けん者

レオナルド今井

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凍らぬ氷の都編

堅氷の内側

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 ──旧霧国領北検問所付近。

 朝靄地方を発ってから数日。途中何度か地方都市で宿泊して、いよいよソフィアの故郷である旧氷国領へと入ろうとしていた。

「さすがに寒いな。……なあソフィア、この辺ってこんなに寒いのか?」

 厚手の服を着て、最上級の竜車の中にも関わらず芯まで凍てつく寒さだ。

 霧の国はかつて四つの王国に分かれていたらしいが、その中でも氷国領は北国で厳しい冬になるのだとか。

 だが、本来なら寒い思いをせずに済んだのだ。少なくとも朝靄地方を発った直後は準備も整えていたし、問題ないと考えていたのだ。

「ううん。例年通りなら……おえっ」

 例年とは違う、と言いたかったのだろう。途中でえずいたソフィアの言わんとせんことは伝わった。

「しゃべらせてごめんな、ミス・エチケット袋」

 瞬間、エチケット袋が飛んできた。

 軽くあしらうと、本気で戻しそうになったソフィアの背中をさすってやる。

「無理するな。俺も言い過ぎた」

 荷車の中から遠隔で竜車を運転するジョージさんを除き、俺たちはみんなグロッキー状態なのだ。無用な諍いは控えるべきなのだ。

 恨めしそうな眼差しのソフィアに肩を殴られるも、それくらいは甘んじて受け入れておく。

「そうですよ。今はうっぷ……た、大変うぐ……罠感知スキルに──」

「お前ら揃いも揃って年頃の女がしてはいけない顔と声しやがって」

 喋りながら器用にエチケット袋と睨めっこするマキを横からソフィアが介抱する。

 もう筆談したほうがいいのではないかと思うが、この国において紙というのはそこそこ高級品だ。特別な書類やら包装やらに使う場合などに庶民の間でも用いられるが、書いて捨てるだけに紙を使うのはいくら貴族でも憚られる。その程度には高級品なので、いくらエチケット袋のお世話になろうとも筆談という方法はリジェクトされるのだ。

 ちなみにだが、この世界にも酔い止めは存在するらしい。が、製法が複雑で量産が困難なため、めったに市場に出回らないのだとか。値段は高くないが貴重品なので、昨日泊った町で初めてみかけた。当然購入したのだが、やはり貴重ではあるので持ち帰って現代の知識で量産できないかと考えている品物なので、安易に使おうという発想には至らない。それに、万一コイツらにバレようものなら速攻で奪い取られるだろう。

 閑話休題。ゲロりそうになったマキ曰く、この先に罠があるそうだ。

「ソフィア様。この先に罠があるそうですが、進路の方は如何なさいましょう」

 唯一まともに喋れるジョージさんがソフィアに指示を仰ぐと、あくまで優美さを崩さぬよう口元を抑え、あいた手で意思疎通を試みだした。

「さようでございますか」

 どうやらボディランゲージは上手くいったらしい。俺には全然伝わらなかったが。

 内心ツッコミを入れていると、ジョージさんが今度は俺に話しかけた。

「ケンジロー殿。ソフィア様曰く、この先に魔力の壁のようなものを感じ、それが罠感知に引っかかったのかもしれないとのことだそうです。策を講じてはくれますかな?」

 なるほど、ソフィアは俺に丸投げしたのか。

 ふとソフィアへ視線を向けると、プイッっとそっぽを向かれた。

 ソフィアのドレスの隙間を狙って執拗にエチケット袋を差し込みながら、ジョージさんに了承の旨を伝えるべく親指を立てる。

 あっさりソフィアが戻したことでじゃれ合いを終えた俺は、顎に手を当てて熟考。そして、首を横へ振った。

「すまないが、その魔力を放つ壁のようなものがどういった性質を持つのか皆目見当がつかない。魔力でできた岩の壁とかなら魔法銃で穴開けて通ればいいだろうが……。そうでない場合、苦労しているうちに俺たちの食料や魔鉱石なんかの消耗品が尽きてしまうかもしれないな」

 今ならいったん引き返せる。

 もしくは、壁の正体が確認できるところまで進んでから昨夜泊った町まで戻って物資を補給するのだ。幸い、氷国領にさえ入ってしまえば氷の都までは秒読みだ。ソフィアの魔力が氷の都にあるパワースポットで回復すれば、帰りは補助系の魔法を使ってもらい楽ができるだろう。

「うっ……そうよね。わかったわ、行きましょう。お願いね、ジョージ」

 いよいよ顔色が不味くなり始めてきたソフィアの指示を受けたジョージさんが再び竜車を走らせた。



 ──しばらく吐き気と格闘していると、突然ジョージさんが竜車を止めた。

 何事かと思っていると、マキとソフィアが竜車から飛び出した。

「おいおい、いったいどうしたんだ」

 慌ただしくする女性陣に釣られて車外にでると、見上げる限りの巨大な氷の壁がそそり立っていた。







「検証が終わったわ。これはドラゴン種の魔物の魔力が含まれたものみたい」

「またドラゴンかよ、多いな本当に」

 氷の壁を調べ終えて報告してくれたソフィアの言葉に思わずそうこぼしてしまった。

「この前のドラゴンとは別の個体よ。そこは安心……できないわね」

 フレイム村のドラゴンと同一個体であろうと別個体であろうと、苦労することに変わりないので安心できないだろう。

 そう思っていたのだが、マキとソフィアは目を見合わせてからお互いに首を縦に振った。

 なにについての意思疎通だろうと考えていると、二人を代表してソフィアがこちらを向いて口を開いた。

「これほどのことができるドラゴンがいるのに、それ相応の強さを持つ生体魔力が周辺にないわ。氷の壁さえどうにかすれば問題なさそうだけれど」

 そこまで言って、ソフィアは言い淀んだ。

 そんなソフィアの言葉を補足するようにマキが引き継ぐ。

「いままで、旧氷国領は滅んだとされていたのです。音信不通だったらしいのですが、氷の壁に阻まれていたんですね。ひょっとしたら、これまで王都の使者はこの壁を超える前に寒さにやられてしまったのでしょう」

 恐ろしいなおい。

 でも、確かにこの寒波の中、しかも吹雪でも発生したら帰還も困難を極めるだろう。亡くなった方がいても不思議なことではない。

「それだけではございませぬ。氷の都との音信が途絶えて五年近く経っております故……。しかし、皆様生きておられるに違いありませぬ」

「ジョージの言うとおりね。壁の向こうでは案外みんな普通に暮らしてかもしれないわ」

 こんな状況でもソフィアとジョージさんは決して希望をなくしてはいない。

 こうなったらソフィアの気が済むまで氷の都について調査するしかない。もともと氷の都には行くつもりだったわけだしな。

「いずれにせよ、ソフィアの魔力を回復させるためにはここを越えなければいけないんだ。備蓄もあと明日いっぱいまでは持つから進もうぜ」

 だからどう突破するか考えろという意図でソフィアに振った。

 一瞬驚かれたが、魔法方面でソフィア以上の専門性を持つ者はいないので割り切ってもらおう。

 数秒ほど顎に手を当てて考えた彼女は、なにか閃いたらしく手を打った。そして俺を見る。うわ、嫌だな。

「ケンジロー、一つお願いしていいかしら」

「内容によるが」

「いいわよね?」

 ……あ、圧がすごい。

 断ったら何されるかわからないので首を縦に振る。

 満足したらしいソフィアはにっこにこでつづけた。

「じゃあ、命令よ! ケンジロー、あの氷の壁を撃ち抜きなさいっ!」

 コイツとはそこそこの付き合いになるが、これまで見たことのないキメ顔で氷の壁を指差しそう言った。

 ビシッとポーズまでキメたソフィアを取り囲んで十数秒の沈黙。

 冷たい風が吹く音だけが強調されて聞こえる空間を、こうした張本人であるソフィアが破る。

 耳まで真っ赤にした彼女が掴みかかってきたのだ。

「あっ、おいこらソフィアこらやめんかい」

 俺は無言のまま首を狙ってくるソフィアをあしらうと、思わずため息をついた。

「撃ち抜きなさいって言われてもなぁ」

 威力が足りているのかと、威力が足りていたとして、壁の崩落に巻き込まれないか。この二点がわからない。

 そんなことを考えているのが読まれたのか、俺の疑問に対しソフィアはさらにウザいドヤ顔を浮かべて口を開いた。

「ふふん、そんなの織り込み済みに決まってるじゃない! ちなみに、壁に当たりさえすればどこを狙っても穴が開くみたい。大事なのは、一点に魔力を集中させることと、弾かれるまえに貫いてしまう弾速よ。魔力の流れを読んだ感じだとそれでいけるはずなの」

 具体的にどこにどれだけの力が加わって、といった話はなかったな。しかし、ソフィアが今まで自信満々に魔法について語って失敗したところを見たことがないので信じてやってもいいか。

「そこまで言うならやってやろう。お前たちは万一の可能性を考えて離れていろ」

 ソフィアの検討に誤りがあり危険が生じた場合にはコイツらには生きていてもらわなければならないと考えているのだが。

「何言ってんの? 私が守るから安心しなさい」

 こっちの配慮などなかったように、ソフィアは頼もしい言葉とともに俺たちを竜車ごと防御魔法で覆った。

 憂いはないな。

「安全装置解除。三、二、一……発射」

 引き金を引いて、電磁砲のメカニズムを模倣した魔法銃を発砲。銃口を離れた弾丸は次の瞬間には氷の壁に当たっており、俺たちの前に反対側が見える大穴が開いた。

 本当に狙い通りにトンネルのような穴が開いたのを見て驚嘆した。ソフィアの目論見通りだったということだ。

 視線を向けたらおそらく不快な気分になるので向かないが。

「ねえ、なんか言ったどうかしら。ほら、こっち見なさいよケンジロー。アンタの聡明で美麗なお嬢様の笑みを讃えなさい」

「なんだよ、愚鈍で醜悪なお嬢様。お前のゲロで汚れた竜車の洗浄費はちゃんと詳細に帳簿を付けておいてやるから安心しろって」

 グイグイ来るソフィアを雑にあしらって竜車に乗り込む。用は済んだのでとっとと出発するべきだろうからな。

「言い過ぎですよケンジロー。ちなみにケンジローが今腰かけたところはさっきアタシが吐いちゃったところなのです」

 罠だらけじゃねえか。

 もはや座れないので竜車で移動している間はずっと立ちっぱなしである。

 こうして、俺たちのゲロ臭い旅は再開したのだった。



 ──氷の都正門前。

 長らく突破が困難だったらしい氷の壁をあっさり越えた俺たちは、何度か下級の魔物と遭遇しつつソフィアの故郷でもある氷の都へとたどり着いた。

「これは……ひどいのです」

 そう呟いたのは仲間であるシーフのマキだ。

 横一列に並んだまま立ち尽くしている俺たちの前には、街を丸ごと氷漬けにされた氷の都があった。

 よくデリカシーがないと言われる俺ですら、ソフィアにかけてやる言葉が見つからない。

「……泉はこっちよ。ついてきてちょうだい」

 絞り出すようなソフィアの言葉に、俺たちは黙ってついていった。



 泉で魔力を回復させたソフィアはさっそく防寒魔法を使って見せた。

「これでよしっと。旅の目的は果たしたし、街に鎮魂魔法だけかけて王都に帰るわよ。帰ったらすぐ貴族院に報告書を提出しないとね」

 いつもより元気そうに振舞うソフィアの姿が痛ましい。俺たちを心配させまいとしているのだろうが、もはや取り繕えていない。

 こういう時に気の利いた言葉をかけてやれるほど俺のコミュ力は高くない。したがって、横を歩くマキに「なんとかしてくれ」と目配せしてしまうのは仕方ないだろう。

 こちらに気づいて一瞬驚いた表情を見せたマキではあるが、すぐさま切り替え一人で前を歩くソフィアの隣へ駆け寄った。

「辛いかもですけど、アタシにできることがあったらなんでも言ってほしいのです! 他ならぬソフィアの頼みであればなんでも聞きます!」

 堂々とない胸を張って励ますマキの声にソフィアは足を止めて向かい合う。周りに気を配る程度のメンタルはあるようで、ひとまず魔物と遭遇してどうこうというリスクはなさそうだ。

 もしかしたら、話し相手がマキだからという可能性はあるが。だとしたらファインプレーである。

 まあ、そのマキは今ソフィアに顔中を撫でまわされていて、視線をこちらに向けて必死のアピールをしているが放っておく。

 あとで恨まれようがなんだろうが、今はソフィアの愛玩動物になっていてくれ。

「マキが仲間でいてくれて心強いわ。ありがとう」

 頬ずりまでされて可愛がられているマキがなんだか萎れ始めてきたような。

 まだ好きにさせておくか悩んでいると、一番後ろから見守るようについてきていたジョージさんに手招きされた。

 ソフィアたちの様子が見える木陰へ近づき、ジョージさんに言葉を促す。

「ソフィア様はとてもやさしい方です故、思い出に残る故郷の変わり果てた姿に大層心を痛めているはずでございます。場合によっては氷の都での野宿も視野に入れたほうがよさそうでございますな」

 言われて、マキを抱きしめ続ける変態と化したソフィアを見る。

 既に魔力は全快しており、防寒魔法により燃料も大幅に節約できるようになった。あとは食料と水などの基本的な消耗品さえあれば数日かけて街を復元することも視野に入るだろう。こんな気候だが、せめて街だけでもきれいにしてやりたいと言われたら立場上首を縦に振るしかないのだ。

 そうなれば誰かが物資を調達する必要があるのだが、足り無くなり次第ジョージさんが街道を戻って買ってくるつもりなのだろう。言わんとせんことを理解した。

「なら、その間の護衛は任せてください」

「承知」

 必要なければそれでいいのだが、とは言わない。リスクはつきもので、その辺への対応策を用意するのも俺やジョージさんの仕事なのだ。

 さて。さすがにこれ以上野放しにするとマキが枯れるから救出するか。 

 ジョージさんとの話を終えてソフィアの方へ近寄ると、こちらに気づいたソフィアがマキへの頬ずりを中断した。

「その辺にしてやれ。マキが皺だらけになる」

「失礼ですね!」

 ソフィアの腕から顔だけをこちらへむけたマキはプリプリと怒っているがとりあえずスルー。

 それよりも、マキを解放したソフィアの言動の方が心配だ。

「ごめんなさい、こんな雰囲気にしちゃって。でももう大丈夫だから」

「気にしなくていい。それより、さっきよりずっと顔色が良くなったな。……顔色良くなったついでに、マキを連れて先に歩いてくれないか? 執事服の裾が皺だらけになる」

 ソフィアから解放されたマキに足を蹴られまくって痛い。早く引きはがしてほしい。

「誰が皺だらけですか失礼な人ですね!」

 別に老けてるとかそういう意味で言ったわけではないのだが逆鱗に触れたらしい。何故だ。

 いい加減にしてほしいので雪の上に投げ飛ばしてやると、吹き出すような笑い声が聞こえた。

「フフッ。本当にもう大丈夫だから。笑わせないでちょうだい」

 こっちは真剣そのものだったのだが、ソフィアにとっては面白おかしくみえたのだろう。言い終えた後もクスクスと笑っている。

 ……結果オーライか。

「ああ、でも。街の氷を解いてくるからアンタたちはここで待っててくれる? ほら、氷にどんな魔力が込められてるかわからないし、何かあったときにアンタたちが近すぎたんじゃ守れないから」

 ならなおさら俺たちがそばにいるべきじゃないかと思うが、どうも異様なのは魔力だけらしい。

 事実として、魔法的な罠が張られているなら俺たちは居るだけでお荷物だ。ここはプロであるソフィアに任せる他ないだろう。

「わかった。だが、想定外のことがあったらすぐに助けを呼べよ」

「当然よ! 強盗とか出てきたら真っ先に盾にするから」

 嫌な宣言だな。

 まあいいか。冗談言えるくらい立ち直ったならもう止める理由はない。

「そんなことはねえから行ってこい」

 街を覆う魔力の氷を解除するため、ソフィアは一人で街の入口へと歩いて行った。

 数分後。

 火を起こしてミルクを温めていると、街があった方から女の叫び声が鳴り響いた。

 およそ人の言葉とは思えない内容の悲鳴はよく聞き取れなかったが、声色はソフィアのもので間違いないだろう。

 全速力で街へと駆けつけると、叫び声が聞こえてから数分経っているにも関わらず未だに驚愕の表情を浮かべるソフィアと……

「おお、スターグリークの執事長殿。これはこれは、娘のソフィアが世話になったね」

 ソフィアを娘だと言う初老のおじさんがいた。







 ──並走する二台の竜車で雪道を進む中。

『いやはや。もうソフィアとは会えないものだと思っていたよ』

 通信魔法でおじさんが乗ってきたという竜車と通話中だ。

 このおじさん、白髪交じりだが整えられた金髪とおそらく若い頃から変わらず輝く碧眼からもわかるように、ソフィアの実の父なのだという。

「本当に無事でよかったわ」

 正確には無事ではなかったのだと言うが、幸い氷の都の住人は全員生存しており、今は旧城下町に都市機能を移して過ごしているらしい。

 そうして単独で生き延びたんだろうが、遠方への通信手段がない以上本当に滅んだと思われても無理はない。

「お嬢様は毎夜枕を濡らし、それはもう大層悲しまれておりました」

「ちょっとジョージ! 余計な事言わないで!」

 出しにされて怒るソフィアだが、残念ながらおじさん二人は「ほっほっほ」と笑うだけである。

 面識のある親子と執事の会話に水を差すのも野暮なのでマキと二人で黙って聞いているが、ユーモアのある貴族だと思う。

 威圧感もないし嫌味な雰囲気もない、人当たりがいい人だ。

 言い返したくてもそうはできないソフィアをマキとそろって口角を上げてソフィアを煽っていると、向こうから話を振られた。

『ところで、さきほど連れていた少年と少女はソフィアの友人かい?』

 難しい質問だな。単純に友人という単語で言い表していいものなのだろうか。俺らから答えるわけにもいかないのでソフィアのボキャブラリーを見せてもらうとしよう。

「マキ……えっと、女の子の方は友人であり冒険者仲間よ。辛いときは支え合って、歳が近い同性の相手だから共感しやすくて助かってるわ」

 方は、ってなんだよ。まるで俺とは後ろめたいことがあるような言い回しはやめてほしい。

「それと、若造の方だけれど。……ねえお父さん。コイツちょっと痛い目に遭わせたいんだけど」

「いいだろう。法廷でいくらでも相手になってやる。かかって来いクソアマ」

 竜車の中で魔法を唱え始めたソフィアを三人がかりで取り押さえていると、通話越しに朗らかな笑い声が聞こえてきた。

『はっはっは。いやはや、大切な仲間を得たようだね。もうソフィアも大人だから私が言うまでもないだろうが、かけがえのない人間関係を大事にしなさい』

 さすがはおやっさんだ。じたばたしていたソフィアも顔を上げて黙った。

「一応補足させていただこう。俺はソフィアに召喚された賢者で、今はスターグリーク家と貴族院で財務を中心に事務作業を任されている」

 今に思えば、召喚された時点でソフィアの従者になる以外の選択肢がなかったのだから、とんでもないブラック労働だと思うが。

「スターグリーク家の悲劇、氷の都の惨状。ソフィアやお父様においては話を聞いても想像することすら困難な窮地に見舞われたことと思う」

 そんなソフィアに同情したのか。今となってはわからないが、少なくとも凍えるような寒さのなか命を賭したくらいには放っておけなくなっている。それが忠誠なのか別の何かなのかはわからないが。

 なので。

「個人としては今こうして会えたことを光栄に思う」

 心の底から光栄に思っている。

 旧氷国領にいる間くらいは有事の際には力を貸そう。

 そう考えつつ、なんとなくソフィアの実家を訪れて何事もなく帰るのだろうと思っていた。これまでの出来事が刺激的過ぎたせいか、次の一言にはすぐに答えられなかった。

『こちらこそ光栄だと思っているよ。しかし、だからこそ聞きたい。……今も無理をしているのではないかい?』

 これはどういう意味だろうか。

 ソフィアが世話になっている、という意味ならそれはお互い様だ。なんならさっきもそんな話をした。

 何かの暗号だろうかと仲間に視線を向けるが、マキもジョージさんもわからないようだ。唯一、ソフィアだけが首を縦に振っていて。

「ええ、そうね。気が気でないわ」

 まるですべてわかり切っているような様子のソフィアを見て、なんだか納得いかない気分にさせられる。

「どうしてそう思うんだ? 確かにこっちに来てから体張る機会は増えたかもしれないが」

 命を落としかけたこともあるが、故郷にいたころも睡眠を削りすぎて倒れかけたくらいなので、そういう意味では昔と変わらない。

「肉体的か精神的かは別として自分にできることだけ自分のペースで取り組むスタンスは故郷にいたころから変えていないつもりだ。気遣いには感謝するが、俺は健康そのものだと認識しておいてほしい」

 気遣いを無下にするつもりは本当にないのだが、今後もほどほどにやっていくつもりなのは変えない。

 そのつもりで返したのだが、ソフィアは首を横に振る。

「そうじゃないの。ケンジローっていつも気を緩めないでしょ? たまには心の底から休みなさいって言いたいの。わかったら城下町につくまで仮眠を取りなさい」

 気を緩めないのは立場上と業務時間内だからなのだが、口にするよりも早くソフィアに頭を掴まれた。

「おい、何をする」

 顔を横から両手で押さえられて身の危険を感じるのだが、俺の様子など気にも留めないのかソフィアは何やら魔法を唱えた。

 何の魔法の呪文なのか知らないのだが、なんとなく催眠系だと感じた。対処するころには意識が朦朧として瞼が──







「──に誰も…………いで……しい……」

 寝不足のような瞼の重さに負けそうになりながら、明瞭になりつつある意識を集中させて音を拾う。

 ソフィアが何やら喋っているようで、その声色からは緊張感が伝わってきた。

「……しかし、お嬢様は……」

 ジョージさんだろうか。なにやら意見が食い違っているのだろうか。

 聞き耳を立てているとだんだん鮮明に聞こえてくるようになった。

「アタシたちは先に行きましょう。ソフィアにだって人に見られたくないことくらいありますよ」

 マキの声だ。

 ソフィアはそんな恥ずかしいことをしているのだろうか。

 だとしたら、無理やり魔法で寝かされた意趣返しにからかってやりたいところだが。

 そこまで考えて、体に伝わる感触から自分がどのような状況に置かれているのか察した。

 ……まずい。今目が覚めたことがバレたら今度は攻撃魔法が飛んでくるかもしれない。

 間違いなくソフィアに膝枕をされていて、近くには仲間たちと喋ってはいないがソフィアの親父さんもいるのだろう。もう目的地についており、第三者にこんなところを見られようものならソフィアがお嫁にいけない可能性も出てくる。なにせ、年頃の令嬢が使用人の男とべったりだと誤解を与えかねないからな。

 そのような事態になることは俺も望んでいないので、今はバレることなくやり過ごすとしよう。ソフィアをネチネチからかうのは二人きりになってからだ。

 幸いこの場を去っていく足音が三人分聞こえてきたのでこの場は何とかなったようだ。

「なにか言うことがあるはずだ。そうだろう、ソフィア」

 ソフィアがこちらに気づく前に、目を開けてそう声をかけた。

 すると期待通りの反応がもらえた。

「うええ⁉ ってなんだよ」

 俺の方こそどうしてこんな微妙な気分にさせられたのか理解できないので意趣返しも兼ねて挑発する。

 みるみるうちに顔が赤くなっていくソフィアはそっと俺の頬に両手を当てて。

「いっひぇっ!」

 相当頭にきたらしく、目線で無言の圧をかけられながら両頬を抓られた。

「お、起きてたなら合図の一つくらい出しなさいよ、このノンデリ鬼畜野郎!」

「黙りやがれ。人様を魔法で眠らせておいて何をぬかすか」

 耳まで真っ赤にして非難してくるソフィアから逃げるべく、眠り眼をこすりながら起き上がる。

 寝起きの重い体で起き上がり周囲を見渡し逃げ道の確認をしていると、今度は青い顔をしてソフィアは駆けてきた。

 いったい何事か。

 そう疑問を抱いた瞬間には、再び眠りに誘われた。
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9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

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