THREE MAGIC

九備緒

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番外編 あり得ない人選

《前編》

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 性格に難はあるものの、第一王子アレクセル・アレクセイの魔法の才能。
 そして、魔法の研究に対する熱意は、万人の認めるところである。
 魔法のアイディアも出尽くしつつあるとされる現代。
 それでもアレクには、数年に一度は新作魔法を世に出しているという実績もある。

 一千万年に一度の英雄召喚の儀式に向けた事前会議。
 本来王族は不参加のはずの、宮廷魔法師やその弟子や補佐官たちによって行われるその会議にアレクが参加を申し出たことも、その実績から当然のように受け入れられた。
 魔法の研究・開発に誰よりも意欲的な王子のことである。
 それはむしろ、自然な流れとして受け入れられたのだ。

 ところが――会議の終盤。
 あとは英雄を出迎える者を決めるだけという段階にきての王子の発言に、参加者は凍りつくことになる。


 *


 国に語り継がれることとなる英雄の召喚。
 魔法が存在しない。もしくは、あまり発達していない世界からの唐突な召喚であることを考慮し、英雄に与える混乱や恐怖心を最小限に留めるため、出迎えは代表者一名で行うというのが、この儀式におけるしきたりである。

「その役目、俺がやろう。」

 そんな王子の言葉は、王子の性格を熟知している魔法師たちにとってはとんでもない爆弾発言だった。

 高慢不遜。
 他人に気を遣うことなど知らないのではないかと思われる――むしろ、蔑み暴言を吐くことが取り外し不能の標準装備なのではと認識されている王子である。

 彼の王子の有能さ、身目の良さは本当に素晴らしいもの。
 けれど、その性格難は、到底英雄の出迎えには向かない。
 性根が腐っているとまではいかないのだが、自国の王子ながら、容赦ない自分勝手さは誰も否定できないのだ。
 国の英雄を出迎える者として、最悪の部類に入る人選である。

 魔法師たちは、青ざめた顔でお互いの顔を見合わせる。
 英雄のためにも是非なかったことにしたい申し出だが、それを指摘しようにもやる気を見せているこの王子に対して、そうと言える人間はなかなかいない。

 何せ身勝手な性格と、幼いながらも三賢人と並び評されるほどの魔法の腕の持ち主なのだ。
 下手に機嫌を損ねれば、カエルやブタに姿を変えられてしまうかもしれない。
 そうでなくとも得体のしれない新しい魔法の実験体にされてしまうに違いない。
 国に有益な筈の優れた魔法の才能も、アレクの不遜な性格と併わさると、時に有害なものとなるのだ。

 暫くして、縋るような視線が一人の人物に集められた。
 三賢人と呼ばれる一人、現在国一の霊魔法の使い手である――『霊師』グリシア・ロトファーだ。
 幻師、時師、時師――国の中でそれぞれの系統で頂点に立つ最高位の魔法の使い手を三賢人と呼び、魔法で栄えるこの世界で、彼らは憧憬の対象である。
 しかし、現役の宮廷魔法師たちは魔法の腕は素晴らしいものの、女性恐怖症のベルフェールを筆頭に、多少と言わず問題がある。
 そんな中で、一番性格はまともとされているのが、グリシアである。
 その為、いざという時に、こうして他の魔法師から頼りにされやすい。

 周囲の期待の視線を受けて、グリシアは物憂げな溜息をひとつ洩らすと静かに立ち上がった。
 長く美しい神秘的な白銀の髪。彫刻のような整った顔立ち。そして、グリシア最大の魅力と言われる細長の色気を漂わせた眼差し。
 『眼差しで殺す』とは専らの評判で、グリシアに見つめられて堕ちない女性はいないとまで噂されている、国一の美貌の持ち主だ。
 ただし、惜しいことに――グリシア・ロトファーは子持ちの人妻で……
 ――そう。とても優れた『』をもつ、正真正銘の『』なのである。
 グリシアがもし男性であったら――ベルフェールの悩みはさぞや軽減されたことであろうが、玉の輿狙いの現実的な女性たちにとって、グリシアはあくまで『鑑賞用』なのだ。
 けれど、グリシアに女性のファンが多いことは事実。
 その現実に、現状でも大分ベルフェールは助けられているのである。

「おそれながら王子。英雄の出迎えを成人の儀を済ませていない者が迎えた前例はありません。」

 そんなグリシアの意見に、周囲の魔法師たちは追従するように頷きあう。
 表立って王子の出迎えに不向きな性格を訴えることはできないが、前例理由にそれを後押しするくらいはできる。
 誰がまとめたわけでもないが、魔法棟の総意は、この王子に出迎えは任せられないとの思いで固まっていた。
 しかし、グリシアの意見から強まる否定的な周囲の雰囲気に呑まれることなく、王子は余裕の表情だ。

「フン。そうだな。前例と言うなら、三賢人のいずれかが務めてきた役目だな。」

 そう肯定してから、アレクは嘲う。

「だが、現役三賢人の中で誰が適任だというんだ?」
「私か、長官のいずれかになるでしょう。」

 そうグリシアが答えたのは、残る三賢人の一人――『時師』は神出鬼没で、目下失踪中。
 この会議にも欠席していたためだ。
 現役の『時師』クウガ・クロムラーは、歴代の時師の中でも一・二位を競う優れた時魔法の使い手だが、気分屋すぎるところがある。
 特に会議や儀式などの形式ばった場には、まず現れないことで有名だ。
 批判も多いが、時魔法の優れた使い手は稀有で、代わりが務まる者も他にいない。
 三賢人の中で唯一弟子がいないのも、時魔法の才能に溢れた魔法の使い手が、あまりに稀有なためだ。

「まあ、そうだろうな。だがそうなると問題があるだろう?」
「問題?」

 訝しげな表情を浮かべるグリシアに、愉しげにアレクは問いかける。

「英雄が女だったらどうなる?」
「!!」

 グリシアをはじめとした魔法師たちが、一斉に息を呑んだ。
 完全に……失念していたことだった。

 召喚される英雄は、ランダム。
 容姿、年齢はもちろん、性格だってわからない。
 男かもしれなければ、女かもしれない。
 男であれば、問題ない。
 けれど女であれば、ベルフェールにはまず務まらない。
 女性恐怖症のベルフェールに、女性の出迎えなど言語道断。
 英雄の混乱・恐怖心以前に、ベルフェールの方が恐怖で錯乱してしまう。
 かといって、グリシアに務まるかというと―ーこれもまた問題だ。

 三賢人で「性格は」一番まともなグリシアの問題点は、相対する女性の反応なのである。
 グリシア自身にその気は全くないのだが、女性相手の場合、目を見て話すとかなりの確率で悩殺してしまうのだ。
 グリシアの女性ファンは多い。そして、とてつもなく熱烈だ。

(女なのに……夫だっているし、子供だって生んだのに!!)

 強烈すぎる自分のファンたちの姿を思い浮かべ、グリシアは脱力する。
 異性ならまだしも、同性にああも熱のある潤んだ瞳ばかり向けられる自分が酷く悲しい生き物に思えてならない。

 英雄の出迎えをするとなれば、必然的に英雄とは「二人きり」というなんとも危険な環境!
 まして、英雄相手に目を見て話さないなんていう失礼なこともできない。

(したくない。したくないけどっ!出迎えなんてしたら、悩殺しない自信なんてない!)

 肩を落とすグリシアに、周囲の宮廷魔法師たちも顔を見合わせる。
 ベルフェールは論外。
 かといってグリシアも問題は大きい。

「英雄が悩殺されたら、魔法案どころじゃないよな。」

 誰かの小さな囁きに、空気が重くなる。
 そんな中一人愉しげに、アレク様は仰られた。

「現役三賢人より、俺の方が適任と思うのは自惚れか?」

 適任かと言われても頷き難いが、三賢人に適任がいない上、王子が立候補している以上、他に候補もいなかった。

 あり得ない人選と思われながらも、こうしてアレクの英雄の出迎えが、会議で可決されたのである。 

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