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水と花の都の疾風姫編
風に攫われて
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──同じ頃、再び茂みに身を潜めて狙撃を再開したケンジローは、レイ伯爵の護衛が纏う全身鎧の関節部を狙って引き金を引き続けていた。
魔法弾に仕込まれた魔導雷管が起爆するたびに罠化させた魔法弾が刺激された扱いとなるので、実は諸刃の剣だったりする。
現在進行形で手が爆破されているが、銃自体についている反動抑制装置が働いているため大怪我にはなっていない。
とはいえ、爆発していることに変わりはないので、マズルフラッシュとは比べ物にならないほど視界が眩しい。排莢しながら確認している限りだと狙い通り撃てているようだが誤射が怖い。本当はやめるべきなのだろうが。
『さあ、やっちゃいなさいケンジロー!』
何が「やっちゃいなさい」だよ。あくまで俺は漁夫狙いの第三勢力だという扱いじゃなかったのか。
『そうだそうだ! 僕たちに当たってもソフィアのバリアが守ってくれているし、何百発だろうと撃ち込んでいいよ!』
ボルトアクション銃なめんな。
『足を潰したらアタシたちも動きやすいですが。……ひたすら足だけ潰しにくるなんて嫌な奴なのです』
なぜそんなひどいことを言うのだ。
アイツらが関節部分を狙えと言ったからやったのに。
まあ、そんなことはどうでもいい。それよりも優先して対処しないとならないのは。
『ああっ! 敵前逃亡ですか⁉』
『違うわ! 挑発のつもりならあとで覚えていろ!』
『うるせえぞクソガキ! あんな陰湿な野郎は地獄へぶち込んでやるしかねえだろうが!』
ソフィアたちと拮抗状態を保っていたレイ伯爵の騎士たちが、レイ伯爵の周りを固められる最低限の戦力を残したままこちらへ駆け寄りはじめた。
この世界の前衛職は皆常軌を逸した身体能力を有しており、それはヤツらも例外ではない。油断しているとウサインボルトもビックリな走力を見せつけられてシバキ倒されることだろう。
度重なる自爆によって位置はバレているので、ソフィアにかけてもらってあるステータスバフが切れる前に逃げてしまおう。
そんなことを考えて銃から手を離したまさにその瞬間、体が錐揉み回転するように視界が大きく揺れた。森の方から発砲音が聞こえたことに気づいた頃には、左膝から先が飛ばされていた。
「……ようやく警戒を解いたね? 長寿であってもさすがに飽き飽きしていたところだったさ」
いい加減聞き慣れた声が、背後から近づいてくる。
こんな時になんで『操魔』がいるのかわからないが、まずは逃げないといけない。
そう思うが、左足を欠損していて立つこともままならない。
「フハハハハ。狙撃手を配下に加えておいて正解だったよ。さて、ボクはボクの担った仕事をやるとしよう」
不敵に笑ったと思うと妖魔教団幹部は網状の拘束具を俺に被せる。
「いったい何を考えている?」
「さあね、教えてやる理由はないさ。だが安心するといい。あとで君の仲間も同じところへ送ってやるさ」
次の瞬間、拘束具に電撃が流れて意識を失った──
──知らない天井だ。
意識が回復して辺りははっきりと見えるようになると、今いる場所が石造りの独房みたいな場所であることに気づく。
両手は後ろに組まれて手枷をつけられており、左足首も鎖を着けられ壁に繋がれている。
と、そこでふと疑問を抱く。
(……怪我が治っている?)
意識を失う前、確かに負傷して左膝から先を吹き飛ばされていたはずだ。この目で見たので間違いない。
疑問を抱いてキョロキョロしていたせいか、鼻提灯を膨らませて舟を漕いでいたオークがこちらに気づいてか目を細めて威圧感を向けてくる。
「目が覚めたかクソ野郎。ここはテメーのような腐肉を収容するゴミ箱だ」
そんな敵意を隠さぬ説明を聞きつつ檻越しに他の独房を見てみると、俺と同じように捕まった人間が鎖に繋がれて転がっている。
打撲の痕が目立つことから拷問を受けるようだが、食器についた食べカスがまだ新しいことから比較的頻繁に食料を与えられることがわかる。
「お前はさながら残飯を目の前に『待て』をかけられている豚ってところか」
鼻で笑ってやった次の瞬間、豚さんは手に持ったモーニングスターで檻を殴る。
「やめろよ豚野郎。そんなので殴られたら熟成肉が叩かれて調味料の入りが良くなってしまうじゃないか」
そう言ってやると再び鉄格子に金属がぶつかる音が響く。
あまりの轟音のためか、騒ぎを聞きつけたらしい他の職員が独房エリアに入ってくる音が聞こえだした。
とことこと近寄る足音が目の前にきたかと思うと発砲音が響いた。
「新顔か? コイツは短気でな」
ライフルをコッキングする二足歩行の猛禽類みたいな魔物が何か言っているが、顔のすぐ横の壁についた弾痕とコイツを驚きながら交互に見ている俺はあまり頭に入ってこない。
そんな俺の態度を見ても相方と違って特に腹が立っていないのか、冷酷な視線を俺に向けながら猛禽類型の魔物は言葉を続ける。
「まあ、人間風情が人の同僚を怒らせて邪魔をするんじゃねえってことだ。それと、三十分後に『操魔』様が直々にお前を尋問しにくる。せいぜい媚びを売って命だけは助けてもらうんだな」
猛禽類はそんな失礼なことを言い捨てると、何事もなかったかのように来た道を戻っていった。
一連のやり取りを目の当たりにしていた豚さんはというと、ほとぼりが冷めたのか幾分冷静な様子で先ほどまで腰かけていた椅子に戻る。
アレを刺激するのは鼓膜によくない。ひとまずこの後あるという『操魔』を出し抜くことから考えるとしよう。
──そして、三十分後。
「クッ……フハハ! ついに小憎たらしいキミを縛り上げて拷問にかけられる日が来るとはね!」
声変わりが始まったばかりの少年のような笑い声が室内に響く頃、俺は最低限の枷のみを残した状態で警察の取調室のような場所へと連れてこられていた。
手枷は椅子から伸びる鎖に繋がれていて抜け出すのは容易じゃない。装備品の類も失っているため戦闘を交えての脱出も困難と考えるべきだろう。
そんなことを考える一方で、机を挟んで反対側の椅子に腰かけて高笑いを続ける『操魔』と、上司の前だからか粛々と議事録を残す準備を始める豚さんが時計の長針が頂点へ達した瞬間表情をスッと変えた。
「さて、ここからは幹部としての仕事を全うしよう」
仰々しく尋問の開始を宣言した『操魔』は、さっそく一束の書類を卓上に叩きつける。
「これが何かわかるな? ……おっと、嘘をつくたびに、ボクの優秀な部下がキミを改心させる行動をとるだろう」
証拠品を突きつけるようなシチュエ―ションには目もくれず、優秀という言葉を聞いてドヤ顔を浮かべる豚さんを見て俺は一言。
「……さっきアイツ居眠りしていたぞ」
思わずそう呟いた瞬間「いい加減なこと言うんじゃねえ!」という怒号とともに俺が座る椅子の脚が一本破壊された。
「『操魔』様の質問に答えやがれ、腐肉風情が!」
一度では飽きたらず、今度は俺の頭部を狙ってモーニングスターを振りかざした豚さんだったが、その一撃は風が生み出した障壁によって阻まれた。
あくまで幹部様は自分の手で拷問にかけたいらしい。
「『操魔』様、なぜ!?」
「居眠りしていたのか?」
妖魔教団幹部に問いかけられた豚さんがキッとこちらを睨むが知らんぷり。
先ほどは随分と高圧的だった畜生が飼い主に対して何も言い返せない無様を見て溜飲を下げつつ、コイツが吐いた言葉を復唱する。
「『操魔』様の質問に答えやがれ、だっけか。吐いた唾は飲み込むなよ、家畜野郎」
座っている椅子の脚が更に一本ふっ飛んで、ついに椅子としての役割を果たさなくなった。
「──先生は皆さんが静かになるまで五分待ちました」
収拾がつかなくなった妖魔教団の二バカが静かになるまで黙っていたが、ようやく話し合いをする空気になって報われた。
「キミのような者が先生と呼ばれる立場に就けるのならば、やはり人間は滅ぶべきだ。死ぬがいい」
嫌だが?
相変わらず敵意むき出しの妖魔教団幹部の言葉に思わず心の中でツッコミを入れる。
「まあいい。キミはボクの質問に答えてさえいればいい。……さっそくだが、日出国について知っていることはあるか? もしあるならばすべて吐け」
そんなものはこっちが聞きたいのだが、もし俺から情報を入手できないと知られれば命の保証はないだろう。そうと決まれば、こちらは情報を出し渋るフリをするしかない。
「何事にも対価がいる。答えさえすれば衣食住は保証されると見ていいのか?」
「フッ……フハッ! 何を言い出すかと思えば、命乞いか? 上等だ。妖魔教団幹部の名にかけて、従順な奴隷であるうちは衣食住を保証してやる。それに、ここでは過酷な肉体労働はやらせていない。反面、ひとたび裏切りの意思を見せたなら」
笑いながら説明を続ける『操魔』は、最後のみ言葉ではなく首を親指で切るようなジェスチャーで例えた。
肉体労働はなく衣食住が保証されているとか、まるで天国のような場所ではないか。
「だが、断る」
俺は早く日本に帰りたい。
そのためにも、ソフィアの悲願でもあるスターグリーク家の再建を果たしてやらなければならないのだ。
というわけで、こんなところで油を売っている暇はない。
こちらの返答が気に障ったのか、一気に顔つきが険しくなる妖魔教団のお二方。
「オードリス、殺れ」
命令を受けた豚さん改めオードリスは手に持ったモーニングスターを振り下ろす。
俺はそれを、壊れかけの椅子に繋がれた足を無理やり動かして、枷としての意味を失いつつある足枷で受け止める。
一応こんなでもレベルが二十近くまで上がった冒険者なので、そこら辺の人間よりは身体能力が優れているのだ。他の捕虜はこれで脅せても俺には通用しないと思ってほしい。
追撃の予備動作が見えたので体を大きく振って更に回避。そして、振った上体を戻しながら背中に引っ付いたままの椅子の角でオードリスの股間を薙ぎ払う。
まさにクリティカルヒット。
股間に両手を当てうめき声を漏らしながら失神した豚の顔にドロップキックをかまして完全勝利。
一部始終を黙ってみていた『操魔』がめんどくさそうに舌打ちをする。
「……ボク自身が手を下さなければならないとは。これだから獣種は使えない」
「ああ! お前、そういうのをなんて言うか知ってるのか⁉ ブラック上司って言うんだぞ!」
「噂によるとキミの方がブラックとやらに該当する人物だと思うがね」
すかさず反論されて言葉を失う。
俺に関する噂は八割くらい嘘なんだけどなぁ。
よく悪徳貴族に陰湿な嫌がらせをして遊んでいるので、きっと誰かが根も葉もない嘘を垂れ流しているに違いない。
「念のために聞きたいんだが、俺についての悪い噂を流した奴って誰なんだ?」
内容と動機次第では霧の国に帰ったらやるべきことが増えるだろう。
どんな内容が飛び出るだろうかと『操魔』に視線を向けると。
「何事にも対価が必要だ」
「お前とは決着をつける必要がありそうだな」
この距離で閉所なら『操魔』を近接攻撃でぶちのめせるに違いない。
「そうだね。さて、じゃあキミを思う存分甚振ってやるよ」
そう言いながら『操魔』は風の弓を生成して襲い掛かってきた!
魔法弾に仕込まれた魔導雷管が起爆するたびに罠化させた魔法弾が刺激された扱いとなるので、実は諸刃の剣だったりする。
現在進行形で手が爆破されているが、銃自体についている反動抑制装置が働いているため大怪我にはなっていない。
とはいえ、爆発していることに変わりはないので、マズルフラッシュとは比べ物にならないほど視界が眩しい。排莢しながら確認している限りだと狙い通り撃てているようだが誤射が怖い。本当はやめるべきなのだろうが。
『さあ、やっちゃいなさいケンジロー!』
何が「やっちゃいなさい」だよ。あくまで俺は漁夫狙いの第三勢力だという扱いじゃなかったのか。
『そうだそうだ! 僕たちに当たってもソフィアのバリアが守ってくれているし、何百発だろうと撃ち込んでいいよ!』
ボルトアクション銃なめんな。
『足を潰したらアタシたちも動きやすいですが。……ひたすら足だけ潰しにくるなんて嫌な奴なのです』
なぜそんなひどいことを言うのだ。
アイツらが関節部分を狙えと言ったからやったのに。
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『ああっ! 敵前逃亡ですか⁉』
『違うわ! 挑発のつもりならあとで覚えていろ!』
『うるせえぞクソガキ! あんな陰湿な野郎は地獄へぶち込んでやるしかねえだろうが!』
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この世界の前衛職は皆常軌を逸した身体能力を有しており、それはヤツらも例外ではない。油断しているとウサインボルトもビックリな走力を見せつけられてシバキ倒されることだろう。
度重なる自爆によって位置はバレているので、ソフィアにかけてもらってあるステータスバフが切れる前に逃げてしまおう。
そんなことを考えて銃から手を離したまさにその瞬間、体が錐揉み回転するように視界が大きく揺れた。森の方から発砲音が聞こえたことに気づいた頃には、左膝から先が飛ばされていた。
「……ようやく警戒を解いたね? 長寿であってもさすがに飽き飽きしていたところだったさ」
いい加減聞き慣れた声が、背後から近づいてくる。
こんな時になんで『操魔』がいるのかわからないが、まずは逃げないといけない。
そう思うが、左足を欠損していて立つこともままならない。
「フハハハハ。狙撃手を配下に加えておいて正解だったよ。さて、ボクはボクの担った仕事をやるとしよう」
不敵に笑ったと思うと妖魔教団幹部は網状の拘束具を俺に被せる。
「いったい何を考えている?」
「さあね、教えてやる理由はないさ。だが安心するといい。あとで君の仲間も同じところへ送ってやるさ」
次の瞬間、拘束具に電撃が流れて意識を失った──
──知らない天井だ。
意識が回復して辺りははっきりと見えるようになると、今いる場所が石造りの独房みたいな場所であることに気づく。
両手は後ろに組まれて手枷をつけられており、左足首も鎖を着けられ壁に繋がれている。
と、そこでふと疑問を抱く。
(……怪我が治っている?)
意識を失う前、確かに負傷して左膝から先を吹き飛ばされていたはずだ。この目で見たので間違いない。
疑問を抱いてキョロキョロしていたせいか、鼻提灯を膨らませて舟を漕いでいたオークがこちらに気づいてか目を細めて威圧感を向けてくる。
「目が覚めたかクソ野郎。ここはテメーのような腐肉を収容するゴミ箱だ」
そんな敵意を隠さぬ説明を聞きつつ檻越しに他の独房を見てみると、俺と同じように捕まった人間が鎖に繋がれて転がっている。
打撲の痕が目立つことから拷問を受けるようだが、食器についた食べカスがまだ新しいことから比較的頻繁に食料を与えられることがわかる。
「お前はさながら残飯を目の前に『待て』をかけられている豚ってところか」
鼻で笑ってやった次の瞬間、豚さんは手に持ったモーニングスターで檻を殴る。
「やめろよ豚野郎。そんなので殴られたら熟成肉が叩かれて調味料の入りが良くなってしまうじゃないか」
そう言ってやると再び鉄格子に金属がぶつかる音が響く。
あまりの轟音のためか、騒ぎを聞きつけたらしい他の職員が独房エリアに入ってくる音が聞こえだした。
とことこと近寄る足音が目の前にきたかと思うと発砲音が響いた。
「新顔か? コイツは短気でな」
ライフルをコッキングする二足歩行の猛禽類みたいな魔物が何か言っているが、顔のすぐ横の壁についた弾痕とコイツを驚きながら交互に見ている俺はあまり頭に入ってこない。
そんな俺の態度を見ても相方と違って特に腹が立っていないのか、冷酷な視線を俺に向けながら猛禽類型の魔物は言葉を続ける。
「まあ、人間風情が人の同僚を怒らせて邪魔をするんじゃねえってことだ。それと、三十分後に『操魔』様が直々にお前を尋問しにくる。せいぜい媚びを売って命だけは助けてもらうんだな」
猛禽類はそんな失礼なことを言い捨てると、何事もなかったかのように来た道を戻っていった。
一連のやり取りを目の当たりにしていた豚さんはというと、ほとぼりが冷めたのか幾分冷静な様子で先ほどまで腰かけていた椅子に戻る。
アレを刺激するのは鼓膜によくない。ひとまずこの後あるという『操魔』を出し抜くことから考えるとしよう。
──そして、三十分後。
「クッ……フハハ! ついに小憎たらしいキミを縛り上げて拷問にかけられる日が来るとはね!」
声変わりが始まったばかりの少年のような笑い声が室内に響く頃、俺は最低限の枷のみを残した状態で警察の取調室のような場所へと連れてこられていた。
手枷は椅子から伸びる鎖に繋がれていて抜け出すのは容易じゃない。装備品の類も失っているため戦闘を交えての脱出も困難と考えるべきだろう。
そんなことを考える一方で、机を挟んで反対側の椅子に腰かけて高笑いを続ける『操魔』と、上司の前だからか粛々と議事録を残す準備を始める豚さんが時計の長針が頂点へ達した瞬間表情をスッと変えた。
「さて、ここからは幹部としての仕事を全うしよう」
仰々しく尋問の開始を宣言した『操魔』は、さっそく一束の書類を卓上に叩きつける。
「これが何かわかるな? ……おっと、嘘をつくたびに、ボクの優秀な部下がキミを改心させる行動をとるだろう」
証拠品を突きつけるようなシチュエ―ションには目もくれず、優秀という言葉を聞いてドヤ顔を浮かべる豚さんを見て俺は一言。
「……さっきアイツ居眠りしていたぞ」
思わずそう呟いた瞬間「いい加減なこと言うんじゃねえ!」という怒号とともに俺が座る椅子の脚が一本破壊された。
「『操魔』様の質問に答えやがれ、腐肉風情が!」
一度では飽きたらず、今度は俺の頭部を狙ってモーニングスターを振りかざした豚さんだったが、その一撃は風が生み出した障壁によって阻まれた。
あくまで幹部様は自分の手で拷問にかけたいらしい。
「『操魔』様、なぜ!?」
「居眠りしていたのか?」
妖魔教団幹部に問いかけられた豚さんがキッとこちらを睨むが知らんぷり。
先ほどは随分と高圧的だった畜生が飼い主に対して何も言い返せない無様を見て溜飲を下げつつ、コイツが吐いた言葉を復唱する。
「『操魔』様の質問に答えやがれ、だっけか。吐いた唾は飲み込むなよ、家畜野郎」
座っている椅子の脚が更に一本ふっ飛んで、ついに椅子としての役割を果たさなくなった。
「──先生は皆さんが静かになるまで五分待ちました」
収拾がつかなくなった妖魔教団の二バカが静かになるまで黙っていたが、ようやく話し合いをする空気になって報われた。
「キミのような者が先生と呼ばれる立場に就けるのならば、やはり人間は滅ぶべきだ。死ぬがいい」
嫌だが?
相変わらず敵意むき出しの妖魔教団幹部の言葉に思わず心の中でツッコミを入れる。
「まあいい。キミはボクの質問に答えてさえいればいい。……さっそくだが、日出国について知っていることはあるか? もしあるならばすべて吐け」
そんなものはこっちが聞きたいのだが、もし俺から情報を入手できないと知られれば命の保証はないだろう。そうと決まれば、こちらは情報を出し渋るフリをするしかない。
「何事にも対価がいる。答えさえすれば衣食住は保証されると見ていいのか?」
「フッ……フハッ! 何を言い出すかと思えば、命乞いか? 上等だ。妖魔教団幹部の名にかけて、従順な奴隷であるうちは衣食住を保証してやる。それに、ここでは過酷な肉体労働はやらせていない。反面、ひとたび裏切りの意思を見せたなら」
笑いながら説明を続ける『操魔』は、最後のみ言葉ではなく首を親指で切るようなジェスチャーで例えた。
肉体労働はなく衣食住が保証されているとか、まるで天国のような場所ではないか。
「だが、断る」
俺は早く日本に帰りたい。
そのためにも、ソフィアの悲願でもあるスターグリーク家の再建を果たしてやらなければならないのだ。
というわけで、こんなところで油を売っている暇はない。
こちらの返答が気に障ったのか、一気に顔つきが険しくなる妖魔教団のお二方。
「オードリス、殺れ」
命令を受けた豚さん改めオードリスは手に持ったモーニングスターを振り下ろす。
俺はそれを、壊れかけの椅子に繋がれた足を無理やり動かして、枷としての意味を失いつつある足枷で受け止める。
一応こんなでもレベルが二十近くまで上がった冒険者なので、そこら辺の人間よりは身体能力が優れているのだ。他の捕虜はこれで脅せても俺には通用しないと思ってほしい。
追撃の予備動作が見えたので体を大きく振って更に回避。そして、振った上体を戻しながら背中に引っ付いたままの椅子の角でオードリスの股間を薙ぎ払う。
まさにクリティカルヒット。
股間に両手を当てうめき声を漏らしながら失神した豚の顔にドロップキックをかまして完全勝利。
一部始終を黙ってみていた『操魔』がめんどくさそうに舌打ちをする。
「……ボク自身が手を下さなければならないとは。これだから獣種は使えない」
「ああ! お前、そういうのをなんて言うか知ってるのか⁉ ブラック上司って言うんだぞ!」
「噂によるとキミの方がブラックとやらに該当する人物だと思うがね」
すかさず反論されて言葉を失う。
俺に関する噂は八割くらい嘘なんだけどなぁ。
よく悪徳貴族に陰湿な嫌がらせをして遊んでいるので、きっと誰かが根も葉もない嘘を垂れ流しているに違いない。
「念のために聞きたいんだが、俺についての悪い噂を流した奴って誰なんだ?」
内容と動機次第では霧の国に帰ったらやるべきことが増えるだろう。
どんな内容が飛び出るだろうかと『操魔』に視線を向けると。
「何事にも対価が必要だ」
「お前とは決着をつける必要がありそうだな」
この距離で閉所なら『操魔』を近接攻撃でぶちのめせるに違いない。
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