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94話 クリスマス
クリスマス当日。
ミクはいつも通り制服に袖を通し、渋谷の携帯電話ショップの店頭に立っていた。
平日だというのに、街は浮き足立っている。
赤と緑の紙袋、手を繋ぐカップル、どこからか流れてくるクリスマスソング。
「こちらの機種ですと、料金は今より少し下がります」
いつも通り声を張って、笑顔を作る。接客はもう体に染みついているのだ。
なんとなく終わりが見えているこの仕事が、やっぱり好きだった。
仕事を終え、バックヤードでコートを羽織る。
スマホを見ると、涼太から短いメッセージが届いていた。
"お疲れ。代官山、19時で"
ミクは自然と口元が緩んだ。
夜の代官山は、隣の渋谷とはまるで違う顔をしていた。落ち着いた灯り、静かな通り、控えめに飾られたイルミネーション。
涼太が予約したのは、路地裏にある、落ち着いた雰囲気のスペイン料理店だった。
重たい木の扉を開けると、オリーブオイルとハーブの香りがふわりと広がる。
向き合ってグラスを合わせると、小さな音が鳴った。
「メリークリスマス、ミク」
「メリークリスマス、涼太」
コースは、タパスから始まった。
イベリコ豚の生ハム、アンチョビの効いたオリーブ、そしてバケットに塗られたトマト。
続いて、海老のアヒージョが運ばれてくると、ミクの表情がぱっと明るくなる。
彼女の反応を見て、涼太は満足そうに頷く。
仕事の話、最近の勉強の話、紗弥のこと…いつも話題を振るのはミクだった。
涼太は彼女の話を遮らず、いつも以上に柔らかい表情で相槌をうつ。
まるく茶色の瞳、少し丸みを帯びた小さい鼻、口角の上がった唇に乗せられたリップはいつもり色味が濃い。
彼女が首を傾げる度に、柔らかい黒髪が揺れた。
最近は彼女の顔をゆっくり見る機会がなかったが、変わらず愛おしい表情だった。
——やっぱり綺麗だな…ミク…
そんなことを想いながらつい見惚れてしまう。
「涼太、話、聞いてる?」
ハッと気付くと、怪訝そうな顔でこちらを見つめている。そしてそんな表情さえ可愛いと思ってしまう。
「ああ、聞いてるよ、ごめんな」
「もう…」
ミクはグラスを置き、少しだけ視線を伏せたまま言った。
「……去年はさ、遠距離で、クリスマス一緒に過ごせなかったじゃない?」
涼太は静かに頷く。
思い出すように、ほんの一瞬、目を細めた。
「だから、今年は一緒にいられて……すごく嬉しいよ」
そう言って恥ずかしそうに微笑んだ。
「ああ、俺も嬉しいよ」
食事を終え、デザートが下げられた頃、涼太はタイミングを見計らうように、茶色のショッパーを彼女に渡した。
「クリスマスプレゼントだ」
ミクは一瞬、言葉を失ってから、そっと受け取る。
「嬉しい…ありがとう」
袋を開けると、中から現れたのは、エルメスの赤いカードケースだった。
深みのある、品のいい赤色だった。
「仕事でも使えるだろ?」
「うん…大事に使うね」
カードケースを胸に抱きしめてから、少し照れたように彼を見る。
「カードケースって……なんか大人だね」
そう言って、もう一度赤いカードケースを見つめた。
少し前の自分なら、こんな贈り物を“背伸び”だと感じていたかもしれない。
でも今は、不思議としっくりくる。
「もうすぐ三十だしな。いつか社労士って書かれた名刺を入れろよ」
そう言って優しく微笑んだ。
ミクはその言葉に力強く頷いた。
「それと…」
涼太はワイングラスを置くとじっと彼女を見つめた。
「今夜は……抱かせてくれよ?」
冗談めかすこともなく、まっすぐな視線を彼女に送る。さっきまでの柔らかな空気が、静かに引き締まる。
ミクは唇を噛みしめるようにして、視線を落とした。耳まで赤くなる。
「…改めて言われると、恥ずかしいよ」
小さく呟くと、涼太は少しだけ意地悪そうに口角を上げる。
「いいだろ?」
間を詰めるように、低い声で続けた。
「どうなんだよ」
ミクは答えず、ただ一瞬だけ彼を見上げる。
それから、逃げるように目を伏せ、黙って頷いた。
涼太はふっと笑う。
「おまえ、勉強に夢中で忘れてただろ?俺は一カ月我慢したからな?」
低く抑えた声に、ミクは赤面する。
「……忘れてたわけじゃないよ」
「じゃあ最後にしたのはいつだ?」
彼女はますます顔が赤くなる…
「だから…一カ月前なんでしょ?」
涼太はさらに片側の口角を上げる。
「ああ、後ろから攻めたらおまえが、えらく乱れた日だ」
ミクの顔がさらに赤くなる。
「おまえ、後ろからは好きじゃないって前に言ってたけど、すごかったぞ?」
「涼太、もうやめて…ここ、レストランだし」
頬を手で覆い、強がるように言うけれど、耳まで赤い。
ミクもその日のことはしっかりと覚えていた。
あまりの快感で、あれを続けたら自分が勉強から遠ざかってしまいそうで怖かった。
「仕事も、家のことも、勉強もちゃんと頑張ってるのは分かってる」
そう言って、彼女の手にそっとふれた。
「だから余計に、思い出したくなるんだよ。おまえが俺の女だってことを」
ミクはその言葉だけで下着が濡れるのを感じた。
——私だって本当はずっと抱かれたかった…
ふたりはそのまま手を繋ぎ、レストランを後にして、中目黒のマンションへ向かってゆっくり歩き出した。
ミクはいつも通り制服に袖を通し、渋谷の携帯電話ショップの店頭に立っていた。
平日だというのに、街は浮き足立っている。
赤と緑の紙袋、手を繋ぐカップル、どこからか流れてくるクリスマスソング。
「こちらの機種ですと、料金は今より少し下がります」
いつも通り声を張って、笑顔を作る。接客はもう体に染みついているのだ。
なんとなく終わりが見えているこの仕事が、やっぱり好きだった。
仕事を終え、バックヤードでコートを羽織る。
スマホを見ると、涼太から短いメッセージが届いていた。
"お疲れ。代官山、19時で"
ミクは自然と口元が緩んだ。
夜の代官山は、隣の渋谷とはまるで違う顔をしていた。落ち着いた灯り、静かな通り、控えめに飾られたイルミネーション。
涼太が予約したのは、路地裏にある、落ち着いた雰囲気のスペイン料理店だった。
重たい木の扉を開けると、オリーブオイルとハーブの香りがふわりと広がる。
向き合ってグラスを合わせると、小さな音が鳴った。
「メリークリスマス、ミク」
「メリークリスマス、涼太」
コースは、タパスから始まった。
イベリコ豚の生ハム、アンチョビの効いたオリーブ、そしてバケットに塗られたトマト。
続いて、海老のアヒージョが運ばれてくると、ミクの表情がぱっと明るくなる。
彼女の反応を見て、涼太は満足そうに頷く。
仕事の話、最近の勉強の話、紗弥のこと…いつも話題を振るのはミクだった。
涼太は彼女の話を遮らず、いつも以上に柔らかい表情で相槌をうつ。
まるく茶色の瞳、少し丸みを帯びた小さい鼻、口角の上がった唇に乗せられたリップはいつもり色味が濃い。
彼女が首を傾げる度に、柔らかい黒髪が揺れた。
最近は彼女の顔をゆっくり見る機会がなかったが、変わらず愛おしい表情だった。
——やっぱり綺麗だな…ミク…
そんなことを想いながらつい見惚れてしまう。
「涼太、話、聞いてる?」
ハッと気付くと、怪訝そうな顔でこちらを見つめている。そしてそんな表情さえ可愛いと思ってしまう。
「ああ、聞いてるよ、ごめんな」
「もう…」
ミクはグラスを置き、少しだけ視線を伏せたまま言った。
「……去年はさ、遠距離で、クリスマス一緒に過ごせなかったじゃない?」
涼太は静かに頷く。
思い出すように、ほんの一瞬、目を細めた。
「だから、今年は一緒にいられて……すごく嬉しいよ」
そう言って恥ずかしそうに微笑んだ。
「ああ、俺も嬉しいよ」
食事を終え、デザートが下げられた頃、涼太はタイミングを見計らうように、茶色のショッパーを彼女に渡した。
「クリスマスプレゼントだ」
ミクは一瞬、言葉を失ってから、そっと受け取る。
「嬉しい…ありがとう」
袋を開けると、中から現れたのは、エルメスの赤いカードケースだった。
深みのある、品のいい赤色だった。
「仕事でも使えるだろ?」
「うん…大事に使うね」
カードケースを胸に抱きしめてから、少し照れたように彼を見る。
「カードケースって……なんか大人だね」
そう言って、もう一度赤いカードケースを見つめた。
少し前の自分なら、こんな贈り物を“背伸び”だと感じていたかもしれない。
でも今は、不思議としっくりくる。
「もうすぐ三十だしな。いつか社労士って書かれた名刺を入れろよ」
そう言って優しく微笑んだ。
ミクはその言葉に力強く頷いた。
「それと…」
涼太はワイングラスを置くとじっと彼女を見つめた。
「今夜は……抱かせてくれよ?」
冗談めかすこともなく、まっすぐな視線を彼女に送る。さっきまでの柔らかな空気が、静かに引き締まる。
ミクは唇を噛みしめるようにして、視線を落とした。耳まで赤くなる。
「…改めて言われると、恥ずかしいよ」
小さく呟くと、涼太は少しだけ意地悪そうに口角を上げる。
「いいだろ?」
間を詰めるように、低い声で続けた。
「どうなんだよ」
ミクは答えず、ただ一瞬だけ彼を見上げる。
それから、逃げるように目を伏せ、黙って頷いた。
涼太はふっと笑う。
「おまえ、勉強に夢中で忘れてただろ?俺は一カ月我慢したからな?」
低く抑えた声に、ミクは赤面する。
「……忘れてたわけじゃないよ」
「じゃあ最後にしたのはいつだ?」
彼女はますます顔が赤くなる…
「だから…一カ月前なんでしょ?」
涼太はさらに片側の口角を上げる。
「ああ、後ろから攻めたらおまえが、えらく乱れた日だ」
ミクの顔がさらに赤くなる。
「おまえ、後ろからは好きじゃないって前に言ってたけど、すごかったぞ?」
「涼太、もうやめて…ここ、レストランだし」
頬を手で覆い、強がるように言うけれど、耳まで赤い。
ミクもその日のことはしっかりと覚えていた。
あまりの快感で、あれを続けたら自分が勉強から遠ざかってしまいそうで怖かった。
「仕事も、家のことも、勉強もちゃんと頑張ってるのは分かってる」
そう言って、彼女の手にそっとふれた。
「だから余計に、思い出したくなるんだよ。おまえが俺の女だってことを」
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