けん者

レオナルド今井

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凍らぬ氷の都編

業と罪は報われて

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 ──ドラゴン撃退から数日後。

「安静にしてなさいって言ってるでしょ⁉ なんで言うこと聞いてくれないのよ!」

 鉱山村の村長フレイムさんの自宅で、俺たちはみっともなく口論を繰り広げていた。

「まだやるべきことが残っていたんだから仕方ないだろう」

 声を荒げるソフィアに、俺にも俺なりの考えがあってここ数日を過ごしてきたのだと反論する。

 ソフィアとの口論など今に始まったことではないが、ソフィアの言わんとすることも理解できるので非難するつもりはないが。

 では、なぜこれほどまでにソフィアが怒っているのかというと。

「アンタって本当にバカじゃないの⁉ 骨がくっついて傷がふさがっても、無くなった血が戻るわけじゃないのよ! 今朝戻ってきたときだって貧血でフラフラしてたじゃない!」

 ビシッっと指さされた俺は、確かに血が足りずにクラクラする感覚はあった。ドラゴンとの戦いで負傷した俺は、魔力切れによる失神から回復したソフィアの治療を受けた。

 骨折に内出血、それから臓器も損傷していて危険だったらしいが、ソフィアに治してもらったのだ。

「心配をかけたことはすまないと思っている。だが、どうしても気がかりなことがあって、その調査を続けていたんだ」

 気がかりなこと。それは、どうして急にドラゴンが集落を襲ったかだ。

 しかも、マキによればあのドラゴンの魔力は常に集落周辺から感じ取れていて、そのせいでほかの生き物の魔力を探るのが難しかったらしい。

「お前がいう業龍を嗾けたのがいったい誰なのか。その調査と犯人の始末を昨夜終えてきたところさ」

 怪訝そうにしながら、それでも一応は俺の言葉に耳を貸してくれるらしいソフィアに、俺はここ数日の出来事を振り返りながら報告する。







 ──一日目。

 ベッドの上で本を読んでいると、フレイム村長がお茶を持ってきてくれた。

「英雄様、お茶をお届けに参りました」

 お盆の上にお茶とお茶請けを乗せた村長は、それを近くの机に置いた。

 ソフィアに絶対安静を言い渡されている身なので、上体だけを起こして向かい合う。

「敬語を使う必要はない。所詮、俺は一介の従者に過ぎず年齢だって若いんだ」

 ですが、あなた様はこの村を救った英雄ですので。

 そう返す村長さんの言葉は無視して俺は次の言葉を発した。

「喋り方だってソフィアの従者になるというから堅苦しくしているのであって、プライベートではおふざけが好きな若造だ」

 それに比べ、この村長さんは明るく大らかでありながらきちんと村の統率を取り収益を上げている。俺が想像する理想のトップはどのタイプかと問われたら、この人のようにできる人だと答えるだろう。俺にはできない。

「……さて。かしこまったやり取りはこれくらいにしておこう。村長さん、何か相談があって来たのだろう? お茶の礼くらいは力を貸そう」

 入室時から緊張が漏れている村長さんに本題を催促する。

 ドラゴンの襲撃直後なので持ちかけられる相談など数パターンしかないだろうが、聞くまではわからない。

「ゴホホンッ! さすがはスターグリーク家にお仕えする賢者様ッ! 明快で、スピィィィディな会話が好みでしたかッ! では、単刀直入に言おうッ!」

 やっと初対面のような熱い口調に戻った村長は、ある人物について語りだした。

「これはあまり大きな声では言えないのだがッ、英雄様は貴族院に席を持っていたとある貴族をご存じですかねッ⁉」

「大きな声で言えないなら無理しなくていいっすよ」

 いけない、思わず素が出た。

 本当に大きな声では言えないのか、咳ばらいを挟んで村長さんが控えめな声で話をつづけた。

「ゴホホン」

 その個性的な咳払いは変わらないのか。

「これはあまり大きな声では言えないのだが──」

「続きから喋ってほしい」

 ウケ狙いだろうか。

 疲れが抜けきっていないので気疲れせずに助かる反面、わざわざお茶まで出すほど大事なことなら早く話してほしい。

「失礼ながら容姿が醜悪で熱血さの欠片も感じられない体型の老いた元貴族がいます。それはもう醜悪で、行いまで救いようがなかったのもあり数年前貴族院を追放された元貴族です」

 おっと。心当たりはあるが、大変遺憾ながらその醜悪なキモ族は今も貴族院に属しているはずだ。なので、ここは素直に首を横に振る。

「おや、ご存じありませんか。大事なのはこの先ですので構いませんがね。で、その元貴族はと言いますと、とある国営銀行のトップ層のポストに就いたと噂されていたのであァァる」

 天下りじゃねえか。

 というか、語尾の主張が激しくて話がイマイチ入ってこない。

「そして、その天下りした貴族だったなにかを亡き者にすればいいのか」

 少し面倒ではあるが、後ほど厄介な目に遭ったらと思うと思わず指の関節を鳴らしてしまう。

「ち、違うのである! ……ただ、ワシらの村の産業が痛い目にあわされているのである」

 真剣なまなざしで切り出された話は、要約するとこうだった。

「つまりそのおっさんはこの辺の霧国銀行のお偉方で、権益ほしさに市場を歪めて割高な自分たちの運搬馬車を使わせようとしてるってわけか」

 聞けば聞くほど野放しにするべきではない感じの人物だが、俺としてもドラゴンと戦う前にあった醜悪なおっさんだとわかった以上手を出す理由が欲しかった。

「そうなのである! 貴族院に議席を持つスターグリーク家の皆様方に頼みこむしかないのである!」

 すごい声量だ。

 それはそうと、こちらにも思うところがある相手なのは確かだ。なのだが……

「立場上、大々的にやることもこの話を承諾するわけにもいかない。……ただし、俺個人が請けるというのであれば話は別だが」

 口角を吊り上げながら、俺はそう告げた。







 ──二日目。

 昨日請けた依頼をこなすべく、仲間が寝静まった深夜に集落を徘徊していた。

 歩いて辿り着いたのはとある商会の前。

 復旧が進められている集落の中で、被害が深刻だった地区で奇跡的に残った建物だ。

「ここが霧国銀行朝靄地方局のフレイム支店だったか」

 昼間それとなく調べた情報によれば、ここ最近この集落に滞在してからというもの毎夜外を出歩いてはなにかをしているらしい。

 というわけで見張っていると、昨日会ったおっさんが情報通り建物から一人で出てきた。

 集落の内部で襲撃すると騒ぎが大きくなるだろうし、ひとまず尾行するとしよう。

 辺りは瓦礫の山になっていて、道だけが辛うじて確保されている状態なのでバレることはなかった。

 後をつけられているなど露ほども知らないであろうおっさんは、坑道には繋がっていない廃棄された洞穴へと入っていった。

 身を隠しながら様子をうかがっていると、なにやらスクロールを広げて魔法を唱え始めた。

 足元に転がっているのは盗品や遺品などだろうか。暗くてやや確認しづらいが、傷や汚れの様子からしてアレの持ち主は負の感情を抱いていることだろう。

「業を喰らいし怨嗟の龍よ。贄を糧に再び我を導きたまえ」

 あやしい詠唱は、どうやら龍にまつわるものらしい。

 もしや、昨日集落を襲ったドラゴンはコイツが呼んだのか?

 確証はもてないが、戦闘のあとソフィアと合流した際に聞かされたドラゴンの生態を考えると、今の詠唱はどうも同一の龍を指しているように聞こえてならない。

 ここにソフィアがいればどのような魔法かなど看破できるのだろう。だからと言って連れてくるわけにもいかないが。

 そんなことを考えていると、供物を捧げる儀式を終えたらしいおっさんが出てきた。

 今のうちに軽くアヤでもつけておこうか。

 集落へ先回りし、おっさんが戻ったタイミングで声をかけた。

「探しましたよ、総括本部長。さきほど、国王陛下代理より次年度予算案についての指示を受け、貴族院財務担当補佐として我々が管轄する霧国銀行の総括本部長および頭取にお話があります。夜更けではございますが、お時間をいただきます」

 なるべく声を変えるよう意識し、暗い中での変装なので俺だと見抜くのは難しかろう。

 そう考えていると、突然手を取られ揉まれた。

「おお! お待ちしておりましたぞ、財務担当補佐殿! ……さては、霧国銀行の運営予算の追加申請がおりたのでございますな?」

 暗いにもかかわらず見間違えを起こす余地のないニヤケ顔だ。

 このおっさんは怪しいと思わなかったのだろうか。いやまあ、俺がソフィアの従者ということで近々貴族院の財務担当局に所属することとなったことは事実であるが。

 さっと手を引くと、俺はなにも答えずに人のいない建物へと入った。

 俺はついてきたおっさんへ向き直ると、真剣な表情を浮かべているのを確認してしゃべりだす。

「単刀直入に言いますが、次年度より霧国銀行及び帝国が運営責任をもつすべての金融機関において、五割から八割ほどの予算を削減することとなりました」

 言い終えた瞬間、空気が凍り付いたような気がしないでもない。

 本当のことを言えば、氷が瞬間沸騰する一歩前なのか、本来なら沸くはずだった何かが恐怖のあまり凍り付いたのかはわからないが。

「お、おお、お待ちください! なぜ予算の削減など! 財務担当局は乱心されましたか!」

 掴みかかろうとしてきたおっさんは華麗にスルー。

 暗闇に扮して背後を取って、そのまま足を払って転ばせた。

「いいえ、本局は至って正常に運営されていますよ。なにせ国中の全公務員の給与を一元管理できるシステム、通称カルキュレーション・システムの構築に成功したところですし、今のところ諸外国の同類部署で一番の働きを収めていると誇っています」

 そのシステムこそ俺が構築したもので、演算魔法装置を並べて高速かつ正確な演算を行えるようにしたのだ。今はまだ一部の宮廷魔導士の協力のもとテストを終えたばかりだが、その功績を認められての出世となった。

 なので、カルキュレーション・システムの生みの親だとバレれば嫌がらせを受けそうだ。

「なっ……。ま、まさか、財務担当局ともあろう組織が、ぽっと出の怪しい装置に我々の衣食住が懸かった予算を決めさせるというのかね⁉」

 地面から起き上がりながらそう怒鳴られた。

 そんなおっさんをひとまずは宥める。

「まあまあ。話は終わっていませんって。人件費を我々で一元管理できるようになった以上、そちらに渡していた予算のうち人件費分を削減するというのは不思議な話ではないでしょう? 予算案改定前と比べてあなた方のお金は事実上変わらないのですから」

 起き上がったおっさんに詰め寄りながら言葉を続ける。

 しかし、とか、これでは、とか、反論が見つからない様子のおっさんをみて確信した。コイツは黒だ、と。

 というか、俺の言葉を聞いてまっとうなやり方をしている者なら普通は快諾してくれるのだ。なぜなら、人件費以外の予算は変わらないのに、銀行側は人件費を管理する費用を負担せずに済むのだから。

「前々から問題視されていたんですよ。本局が定める額より給与が安いという銀行局員からの苦情が」

 あぶるようにゆっくりと追い詰めていく。

「そ、そんなのは出まかせじゃ! にもかかわらずなぜ我々がそのような面倒なことをせねばならんのじゃ!」

 バカがよ。

「おや、おかしいですね。面倒ごとを負ったのはあくまで本局であり、あなた方は人件費の管理に金と手間をかけなくてよくなったんです。お得ではありませんか?」

 ボロが出だした総括本部長の発言を追及すると、目に見えて焦りだした。

 つま先の向きは、建物の外か。人は緊張すると自分が移動したい方へつま先を向けたがる習性があるらしいが、今まさにあらわになっている。

「もっとも。……予算から捻出するはずの人件費を着服し、上位のドラゴンを使って気に食わない相手へ危害を加えるような真似をする者なんかは例外でしょうがね」

 また一歩詰めながら言うと、小さい悲鳴聞こえた。

 伝わったようでなによりだ。お前の悪事は見破っているぞ、と。

 とはいえ、現状は証拠が掴めていないのでこの辺が潮時だろう。

 あくまで公務における連絡という体裁は破らない。

「ともあれ、本局は霧国銀行の朝靄地方支局へは信頼を置いています。万が一のことは起こりえないと考えておりますがね。それでは、今後ともよろしく楽します」

 あまりの震えように内心ニヤニヤしながら俺はこの場を後にした。







 ──四日目。

 一日空けたその日も夜が更けてから外へ出た。

 霧国銀行朝靄地方局のフレイム支店が寝静まったのを確認してから近づくと、二人組の見張りらしき男たちが入り口に立っていた。

「そこの者。こんな時間に何をしている」

 黒いスーツにサングラスと、公務員の護衛として広く普及しているらしい身なりの者たちだ。

 この服装の者は冒険者ではない荒くれを対策しているためやり合って勝てないはずがないが、騒ぎを起こす意味もないので穏便にすませよう。

「公務さ。総括本部長はこの時間になると決まって散歩に出ると耳にしている。貴族院関連機関所属の者として伺ったんだ」

 もっとも、昨日の違い今日はヤツを仕留めるつもりで来たのだが。

 昼間、フレイム村長に集落会の議事録やヤツに関連した記録をある分だけすべて目を通してきた。すると、驚くほど不審なカネの流れが明るみになったのだ。

 用途不明の追加予算、創設後間もなく倒産した会社に一時的に与えられた莫大な予算などは可愛いもので、綿や鉱石など一部の物品への過剰と思われる税金。そして最も気になったのは、市場管理を担う貴族院議員からの個人的な献金だ。加えて、その前後で輸入物への関税の大幅な増税を加えていたというのも引っかかった。

 あの人間性が腐ってそうな貴族院議員との癒着というだけで個人的な信用度はゼロなのだが、莫大な税金によって売上が低下した綿や綿製品がどのような因果関係に置かれているのかは当人の口からきいておきたい。

 こうした経緯から、昨日から手紙により霧の都とやり取りを続けて夕方逮捕状を入手したのだ。

 そんなこんなで二人きりで会話できないかと見張りの男らに打診していると、扉の向こうから本命の人物が出てきた。

「そ、総括本部長!」

 出てきてそうそう体を建物に押し込まれたおっさんの表情は、俺の存在に気づいた瞬間青ざめた。

 まるで鬼でも見たような反応に思わず悦に浸りそうだ。

「現在、霧国銀行朝靄地方総括本部長に国家予算横領の容疑がかかっている。身柄を確保する」

 逮捕状を突きつけると、見張りの男たちは狼狽えながらも戦う構え。一方、総括本部長はというと──

「おい逃げんな!」

 法の権力に背を向けて逃げ出した。







 すぐさま見失ってしまい辺りを探し回っていると、先日の洞穴付近で何か騒ぎが起きているのに気付いた。

 近くに身を潜めて会話を盗み聞きしてみると、聞き覚えのある声の人物と話しているようだった。

「ここは小娘の立ち入る場所ではないと何度言わせれば気が済むのじゃ!」

「そういう君こそ、こんな時間に魔物の出る場所に来て、自分で怪しいと思わないのかい?」

 一瞬だけ覗き見てみると、居たのは追っていた総括本部長と、朝靄の街で相対した……誰だっけ。顔面ウンコ娘という呼び名が脳裏をよぎった。さすがに口にはしないが。

 おっと、気がそれた。

「ことを大きくしない方がいいと思って言及しなかったけど、仕方ない。単刀直入に聞くけど、君は業龍の祭壇で何をしようとしていたんだい? まさか、業龍を再び目覚めさせて、悪事を働くつもりだったんじゃないだろうな!」

 なんだと⁉

 この総括本部長が悪事を働いていたことは気づいていたが、まさか此度の龍の件までもコイツの仕業だったのか。

 いつ突撃すべきか見定めていると、総括本部長は隠し持っていた短剣を魔物のスターに突きつけた。

「思い上がるな、小娘。貴様のような薄汚い小娘など、ワシの一存で消せるのだからな」

 うわぁ、コイツ薄汚え。

「へえ、魔物のスターであるこの僕に挑むというのかい? 君のそれは醜い蛮勇だ。しかし、僕は寛大だ。君がその悪行を自覚し反省するならば命を奪わないでやろう」

 魔物のスターはそう言うと、一枚のスクロールを読み上げる。すると、洞穴から外へ追い出すように衝撃波が発生した。

 入口近くまで吹っ飛ばされた総括本部長にバレないように後ろに下がって様子を見ると、短剣を払われた総括本部長が今度は地面に手をついて拝んでいた。

 情緒不安定なのかと内心嘲笑っていると、地面に手どころか額まで擦り付けて何かを乞い始めた。

「ま、まま、まさかこれほど強大な魔力の持ち主であったとは……! 先ほどの無礼をお許しください!」

 手のひら返したぞコイツ。

 そんな愚物にゴミを見る視線を向ける魔物のスターは、呆れた口調で切り捨てる。

「君は手に持ってるそのオモチャで人の魔力を見定めていたんだね。だから普段から魔力を漏らさない僕を見下していたんだ」

「そ、そんなことは……見下していただなんて、そんな愚かな真似はしておりませんぞ!」

 見苦しく言い訳を重ねる愚物に苛立ちすら覚えている様子の魔物のスターだが、よくまあ手を出さずに対話できているなと感心する。

 一方、既にゴミ同然の扱いを受けているなどとは露ほども思っていたいだろう愚物はなおも図々しく醜態をさらす。

「贄なら幾らでも献上する! じゃから、ワシの願いを叶えてくれ! あの、憎き貴族院の財務担当局を滅ぼしてくれ! あやつらは、ワシやワシの愛する部下たちを──何者だ!」

 とんでもないことを言い出したなと思い銃に弾を込めていると、さすがにバレてしまったようだ。

「おや、これはこれは愚物……総括本部長殿ではございませんか。夜更けにこのような場所にいては危険ですよ」

 振り向いた額に銃を突きつけて挨拶を述べる。

 どちらが優位か、さすがの愚物でも理解しただろう。

 少なくない犠牲者を出した此度の件。その犯人だと知った今、ひ弱な人間相手であろうと容赦はしない。言い訳だけ聞いてから片腕をふっ飛ばしてしまおうかと考えていると、すぐそばから声が聞こえた。

「き、君はあの時の! い、今更なにをしに来たんだ!」

 こちらを見て怯える魔物のスターにそう問いかけられた。

 逮捕状まで出ている要注意人物から視線を外すわけにもいかないので、失礼ながら声だけで会話する。

「今日は朝靄の件を持ち出そうとしているわけではない。なに、コイツには貴族院から逮捕状が出ていて、公務を執行しているだけさ。他意はない」

 一度敵対しているとはいえ、向こうから手を出してこない限り愚物の処理が優先だ。

 そう伝えるが、残念ながら信じてもらえなかったようだ。

「本当かい? 君、以前僕にしたことを忘れていないだろうね」

 怪訝そうに言われた。わからせてやってもいいのだが、依然として魔物のスターは対応優先度が低い。なぜなら。

「スター様も此奴の卑劣で外道な様をご存じだったとは! 此奴こそ滅するべき諸悪の根源なのじゃ! さあ、御力を貸してくださいますな⁉」

 もはや藁にも縋るという感じか。少しでも隙だと受け取ったらすぐさま食らいついてくるが、その様があまりにも矮小で見るに堪えない。

「貸さないよ。僕は人間の存続こそが至上だと考えているんだ。その対極を意味する殺戮に加担するつもりはないよ」

 愚物の戯言はきっぱりと切り捨てられた。ざまぁ。

 しかし、勘違いしていたことが一つ。魔物のスターはイタい上に危険だと思っていたが、思いのほかまともな感性の持ち主だったようだ。むしろ、その辺の人間より人間らしい。

 対して拒絶された愚物はというと、いまだ納得がいっていないようで。

「何が不満なのじゃ! カネか⁉ ならあとでお主が望むだけくれてやる! だから今すぐワシを助けるのじゃ!」 

 他人をよく見ていないのが容易に分かる言葉を吐く愚物。魔物のスターの様子を見るに、もう彼女の協力を得るのは不可能だろう。

「君が誰にも危害を加えたことがないなら手を貸すことも考えたさ。だけど、麓の集落を業龍に襲わせたのは、他の誰でもない君自身だろう? それに、君を待っているのは死ではなく、あくまで人間たちの司法と裁きだ。なぜ僕が人間たちのやり方に口出ししてまで君を甘やかさなければならないんだい?」

 どうやら魔物のスターはすべて知っていたうえで言い訳を聞いていたようだ。

 言い逃れできない罪を暴露され、協力も仰げないと知った愚物は項垂れるように全身の力が抜けたようだ。

「本局および我が国の司法を尊重してくれたことに感謝する」

 銃を突きつけたまま、逮捕状とともに届いた手錠で愚物の身柄を確保した。

 十数秒後。こちらを邪魔することなく見届けた魔物のスターが、気を見計らい沈黙を破る。

「君のしたことは忘れていないからな。裁判のときに証人になんかなってやらないぞ」

 それは好きにしてもらっていいのだが、相変わらず嫌われているようだ。

 まあいい、あまり時間をかけていると夜が明けてしまうし、何より眠いから愚物を留置所に預けて今日はもう寝よう。

「それで結構。では俺は街に戻る。願わくば、次に会うときも敵対せずにいたいものだ」

 なにか言いたそうな魔物のスターを置いて、愚物を引きずり帰還した。







「──つまり、今もまだ業龍の祭壇は残ってるってこと?」

 一通りの事情を聞いていったんは矛を収めてくれたソフィアは、なにか興味がそそられたような声色で話しかけてきた。

「ああ。魔物の言うことを鵜吞みにするわけじゃないから、後日お前を連れて本当に龍を召喚できる祭壇なのか調べてもらうつもりでいたんだ」

 もっとも、あの様子だと嘘をついているわけじゃなかっただろうが。

 それでも、ソフィアが検証し証人となればたとえ権力者といえど言い逃れできないだろう。

「わかったわ。どのみち、魔法がらみの事件なら立ち会わなきゃいけないし、そうでなくても強力な生物に対応した祭壇なんて珍しいしね。アンタの怪我が治ったらついてってあげる。……私の指示に背いて外へ出歩いたアンタの体が治れば、ね」

 ものすごい圧をかけられた。



 後日、全快した俺はソフィアたちを連れて件の祭壇を検証。黒だと判明した愚物がらみの記録を書類にまとめて貴族院へ郵送したのだが、これがまた面倒だった。
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