報に偽りは書かぬからな」

 その一言で『旗槍』の顔色を真っ青にさせながら、退屈な作業に手を付けるように私たちにかかった障壁を一撃ずつ加えて破壊した。

「前回は手を焼いたがここで幕引きだ」

 『旗槍』はというと、手にした薙刀を再び頭上へ持ち上げ、まさに渾身の一撃を叩き込もうとしている。

 『プロクタシア』は発動が間に合わないし、それ以下の防壁魔法では防壁を貫かれたうえで即死を免れないだろう。耐えきれさえすればいいのだが、これは詰んだかもしれない。

 そしたら、せめてコイツらを道連れにできる魔法を使っておこう。

 相打ちにはできないが、向こう数年は立てないほどの痛手を負わせることは可能だろう。呪詛系の魔法のいいところは術者が死んでも呪いとして効果が残ること。術者にデメリットがあるものばかりだが、殺されてしまうのなら関係ない。

 そう考えてこっそり魔法を発動。後は死を待つのみ。

「……諦めたか。では、お命頂戴する」

 薙刀が振り下ろされる音を聞き取りながら、先に亡くなった屋敷の家族たちの姿を思い浮かべる。

 唯一の生き残りなのに、家を守れなかったことをはじめ、心残りを挙げたらきりがない。

 でも、やっと会えるのかな。

 長すぎるほど最期の瞑想を続けるが、さすがに長すぎると思って目を開けた。

 すると、二名の幹部がそれぞれ片腕を失って倒れているではないか。

 その足元には、平原へと続く直線状にえぐれた地面が続いていて、途切れた方角から街を見やると見張り塔へと視線を誘導された。

 街に被害を出さないために戦いながら離れていたとはいえ、この距離であれば肉眼でも見える。レールガンを掲げて意地の悪い笑みを浮かべるケンジローの姿が。

「……へぇ。報告に違わない厄介な手合いじゃん。まずはアイツから潰しに行こうよ『旗槍』。もう無益な被害なんてどうでもいいさ」

 言いながら、消し飛ばされた腕を修復する幹部二人。

「騎士道に反するが、致し方ない」

 え、嘘。

 ケンジローに気づいたらしい幹部たちが目の色を変えたことに、恐れていた事態が現実になったのだと気づかされた。

「まずいですよ!」

 立ち上がりながらも足元がふらつくマキは、それでも必死に足を前へ突き出している。

 決断力は幹部級らしい敵二人の背中は既に小さい。

「マキ、よく聞きなさい。今から、あなたに私の覚えているすべての支援魔法をかけるわ。だからあなたは、私のことは気にせず街へ戻りなさい。これは命令よ」

 言いながら、再度『エオニア・プロクタシア』をかける。続けて『マルチブースト』と『マジックタロット』、それから疲労回復の魔法を付与。これで、よほど追い詰められない限り素早いマキが倒れる心配はない。

 こんな状況でも私を気遣って足取りが重いマキに、私はさらに続ける。

「なにも見捨てろとは言っていないわ。街を救ったら私を助けに来てちょうだい。私はここで、防壁魔法で身を守りながらマキを待っているわ」

 言いながら、マキの背中を押した。

「……わかりました。絶対に生き残ってくださいね」

「もちろんよ。まだやり残したことが山ほどあるもの」

 そう声をかけてあげると、決心がついたらしいマキが街へと駆けだした。

 そんな彼女の背中が見えなくなるのを待って、私は防壁魔法を解除した……。
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