毎日スキルが増えるのって最強じゃね?

七鳳

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第一章 『転生』

六話

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 翌日――激戦の疲れから目覚めると、すでに日は高く昇っていた。いつもなら真っ先に【ガチャ】を回そうと張り切るところだが、身体が重く、起き上がるだけで息が切れそうになる。昨日の戦闘で憤怒のスキルを使った反動が思いのほか大きかったのだろう。血まみれで倒れ込んだ猪の姿がまだ脳裏をちらついて、胸の奥がどこかざわついている。

「はぁ……ほんと、無茶したな……」

 前回と違って、今日は“まだ何もしてない状態”だから、焦る必要もないと思いたい。しかし、日課となったガチャを回さずにいるのも落ち着かない。ベッドの上で胡坐をかき、深呼吸して気合いを入れ直し、「ガチャを回す」と心の中で念じる。すると脳内に小さなジリッという刺激が走り、いつものようにスキルの抽選が始まった。結局、昨日はあれだけ大変な目に遭いながらも、夜はぐっすり眠ってしまい、ガチャを回すのをすっかり忘れていたのだ。それでもちゃんと“一日一回”の権利は残っているらしい。

「うーん、何が出るかな……また傲慢や憤怒みたいなヤバいスキルが来られても扱いに困るんだけど」

 少し身構えながら待っていると、流れ込んできた情報には、幸い“ユニークスキル”や“大それたスキル名”は見当たらなかった。どうやら普通の“特殊スキル”のようだ。
『特殊スキル:「精密採取」取得』

「精密採取……まあ、こういう地味系のほうがありがたいっちゃありがたいかも。ガラクタ拾いとか素材集めをするときに役立ちそうだしな」

 頭の中で詳細を探ると、小さな物体や複雑な魔物素材を丁寧に扱う際、失敗を減らしたり、品質を保ったまま採取できたりする効果があるらしい。地味ではあるが、今の自分にはむしろ有用かもしれない。前回の激戦を経て痛感したのは、戦闘以外のスキルも少しずつ充実させておくべきだということ。足軽行軍にしても采配にしても、いざというときの備えになる。

「よし、精密採取……悪くない。大暴れするスキルじゃなくて少しホッとした」

 そう呟いてひと息つくが、身体の怠さはまだ抜けきっていない。今日は無理にクエストに出るより、ギルド周辺か街中をゆっくり散策して回復に努めるほうがいいかもしれない。二つの“七つの大罪”ユニークスキルを抱えたこの状態で、また激戦に飛び込むのはリスクが大きすぎると感じていた。

 身支度を整え、階段を下りると、宿の女将が呆れたような顔でこちらを見てくる。「昨日は血塗れで帰ってきたくせに、今度はすっかり寝坊かい? やれやれ」と茶化されるが、正直返す言葉もない。簡単に朝食を済ませると、外套を羽織って宿を出た。夏のような強い日差しが石畳を照らし、通りには商人や行商人が行き交い、露店からは香ばしいパンの匂いが漂ってくる。こうした平和な朝を見ると、本当に昨日の血腥い戦闘が同じ世界の出来事とは思えない。

「さて、今日はのんびりいこう。体が回復したら、また少し稼ぎのいい依頼を探したいけど、焦る必要はないしな」

 そう自分に言い聞かせるようにぶらぶら歩いていると、人だかりの気配がした。通りをぐるりと回りこんだ先に、大きな馬車が停まり、何やら兵士たちが周囲を警戒している。馬車の脇には――貴族らしき身なりの青年がいて、その背後に数人の従者が控えている。彼らが何やらもめごとを起こしているようで、兵士たちとの間に険悪なムードが漂っていた。

「そこの者、いいからどけ! 我々は急ぎで王都へ向かうのだ。下々の事情なんぞ知るものか!」

「ですが、領都の通達では怪しげな輸送物を検問するようにと……。あなた方の馬車には不審な箱が積まれているという報告があって――」

「余計なお世話だ、貧乏人め! 俺たちの輸送する品にケチをつけるとはいい度胸だな!」

 貴族然とした青年は明らかに血の気が多い性格らしく、兵士らに掴みかからんばかりの勢いだ。兵士側も職務で検査をしなくてはならないのだろう。いずれにせよ、通りが塞がれ、周囲の行商人や通行人が立ち往生して困惑しているようだ。俺も野次馬の一人として少し離れたところから見ていたが、これ以上話がこじれると厄介だ。

「ったく、朝から妙に騒がしいな。関わらないほうがいいか……」

 そう呟いた矢先、行列の向こうにどこか見覚えのある小柄な影を見つけた。ウサギ耳の獣人の少女――以前、俺に東の区画の武器屋を教えてくれた子だ。彼女が懸命に周囲をすり抜けようとしているのだが、兵士と貴族の対立で道を塞がれているため、なかなか抜け出せないでいるようだ。見れば、小脇に包みを抱えてあちこち動いているが、人垣に阻まれて困っている。

 思わず声をかけに近づくと、「あ、冒険者さん!」とパッと表情を明るくしてくれた。周囲の喧騒で聞き取りづらいが、どうやら彼女は店への納品やお使いのために急いでいるらしい。

「ねえ、ちょっとでも通る隙間があればいいんだけど……あの馬車と兵士さんたちのせいで全然進めなくて」

「うーん、迂回できる裏道があるけど、荷物を持ったままだと遠回りすぎるかな。……どれ、ちょっと行ってみよう」

 俺は彼女を連れ、人混みの端へ回り込む。とはいえ、傲慢や憤怒の力を振りかざして強引に突破するわけにもいかない。一方、その貴族青年と兵士たちの口論はエスカレートしそうな様子だ。互いに剣の柄に手をかけ、ギラついた目でにらみ合っている。さすがにここで衝突が起きたら街の治安に関わる。近くにギルドの仲裁要員か、騎士団はいないのかと周囲を見回すが、まだ現れていないようだ。

 その時、貴族青年がついに癇癪を爆発させたのか、兵士の胸倉を掴んで「この街の連中は皆下衆ばかりか!」と怒鳴り散らす。兵士も怒気を抑えきれず「何をっ……!」と手を振り上げた。おいおい、まさか剣を抜くんじゃ……? 周囲の冒険者らしき人も戸惑いの表情を浮かべている。誰も下手に手を出したくないのだろうが、見過ごせば一触即発の乱闘だ。

「……やれやれ、面倒くさいな。わざわざ首を突っ込む義理はないが、変に暴れられても困るし……」

 俺は内心でため息をつく。せっかく今日はおとなしく休息モードで過ごすつもりだったのに、こんなトラブルに遭遇してしまうとは。ただ、もしこのまま暴力沙汰になれば、多くの通行人が巻き込まれるかもしれない。特に、このウサギ耳の少女が近くにいるのを考えると、放置して被害に遭われるのも嫌だ。

 以前なら“余計なことはしない”と見て見ぬふりをしたかもしれないが、今の俺は少なくとも“冒険者”の看板を背負って生きている。もう少し気概を見せてもいいかもしれない。……そう思って、俺は少女に軽く目配せをして「ここで待ってて」と告げると、人だかりの中へ割って入った。どいつもこいつも躊躇しているが、俺が一声かければ何とかなるかもしれない。

「……あの、すみません。ちょっと落ち着きましょう。兵士さん、あなたも剣を抜く前にもう少し言葉を選んで話し合ったら――」

「黙れ、何者だ貴様! 邪魔をするな!」

 案の定、貴族青年は怒髪天を衝いた状態で、俺の方へ腕を振り上げてきた。肘が俺の胸当てに当たり、少し息が詰まる。体格自体は大したことないが、力任せに振るわれると痛い。兵士も「市民は下がっていろ」と叫んでいるが、貴族青年は完全にカッとなっていて収拾がつきそうもない。周囲には何人か従者がいて、そちらも睨みを利かせている。

「おいおい……。このままじゃマズいって……」

 一瞬、“憤怒”が脳裏をかすめる。が、もちろんこんなところで怒りを発動してしまえば、さらに大混乱を巻き起こすだけだ。俺の“怒り”は相手を殴り殺す力であって、説得力でも仲裁力でもない。ならば“傲慢”か……? だが、仲裁程度で“自分こそ最強”と信じ込むのも相当難しい話だ。力技より言葉で止めるしかない。

「話を聞いてくれ。たかが検問でしょ? そんな大事にはならないはずだ。これは兵士さんの仕事なんだから……」

「黙れと言っているんだ! 俺の家の荷物は王家に献上するための貴重な宝物で、下衆共に触れさせるつもりはない! お前も下がれ!」

 貴族青年はさらにヒートアップし、今度は腰の剣を抜きかける様子を見せる。ここで引いたら危険だが、俺にも彼を力ずくで押さえる手段はない。この狭い場所で物理的に抑え込むと、従者たちとの乱戦になる可能性が高い。兵士が先に剣を抜けば全員の血が流れるかもしれない。やばい、どうする……!

 すると、唐突に騎乗の足音が鳴り響き、通りの奥から馬に乗った数名の騎士が駆け込んできた。先頭の騎士は甲冑を着込みながらも、凛とした瞳が印象的な女性のようで、いかにも率先して隊を率いる指揮官といった風格を持っている。彼女の背後には複数の騎士が従い、貴族青年と兵士たちを目にすると馬から飛び降りて一喝した。

「そこまでだ! 何の騒ぎかと思えば……通りを塞いで乱闘とは、いい度胸だな」

 鋭い声が空気を一変させる。貴族青年や兵士、従者たちも動きを止め、そちらに目を向けた。見ると、その女性騎士は腰に下げた片手剣にそっと手を添えつつ、険しい視線で貴族青年を睨む。彼女は表情こそ冷静だが、背後の騎士たちから放たれる威圧感は尋常じゃない。これは下手に逆らえば即座に取り押さえられるだろうという雰囲気が漂っている。

「あなた方が何者かは存じませんが、王の名において街の秩序を乱す行為は許されません。検問が必要ならば受けてもらいます。立ち去るか、さもなくば正当な手続きを踏んでください」

「なっ……お、俺は、ロウアス王国北部の名門貴族、リュード家の嫡男だぞ!? 無礼者め!」

「存じません。わたしはサンデリア守護騎士団長補佐のイゼリア。王国の法令に従って任務を遂行しています。あなたがどれほど高貴な家柄でも、街中での闘争は許しがたい行為です」

 イゼリアと名乗った女性騎士の毅然たる態度に、貴族青年も大人しくはならないが、さすがに剣を抜くわけにはいかなくなったらしい。歯ぎしりしながら兵士を突き飛ばすと、馬車の従者を引き連れてそそくさと引き返していく。検問は拒否された形だが、騎士たちが追跡する様子もないので、どうやらイゼリアは下手に騒ぎを広げるより、まず秩序を取り戻すことを優先したようだ。

「ふう……なんとか収まったか」

 俺はその場に立ち尽くしたまま胸を撫で下ろす。イゼリアは残る兵士たちを軽く叱責し、周囲に集まっていた野次馬に解散を促す。なんというか、さすがは守護騎士団の補佐官だけあって、危険を最小限に抑えたうえで事態を収拾した感じだ。貴族青年は絶対釈然としていないだろうが、このまま血を見る事態よりはずっとマシだろう。

「助かったよ。あんた、危うく喧嘩の仲裁に入りかけてたみたいだが、大丈夫だったか?」

 そう声をかけてきたのは、さきほどまで怯えた様子だった兵士の一人だった。近くで見ていたらしく、俺が貴族青年をなだめようとしたのを見ていたらしい。無事に大事に至らず済んでほっとしたと苦笑している。

「いや、俺の方こそ何もできず、すみません。変に割り込んでしまって」

「いいんだ。あのままでは本当に斬り合いが始まるところだったかもしれないし、あんたが声をかけたから多少は気が逸れたんじゃないかな。助かったよ」

 兵士が小さく笑う。そこへ騎士団長補佐のイゼリアが近づいてきて、俺たちをちらりと一瞥した。近くで見ると端正な顔立ちで、女性と分かる柔らかな輪郭も感じられるが、その佇まいは鋼のように揺るぎない。彼女は少し緊張を孕んだ声で言う。

「あなたは……冒険者かしら? 乱闘を止めようとしてくれていたようだけど。危険な真似をするわね」

「ええ、まあ、見過ごすとまずいかなと思って……実際、自分がどうにかできる相手でもなかったですが」

「そう。……まあ、心意気は評価するわ。でも、下手に貴族絡みのもめごとに深入りすると面倒だから気をつけて。ここはあくまでギルドの街であり、わたしたち騎士団の管轄も及ぶ場所。あなたが冒険者として生きるなら、地に足をつけて行動することね」

 厳しさの中にもどこか柔らかな配慮を感じる言葉に、俺は思わず背筋を伸ばして頷いた。イゼリアはそれで満足そうに微笑み、兵士に軽く指示を出して戻っていく。貴族青年がどこへ行ったのかは定かではないが、とりあえずこの場は収束したようだ。大通りが再び動き出すと、人々が散り散りに作業を再開し、いつもの喧噪が戻る。

「よかった……。ありがとう、冒険者さん」

 横からウサギ耳の少女が声をかけてきた。どうにか回り道せずにここを抜けられたらしい。彼女は抱えていた荷物を少し持ち直し、「わたし、この先の店に急がなきゃ。お兄さんはこれからどうするの?」と首を傾げる。

「俺は……そうだな、今日は身体を休めるつもりで、のんびり街を見て回るよ。もうあまり冒険者稼業に没頭すると消耗が激しいから……ね」

「そっか。でも、ああいうトラブルを仲裁しようとするなんて、立派だったよ。貴族さんは怖いけど、誰かが声をあげなきゃいけないってこともあるもんね」

 年端もいかない子にそんな風に言われると、妙にこそばゆい気がする。けれど実際のところ、俺はユニークスキルを二つも持った“異世界転生者”なのに、むざむざ振り回されてばかりで、大事になりかけた場面を騎士団におんぶにだっこで救われただけだ。心の中にはまだ“憤怒”の発動と、その後の虚脱感が残っている。実力不足を痛感するばかりだし、そのうえ行動だって中途半端だ。

「……まあ、あんまり褒められるほどじゃないさ。とにかく怪我人が出なくてよかった。君も急いでるなら、もう行きなよ」

「うん。あ、今度時間があったらまたうちの店に寄ってね。薬草や新しい道具も置いてるんだ。冒険者さんなら役立つものがあるかもしれないよ」

 そう言って嬉しそうに笑うと、少女は人混みに消えていった。俺もほっと胸を撫で下ろし、街を散策する気分が少し戻ってきた。幸い、大きな衝突にはならずに済んだし、騎士団の存在も知ることができたのは大きい。ああいった正規の戦力が動けば、多少の無法者やモンスターではどうにでもなるのだろう。結局、俺の“憤怒”の出番はなし。そもそも仲裁に怒りの力を使うなんて発想が間違っているが、さっきの貴族青年の横暴ぶりに「少しムカついた」のは事実だ。

「……やっぱり、憤怒は使い所が難しい。下手をすれば、相手を気絶させるどころか殺しかねない。仲裁どころじゃないよな」

 自嘲気味に小さくため息をつき、俺は人通りの少ない細道へ足を向けた。激しい事件は回避できたし、このまま中央通りに留まっていても騒がしくて落ち着かない。せっかくだから、少し路地裏に入って商人向けの専門店や工房を覗いてみよう。精密採取のスキルも手に入れたし、魔物素材や薬草の質をアップさせる道具があれば買いたいところだ。

 地図を頭に思い浮かべながら、迷路のような路地を進む。石造りの建物が立ち並び、看板に不思議な模様が刻まれていたり、半地下のような店があったりと、メインストリートとは違う表情を見せてくれる。雑貨屋や道具屋が軒を連ね、入り口に飾られた奇妙な魔導器や骨董品に目を引かれつつ、俺はかつての日本の商店街を思い出す。

「こういうところをぶらぶらするのもいいな。焦らず、自分のペースで……」

 すっかり肩の力が抜け、ようやくリラックスした気分を味わい始めていた。ユニークスキルやガチャのことはもちろん頭にあるが、この世界で生活するには、まずこういう日常の一コマこそ大切だろう。明日になればまた別のスキルが追加されるかもしれないが、あまりそれに振り回されすぎず、自分自身が主体的に動けるようになりたいものだ。

 そんな風に散策を楽しんでいると、ふと奥まった路地に小さな看板を見つけた。木の板に「モンスター素材&魔道具修理」と書かれている。あまり人通りのある場所ではないのに、こうした店がひっそり営業しているらしい。試しに扉を叩いてみると、中からかすかに「はいはい、開いてるよ」と声がした。ドアを引いて入ると、こじんまりとした店内には魔石の欠片や鉱石、魔法陣が描かれた紙などが雑然と置かれていた。店の奥から姿を現したのは、銀髪を揺らす青年――意外にも同年代くらいに見える。ただ、どこか陰のある瞳をしているのが印象的だ。

「いらっしゃい。客か……珍しいな。ここはあまり目立たないから、たまたま迷い込んだクチか?」

「あ、ええと……はい、魔物素材や修理って看板が気になって、ちょっと見てみたいなと思って……」

「ふーん。まあ適当に見ていってよ。修理依頼なら受け付けるよ。別に大した技術はないが、錬金術の基礎をかじったから、ちょっとした魔道具や素材のリメイクくらいならできる」

 そっけない口調ながら、どこか人を寄せ付けない雰囲気はあるが、邪険に扱うわけでもなさそうだ。俺は店内をきょろきょろ見回しながら、ふと思い立って声をかけた。

「そうだ、今は修理品はないんですが、昨日倒した猪の素材をどう加工したら売値が上がるかとか、そういう相談ってできますか?」

「おお、猪か……牙や骨は鍛冶屋に売るのが定番だが、内臓とか血液の利用にも価値がある場合がある。錬金術で薬品の原料に使うこともあるからな。まあ全部自力で解体したり処理したりしなきゃいけないけど……って、お前、ちゃんとできるか?」

「精密採取のスキルはあるんですが、解体技術はまだ初心者で……でも、昨日は勢いで倒しただけで、しっかり素材を回収できなかったんですよ。もったいないことしたなあって思ってて」

「そりゃ惜しかったな。まあ、今度からはしっかり準備して挑むんだな。ええと……そのスキルがあるなら、採取した素材の品質を保ったまま加工するのはそんなに難しくないはず。できれば防腐の手段とか、血抜きの道具を用意するといい。うちにも多少は置いてあるよ。高くはないし、興味があれば買っていくか?」

 青年は飄々とした態度で、棚の一角から小瓶や謎のポーションが並ぶ箱を取り出した。解体時に使う薬液や、素材の変質を抑える簡易防腐剤などが入っているらしい。値段を聞いてみると、そこまで高額でもない。手持ちの銀貨で十分賄えそうだ。

「これだけあれば、次回からは腐敗したり痛んだりしないで素材を持ち帰れそうだ……わかりました、ぜひ買わせてもらいます。助かります!」

「商売にありつけて俺も助かるよ。……ったく、こんな裏路地に店を構えてるとなかなか客が来なくてな。ああ、まあいいや。包んでやるからちょっと待ってて」

 店主は慣れた手つきで瓶や小袋を梱包しながら、不意に俺の顔をじっと見つめた。妙な空気が流れ、俺は少し身構える。すると彼はぼそりと言葉を漏らした。

「スキルが豊富なようだが……お前、何か変わった境遇でもあるのか?」

「え……? そ、そう見えます?」

「さあな。ただ、妙に“異なる気配”を感じるんだよ。気のせいかもしれないが……まあ、客に踏み込んだ話をするのは無粋か。忘れてくれ」

 そう言ってすぐに話題を切り上げたが、ドキリと胸が鳴る。まさか、ガチャや七つの大罪スキルが透けて見えたわけではないだろうが、この世界で得体の知れない力を持つ俺には、敏感に気づく人物もいるのかもしれない。下手な刺激を与えないほうがいいと直感し、俺は黙って金銭を支払い、店を後にした。

 外へ出ると、昼の日差しが路地の合間から降り注ぎ、さっきまで曇っていた気持ちが少し晴れた。貴族のいざこざや、騎士団の登場、そして裏通りの錬金術店――ほんの数時間の出来事にしては盛りだくさんだ。こういう小さなドラマの積み重ねで、この世界に生きている実感が染み込んでいくんだろう。

「よし、帰ったらこの防腐剤とか薬液をチェックしておこう。今度からは素材の無駄を減らせるはずだし、精密採取も使えるんだから、収益を伸ばせるチャンスだ」

 昨日までは憤怒のスキルの扱いで頭が一杯だったが、こうして日常的に準備を整える時間も大切だ。心の傷や恐怖はすぐに癒えないし、憤怒が再び暴走する可能性もあるが、俺には“ガチャ”で得た多様なスキルがある。それらをきちんと連携させ、落ち着いて対処すれば、昨日のような苦境も乗り越えて成長できるだろう。背伸びせず、一歩ずつ――。

 石畳を踏みしめつつ、宿へ向かう帰り道。薄暗い過去が俺の背中に張り付いているような感覚は消えないが、それでも人々のざわめきと活気ある町の匂いが妙に心地よい。もし本当にこの先、魔王や勇者の伝説が現実に形を変えて蘇ったとしても、今の俺はもう逃げない。傲慢も憤怒も、そして日々増えていく他のスキルも総動員して、この世界で堂々と生きてみせる。激しく移ろう喧噪を横目に、俺は小さく決意を固めながら、今日のところは静かに部屋へ帰る足を進めたのだった。
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