けん者

レオナルド今井

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水と花の都の疾風姫編

魔法使いの第二回戦

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──別行動をしていたケンジローがレイ伯爵への狙撃を開始した頃。

 一度は電撃魔法で反撃を試みたレイ伯爵だったが、魔法を放つ前に私たちの無力化を優先した様子だ。

 先ほどまで激戦を繰り広げていた騎士たちを制止させ、彼自身も一旦は敵意を収めたかのように両手を広げて語り掛ける。

 援護射撃されて不利だから停戦要請だろうか。だとしたら受け入れてやる義理はない。

 だが、そんな私の考えが甘いものであると、次の一言で思い知らされる。

「想定外の敵襲だ。第三勢力の排除のために協力を要請してもいいかな? 友好の使者スターグリーク殿」

 第三勢力という言葉を強調されて、私はその瞬間やっと後悔した。

 ここで暗に私たちがケンジローと連携などしようものなら、友好国の貴族を襲撃している魔物か曲者に加担したと糾弾されるだろう。私たちが仲間だということを見抜いたうえで牽制しているのだとすればなんとも腹立たしいことだろう。

 マキならなんとかできないかと目を馳せるが、苦い表情をしているあたりおいそれと出し抜く術は思い当たらないらしい。

 だからと言って黙ると私たちがただ怪しい奴なのだが。

 そんなことを考えているうちにマキが反論にでる。

「アタシたちはさっきまでレイ伯爵の依頼を遂行するためそこの森にいました。そこで何者かに狙撃されたので、さっきのもその人ではありませんか?」

「いいや、別人だろう。君たちを森で狙撃した者がいたのだとしたら、先ほどスターグリーク殿が牽制のために放った魔法で葬られているに違いない」

 マキの反論は即座に否定された。

 確かに私のあの魔法なら、直撃すれば耐えられる人間はいないだろう。……ステータスが低いのになぜが狡賢く生き残るケンジローなら生存するんじゃないかという予想が一瞬頭に浮かぶが、頭の中とはいえ無実の彼を貶めるのは気が引けるので思考から追い出す。

 それより、私たちがどうするべきかが重要だ。

 もし私たちがケンジローと交戦したとして、上手いこと騙しながらレイ伯爵に流れ弾を当てるというのも現実的ではない。まずもって、よほど高レベルな冒険者でも発射されて一瞬の間に魔法の射程を超える距離まで飛ぶような弾丸を、撃たれたのを見てから回避するなど不可能に等しい。そう考えるとさっき伯爵の頭を弾丸が逸れたのも、何かしらの防具の効果に違いない。

 打つ手なし、だろうか。

 さっきまで交戦した感触からして、持久戦に持ち込まれてジリジリと不利になっていくと予想している。それはケンジローが加勢したからと言って解消されるようなものでもないと思う。なぜなら、アイツがもう魔力をほとんど使い切っているのがわかっているからだ。

 少なくとも、私が改造してあげたインチキみたいな銃で狙撃、なんてことはもうできないはずだ。

 いや、だとしたら『月夜見』に魔力をわけてやってもらえばいい。

 手招きして寄ってきた『月夜見』に、ケンジローへの魔力供給ができないか聞いてみると。

「……近くにいるか神という存在への信仰心がある人じゃないと魔力をわけれないんだよ。こんなことになるなら別行動をする前に魔力の継続回復くらいかけておいてあげるべきだったかも」

 月明りに照らされて銀色に輝く髪を居心地悪そうにいじる『月夜見』の頭を軽く撫でてあげていると、こちらを嘲笑するように伯爵が語り掛ける。

「優しい優しいスターグリーク殿。部下の気持ちに耳を傾けるのは大いに結構だが、オレはあまり待つのが好きな人間ではなくてな。そろそろ君の意見を聞かせてほしい」

 無駄なあがきとでも嘲笑っているのだろう。だとしたら、その腹立つ笑い顔を二度とできなくしてやりたい。

「あなたは魔法使い同士の戦いからただ一人逃げる軟弱者なの? 心底失望したわ。消えてほしいくらいにね」

 私は攻撃的に言い捨てる。

 外交問題とか貴族間の礼儀だとかなんとか、そういうものはややこしいしこの際どうでもいい。私にとって大事なのは、仲間を策に嵌めて不当に攻撃しようとした敵を撃退することだからだ。

「これは手厳しい。だが、君のような女には、社会の厳しさを教えてやるのが大人の貴族の仕事でな!」

 レイ伯爵がそう宣い、第二回戦が幕を開ける。

 ここからはもう後戻りできない。







 ──第二回戦が始まってしばらく経つ。

 相変わらずレイ伯爵は不思議な力で魔法や銃弾を逸らしているが、少なくとも不利にはなっていない。

 敵の護衛達は飛んでいる私と『月夜見』を攻撃できないためレイの周りに立って守りの姿勢に。そして、敵の守りの硬さを見たマキもチャンスが来るまで私たちのそばで待ちの姿勢をとっていた。

 ケンジローに至っては肉眼では見えにくいところまで行ってしまったのだが、レイ伯爵の周りを固い鎧を纏った護衛が固めているせいで狙撃しにくいはずだ。

「浄化の炎よ、地を這う邪な魂を焼き滅ぼせ!」

「災厄を祓うは神風のよう、敵を打ちしが迅雷のよう」

 護衛の騎士たちをまとめて焼き払う魔法を使うと、レイ伯爵が起こした風魔法でかき消され、同時に起こった雷撃魔法が私に飛んでくる。雷撃は私のバリアで止めることができたが、このままでは本当にきりがない。お互いがお互いの魔法を防ぐ術を持っている戦いにおいては先に魔力を切らした方が負けなのだ。だからこそ、『月夜見』の支援を得ているこちら側に分があると判断した。しかし、レイ伯爵の魔力が尽きる気配が感じられず困っている。というか、戦闘が始まってからほとんど魔力が減っていないと思う。まさに無敵と言ったところか。

 謎を解くまで私たちに勝ち目はないか。逃げられるなら逃げたいし、早く寝たい。肌だって荒れてしまうだろう。

 そんな私とは裏腹に、相変わらず涼しい顔を崩さないレイ伯爵を見て怒りが湧いてくる。

「手品はもうお仕舞いか? 日が昇れば更に援軍がくるだろう。それまでに、君たち自身の立場が最もよくなる身の振り方を模索するんだな」

 レイ伯爵が挑発してくるが、相手の手の内が分からないうちは無視だ。それに、賢者ともあろうものが安い挑発に乗ってやるものか。

「あなたこそ友好国の使者へ牙をむいたこと、明日私たちを捜索しにきたお偉いさんの耳に入ろうものなら失脚は免れないわ」

 こちらはソフィアの父や葉薊の領主から信頼を勝ち取っているので、権力で潰されるという心配はないだろう。ここでコイツらに捕まらなければの話だが。

 そうなればなおさら退路が欲しいのだが、騎士たちがレイを守りつつ横へも広がっているので逃げ道がない。

 何とかして穴が空けることができればいいのだが。

 ケンジローに持たせている銃では貫通しないだろうし、銃の魔力装置に注ぐ魔力は彼に残っていない。『月夜見』が魔力をわけあたえてやれればいいのではないかと思っていると、体の浮遊感がなくなっていく。

「マズいかも。さすがに魔力が底をつきそう」

 何事かと思った頃にはそんな言葉が耳に届く。頼みの綱の『月夜見』が魔力切れ間近だと言い出したのだ。

「お疲れ様。後は私たちに任せなさい」

 強がってそう言ってみるが、具体的な手立てが思いつかない。

 先ほどまでは騎士たちを手負いにして撤退させようかと考えていたのだが、魔法は発動直前の魔力の流れを感知されてレイにまた防がれてしまうと思う。

 そんなことを考えているのが伝わったのかわからないが、遠くから微かに発砲音が鳴る。ほぼ同時に包囲網を形成しているうちの一人の鎧に命中し、めり込んだ弾丸が時間差で爆発した。

 なるほど、罠化スキルを応用したのか。その手なら攻撃直前に防ぐのが難しいだろう。だが、貫通しないのでは大したダメージにならない。

 それをわかってか、不意の奇襲だったが騎士たちからは特段混乱の色は見えない。

 偶然かもしれないが都合よく狙撃できたところは良いのだが、有効打足り得ないのに撃ったのはケンジローらしからぬ行動だろう。まるで誰かから指示されて撃ったような感じ──

 いや、偶然じゃないはずだ。私たちからケンジローの意思をくみ取るのはできないが、ケンジローはスキルを使って私たちのやり取りを傍受できるのだから。

 もしそうならば考えがある。

 まずは私と『月夜見』が騎士たちに詰め寄られて接近戦に持ち込まれぬよう警戒しているマキに問いかける。

「ねえマキ。アイツらの鎧の弱点ってわかるかしら」

 急に聞いたものだから小首を傾げたマキだが、すぐに答えてくれた。

「あの鎧は特注のようですが、胸部と腹部の間辺りは着脱時に外れる仕組みになっているみたいなのです。そこを武器で突ければ貫けそうですが、それだけ──ああ、そういうことでしたか」

「え? どういうことだい?」

 私の考えを察したマキと察せずアワアワしている『月夜見』を見て私は自信満々で遠くへ視線を送る。

 これだけで伝わるはずだという自信が、再びなった発砲音によって確信へと変わった。
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