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第一章 『転生』
九話
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あれから数日。
採取や軽い討伐クエストを地道にこなしながら、俺は念入りに自分の行動をコントロールしていた。
特に注意したのは、絶対に“憤怒”や“傲慢”のユニークスキルを街中で大きく使ってしまわないこと。
ゼクトから忠告されたとおり、一度でも派手に魔力を放出してしまえば、俺の存在は目立ってしまうだろう。
まだ自分の力を制御しきれていない段階で妙な噂が立てば、命を狙われたり、思わぬ権力争いに巻き込まれる可能性がある。――そう考えると、しばらくは地味に実力を伸ばすのが最善だと思えた。
ところが、その“小さく生きる”という方針は思いのほか難しく、少し油断するとすぐに伏線を呼び寄せるような出来事が起きる。
たとえば、あの猫耳の少女を見かけた日から、宿屋には妙に緊張した空気が流れ始めた。
宿屋の店主や女将はいつも通りに見えたが、廊下の奥の部屋から何度か“子どもの泣き声”が聞こえてきたり、ドア越しに誰かがひそひそと話す気配を感じたりしたのだ。
どうにも胸騒ぎがして、数日前に目撃した黒い羽毛のことが頭を離れない。
「……あの子、結局なんだったんだろう?」
そんな疑問を抱えたまま、今日も俺はギルドの掲示板を見にきていた。
依頼は山ほどあるが、連日同じような採取ばかりではさすがに飽きる。
そろそろ討伐クエストに挑みたい気持ちもあるが、一歩間違えて憤怒を発動してしまうと、また大きな魔力の波紋を残すおそれがある。
加えて、ゼクトが言っていた巨大魔物の足跡は未だに正式な報告がないままで、“デマ”として処理されているらしい。
だが、裏で何かが進行している気配はあるのに、表の情報だけでは分からない。
「ここは安全に見えて、ひと皮剥けば謎だらけだな……」
掲示板を眺めていると、同じくクエストを探しているのだろう、獣人族の男女が複数視界に入った。
ここ数日でやけに獣人の冒険者が増えている気がする。
犬系、ウサギ系、ネコ系、トラ系……中には体毛がかなり目立つ者もいるし、本当に多種多様だ。
この街は辺境都市ゆえに様々な人種が行き来するのが特徴とはいえ、こう短期間に獣人が増えるのは珍しいのではないだろうか。
まさか、あの猫耳の少女とも関係が……?
そんな曖昧な予感を抱きつつ、思わず彼らの後ろ姿を見やる。
すると、彼らの中の一人――歳はバラバラだが、落ち着いた雰囲気の青年が、鋭い視線をこちらに投げかけてきた。
まるで、俺が彼らを観察しているのを察知したかのようだ。
慌てて目をそらすが、胸にざわりとしたものが走る。
何なんだ、この嫌な感じは。
「すみません。通してもらっていいですか?」
背後から声をかけられて振り返ると、錬金術師のゼクトが無表情で立っていた。
彼もまた依頼をチェックしに来たのだろうか。
人混みの隙間を縫って近づいてきたゼクトは、俺の視線が獣人たちのほうを向いていたことに気づいたらしく、小さく首をかしげる。
「珍しいな、お前が獣人に興味を示すとは」
「いや……最近獣人が多い気がしてな。あの猫耳の子どももそうだけど、この街で何か集会でもあるのか?」
「さあ、そこまでは知らないが……、ここ数日、獣人の一派が集まっているという噂は聞いた。元々、獣人同士が集まる“集落”や“国”はいくつかあるが、ロウアス王国内は彼らにとって必ずしも住みやすい土地じゃない。にもかかわらず、なぜ今になって集団でやってきているのかは不明だ」
ゼクトは淡々と語ったあと、ちらりと貼り紙を見て「今日は大した依頼がないな」と肩をすくめる。
そして、ふと声のトーンを落として付け加えた。
「……ところで、お前、あの話はもう聞いたか? “七つの大罪”を持つ者を探す組織の噂が、再びささやかれ始めているそうだ。しかも、その組織には獣人が多く所属しているらしい。単なる憶測かもしれないがな」
「っ……!」
七つの大罪。
俺の胸がどきりと鳴る。
その組織の存在こそ、ゼクトが以前に匂わせていた危険要素だ。まさかもう街に入り込んでいて、獣人が一斉に増えているというのは、彼らの動きの一端なのだろうか。俺は思わず視線をめぐらすが、既に先ほどの獣人たちの姿は見当たらない。
ギルドを出てどこかへ向かったのだろうか。
ゼクトは俺の固まった表情を見て、小さく息をつくようにして言う。
「今はまだ、はっきりした証拠もない。誰がその組織の一員で、どの程度の計画をしているかも分からない。ただ、最近の獣人流入と無関係とは思えないんだ。……お前、もし本当に七つの大罪を所持しているのなら、とにかく用心しろ。彼らが“すでに大罪を複数手にしている者”を見逃すとは思えない」
「分かった。まあ、あんまり派手に行動する気はないけど……そっちも気をつけてな」
「俺は魔力を大放出するような危険スキルを持たないから安心だ。せいぜい匂いがつかないように気を張ってろよ」
ゼクトは相変わらず淡白にそう言い残し、ギルドの外へ足早に去っていった。
金がなくて困っているわけではないのだろうが、錬金術用の素材か何かを探しているのかもしれない。
もっとも、彼は最初から人付き合いが好きではないふうだったが、最近はこうして情報をわざわざ教えてくれるあたり、多少は俺を気にしているのだろう。
いや、単純に七つの大罪という“謎”に対して個人的な興味が強いだけなのかもしれないが。
「組織が動き出す、か……でも俺はまだまだ弱い。傲慢や憤怒の力を抑えるだけで精一杯だ」
それでも、俺はいつか“七つの大罪”をすべて手に入れると、どこかで確信していた。
……いや、正確に言うなら、女神ラピスのもとへ行ったときから薄っすら感じていた“予感”が日に日に強まっているのだ。「七つの大罪」が揃ったとき、俺はこの世界で何か重大な運命を背負うことになる――そんな、おこがましい妄想じみた感覚が、頭の隅から離れない。
いまだに“ガチャ”で獲得できるスキルがランダムとはいえ、この調子でいずれ残り五つの大罪を引き当てる未来が、かすかに揺らめいているのを感じるのだ。
胸をざわつかせながらギルドを後にし、通りを歩いていると、そこに見覚えのある姿が。
――猫耳の少女だ。前と同じく、何か大事そうな袋を握りしめてキョロキョロしている。
周囲の視線を嫌っているようにも見えるが、こちらに気づく様子はない。半ば無意識にそちらへ近づこうと足が動いたが、数歩進んだところで別の獣人男が彼女に声をかけ、どこかへ連れ去るように移動してしまった。
「おいおい……何なんだ? あの子どもが組織に絡んでるってのか?」
直感が騒ぐ。
あの袋の中身、前は黒い羽毛が見えていたが、今回は見えなかった。
とはいえ同じ袋を持っているのは確かだ。彼女はその羽毛を運んでいる? いや、もしかすると別の物品かもしれないが、気になることに変わりはない。
俺はとっさに追いかけようかと思ったものの、彼女の背後には獣人の男がいて、やたら鋭い殺気を放っている。
下手に刺激すればこっちが危ないかもしれない。
「……やめておこう。いまの俺には危険すぎる。何も分からないまま飛び込んでも、憤怒や傲慢を暴発させるだけだ」
そう自分に言い聞かせ、足を止める。焦る気持ちはあるが、今は準備が足りない。いずれ本当に七つの大罪を揃えて、この世界の大きな波に挑むときが来るのかもしれないが、まだ先の話だ。
いまの状態で組織に目をつけられたら、きっとひとたまりもないだろう。
宿屋へ帰る道すがら、夕闇が薄く降りてくる空を見上げながら、俺は思い出す。
ゼクトの言葉と、女神ラピスの膝枕――死ぬはずだった俺が、こうして“ガチャ”という特殊スキルを与えられ、異世界に再誕した奇跡。
あのとき確かに、ラピスは何か含みを持たせた顔で「あなたなら、どこまで歩んでいけるかしら……」と呟いていた。
まさかそれが、“この世界で七つの大罪すべてを手にする”ことまで織り込んでいたのかどうか。
今となっては測り知れないが、“女神からの賭け”のような気がするのも事実だ。
「俺は必ず、あと五つの大罪も引き当てる。結果として、この世界がどう変わろうと……俺がどう変わろうと……やるしかないんだ」
胸にこみ上げる決意と、小さな恐怖。
かつてないほどの力を手にしたその先に待つものが何なのか、想像すらできない。
しかし、もう立ち止まるわけにはいかない。
手にしたものを放り出すこともできず、隠し続けることだけでは前へ進めない。
いつか訪れる戦いに備えて強くなるしかない――だからこそ、いまは歯を食いしばりながらでも一歩ずつ成長していくしかないのだ。
門を閉ざし始める宿屋のドアを開けると、あの猫耳の少女の姿はない。
かわりに、女将が厨房から顔を出し、「あら、少し遅かったじゃない」といつもの調子で声をかけてきた。
とりあえず軽く夕食を済ませ、明日の方針を考えよう。
深く考えすぎると疲弊するだけだ。
――だが胸の奥には、また一つ伏線が増え、すでに一つは動き出した。
謎の獣人の集団と黒い羽毛、七つの大罪を追う組織、巨大魔物の足跡。
そして、最終的に俺がすべての大罪を手に入れる運命が横たわっている。
しかし、いまはまだ日常の中に潜むうねりを感じている段階。
いつそれらが表面化し、俺を飲み込むのか分からない。
焦燥と期待が入り混じる胸を抱えたまま、自室に戻り、窓から夕闇の街を見下ろす。遠くに見える街灯や焚火の光が、今夜もサンデリアの夜を照らしていた。
――どこかで、あの猫耳の少女が黒い羽毛を握りしめているかもしれない。
あるいは、獣人たちの組織が七つの大罪を求めて動き始めているかもしれない。
でも俺は、まだ“嵐”が来ないうちに少しでも力を蓄え、そして何より“あらゆる大罪を手にする”という、誰にも知られていない密かな使命に向けて、今日もまた【ガチャ】を回し続けていくのだ。
まるで運命の歯車がカチリと回る音を遠くに聞きながら、俺はベッドに横たわり、明日の朝に訪れる“小さな奇跡”を心待ちにした。
採取や軽い討伐クエストを地道にこなしながら、俺は念入りに自分の行動をコントロールしていた。
特に注意したのは、絶対に“憤怒”や“傲慢”のユニークスキルを街中で大きく使ってしまわないこと。
ゼクトから忠告されたとおり、一度でも派手に魔力を放出してしまえば、俺の存在は目立ってしまうだろう。
まだ自分の力を制御しきれていない段階で妙な噂が立てば、命を狙われたり、思わぬ権力争いに巻き込まれる可能性がある。――そう考えると、しばらくは地味に実力を伸ばすのが最善だと思えた。
ところが、その“小さく生きる”という方針は思いのほか難しく、少し油断するとすぐに伏線を呼び寄せるような出来事が起きる。
たとえば、あの猫耳の少女を見かけた日から、宿屋には妙に緊張した空気が流れ始めた。
宿屋の店主や女将はいつも通りに見えたが、廊下の奥の部屋から何度か“子どもの泣き声”が聞こえてきたり、ドア越しに誰かがひそひそと話す気配を感じたりしたのだ。
どうにも胸騒ぎがして、数日前に目撃した黒い羽毛のことが頭を離れない。
「……あの子、結局なんだったんだろう?」
そんな疑問を抱えたまま、今日も俺はギルドの掲示板を見にきていた。
依頼は山ほどあるが、連日同じような採取ばかりではさすがに飽きる。
そろそろ討伐クエストに挑みたい気持ちもあるが、一歩間違えて憤怒を発動してしまうと、また大きな魔力の波紋を残すおそれがある。
加えて、ゼクトが言っていた巨大魔物の足跡は未だに正式な報告がないままで、“デマ”として処理されているらしい。
だが、裏で何かが進行している気配はあるのに、表の情報だけでは分からない。
「ここは安全に見えて、ひと皮剥けば謎だらけだな……」
掲示板を眺めていると、同じくクエストを探しているのだろう、獣人族の男女が複数視界に入った。
ここ数日でやけに獣人の冒険者が増えている気がする。
犬系、ウサギ系、ネコ系、トラ系……中には体毛がかなり目立つ者もいるし、本当に多種多様だ。
この街は辺境都市ゆえに様々な人種が行き来するのが特徴とはいえ、こう短期間に獣人が増えるのは珍しいのではないだろうか。
まさか、あの猫耳の少女とも関係が……?
そんな曖昧な予感を抱きつつ、思わず彼らの後ろ姿を見やる。
すると、彼らの中の一人――歳はバラバラだが、落ち着いた雰囲気の青年が、鋭い視線をこちらに投げかけてきた。
まるで、俺が彼らを観察しているのを察知したかのようだ。
慌てて目をそらすが、胸にざわりとしたものが走る。
何なんだ、この嫌な感じは。
「すみません。通してもらっていいですか?」
背後から声をかけられて振り返ると、錬金術師のゼクトが無表情で立っていた。
彼もまた依頼をチェックしに来たのだろうか。
人混みの隙間を縫って近づいてきたゼクトは、俺の視線が獣人たちのほうを向いていたことに気づいたらしく、小さく首をかしげる。
「珍しいな、お前が獣人に興味を示すとは」
「いや……最近獣人が多い気がしてな。あの猫耳の子どももそうだけど、この街で何か集会でもあるのか?」
「さあ、そこまでは知らないが……、ここ数日、獣人の一派が集まっているという噂は聞いた。元々、獣人同士が集まる“集落”や“国”はいくつかあるが、ロウアス王国内は彼らにとって必ずしも住みやすい土地じゃない。にもかかわらず、なぜ今になって集団でやってきているのかは不明だ」
ゼクトは淡々と語ったあと、ちらりと貼り紙を見て「今日は大した依頼がないな」と肩をすくめる。
そして、ふと声のトーンを落として付け加えた。
「……ところで、お前、あの話はもう聞いたか? “七つの大罪”を持つ者を探す組織の噂が、再びささやかれ始めているそうだ。しかも、その組織には獣人が多く所属しているらしい。単なる憶測かもしれないがな」
「っ……!」
七つの大罪。
俺の胸がどきりと鳴る。
その組織の存在こそ、ゼクトが以前に匂わせていた危険要素だ。まさかもう街に入り込んでいて、獣人が一斉に増えているというのは、彼らの動きの一端なのだろうか。俺は思わず視線をめぐらすが、既に先ほどの獣人たちの姿は見当たらない。
ギルドを出てどこかへ向かったのだろうか。
ゼクトは俺の固まった表情を見て、小さく息をつくようにして言う。
「今はまだ、はっきりした証拠もない。誰がその組織の一員で、どの程度の計画をしているかも分からない。ただ、最近の獣人流入と無関係とは思えないんだ。……お前、もし本当に七つの大罪を所持しているのなら、とにかく用心しろ。彼らが“すでに大罪を複数手にしている者”を見逃すとは思えない」
「分かった。まあ、あんまり派手に行動する気はないけど……そっちも気をつけてな」
「俺は魔力を大放出するような危険スキルを持たないから安心だ。せいぜい匂いがつかないように気を張ってろよ」
ゼクトは相変わらず淡白にそう言い残し、ギルドの外へ足早に去っていった。
金がなくて困っているわけではないのだろうが、錬金術用の素材か何かを探しているのかもしれない。
もっとも、彼は最初から人付き合いが好きではないふうだったが、最近はこうして情報をわざわざ教えてくれるあたり、多少は俺を気にしているのだろう。
いや、単純に七つの大罪という“謎”に対して個人的な興味が強いだけなのかもしれないが。
「組織が動き出す、か……でも俺はまだまだ弱い。傲慢や憤怒の力を抑えるだけで精一杯だ」
それでも、俺はいつか“七つの大罪”をすべて手に入れると、どこかで確信していた。
……いや、正確に言うなら、女神ラピスのもとへ行ったときから薄っすら感じていた“予感”が日に日に強まっているのだ。「七つの大罪」が揃ったとき、俺はこの世界で何か重大な運命を背負うことになる――そんな、おこがましい妄想じみた感覚が、頭の隅から離れない。
いまだに“ガチャ”で獲得できるスキルがランダムとはいえ、この調子でいずれ残り五つの大罪を引き当てる未来が、かすかに揺らめいているのを感じるのだ。
胸をざわつかせながらギルドを後にし、通りを歩いていると、そこに見覚えのある姿が。
――猫耳の少女だ。前と同じく、何か大事そうな袋を握りしめてキョロキョロしている。
周囲の視線を嫌っているようにも見えるが、こちらに気づく様子はない。半ば無意識にそちらへ近づこうと足が動いたが、数歩進んだところで別の獣人男が彼女に声をかけ、どこかへ連れ去るように移動してしまった。
「おいおい……何なんだ? あの子どもが組織に絡んでるってのか?」
直感が騒ぐ。
あの袋の中身、前は黒い羽毛が見えていたが、今回は見えなかった。
とはいえ同じ袋を持っているのは確かだ。彼女はその羽毛を運んでいる? いや、もしかすると別の物品かもしれないが、気になることに変わりはない。
俺はとっさに追いかけようかと思ったものの、彼女の背後には獣人の男がいて、やたら鋭い殺気を放っている。
下手に刺激すればこっちが危ないかもしれない。
「……やめておこう。いまの俺には危険すぎる。何も分からないまま飛び込んでも、憤怒や傲慢を暴発させるだけだ」
そう自分に言い聞かせ、足を止める。焦る気持ちはあるが、今は準備が足りない。いずれ本当に七つの大罪を揃えて、この世界の大きな波に挑むときが来るのかもしれないが、まだ先の話だ。
いまの状態で組織に目をつけられたら、きっとひとたまりもないだろう。
宿屋へ帰る道すがら、夕闇が薄く降りてくる空を見上げながら、俺は思い出す。
ゼクトの言葉と、女神ラピスの膝枕――死ぬはずだった俺が、こうして“ガチャ”という特殊スキルを与えられ、異世界に再誕した奇跡。
あのとき確かに、ラピスは何か含みを持たせた顔で「あなたなら、どこまで歩んでいけるかしら……」と呟いていた。
まさかそれが、“この世界で七つの大罪すべてを手にする”ことまで織り込んでいたのかどうか。
今となっては測り知れないが、“女神からの賭け”のような気がするのも事実だ。
「俺は必ず、あと五つの大罪も引き当てる。結果として、この世界がどう変わろうと……俺がどう変わろうと……やるしかないんだ」
胸にこみ上げる決意と、小さな恐怖。
かつてないほどの力を手にしたその先に待つものが何なのか、想像すらできない。
しかし、もう立ち止まるわけにはいかない。
手にしたものを放り出すこともできず、隠し続けることだけでは前へ進めない。
いつか訪れる戦いに備えて強くなるしかない――だからこそ、いまは歯を食いしばりながらでも一歩ずつ成長していくしかないのだ。
門を閉ざし始める宿屋のドアを開けると、あの猫耳の少女の姿はない。
かわりに、女将が厨房から顔を出し、「あら、少し遅かったじゃない」といつもの調子で声をかけてきた。
とりあえず軽く夕食を済ませ、明日の方針を考えよう。
深く考えすぎると疲弊するだけだ。
――だが胸の奥には、また一つ伏線が増え、すでに一つは動き出した。
謎の獣人の集団と黒い羽毛、七つの大罪を追う組織、巨大魔物の足跡。
そして、最終的に俺がすべての大罪を手に入れる運命が横たわっている。
しかし、いまはまだ日常の中に潜むうねりを感じている段階。
いつそれらが表面化し、俺を飲み込むのか分からない。
焦燥と期待が入り混じる胸を抱えたまま、自室に戻り、窓から夕闇の街を見下ろす。遠くに見える街灯や焚火の光が、今夜もサンデリアの夜を照らしていた。
――どこかで、あの猫耳の少女が黒い羽毛を握りしめているかもしれない。
あるいは、獣人たちの組織が七つの大罪を求めて動き始めているかもしれない。
でも俺は、まだ“嵐”が来ないうちに少しでも力を蓄え、そして何より“あらゆる大罪を手にする”という、誰にも知られていない密かな使命に向けて、今日もまた【ガチャ】を回し続けていくのだ。
まるで運命の歯車がカチリと回る音を遠くに聞きながら、俺はベッドに横たわり、明日の朝に訪れる“小さな奇跡”を心待ちにした。
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